...時間だけが、ただ流れていく。
瞳を合わせながら、その沈黙に、ただ身を任せている。
...ピタッと肌を合わせると...トクトクと、お互いの心音が混ざり合う。
最初は合わなかった歩調も、徐々に一つになっていく。
さながら、メトロノームみたいに。
...こんな関係。
記憶もないし、故に確証もない。
でも、確信はあった。
だって...この位置に、私は一番安心を覚えているから。
カドックに身を預けて、その温もりを感じている時間に...どうしようもないくらいの、幸せを感じているから。
「...ごめん。こんなこと言われたって困るよね...だって、貴方は私の知っているカドックじゃない。貴方にとっての私は、ただのサーヴァント」
「...さっきも言っただろ。お前とは他人な気がしないって。...幾分か、納得がいったよ。どうして立香が、そんな好意的に接してくれるのか。あんまり、実感は湧かないけどな」
「だろうねぇ」
...召喚された時は、凄く、嬉しい気分だった。
不謹慎なのは承知の上だけど...カドックと一緒に人理を修復する旅が出来るってことが、純粋に嬉しかった。
カドックへの気持ちを思い出すにつれて、それは増していった。
...けど、それは無理だと知った。
私は、この特異点F限定のサーヴァント。
修復すれば、それでバイバイするだけの協力者に過ぎない。
カドックには、ついていけない。
...サーヴァントなんて、そんなものだ。
会いたい誰かがいたとして、好き放題会えるわけがない。
会えたとしたら...それは、途方もない奇跡の所業であって、決して必然とはなり得ない。
だから、一つ一つの縁に想いを綴るのだ。
それが、マスターとサーヴァント。
「...分かってる。分かってるよ」
...やだなぁ、もう。
ほんと、バカみたい。
当たり前の事なのに...それはただの摂理でしかないのに...
「温かいなぁ、カドックは」
「立香?」
「ごめん、なんか目から汗が...変だよね。こんなの。カドックから見たら、よく分からない女の子が、よく分からず急に泣き出しちゃってるんだよね。あはは、何それ、滑稽すぎ」
「......」
自分が情けない。
自己嫌悪で更に涙がこぼれる。
...私は、カドックと離れたくない。
サーヴァントになって、再び出会えたこの奇跡の中で、永遠の夢を見ていたい。
それは、叶わないって、分かってるから。
だから、どうしようもなくなって、泣くようなことしか出来ないんだ。
...やだなぁ...こんな姿、見せたくなかった。
「...立香、聞いてくれ」
「...うん」
「聖杯に願おう。受肉して、一緒にカルデアに行けばいいじゃないか。ロマニも、オルガマリーも賛成してくれるさ。そもそも、私情を抜きにしたって、僕らには立香の力が必要だ...だから」
「...ダメだよ、それは」
「何故だ?」
「...今度こそ、助けなきゃいけない人がいるの。それに、カドックなら私がいなくたってやっていけるよ」
「...分からないな。それは、お前だけが知っている何かの事実なんだろうけど...立香は、それでいいのか?...どうして僕なんかを好いてくれるのかは分からない。一体僕が立香とどんな苦難を乗り越えた来たのか知らない。それでも、立香にそんな顔をさせちゃいけないってことくらい...僕にも分かる」
「...そんなこと言われたら、もっともっと離れたくなくなっちゃうじゃん」
「.....」
「...じゃあ代わりにさ。一つ、我儘を聞いてくれない?」
「あぁ。僕に出来ることなら」
...今から私がするのは、きっとズルいことだ。
カドックの優しさにつけこんで、最低なことをしようとしている。
この世界のカドックには、これから先沢山の出会いがある筈だ。
それはもしかしたら、私じゃない、運命の誰かとの出会いもあるかもしれない。
その上で私は...卑しくも、
「目...つむって」
「...うん」
カドックは、素直に瞳を閉じた。
これから、何が起こるのかを分かった上で、閉じてくれた。
沈黙の中では、服が擦れるような微かな雑音でも、何一つ漏らすことなく耳に届く。
それは私に、私の挙動一つ一つを実感させる。
その罪深さを、自覚させる。
あぁ、もういいじゃん。
罰なら、幾らでも受けるよ。
私はカドックの首に手を回して、
「...ん」
静かに...唇と唇を重ね合わせた。
