「
「おう。あそこのわがままお嬢様の誘いを断ると面倒だからな。明日は休業だ」
「っしゃオラァッ!!!」
「オトさんってわかりやすいよな」
その二文字、世界で一番大好き。
明日は寝よう。存分に寝よう。丸一日惰眠を貪ろう。テンション上がりすぎて寝れそうにないけど、死ぬほど眠いから寝よう。
歓喜が突き動かすがままに拳を握り、私はガッツポーズを繰り返す。
「しゃっ、しゃっ、しゃあっ!!!」
「じーちゃん、オトさんぶっ壊れたんだけど」
「仕方あるまい。しばらく碌に寝とらんらしいからのう」
「え?バトルゾーンって、調整終わってランダム抽選に戻ってなかったっけ?」
「今度はガイに夜通し経営学を叩き込んどる」
「ほっときゃいいのに」
ほっとくと妹分に被害が及ぶんだよ。
あの子がホテルの経営に携わる以上、「知らなかったゴメン」で済まさないように知識を詰め込む必要がある。
無知は免罪符にはならないのだ。
「……てかさ、オトさんもしかして、休めるつもりでいる?」
「え?休みじゃないんですか?」
「お前さんも呼ばれとるぞ」
「は?」
え、なんで?私、MSBCに目をつけられるほどバトルしてないよ?
「ほれ」と目の前に躍りでた社長のスマホロトムの画面を見ると、確かに私の名前があった。
「げ、ほんとだ…。なんでだろ…?」
「そりゃ、あれだけ暴れたら…ねぇ?」
「Cランクのトレーナーが手も足も出んかったと噂が立っとったくらいじゃからのう」
「だからポケモンを屋根から叩き落としてるだけであって、そこまで大した実力者ではありませんって」
「いつも言ってるけど、その言い訳めっちゃ苦しいからね?」
そうは言われても、私はこれまでただの一度もまともにバトルしてないんだから。
とてもじゃないが、MSBCの期待には添えないだろう。
最後にトレーナーとバトルしたのいつだったか。多分、石変人がチャンピオンになる少し前に「腕試しをさせてくれ」と挑まれた後から一度もトレーナーとバトルしてないんだよな。
…もう10年以上昔だ。ブランクがあるどころの騒ぎじゃない。
しかし、相手は唯我独尊で有名なMSBC。そんな言い訳が通じるとは思えない。
せっかくの休日が潰れる怨嗟を込め、深いため息を吐く。
「せっかく寝れると思ったのに…」
「じゃ、ガイの勉強会しなきゃいいじゃん」
「私の家は今日、バトルゾーンに入ってます」
「………………勉強会が終わったら、今日はうちに泊まりなさい」
「ぼ、ぼくも夜は配信やめとくからさ…」
「ぅ、ゔぅううう……」
泣きそう。いや、泣く。
限界に達していた私は静かに涙を流し、2人を抱きしめた。
♦︎♦︎♦︎♦︎
ホテルシュールリッシュ。ミアレソシアルバトルクラブというポケモンバトル好きのセレブリティの子息が根城として使っていることで有名な高級ホテル。
その一室である、厳かな雰囲気に包まれたバトルフロアへと足を踏み入れた私たちは、用意された席に荷物を置いた。
「今更ですけど、私までDG4のメンバー扱いされてるの、なんでなんですかね?」
「うちの経理じゃし、それで一緒くたにされとるんじゃないか?」
「ウチで働いてる以上、メンバーって思われても仕方ないんじゃない?」
「そんなもんですか」
私は熱烈なカナリィファン…いわゆるカナ友ではない。ラシーヌ工務店に勤めたのだって、採用通知が出た中から一番条件がよかったから選んだだけだ。
そんなことを思いつつ、私は遠慮なく高そうなソファに腰掛けた。
「オトさん、なんか落ち着いてるねー」
「シルフの会合で何度か経験がありますので」
「育ちはええんじゃがのう…」
「口には気をつけた方がいいですよ、社長。これ以上、経費申請を厳しくされたくなければ」
「ごめんなさい」
「オトさん、鞭がキツすぎない?」
仕方ないだろう。ここまでキツく言わないと言うこと聞かない石変人の手綱を握っていたんだから。すっかり脅し文句がクセになってしまった。
なかなかクセが抜けないなぁ、と思っていると、見覚えのある二人組がこちらへと近づいてくるのが見えた。
「お、ムクちゃん。やっほー」
「カナリィ…♡
あ。オトギリさんも。どうも」
「どうも」
挨拶を交わしてくれる程度には気を許してくれたのだろうか。
ムクちゃんに挨拶を返すと、後ろに控えていた彼女の兄…思想も体も物理的に強いジャスティスの会の長、シローさんが声を張り上げた。
「オトギリさん!しばらくぶりですね!
