【本編完結】旅する物語 異世界探訪 五条悟との邂逅 作:masuda028
世界を越えて、悲劇に抗う物語。
※本作は『呪術廻戦』の世界をベースにした二次創作です。
※キャラクターには独自解釈・改変を含みます。
※原作をご覧のうえでの閲覧をおすすめします。
◆ヒロインは名前固定&設定強めのオリジナルキャラクターです(夢主=“あなた”形式ではありません)。
◆「夢小説」タグは広義の意味で使用しています。不快に感じる方はご注意ください。
●13
仙台隔離槽内、虎杖悠仁。
「くそっ……!」
虎杖は祖父を抱えたまま、瓦礫を避けながら走る。
隔離槽の内部は、逃げ場のない迷路だ。
揺れのたびに、誰かの悲鳴が聞こえる。
ポケットの中で、硬い感触。
「……!」
メカ丸印の通信機。
虎杖は走りながら、スイッチを入れた。
「こちら虎杖悠仁!」
息が切れる。なんとか耳に装着した。
「仙台隔離槽内部! 五条先生と乙骨先輩が……ガチで戦ってます!」
一瞬、ノイズ。
「建物が……人が……巻き込まれてて」
通信の向こうで、誰かが息を呑む気配。
「ポイントが……」
誰かの声が混じった。
その直後だった。
空間全体に、無機質な声が響き渡る。
『──プレイヤー、五条悟』
『五十点、付与』
一拍。
『──プレイヤー、乙骨憂太』
『三十点、付与』
上空に五条悟と、乙骨憂太が大きく映し出される。
二人の得点は巻き込まれた人々の命を犠牲に上昇し続ける。
空気が、変わった。
ざわめきが、殺意に変わる。
虎杖は祖父を抱えたまま、崩れかけた廊下を走る。
床が傾き、瓦礫が転がる。
遠くで、また爆音。
「くそ……っ!」
耳に付けた通信機を片手で掴み、息も整えないまま叫んだ。
「こちら虎杖悠仁! 聞こえてますか!」
雑音混じりでも構わない。
一瞬のノイズ。
だが、すぐに応答。
『落ち着いて状況を説明しろ』
夏油傑の声だった。
「えっと……っ」
走りながら、必死に記憶を引きずり出す。
「中に入る時、説明されたんです!」
背後で、何かが崩れ落ちる音。
虎杖は歯を食いしばる。
「呪術師を一人狩ると、五点」
「一般人を狩ると、一点」
「……百点貯めたら、ルールを追加できるか、隔離槽から出られるって……!」
通信の向こうが、一瞬、静まり返った。
『……ポイント制か』
『やはりな』
「それで……!」
虎杖は声を張り上げる。
「今さっき! ドクター・ゼロが……!」
「悟と乙骨先輩に、まとまった点数を一気に付けたんです!」
建物の影から、誰かの視線を感じる。
ただの視線じゃない。
値踏みする、獣の目。
「だから……!」
虎杖は祖父を抱き直す。
「今この中、二人を狙って全員が動き出してます!」
「巻き込まれてる一般人も……逃げ場、ないです!」
『……虎杖くん』
傑の声が、わずかに低くなる。
『君の位置は』
「入院棟の北側!」
「でも……俺も、見られてる気がします」
言った瞬間だった。
遠くで、誰かが笑った気配。
狩る側の視線が、“五条悟と乙骨憂太”から、別の獲物へと滑り始めている。
虎杖悠仁。
祖父を抱えた、無防備な少年。
「……爺ちゃん」
小さく呟く。
腕の中の祖父が、かすかに身じろぎした。
再び瓦礫を蹴散らし、虎杖は走り出す。
背後で、また爆音。
五条悟と乙骨憂太の衝突が、隔離槽そのものを揺らしている。
「くそ……!」
角を曲がった、その瞬間。
──音が、消えた。
崩落も、叫びも、破壊の余韻も。
まるでそこだけ、切り取られたみたいに。
入院棟の中庭。
瓦礫の上に、“それ”は立っていた。
白い翼。
光を反射する、異様に静かな輪郭。
人の形をしているのに、人ではないと本能が告げる。
「……え?」
虎杖の足が、止まった。
呪霊じゃない。
でも、呪術師でもない。
隔離槽の中で、存在していいはずのないもの。
理解が追いつく前に、
その口が、ゆっくりと開く。
「──あなた」
一拍。
「騙されているわよ」
声は、静かだった。
断罪でも、警告でもない。
事実を告げるだけの声音。
腕の中で、祖父が微かに動く。
「……爺ちゃん?」
●14
腕の中で、祖父が微かに動く。
「……爺ちゃん?」
その名を呼んだ瞬間、
虎杖の背後で、何かが“狙いを定めた”気配が走った。
白い翼が、音もなく畳まれる。
天使は、虎杖を見ていなかった。