「...ふふ、もういいよ」
「...分かってはいたけど...やっぱ恥ずかしいな」
「カドックの初めてを貰っちゃった~。これから出会う運命の美女たちに申し訳ないなぁ~」
「茶化すなよ」
「ごめんごめん」
...この召喚は、きっと鮮烈な記憶となる。
この口付けは、座に戻った後も、新しく召喚された後も、決して忘れることは出来ない。
それが、私への罰。
この想いに、これから先一生苦しみ続けるんだ。
「...じゃ、行こっか」
「...あぁ、行こう」
そうして私たちは、また進み始める。
この特異点を、終わらせるために。
・・・
「お、結構早かったな」
洞窟は、数分ほど歩けば抜けることが出来た。
抜けた先で、僕らはすぐに二人を見つける。
「...これは...これが、大聖杯。信じられないな、最早魔力の底すら分からない」
「こんな物が極東の島国にあるんだもの。この特異点の異質さが分かるわね」
『いや、大聖杯自体は史実でも存在したよ?どうやらアインツベルン家が製作したらしい』
「え、そうなの!?いや、そうなのよ。分かってたわよそんなの!」
「...お喋りはここまでだ。
クー・フーリンの注意喚起に、僕たちは顔を上げる。
これが、最後の戦い...敵は、セイバー。
しかも、その真名...正体は、世界で最も有名と言っても過言ではない、ブリテンの王。アーサー王なのだ。
いくら数の利がこちらにあろうとも...厳しい戦いとなるだろう。
「...え?」
「うん?」
そうして見えたその姿に...僕とオルガマリーは同時に疑問符を上げた。
『なんて恐ろしい魔力出力量...計測器がイカれそうだ。気をつけて、みんな。かの王との戦いは、今までの戦い以上の苦戦を強いてくることが確約されている』
『...って、所長?カドック君?どうしたんだい?』
「いや、えっとだな...あれが、アーサー王?」
『あぁ、性別が違うって話か。確かに、伝説とは異なっているようだね。恐らく、男装でもさせられていたんだろう。ほら、男の子じゃないと王座にはつけないからね』
「それも、だけど!いや、だって...」
「「この顔見たことあるんですけど!?」」
「おぉ、息ピッタリだなお二人さん」
「むむむ...」
『見たことあるって、どういう?』
そう、見たのだ。
何処でって?
最初も最初...襲われているオルガマリーを救出するため、立香が召喚した、アルトリアと呼ばれる金髪の騎士。
髪色や雰囲気こそ違えど...間違いない。同一人物だ。
「...ほう、面白いサーヴァントがいるな」
「なっ!?テメェ、喋れたのかよ。だんまりを決めてやがったな!?」
突然、アーサー王の口角が若干上がったかと思えば、そう話しかけてきた。
クー・フーリンがややオーバーリアクションで応対する。
「あぁ、何を語ろうとも見られている...故に
「...わ、私のこと?」
「気配がするのだ...数多の英雄たちの気配だ。そこの娘。貴様の宝具は、縁そのもの...面白い。見せてみろ、その証を」
「立香、無理に反応する必要はない」
「......」
...しかし立香は、静かに、アーサー王に手の甲を向ける。
次の瞬間、立香のその手が、輝き出す。
現れたのは、紅い模様。
見間違う筈もない...だってそれは、
「...それは、令呪か?」
「元はね...けど、少し違う。これは、令呪が宝具として昇華されたモノ。謂わば、記録であり、縁の集約物ってとこかな」
「なるほど、嬢ちゃんはサーヴァントのマスターとして座に記録されたサーヴァントだったってことか...へぇ~、んなこともあるんだねぇ」
「...数多の英霊を従え、その存在を世界に証明した者...ただ指揮が上手いだけでは、こうは成りえまい。...面白い、ならばこの剣で、貴様の人生を見定めてやろう」
アーサー王は、徐に剣を構えた。
それは、ただ両の手で強く握り、振り上げるだけのシンプルなもの。
...が、なんだ、この悪寒は?
「来るぜ!宝具だ!防いでくれるよな、嬢ちゃん!」
「...うん、出し惜しみはなし」
立香は力強い眼差しで、アーサー王を見上げる。
...戦いが、始まろうとしている。
僕も、出し惜しむ必要はないな。
「令呪をもって命ずる!...フルスロットルだ!二人とも!」
「おうよ!」
令呪のブーストで、二人の魔力が一段と上昇する。
アーサー王は、ニヤリと不敵な笑みを浮かべ...
