○○○○勢マスター 作:花垣
……一時的とはいえ赤バーになってた事にめっちゃ驚きました。
需要、あるの……?
そんな訳で十人十色たる一人。
山月記という小説がある。
とある中国の奴が何もかも上手く行かなくて虎になってしまう。
すごく簡単に言えばそんな話だ。
……この話を読んだ時から疑問というか気になる事がある。
……こいつ虎としても上手く行かなくてその内人に戻っちゃうんじゃないの?
……まぁ小説の中の事だし、変身した原理なんて分からない以上は戯れ言だ。
……けど人から虎になった以上、虎から人に戻っちゃう事だってあるはずだ。
……さて、アタシはそんな山月記をモチーフにした【サンゲツキ】というエンブリオを宿している。
孵化して、一目見た瞬間からアタシはそれを一度も使ってない。
そしてアタシは〈デンドロ〉で伸び悩んでる。
「このっ⁉︎」
『GYASHUSHUSHU……!』
運営のイベントも魔力災害も凶悪なUBMも出ない普通の日。
レジェンダリアの人里から離れた狩場、〈緑仙境〉でアタシは追い詰められている。
相手は【ハイ・ブッシュビースト】。
身体に茂る植物と混ざり重なった毛皮で擬態し、防御するとりわけ打撃と光水属性に強いモンスターに素手の打撃で挑まされてる。
「(最っ悪……!なんで岩が出て来んのよ岩が!)」
それもこれも突然出て来た【ロックソルジャー】のせいだ。
そもそも【
打撃にはクッションになる植物も斬撃には関係なかったのに……、……
……それでも普通の【ブッシュビースト】なら身一つでぶっ殺せてたと思うけど。
「らあっ!」
「SHUSHUSHU……!」
「ちっ……!(なんで
重く、力込めて殴ったけど通じない。
上位純竜級の親玉となるとスキル無しでは殺せない。
回復する暇もくれない。
……向こうはアタシを殺しにかからないけど、このままじゃジリ貧にしかならない。
……そして強いとは言えUBMでもない、この程度の相手に
「……!」
……そうなると。
「……っ」
……そうなると後は。
「……っ!」
アタシのエンブリオしか……!
「……《T「失礼っ」っ?」
その瞬間、
スッ、と【ハイ・ブッシュビースト】の首が切れた。
「SP・MP切れだよね、大丈夫?」
『……』
「…………」
……ヤバい切り筋だった。
一切のブレも歪みも無い。
【ハイ・ブッシュビースト】は表情一つ変えずに光の塵になる。
……多分あれ、
……いや、そもそも誰もコイツ……、……この王子みたいな白装束のイケメンに気付いてなかった。
アタシも、【ハイ・ブッシュビースト】も。
……アタシの知るレジェンダリアのマスターにこんなに剣の腕が立つ奴はいない。
いや、アタシがネットに上がってる動画で見聞きした限りのマスターにもそういない。
天地の決闘にだって……。
……いや、違う。
コイツなんかどっかで見たような……。
……でもその前に。
「……ありがとう」
「いいとも、どういたしまして」
助けられたのだから、頭を下げる。
イケメンはイケメンらしく返して来た。
……ショートカットのコイツは、ひょっとしたら男装女子かもしれない。
……でも着ている白のジャケットとズボン、腰に収めた直刀、両耳に下がる三角の耳飾りのどれからもそんなの関係ないくらいの存在感を感じる。
【特典武具】、それもきっと〈古代伝説級〉のもの。
アタシはこのイケメンの戦力分析に夢中だった。
「エンブリオが恥ずかしいなら正体を隠して使う手もあるよ」
「──⁈」
だからその次に出た言葉に驚愕した。
「な、なんで、出してないのにっ」
「一瞬迷って、少しだけ、恥ずかしそうな顔をしたからかな?」
「そんな、ことっ」
……バレてしまってる。
……流石にどんなエンブリオかは分からない、と、思いたいけど。
それがアタシにとって恥ずかしいものなのはバレてしまってる。
「……アタシ、【
「ネームやジョブの隠蔽なら確かに装備枠が要るけど、顔を隠すだけなら装備枠に入らない装備が使えるよ」
「?」
そういうとイケメンはマフラーを取り出して巻いてみせる。
「私もアクセサリー枠は埋まってるけど、こうして巻くのを弾かれる訳じゃない。もちろん装備スキルは発動しないけどね?服装としては変わっても装備枠は消費してない計算だ」
「……」
「こうして頭にも巻けるんだ。……まぁ、本格的な隠蔽には使えないから、あくまでキミのご自由にね」
「……」
それじゃ、とマフラーをターバンみたいに巻いたままでもイケメンなイケメンは去って行く。
……アタシはそれを、茫然と見ていた。
「…………」
……街への帰還後。
……結局アタシは買ってしまった。
店を探してみれば確かにあった、効果の無い銀のウィッグと口元を隠す黒のマスク。
鏡を見れば、……まぁアタシではない。
「……」
だけどこれはなんの為?
