「もえつきローストとクロワッサン7つで」
「あいよ!」
ユカリさんの開催したトーナメントから数日。「有給を消化しろ」と言われ、休日にあてた日。
例によって寝れなかった私は、いつものように注文を取り、ポケモンたちを出す。
「みんな、朝ごはんだよー」
「ぬめーっ」
「ぎぃっ」
「びあっ」
「ろずっ」
「しゃもっ」
「ぐろぉす」
あとでホテルZに行って、少しばかりベッドを借りようか。
そんなことを思いつつ、私は注文の品を受け取る。
私はもえつきローストが好き。
コーヒー豆の良し悪しなんてまるでわからないけれど、この強い苦味がどうしようもなく恋しくなる時がある。
私は安上がりな人間だから、缶コーヒーでも、安めのスティックコーヒーでも、コーヒー欲は満たせる。
でも、もえつきロースト欲を満たせるコーヒーはもえつきローストしかない。
手持ちがクロワッサンを頬張るのを横目に、私はグリーズさんに問いかける。
「最近はどうです?」
「おかげさまで。いろいろ教えてくれてありがとな」
「このくらいだったらいつでも聞いてもらっていいですよ。グリーズさんは物覚えがいいですから」
何を隠そう、彼らに経営のイロハを叩き込んだのは私である。
実家の仕事を手伝っていた関係で元々知識だけはあったが、彼らという前例があったから、ガイくんにも知識を叩き込めた。
「最近は寝れてんの?」
「この目の下のクマが答えです」
「またバトルゾーンか?それともガイがなんかやったか?」
「いえ。どうやら、四六時中タワーに揺れが出てるみたいで。
それが私のアパートまで響いて、部屋がぐわんぐわん揺れるんです」
「……………」
毎晩毎晩、いい加減にしてほしい。クエーサーが独自に突貫工事でもしてるんだろうか。
ラシーヌ工務店に任せないあたり、公にできない不備でも出てきたか?
にしては、揺れが発生しますとか告知が一切なかった。
嫌な予感がする。
クエーサーがここまでしてプリズムタワーの工事をする理由がまるでわからない。
ぐるぐると答えを得ることのできない疑問にハマっていると、グリーズさんが露骨に話題を変えにかかった。
「ま、近いうちに収まるだろうよ。
それが終わったらうちの経理として働け!ラシーヌより条件いいぞ!」
「勝手なこと言わないでください、グリーズ。今のままで手一杯ですし、彼女にも慣れ親しんだ居場所があります」
「えー?金勘定のこと教えてくれた恩人に報いようとは思わねーのか、店長?」
「それはそれ、これはこれです。オトギリさんの感情を無視しすぎですよ」
「ちぇーっ」
ごめんね、今はヌーヴォカフェよりもラシーヌのが条件いいの。昇給したから。
…もちろん、それでもあの部屋を出るには全然足りないけど。
「そういえば、オトギリさん。
先日はミアレソシアルバトルクラブの催したトーナメントに呼ばれたとお聞きしましたが、いかがでした?」
「楽しかったですよ。ただ、衝撃も大きかったです」
「というと?」
「途中、かのフラダリが姿を見せたんです。
私がテレビで見た時よりも遥かに毒気が抜けていましたが」
「……………」
彼らには伝えておくべきかと思い言ったが、余計な気遣いだっただろうか。
それにしても、あの時はびっくりした。
トーナメントの決勝戦。ユカリさんとセイカちゃんがランクアップを賭けて競おうとした矢先に、濡れたパルスワンみたいな体格のポケモンと共にフラダリが現れたのだから。
しみじみと思い返していると、セイカちゃんがメディオプラザからこちらへと歩いてくるのが見えた。
「あれっ、オトギリさん?今日、仕事は?」
「有給。日中でも寝れないくらい家が揺れてるし、眠気覚ましにコーヒー飲んでた」
「そ、そっかぁ…」
アルセウスは私に「寝るな」と言ってるんだろうか。
頼むから休みの日くらい普通に寝かせて。
いるのかどうかもわからない神に愚痴をこぼしながら、セイカちゃんとマスターのやりとりに耳を傾ける。
「マスター、注文いいですか」
「はい?それでしたら、グリーズに…」
「注文はグリとのランクアップ戦なので」
「………あまり褒められたことではありませんね。プライベートな情報を掴んで、ほかのお客様に聞こえるように突きつけるとは。
まあ、彼女は『知っている』人間なので、構いませんが」
知っていると言うのは、彼の過去について。
少し前、私とマスター…グリさんとグリーズさんは、同じアパートに住んでいた。
彼らはキッチンカーを始める前、とても定職に就けるような立場ではなかった。
そして、セイカちゃんはこれからその理由を知ろうとしてる。
私は外した方がいいだろう。
まだ半分以上が残ったコーヒーを手に取り、お金を置いて立ち上がった。
「マスター。お金、置いていきますね」
「はい。またのお越しをお待ちしております」
♦︎♦︎♦︎♦︎
私が住んでるアパートは人の入れ替わりが激しい。
私みたいに生活を確保するため、引越しできないような環境の人間はともかく、ほとんどの人間は越して来てすぐに引っ越す。
でも、一年近く滞在していたのが、実は2組ほど存在していた。
まず直近で去っていった1組がデウロちゃんとその友達。
彼女らは一年近くダンススクールに通って研鑽を積んでいたものの、片方が事務所に所属。彼女と家賃や諸々の生活費を折半していたデウロちゃんは、とてもじゃないが家賃を払えなくなり、ホテルZに転がり込んだ。