「卑王鉄槌。極光は反転する。光を呑め!
その、極大の宝具を放った。
「元人類最後のマスター、藤丸立香の名をもって命ずる。来て!アルトリア・キャスター!!」
『...藤丸...立香だって?』
宝具が迫る中、立香はサーヴァントを召喚する。
光が弾けて、人の影が成った。
それはまた、アーサー王と同じ顔をした少女だ。
「わわわわ!?なんだかすっごい責任重大な場面で召喚されちゃった!?取り敢えず、あれを防げばいいん...強くない!?防げるかなぁ!?」
「お願いアルキャス!」
「むむ、やれるだけはやりましょう...それはいつかくる兆しの星、希望の地、楽園の跡、誰に呼ばれるまでもなく、貴方は星をかざすでしょう。運命は誰のために──
優しい光が僕たちを包み込んだ。
アーサー王の極光は、絶えず迫ってくる。
けど、僕たちは逃げることはしない。
何故なら、僕たちの前に、立香が立っているのだから。
「ちょ、来るわよ!?え、なんで逃げないの!?いや、あ、呑まれる!?」
オルガマリーの慌てように、少しだけ不安が再燃した。
え?大丈夫なんだよな?
次の瞬間、極光が僕たちを呑んだ。
・・・
極光が、私たちを呑み込んだ。
けれど...光の中で、私たちは無傷だった。
一瞬が、数十秒にも数分にも感じる。
決して短くない時間、光に全てが削り取られていく様を見つめながら...終わりを待った。
「...ふーーー、なんとかなりましたぁ」
極光が過ぎ去る。
私たちは、傷一つ付かず、耐えきったのだ。
「...対粛清防御か。見事だな...」
アルトリア・オルタは、感服と言わんばかりに目を見開いた。
「え、えぇ?私、生きてる?」
『みんな無事だ。バイタルも異常なし。凄いよ、あの威力を無傷だなんて!』
「...生きた心地はしなかったけどな」
「なんかすっごい褒めてくれます。なんてホワイトな職場!私の自己肯定感も鰻上りです!」
「うん、流石アルキャス。頼りになる」
これで、相手の一番の武器は防げた。
ここから、やっと勝負の土俵に上がることが出来る。
「まだまだいくよ。追加召喚!ジャンヌ・オルタ!千子村正!」
続け様に、戦力を増やす。
魔力を令呪に流すと、召喚の光が弾けた。
「...ふん、ジャンヌ・ダルク・オルタ...召喚に応じ参上したわ。また、復讐の焔が必要になったのかしら!マスターちゃん?」
「なんでい、老体に鞭打たせやがってよ...ま、請負った仕事はきちっとやってやらぁ」
「...なぁんか、これまた癖の強そうな奴らが出てきやがったなぁ」
これで、私たちの戦力は単純計算で倍以上。
これなら、聖杯から無限の魔力を供給されてるアルトリア・オルタにも対抗できる筈だ。
「...あら?あらあら?なぁんか見たことある性悪顔だと思えば...まさかの敵は黒女。ふふ、燃やし甲斐があるってものね」
「...ふん、貴様のことなど欠片程の記憶もないが...どうにも癇に障る。真っ先に八つ裂きにしてやろう」
「そう言えば、お二人はオルタ同士とても
「えぇその通り。この女をなぶれる機会をくれたマスターちゃんには感謝しかないわね...うん?なんだか今、言葉の裏に別の意図を感じたような...」
「おい、談笑はその辺にしとけよ。
「そうだぜ、さっさと決めねぇとな。どこの英霊かは知らねぇが、その力ぁ、貸して貰うぜ」
「では、サポートは私に任せてください!」
...複数の英霊が結託する。
それはとても...懐かしい光景だった。
「んじゃ、いくぜ!」
クー・フーリンが地を蹴った。
一瞬でアルトリア・オルタとの距離を詰めて、槍の雨を浴びせる。
クー・フーリン全力の連撃だ。私の目には、到底追いきれない。
けれど、アルトリア・オルタは的確に全てを捌ききる。
「余所見してていいのかしらッ!!」
死角から、ジャンヌ・オルタが迫る。旗を武器のように巧みに操り、アルトリア・オルタへ渾身の一撃を放った。
「軽いな」
「チッ!」
しかし、クー・フーリンに対応しながら、その一撃を小手で防ぐ。