強くなる為だ。
……そう、他に理由なんてないのだ。
無いったら無い!
……のに頭を沸騰させるこの気持ちは……?
「……《タイガー・チェンジ》っ‼︎」
沸騰した頭のままアタシは叫んだ。
すると、全身がカッ!と光り……、
アタシは全身、何か柔らかいものに包まれていた。
「うぅ……」
……目を開ける。
手足には爪、頭には牙。
腰に尻尾が生えるその姿は獣の姿。
黄色い身体に黒い縞が入るその姿は、正しく、“虎”だった。
……が、丸めにふわっとした全身と丸く、デフォルメされた目からは何一つ獣の凶暴性を感じられない。
虎は虎でもデフォルメされたマスコット、マスコットキャラの虎だ。
……そしてそのマスコットの虎があーんと開けた口にすっぽりはまって、銀髪でマスクのアタシの顔が出されている。
丸い虎のマスコットの口から、顔を出しているのだ。
……これがアタシのエンブリオ、【
着た人間の顔を曝け出す……、顔出しの、着ぐるみだ。
……恥ずかしい。
なんでよりにもよってこんなものを人類は思い付いちゃったんだろう。
顔なんて出したら誰が着てるか丸分かりじゃん‼︎
アタシが着てるのが丸分かりじゃん‼︎
あーんと食べられちゃって一部にされてるじゃん‼︎
「……」
けど何故か、【サンゲツキ】を脱げずにいた。
「……」
ガチャリとドアを開けて──部屋の外に出る。
「わっ⁈」
「……」
廊下で他の客とすれ違った。
……多分マスター。
「……」
ロビーには何人か居て、視線を浴びた。
……そのまま外に出る。
「……」
外の通りは人通りが有って、その大多数から視線を浴びた。
「すいません、写真いいですか⁈」
「……どうぞ」
そんな答えを返した。
「じゃあ、はい、チーズ!」
「……がおー」
……鳴き真似を口に出していた。
「わぁ、サービスありがとうございます‼︎」
「……」
出して、いた。
「(……はあっ⁈)」
また頭が沸騰した。
「……フゥッ……、フゥッ……‼︎」
……急いで路地裏に駆け込む。
がおーって何よ⁈がおーって!
そんな声出す獣なんていないでしょ‼︎
『え〜?トラさんってこんな風かな〜っ?』みたいなベッタベタな鳴き真似してっ‼︎
そんなに自分が女の子であるって証明したいのかアタシは⁉︎
恥ずかしくないんか⁉︎
「フゥー……、フゥー……」
……ふと、顔を上げるとアタシの姿があった。
「……、……⁈⁉︎」
それは路地裏に打ち捨てられた、鏡だった。
虎の中から顔を出すアタシが映った、鏡だった。
虎の口にはめられたアタシの顔は口元を隠しても分かるくらい真っ赤だった。
「〜⁈〜〜ー〜〜⁉︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎」
……そもそも顔出し着ぐるみってどっちにしたいのよっ⁉︎
着てる奴は顔だけになっちゃうし着ぐるみは着てる奴の顔が付いちゃうし‼︎
こんなの、こんなのっ……‼︎
「……写真、いいですかっ?」
「……どぞ」
「ありがとうございます!じゃあ!」
「……がおー……」
「ありがとうございました!」
……。
……アタシは【サンゲツキ】のまま歩き回り、三回目となる写真撮影を受けていた。
……違うっ、別に着たくて着てる訳じゃないっ‼︎
……ただ、湯だった頭のままフィールドに突撃して腕を振るったら、《シェイム・パワー》が発動してて……。
《
使った力に応じた時間、【サンゲツキ】を脱げなくなるデメリットがあるから脱げなくなって……。
「うぅ……」
……誰に言い訳したいのかも分からない思考でふらふら歩く。
……すると目に止まる光景があった。
「ウサギさーん!」
「ウサギさんっ!」
ふりふりふり、ぐっ。
ぱたぱたぱたばた。
と、無言のジェスチャーだけでありながら、子供達に群がられる大きな……着ぐるみの、ウサギ。
「はぁー……いいですな、メルヘンで……」
「こういうのだけ、見たかったんですよ……!」
……そして、それを遠巻きにするマスター達。
……あのウサギは知ってた。
あいつはレジェンダリアじゃまぁまぁ有名人だ。
