「ゔゔゔゔ…、ねむ゛っ…」
「それでも入力が正確なのなんなの…?」
「ミスが洒落にならない仕事してるし、眠気よりもそっちのが怖い」
「や、眠気優先しなよ。そろそろ死ぬよ?」
タワーの揺れが強くなること、三日目。もう部屋の小物を棚の上に置けない程度には揺れがひどくなっていた。
近いうちに倒壊するんじゃなかろうか、あのアパート。
そんなことを思っていると、社長が私の肩に手を置いた。
「今日はもう休んで、ホテルZに泊まりなさい。部屋も取ってある」
「え、いやでも、この処理…」
「お前さんが来る前はワシが回しとったんじゃ。ゆっくり休め」
「しゃ、しゃぢょ〜…!
ありがどゔございばずぅゔっ…!」
「これ、女子がそんな顔するもんじゃないぞ」
社長は私の涙腺を壊すつもりなんだろうか。
ぐずぐずと泣きながら感謝を伝え、私は帰り支度に入った。
♦︎♦︎♦︎♦
「んー…、んっ。素晴らしい朝」
いくらホテルとは言え、バトルゾーン展開前から翌日の朝まで寝たのは初めての経験だ。
あまりに睡眠時間が長いと不調の原因になると聞くが、今日ばかりはそんな気がしない。
自宅の安物とは違う、ふかふかなベッドから降り、支度をする。
ガイくんが手入れしていると聞いたが、ホテルマンでもやっていけそうなくらいには部屋の手入れも行き届いているし、ポケモンフードもわざわざ専用のものが用意されていた。格安ホテルとは思えないサービスの良さだ。
軽く化粧を終え、部屋を出る準備を終える。
もう少し給料が高かったら、ここで寝泊まりしてただろうに。
そういえば、エムゼット団の皆はここの宿泊費どうしてるんだろ?住み込みの従業員扱いなのか?
私も入れば宿泊費浮いて、寝床を確保できるかな。いや、若い子たちの間に挟まるとか無理だから入らないけど。
浮かぶ疑問を切り捨て、私は遅いエレベーターに乗り込んでロビーへと出る。
「よく眠れたかな、客人よ」
出迎えたのは、けほっ、と隠すように咳を漏らすオーナー…AZさん。
前に見た時よりも生気がない。
不安を感じさせる彼の弱々しさを前に、私は心配を投げかけようとして、やめた。
「ええ、おかげさまで」
ガイくんが負った借金の件で、小言を言おうとホテルZへ向かったあの日。
一緒にいたセイカちゃんたちは気づかなかったらしいが、私は彼が石材店から出てきたのを見てしまった。
石材店。文字通り、石を扱う店。間違っても、進化の石や化石、メガストーンを取り扱う「いしや」ではない。一緒にはしていけない。
石材店が主に取り扱うのは、文字通り庭園用や建築用の石材。
そして、「墓石」だ。
それからというもの、私はAZさんとまともに話せずにいる。
エムゼット団の様子を見る限り、彼らには言ってないんだろう。最愛の仲だというフラエッテにも話しているかどうか。
気まずさからその場を去ろうとすると、AZさんが口を開いた。
「食事はまだかな?」
「ええ。近場のカフェで朝食を摂ろうかと」
「もしよければ、私が用意したものを食べていくといい。無論、断ってくれても構わない」
「……………では、お言葉に甘えて」
時計を見ると、まだ2時間ほど余裕はある。
カフェでゆっくり食事を摂ろうかと思っていたが、用意してくれたというならそれに甘えた方がいいだろう。
…クロワッサンカレーとかいう炭水化物オン炭水化物でないことを祈るが。
いや、美味しいのはわかる。ガラル仕込みのカレーは好きだし、カロスのパンが美味しいのもわかってる。わかってるけど、私みたいなデスクワークOLだと確実に肥える。女の心はデリケートなのだ。
期待半分、不安半分で待っていると、覚えのある香りが鼻腔をくすぐる。
私がそちらを見ると、フラエッテと2人で盆を支えたAZさんと目があった。
「ホウエンの味を再現できたかはわからないが…」
「キュルルっ」
苦笑し、盆を私の前に置くAZさん。
魚ポケモンの切り身を焼いたものに、きのみの漬物。おあげときのこのみそ汁に米。
並ぶポケモンフードも、ホウエンでしか売ってないものをわざわざ取り寄せたとしか思えないものが揃ってる。