どうです!?是非、ジャスティスの会で稽古を受けてみませんか!?」
「お断りします」
「お月謝安くしますよ!!」
「嫌です」
前に一度、メガタイレーツを大地に植えてからしつこいんだよな、この人。悪い人ではないんだけど、思考回路が基礎からバグっているというか。
ずいずいと迫る彼の勧誘を断っていると、いかにもな雰囲気の2人が部屋へ踏み入った。
「あ、サビ組の人たちも来てるんだ」
「サビ組まで呼ぶって、思い切ったことしますね」
MSBCの唯我独尊っぷりは話に聞いていたが、まさかサビ組まで従わせるとは。金と権力は偉大だ。
呆れを通り越して感心するとはまさにこのことだろう、などと思っていると。
ガッチガチに緊張したセイカちゃんと、特に気にした様子のないガイくんが姿を見せた。
「お、セイカじゃん。ぼく、挨拶してくるね」
「わたしも行く…♡」
カナリィちゃんはセイカちゃんのことをいたく気に入っているらしい。
見るからにウキウキな様子でセイカちゃんへと向かう2人。
モテモテだなぁ、セイカちゃん。彼氏じゃなくて彼女ができてそう。
そんなことを思っていると、メイドさんに連れられた煌びやかな黒肌の女性…天上天下唯我独尊を体現するセレブリティ…ユカリが姿を現した。
「会場のみなさま、わたくしが主役のユカリです。本日はわたくしのためのパーティにお集まりいただき、まことにありがとうございます!」
傲慢が一周回って高貴に見える。
これが真のセレブか。石変人も見習え。
ユカリさんはMSBCの活動理念やその内容を最低限説明し、今日の催しについての説明を始める。
どうやら、ZAロワイヤルで名を上げるトレーナーたちとユカリさんとでトーナメント戦を開きたいらしい。
その名も「スーパーユカリトーナメント」。自己顕示欲のバケモノかよ。
負けたら帰れるんだろうか。…いや、手加減したら何されるかわからない。やめとこ。
どうしても浮かびそうになる嫌な顔をなんとか隠そうとしていると、誰かのスマホロトムが鳴った。
「お話中に申し訳ありません。急ぎの連絡みたいなので少し席を外します」
ガイくんのか。社会人としての常識を叩き込んだ甲斐があってか、スマホロトムを携えて部屋を出るガイくん。
しばらく待っていると、彼は慌てた様子で戻り、セイカちゃんに耳打ちした。
「すみません。俺たち、どうしても外せない用事が出来てしまって。少し抜けさせてもらいます」
「………どういうことかしら?」
ガイくんの対応は上々だったと思う。
彼とセイカちゃんの態度を見るに、彼らにしか対応できない上、緊急性、秘匿性が高い事態に陥っているのだろう。それこそ、この集まりを抜けることを選ばざるを得ないほどに。
が、しかし。相手が悪すぎた。
目が据わったユカリさんが髪をいじる。どう考えても機嫌が悪い。
しかし、ガイくんは彼女の何をやるかわからない危うさに気づかずか、慌てて部屋を出て行った。
「………ハルジオ」
「はっ」
ハルジオというのか、あのメイドさん。
ガイくんたちを追うメイドさんを見送っていると、部屋をピンク色のホロが包み込んだ。
「皆様はユカリゾーン内でしばしお待ちいただけますようお願いいたします」
ここまでやるか、セレブ。
完全に監禁された私たちは顔を見合わせ、眉間の皺を伸ばした。
「嬢ちゃん。MSBC全員床に埋めてや」
「私をなんだと思ってるんですか。石変人と兄にしかやりませんよそんなこと」
「前科あるんかい」
ガイ…社会人として守るべきマナーを叩き込まれた人。夜中にホテルZのロビーに行くと、オニゴーリ顔の女に懇々と詰められ半泣きになる彼が観れるとか。
シロー…オトギリ宅の屋根で騒いで痛い目見た筋肉。タイレーツをオトギリの手持ちに1匹残らず大地に埋められたことで彼女に興味を持ってしまった。オトギリからは「存在がうるさい」と距離を置かれてる。尚、その距離を爆速で詰めてくる模様。
ユカリ…MSBC所属の手だれが手も足も出ずに叩き落とされたと聞いてオトギリに興味を抱いた。
オトギリの兄…やらかしがあまりにも多すぎるため、オトギリとその手持ちからめちゃくちゃ嫌われてる。
石変人…石目的で大事な用事をすっぽかしかけたことが多々あり、オトギリとその手持ちに雑に扱われてる。
オトギリ…生粋の苦労人。兄と石変人のせいでキレ症になった。言葉選びが物騒なのもこの2人のせい。メタグロスを腕相撲で負かしたことがある。