「こんの、ゴリラッ!!」
「ゴリラではない!」
「おい、敵はもう一人いるぜ?」
更に、村正の一撃が襲いかかった。
流石に、腕を増やさない限りは対応出来ない。
「甘いな」
瞬間、アルトリア・オルタは魔力を放出する。
ただの魔力放出も...超規模の魔力炉心から供給を受けているアルトリア・オルタのそれは、並みの宝具以上の衝撃波を全方向へ向けて発するに至る。
三人は、それぞれ三方向へ強力な慣性を受けた。
「結界、展開します!」
アルキャスはアルトリア・オルタを取り囲む、巨大な防壁を展開。
「いっくぞー!ファイアー!」
やや気の抜けた雄叫び。
しかしそれに似合わない規模の爆発が、結界内部で巻き起こる。
私は「やったか!」っと、思わず叫んでしまった。
「ちょっと立香!それ多分言っちゃダメなヤツですよ!」
「あ、ごめん」
アルキャスの言った通り、土煙が晴れると...アルトリア・オルタの何食わぬ顔が確認できた。
ほとんどノーダメージ。未だHPゲージは健全だ。
「かったい!反則染みたレベルの魔力による防御よ!並大抵の一撃じゃ傷一つ付かない!」
「ほんじゃま、宝具しかねぇわな。
「しゃーねぇ、時間稼ぎってのは性に合わねぇが背に腹だ」
「時間稼ぎが必要なら、私がずっとこの結界に閉じ込め続けてればいいのでは?(名案)」
「ふん」
「わぁ!?殴って破壊された!?嘘!?」
「...へっ」
「何鼻で笑ってんだ村正ぁッ!!」
やっぱり、この状態のアルトリア・オルタの攻撃力は反則級だ。
と同時に、防御もピカイチ。
簡単には打ち崩せない。
「...貴様ら、何かを忘れてないか?サーヴァントは所詮、召喚者ありき」
アルトリア・オルタが、私を睨んだ。
刹那、その姿が残像を残して消える。
「まずい!マスターを守れ!」
「行かせませんよ!」
アルトリア・オルタが一直線に私へと迫る。
その間に滑り込み、アルキャスが何重にも防壁を前面に展開した。
しかし、アルトリア・オルタの突進力を前に、防壁は次々に破られていった。
「や、やばっ!?」
「邪魔だ」
アルトリア・オルタから放たれた、強烈な
それは、アルキャスの鳩尾を的確に撃ち抜いた。
「...コホォッ」
「キャスター!!!」
その衝撃が、空気を伝って私にまで届く。
アルキャスはくの字に折れ曲がりながら弾き飛ばされて、壁に激突した。
再び、アルトリア・オルタが加速する。
その後ろから、クー・フーリンとジャンヌ・オルタが追いかけてくるけど、もう間に合わない。
「やるしかない!!!」
このレベルの威力の攻撃は...瞬間的なサーヴァントの召喚による防御じゃ防げない。
だから、回避しかない。
私は咄嗟に
アルトリアの身体能力をペースト。
これなら、一度くらいの回避は!
「...出来る筈がないだろう?」
瞬間、爆発的な加速が起こる。
目前に迫る、アルトリア・オルタ。
あ、やば...無理だこれ。
「ガンド!!!」
「なっ!」
刹那、振り下ろされたエクスカリバーの、軌道がズレる。
剣を振るう為に踏み込んだその瞬間、カドックのガンドがアルトリア・オルタの足場を崩し、重心を狂わせた。
私の真横に、エクスカリバーは叩きつけられる結果となる。
「ダァアアア!!」
召喚したエクスカリバーを、アルトリア・オルタに全力で振り抜いた。
傷一つ負わせた手応えはないけど...その体を遠くへ吹き飛ばすことには成功する。
「喰らっときなさい!
「
「チッ...
ジャンヌ・オルタとクー・フーリンの、超絶の威力を誇る宝具に対して、アルトリア・オルタは空中にて、体勢が非常に不安定にも関わらず、宝具で応戦。
流石のアルトリア・オルタも、二人の宝具の合わせ技は相殺できない。
大きな衝撃。暴風が吹き荒れる。
「...やるな。少しだけ効いたぞ」
「マジか、宝具の威力の大半が殺されちまった」
「チッ、腹が立つわねこの怪物ゴリラ」
「アルキャスは!?」
私は、アルキャスが吹き飛ばされた方向に視線を飛ばす。
まさか、さっきの一撃で消滅してないよね....