……メルヘン好きがレジェンダリアを選んで、HENTAIと、メルヘンとは程遠いドロドロで生々しい実情と、そもそもメルヘンなど鼻で笑う弱肉強食なこの世界に負けてしまうって噂は聞く。
……それでもメルヘン好きは消し切れないから、潜在的にはかなりのメルヘン好きがレジェンダリアには居るって噂も。
あのウサギは特別メルヘンってデザインじゃないけど、動きが実にこなれたマスコットで、子供達の人気者だから自然と空気がメルヘンになって、現実を目の当たりにしてそれでも〈デンドロ〉でメルヘンを諦められなかったマスターをも引き寄せるんだって。
……だけどそんな事より、何の根拠も無いけど、気付いた事が有る。
……そっと、路地裏に滑り込む。
「やっぱり、来た」
……人目に付かない裏路地の一つで『えっ⁉︎なんで分かったの⁈』と言うように作り物の口をウサギが手で押さえる。
……
……〈デンドロ〉では自発的なワープなんてものが皆無だから、行き来にはどこかを通る必要がある。
これでもそれなりの月日を過ごしてる、レジェンダリアの主要な街で個人向けの倉庫や貸し家がある辺りは見当がつく。
……まぁまぁ有名人だけど、誰もあの神出鬼没なウサギの中身を知らない。
って事は、
……誰でも考えつきそうな事なのに今まで誰にも見つかってないし、そもそも街中じゃなくて自然の中で着替えてる可能性もあったから、この待ち伏せが正しいかは分からなかった。
でも、出くわせた。
「──ねえアンタ、さっきアドバイスしてくれた奴でしょ。さっき振りね」
──だから、口にできた。
……ウサギは『ええっ⁉︎』って声を出したみたいにおおげさに驚いて、振った手を口元にやる。
「根拠なんて無いわよ。アンタの動き、さっきと全然違うもん。
……うん、あのイケメンはヤバいくらい綺麗な動きだった。
一歩一挙動に1mmのブレも無い、いい刃物を思わせる適切な動き。
……だけどなんか
で、このウサギ。
いかにも明るくて、元気いっぱいで、かわいいのが大好き!みたいな動きをしていた。
なんの不自然さも無いし、あのイケメンと繋がる部分も無い。
……けど、何故かアタシはあのイケメンが、『ふむふむ』みたいに腕を組んでうなずいてる目の前のこのウサギの中の人であると確信している。
……そうだとしたら筋繊維の付き方から軟骨のはまり具合、無意識の反射パターンまでそっくり入れ替えてるレベルで動きが別人だ。
…………だけど……。
「まあ、だからってどーって事も無いんだけど……」
『そうなの?』みたいにウサギが身体をひねって顔を向けて来るけど……。
……うん、そうだ。
あのイケメンが着ぐるみ着てよーが、変態だろーがどーでもいい。
なんなら今言い立てた事が間違ってたって……、……ちょっと悔しいかそれは。
「しいて言うなら野次馬よ、野次馬」
うん、そうだ、『野次馬』。
謎の有名人に対する野次馬、それが一番しっくりくる。
……アタシ一人しかいないけど。
ウサギは『そっかー、そーなんだー』って言ってるみたいに腕組みながら頭ゆらゆらして……。
「……ん?着いて来い、って?」
歩き出すポーズでちょちょい、と手招きした。
その意味を読み取ると『うんうん』とうなずき、動き出す。
……まー着いてってもいーか。
……そんな気楽な考えをめっちゃ後悔してる。
屋根を、塀を、路地を、とにかく速くあのウサギは駆けた。
いや速いと言っても
……
荷車が影を作り、庭の婦人が揺れる木の葉に注意を向け、三角屋根に据え付けられた跳ね上げ窓が開いて固定される、その瞬間に迷わず突き進む、……
「(ヤッ……、バ……!シビアすぎでしょ、タイミング……!)」
AGIを上げれば脳内の諸々の速度も上がるとはいえ……、……下手くそは周囲の情報を拾って、それが何か認識して、どうするか決めて……ってまごまごやってる内に時間を無駄にしてしまう。
そこまででなくてもいくらAGIが高くても一瞬とは言え逡巡する奴は結構いる。
なのにコイツは判断が速すぎる。
それに感知範囲も広すぎるし、“読み”も正確すぎる。