その瞳に映っているのは、目の前の少年ではない。千年前、自らの誇りである翼を無惨に引き裂いた『あの男』の残像。復讐という名の義務を果たすため、彼女の理性は鏡のように冷たく、一切の容赦を排除していた。
視線の先にあるのは、ただ一つ。
宿儺の器。
「今の内なら」
淡々と、そう告げる。
「完全に同化する前に、殺せる」
その手に、いつの間にか細身のナイフがあった。
──
──かつて、平安の世に。私は降り立った。
翼を持つ天上人と、敬われ崇められ私はそのように振る舞っていた。
『──目障りだ』
そんな理由で、両面宿儺は私の翼を手折った。
翼を折られたことで、私は故郷へ帰れなくなってしまった。
──私は激しく奴を憎んだ。
どうすればこの怨みが晴れるか考える日々が続いた。
そんな時に、白百合を思わせる美姫が両面宿儺を退けたという噂を聞いた。あの大男に美しい姫と称される女が、どのように退けたのか興味が湧いた。
両面宿儺を倒す一助になって欲しいと、そんなことを頼んだ。しかし、彼女は頷きはしなかった。
『憎い相手だから懲らしめたいの? 本当にそれで良いのかしら──』
『あなたの復讐は今世では叶わない。いずれ転生した先で両面宿儺を見つけたら、今世の怨みで来世を犠牲にしてしまうの? そういう生き方を選ぶ人とは、分かり合える気がしないわ……』
──
呪力の流れを断ち切るためだけに作られた、無駄のない刃。
「ちょ、待っ──!」
虎杖が祖父を庇うように体を捻る。
その刹那。
刃が、一直線に虎杖悠仁の胸を狙った。
──だが。
鈍い音。
何かが割り込んだ。
「……やめなさい」
低く、掠れた声。
虎杖悠仁の祖父の肉体が、虎杖の前に立ち、刃を受け止めている。
ナイフは深く、胸元に突き立っていた。
血が、静かに滴る。
天使が、初めて眉をひそめる。
「計算外ね」
「だろうな」
悠仁の祖父は、笑った。
自分でも驚くほど、穏やかな笑みで。
「俺自身も……今、知った」
千年の思考が、今の行動を『非合理的』だと罵っている。だが、指先が感じる悠仁の温もりと、胸に突き刺さった刃の痛みが、それらすべての計算を塗り潰していた。死にゆく肉体の最後に宿ったのは、呪いではなく、ただの『祖父』としての安らぎだった。
胸に手を当てる。
──死にかけの身体でも、血液は温かかった。
虎杖が叫ぶ。
「なんで……!」
祖父の体が、ぐらりと揺れる。
──その瞬間。
虎杖悠仁の腹の奥で、何かが蠢いた。
祖父の命の危機に反応した、無意識の叫び。
その叫びが"一度腹におさめた両面宿儺の指を喚び寄せる"異能となる。
『……くだらん』
低く、響く声。
その声が響いた瞬間、廊下の空気が凝固し、重力そのものが反転したかのような錯覚が一同を襲った。天使が展開していた術式さえも、その圧倒的な不快感に耐えかねて、ガラスのようにひび割れていく。
空気が、歪む。
僅かに天使の目が見開かれた。
「──既に、遅かったか……」
天使は即座に距離を取った。
空中へ跳ね上がり、明確な警戒を向ける。
「……やはり、危険ね」
仙台隔離槽全域で、呪力が軋みを上げる。
悟と乙骨、宿儺、天使。
許容量を超えた呪力が、一点に集中した。
──反応したのは、獄門疆・裏。
天使の胸部。
そこに埋め込まれた“裏”が、悲鳴のように共鳴する。
遠くで、悟が呟いた。
「……裏も、同じようにしたのか」
次の瞬間。
天使の意識が、焼き切れた。
「──っ!」
翼が失速し、身体が空から落ちる。
誰もが、一瞬、止まった。
『ほぅ……』
宿儺が嗤う。
だが──
虎杖悠仁は、走った。
反射的に。
考えるよりも先に。
「……っ!」
落下地点へ飛び込み、両腕で抱き留める。
衝撃。
骨が軋む。
それでも、離さなかった。
──人命優先。
どこかで、炎のような声が重なる。
『命を、守れ!』
祖父の体温を、確かめる。
まだ、生きている。
深い、かつては羂索と呼ばれた思考の中で、誰かが、静かに微笑んだ。
『やっぱり……あなたも、変われたわね』
それは、断罪の果てに見つけた、たった一つの赦しのような響きだった。
落とした涙は、羂索が遠い昔に捨て去ったはずの人間性の結晶であり、虎杖悠仁という命を育んだ、歪で、けれど確かな愛の証明だった。
涙が、一筋。
虎杖悠仁の祖父の頬を伝って、地面に落ちた。