「ゴホッゴホッ...ゲボ....」
見れば、アルキャスの元にカドックが駆け寄り、治癒魔術を掛けていた。
アルキャスは大量の血を吐血しつつも...大きく霊基を損傷している様子はなかった。
「...羽虫と侮っていたが...なるほど、虫にたかられるというのは、確かに鬱陶しいモノだったな」
「...羽虫は羽虫で、出来ることをするだけだ」
「なら、貴様から....」
「準備、出来たぜ」
刹那、声が響く。
それは...アルトリア・オルタの背後から発せられた。
「かつて求めた究極の一刀。其は、肉を断ち骨を断ち。命を絶つ鋼の
「何!?」
フィールドが、村正を中心に塗り替えられる。
それは、固有結界。
村正の心象世界を具現化する、魔術の極地。
「貴様!」
アルトリア・オルタは、当然のように背後の村正を切り捨てようとする。
...しかし、
「させ...ませんよぉ...ゲホッ」
再び、アルトリア・オルタを閉じ込める防壁。
「芸がないな!」
同じように破壊される。そう思っていた。
しかし、アルトリア・オルタがどれほど攻撃を畳み掛けようと、傷は付けど一向に破壊される気配はない。
「なんだと?」
「へへ...この霊基の、全ての魔力を込めてますから。そう簡単には、ね」
「我が
詠唱が、進む。
少しずつ、アルトリア・オルタの表情に、焦燥が滲んでいく。
「其処に至るは数多の研鑽。千の刀、万の刀を
それは、集約。
究極の一。
村正の手の中に...燃え盛る、最高最強の刀が現れた。
「受けやがれ、こいつがオレの、都牟刈、村正だぁ!!」
猛る声と、完成する究極の一撃。
しかし、それが放たれる直後...なんと、アルキャスによる拘束の防壁が破られた!
「ここは、回避しか!」
「させると思うの?」
逃げようとするアルトリア・オルタを、ジャンヌ・オルタが羽交い締めにする。
「バカが!貴様も消滅するぞ!」
「えぇ構わないわよ?そも、私には煉獄の炎こそ相応しい...共に焼かれてあげようじゃない」
「良い覚悟だ!歯ぁ食いしばりやがれ!!!」
村正は吠える。
最早、アルトリア・オルタに退路はない。
文字通り...チェックメイトだ。
「ぐぁぁあああああああああ!!」
放たれたそれは、巨大な火柱を伴って、全てを切り裂く。
そうして...その炎が消えた時。
...そこには、アルトリア・オルタの姿も...ジャンヌ・オルタの姿も...なかったのだった。
「...っと...
村正は、灰になって消えていく自身の身体を見つめながら...ニカッと笑う。
その姿に、クー・フーリンはやれやれと肩を竦めた。
「...ったく、良いとこ全部持っていったな」
「悪いな、青いの。どうも
「...ありがとう、お疲れ様、みんな」
「あぁ、おつかれさんだな、マスターも。一瞬ヒヤッとするとこもあったが、よくやれてたじゃねぇか」
「村正ぁ、私には何かないのですか?こんなぼろぼろになってまで貢献したんですけど?」
「おーおー、お前さんもよくやったよ」
「なんか適当ですね!!ごっふぅ!?」
「...どこぞの剣士みてぇなことになってんな」
...そうして、役目を終えた霊基は少しずつ消滅を始める。
「...あの、治療ありがとうございました」
「あ、あぁ」
「あぁ、そう言えば、立香はお前さんに召喚されたんだな...別の世界のお前さんだから改めて言っておくが、
「失礼だな村正ぁッ!!」
「そうだぞ村正ぁッ!!デリカシー村正ぁッ!!」
「息ピッタリじゃねぇかよ」
もぉ...ほんと、村正ったら。
...まぁでも、良い意味で、懐かしいな。
「じゃあ、またね二人とも」
「はい、お元気で、立香!」
「用があれば、いつでも呼べよ」
二人はそう言って...座に還っていった。
残ったサーヴァントは、私とクー・フーリンだけだ。
「...んじゃ、俺も還るとするぜ。これで、正しい形で聖杯戦争は終わる...あれは、お前たちのもんってこった。大事に使えよ」
『おーい、三人とも、無事かい?』
後の方から、所長が駆けてきた。
あ、なんか腰が抜けてる。
めっちゃガクガクしてる。
「最後の辺り、カドックが飛び出していった時はどうしようかと思ったわよ...もう!どうして貴方たちはそう無茶が好きなの!?」