そして、その前に越していったのが、グリさんとグリーズさん。
私と同時期に越して来た彼らは、私よりもはるかに逼迫した生活を送っていた。
夜通しZAロワイヤルに潜り込み、昼は短期バイト。そのバイトも途中でクビになることがあったみたいで、ひどく沈んだ顔でアパートに帰ってきたのを何度か見た。
彼らと距離が縮まったのは、ミアレに越して来て一ヶ月後。
その日は確か、バトルゾーンが展開していた日だった。
決算の日が近く、「孫娘の初バズり記念」とかいう社長のアホの思いつきで生産された販売用カナリィぬいの在庫のせいで、ただでさえ大変な棚卸しが夜遅くまで続いたことを覚えてる。
激務から解放された私は、帰って来て絶望した。
帰るにはバトルゾーンを潜らなければならない。しかし、そんな体力なんて棚卸しで尽きてる。
手持ちも倉庫を三つ潰した多種多様なカナリィぬいの数を数えてたせいで疲労困憊。ヌメルゴンなんて疲れと粘液対策の防護服によるストレスのあまり途中でぽろぽろと泣き出してしまい、社員に慰められていた。
ホテルに泊まろうにも金がない。しかし、帰ろうにもバトルなんてできない。
どうしたものかと悩んでいると、カエンジシを連れたグリーズさんが入り口前を通りかかった。
「あれっ?アンタどうしたんだ?」
グリーズさんに事情を話すと、彼女は満面の笑みで「一緒に帰ってやるよ」と護衛を買って出てくれた。
ミアレの街が大嫌いになっていた私が、初めてミアレも悪くないと思えた瞬間だった。
私が彼らの秘密を知ったのは、それからしばらく経った頃だった。
というのも、帰りが遅くなってバトルゾーンが展開した日は、グリーズさんとグリさんに送り迎えを頼んでいた。
謝礼はたまにご飯を奢ること。2人は「別にいい」と断っていたが、大人として、社会人として、受けた恩を返さなければ気が済まなかった。
そんな関係が続いたある日、テイクアウトで持って帰って来たご飯を皿まで食う勢いでかき込んだグリーズさんは、「もう二度と、この店のメシを食べれないと思ってた」と涙ながらに語った。
多分、口が滑ったんだと思う。グリさんがすごい顔で睨んでいたことから、私は聞かない方がいいと判断した。
しかし、グリーズさんは限界だったのだろう。グリさんが寝静まった後、こっそりと私の部屋に訪れ、ポツポツとこれまでのことを語り始めた。
親がフレア団に入っていたこと。
その事実だけで冷遇されて来たこと。
素性を隠しても、いつしか暴かれてしまって生活がてんで安定しないこと。
私はその全てを聞いた上で、なにも聞かなかったことにした。
共感できる過去はあった。2人が望む対応ができるだけの言葉も思いついた。
でも、「共感して受け入れる」なんて模範解答は使えなかった。使いたくなかった。
それを使ってしまえば、私と彼らには明確な差ができる。
私は困ってる時に支え合う隣人という関係が好きだった。
「あんたみたいな人がもっと居たらよかったのにな」
グリーズさんに私の考えを伝えると、そんな返しをされた。
私みたいなキレ症はこれ以上いない方がいいと今でも思う。嫌だろ、屋根の上で猿叫を轟かせながら大暴れするOL。
こないだそれを言ったら「確かに嫌だわ」と笑われた。
「カフェを開こうと思うんです。
フラダリ様が最初に思い描いたような、恵まれない人が立ち上がるきっかけになる、そんなカフェを」
それから数日。彼らはアパートから拠点を移し、同じフレア団2世と共にキッチンカーを運営することを私に打ち明け、事業計画書を見せた。
長年経理をしていることから、金勘定には慣れてると思ったのだろう。
私は心を鬼にして彼らが出した企画書に何度も改善案を提示し、突き返した。もちろん、恵まれない人への無償提供だけは触らなかったが。
今現在になっても、彼らがどんな覚悟を持ってカフェを開いているか、どんな理由でZAロワイヤルを勝ち上がっているかはわからない。
セイカちゃんとどんなぶつかり合いをしてるかも、知ろうとは思わない。
傷を触らないことだけが優しさじゃないことは知ってる。
でも、その優しさが必要な人だっている。
─────オトギリ、これ!キミの分のキーストーンとメタグロスナイト!頑張って掘り出して来たんだ!
「………今思ってもあの石変人、パーティほっぽり出してなにしてたんだか」
ため息を吐き、すっかりぬるくなったテイクアウトコーヒーを啜る。
人に振り回されて苦しいことばかりだった彼らと私の人生。過ぎ去れば、それも経験だと思える。
「んまい」
だから、私はもえつきローストが好き。
グリ&グリーズ…実はオトギリの隣人第1号。この後、セイカが「ここでしか出ないし、せっかくだから色違いが欲しい!」と宣ってダンバルを捕まえるのに夢中になり、ランクアップ戦は後日に流れた。ランクアップ戦を迎えたのはそれから3日後のことだった。
セイカ…メタグロスを捕まえるなら色違いと決めていたため、ダンバルがたむろしている部屋を見つけた途端、本来の目的が完全にすっぽ抜け、厳選に勤しんだ。三日後、おろおろする色違いのメタグロスかたわらにめちゃくちゃヌーヴォカフェの店員に怒られる彼女の姿が見えたという。