まさかカロスで故郷の食事を味わえるとは。
ポケモンたちを出し、置かれた箸…あまり使われていないのであろう、新品のものを手に取り、手を合わせる。
「では、いただきます」
魚、汁、米。たまに漬物。懐かしく、慣れ親しんだ味わいだ。
帰りたくなってきた。いや、帰らないけど。つい最近、バシャーモナイトを買ったせいで行って帰れるだけの蓄えがないし。
食べ進める私たちを見て、AZさんは安心したのか胸を撫で下ろす。
「口に合ったようでなにより。
フラエッテに手伝ってもらったおかげだな」
「キュルル」
「………お身体、悪いんですか?」
「ああ。君は知ってると思うが、もう限界が近くてな」
やはりバレてたか。ガッツリ目があったもんな。
「失礼」と断りを入れ、ソファに腰掛けて息を吐くAZさん。立ってるのもやっとだったらしい。
「ご、ごめんなさい。そんな体で食事なんて作らせて…」
「気にすることはない。
ホテルZのオーナーとして、最期くらいは仕事をしようと思っただけだ。
…こんなことで、ガイやセイカたちになにもかもを任せきりにした贖罪にはならないだろうが」
そう言って苦笑するAZさん。
確かに、彼は経営者としては落第点もいいところだ。サビ組の騒動の時、自分で動かず…正確には動くだけの力がなく、セイカちゃんたちに任せたし、ホテルの管理も、終わりを悟っていることからか、ほとんどをガイくんに一任してる。
私は故郷の味に近い茶を啜り、呼吸を整えた。
「そうですね。責任者なら、どんな状態でも矢面に立つくらいのことはしなきゃいけませんでした」
「申し訳ない」
「……まあ、謝罪の場でくたばられても困りますがね。トラウマになるでしょうし」
「キュルル!」
「そうよそうよ!」と言いたげに頬を膨らませるフラエッテ。可愛らしい見た目に反して、肝っ玉おかん気質なんだろうか。
ダメな男に、それを諌めるおかん気質のポケモン。まるで夫婦みたいだ。
私がフラエッテとAZさんを見比べていると、AZさんはこけた頬をさすった。
「まだエムゼット団には言ってないんだが、サビ組にデウロたちを向かわせてしまった後、フラエッテに平手打ちを喰らってね」
「『信じられない!なんでオーナーのあんたが行かないの!』的な感じですか?」
「まさしくそれだったな。
デウロたちに見られない場所でこんこんと叱られ、しばらくは半目で睨まれた」
「キュルルっ」
「そりゃそうするよ」と言いたげにAZさんに半目を向けるフラエッテ。
若い頃から彼のブレーキ役を担ってきたんだろう。
その視線を受けてか、AZさんはため息混じりにこぼした。
「……思えば、私は重要なところでことごとく選択を間違えていたな。
そのせいで、彼らに…この時代に、要らぬ苦労をかけた」
「それを自覚できただけ、十分にマシだと思いますよ」
心底救いようがないレベルで自覚できない奴が近くにいたからな。AZさんはまだマシ。
私は茶のお代わりを注ぎつつ、「それに」と付け足した。
「何もかもを間違えていたんなら、側にフラエッテがいることも、ガイくんたちがここに居ることもなかったでしょ」
「……………そうか。そう、だな」
何もかもを間違えた奴は、手持ちや身内からも見捨てられる。
その前例を見ている私からすれば、AZさんは間違いだらけと揶揄する人生を送る中で、少なからず正しいことをしたのだと思う。
…しかしだ。彼には今、訂正すべき間違いがあった。
「……まあでも、今さっきまた間違えてましたよ」
「……?」
「『最期の仕事』という点です。
私みたいなぽっと出の客を世話するより、世話になった人やポケモンに感謝を伝えることが相応しいと思います」
「…………ご指摘、感謝する」
近いうちに世を去ると言うのなら尚更。
その一言を口に押し込み、私は箸を置いた。
その日の夜。私の家が潰れた。
AZ…フラエッテの尻に敷かれてる。本人は全く知らないが、オトギリの不眠の原因ほぼ全てに関わっている。限界が近い。
フラエッテ…別れが近いとわかっていても、AZには変わらない対応を心がけてる。
オトギリ…このあと、家が潰された。