進路に何があって、どうなるのか、誰がいて、どうしようとしてるのかを正確に読み取って、どこが死角になるのか、どこが進路になるのか、それを決めるのに逡巡が見えない。
……当然のように足音も消してるし……。
しかし何よりヤバいのは……。
「(んで、
……アタシはてっきり、本気なり全力なり出したら戦闘モードなあのイケメンの動きになるんじゃないかと思ってた。
……甘かった。
新体操やダンスを学んで、ちょっと殺陣もやって、着ぐるみの中の人として働いて、
あのイケメンはヤバい剣術使えるはずだけど、間違いなくウサギのままでも戦えるはずだ。
「ぜぇー……、はあー……」
そんなこんなでゴリゴリ精神削られながら、どうやって気付いたと言いたくなる空き地にたどり着いた。
なにせ四方を壁に囲まれてる。
当然道も通じてない。
まあそりゃ屋根上行き来してりゃあ気付くかもしれないけど……。
「ん……、……んん⁉︎」
そうしていると視界の片隅でウサギが手招きし、壁の下の狭い隙間を指差す。
しゃがんで、手をかけると……、……ずりゅん、とデカい頭が狭い隙間に飲み込まれた。
……⁉︎
「えっ、えっ……、……どうやって⁈」
そうして蛇か何かに飲み込まれるウサギの抵抗のようにばたばた足を振りながら飲み込まれ……、……ウサギは壁の中に消えた。
……入りそうもない隙間から。
……マジでどうやって⁈
「えっ、入れないんだけど……」
【サンゲツキ】の頭を突っ込んでも当然、大き過ぎて入れない。
エンブリオだからか歪む感じはしたけど……。
「……あー、そっか。
……で、あの着ぐるみがエンブリオで伸縮自在な材質だからこの隙間に押し込んでも入れるのだと気付き……。
……同時に
……その格好でそれこそ虎みたいに隙間に頭突っ込んでたのを思い出し……。
……自分が着ぐるみ着てるのを忘れてたのを思い出し……。
「……………………」
……《シェイム・パワー》の代償時間も切れて、【サンゲツキ】をもう脱げるのを思い出し……。
……………………アタシは【サンゲツキ】を紋章に戻した。
……マスクも、ウィッグも外した。
「……………………バカ」
…………着ぐるみ着てなきゃ件の隙間は普通に通れる大きさだった。
「──キミが初めてだね」
そうしてアタシは、真実を知る。
|リリック
ベテランマスターの一人。
本名は
滋賀県在住の高校二年生。
アバターネームは飯→いい→『言い』、慈→じ→『寺』で二つ合わせた『詩』からの連想。
……エンブリオが孵って詩書いてた山月記の主人公思い出して微妙な顔をした。
形意拳を習ってた事がある。
デンドロはバトルゲー求めて買ったら後から一大ムーブメントになった。
なのでかなりベテラン。
……自覚しないようにしているが、羞恥に快感を覚える立派なHENTAI勢のレジェンダリアン。
まぁ常識はある。
……だがウサギやイケメンが恐ろしく精密な挙動をしていると
万全なら上位純竜級相手にエンブリオ抜きの単独でも苦戦しない。
|【サンゲツキ】
虎の顔出し着ぐるみのエンブリオ。
TYPEはアームズ。
クロウ・レコードの【どらぐめいる】みたいに顔出す穴から首──頸部・喉元が見えるタイプではなく、顔がぴったり顔出す穴にはまるタイプ。
爪があり、【爪拳士】のスキル効果も乗る。
恥を力に変えるのでリリックにとって一番恥ずかしい格好になった、
……だけではなく暗喩がある。
名前が【リチョウシ】ではなく【サンゲツキ】なのにも理由がある。
|〈緑仙郷〉
遥か昔、東方から流れ着いた【道士】が居着いたという秘境。
考察サイトや歴史学者の間ではその【道士】は道士系統超級職だったのではないか?と目されているが何分先々期文明以前だったと伝えられる昔々のこと故に何も分からない。
──今の人々にとってはここが特殊な植物で足場が悪く、純竜級がうじゃうじゃ湧く危険地帯だと分かってればそれでいい。
|【ブッシュビースト】
哺乳類系のモンスター。
火や斬撃が使えれば雑魚だが、それ以外で戦うとしぶとくて倒し辛い。
【ハイ・ブッシュビースト】ともなると火や斬撃があっても倒し辛い。
|イケメン
イケメン。
|ウサギ
ついに正体バレして内心ウッキウキ。