「乗り越えられない壁はないから、かな?」
「格好つけてんじゃないわよ!」
「しまらねぇなぁ最後まで」
クー・フーリンは呆れ顔で空を仰ぎつつも、笑った。
「じゃあな、わりと楽しかったぜ」
「あぁ。ありがとう、クー・フーリン」
『ここまで来れたのは、貴方の協力のお陰です。心からの感謝を』
「うん、またね、クー・フーリン」
「...えぇ。感謝するわ」
...自主退去によって、クー・フーリンは光の粒となり、空へと舞い上がって消えた。
これで、やっと、聖杯戦争は終わる。
「...あとは、だね」
残った、聖杯。
私たちはその方へ向き直った。
...勿論、忘れてなんかない。
これから起こる悲劇。
絶対に、繰り返してなるものか。
「さぁ、聖杯を回収しましょう。この特異点の原因はどう見てもあれだし」
「あぁ、回収を...」
「いや...まさか君たちがここまでやるとはね。計画の想定外にして、私の寛大さの許容外だ」
「ッ!?」
そうして...知識の通り、その声と共に現れたのは、一人の男。
緑のスーツに、長い帽子。
顔に張り付けた、作り物の笑みは、まるで私たちを嘲笑しているかのようだった。
「まさかカドック君が助かっていたとはね...もしや、ペペロンチーノ君のお陰かな?」
「...なん、だと...アンタは...レフ?」
『レフ!?レフ教授だって!?まさかそこにいるのかい!?』
「うん?あぁ、その声はロマニか...すぐ管制室に来るようにと伝えた筈なのに...まったく、」
レフは、徐にため息を吐くと。
次の瞬間、その本性を露にした。
「どいつもこいつも、統率の取れていないクズばかりで吐き気が止まらないなぁ。人間というのはどうしてこう、定められた運命からズレたがるんだい?」
「何を、言っているんだ?レフ」
「カドック...お願いだから下がってて...あれは、貴方の知ってるレフ教授じゃない」
「君は...召喚されたサーヴァントの筈なのに、どうも違和感があるな...何処かで会ったことでも?」
「答える気はないよ」
私の答えに、レフはわざとらしく肩を竦めて見せた。
「レフ...あぁ、レフ、レフ、生きてたのねレフ!」
所長は、明らかに疑わしい存在である筈のレフに対して、少しの疑問さえ抱かずに、駆け寄ろうとする。
「...ダメ、所長」
私はそんな所長の腕を掴んで制止する。
「はな、離しなさい!私はレフのところに行くのよ!」
「いや、違うよ。あれは、所長が信頼するレフじゃない」
「そんなわけがないでしょ!?レフが、レフがそこにいるのよ!!行かせてよ!!何で止めるのよ!!!」
所長は、狂ったように私の手を払おうと、ぶんぶん腕を振る。
それでも離さずにいると、とうとう腕を噛もうとまでしてきた。
...所長は依存しているんだ、レフ教授に。
父親が死んで、若くしてカルデアという組織の舵取りを任せられて...上からも下からも父親のような働きを期待されて、その為に頑張って。
それで嫌われて、それでもやるしかなくて。
そんな時...レフ教授は、大きな心の支えだった。所長の心を支えていた...それだけは、動機がどうあれ、紛れもない事実だったんだ。
「...やぁオルガ、元気そうで何よりだ。君も大変だったようだね」
レフは、優しい声音で、所長に話しかける。
「えぇ、えぇ、そうなのよレフ!管制室は爆発するし、この街は廃墟そのものだし、カルデアには戻れないし!予想外のことばかりで頭がどうにかなりそうだった!でもいいの、貴方がいればなんとかなるわよね?」
「.....」
「だって今までもそうだったもの...今回だって、私を助けてくれるんでしょ?」
所長の瞳に写るのは、希望だった。
まるで救いを求める狂信者のように...ただただ、レフという支えにすがりつこうと必死だ。
「あぁ、勿論だとも。本当に予想外のことばかりで頭にくる」
...けれど、今目にしてるのは、所長の知る優しいレフじゃないんだよ。
「この中で最も予想外なのが君だよ、オルガ。爆弾は君の足元に設置したのに、まさか生きているだなんて」
「.......え?れ、レフ?あ、あの、それ、どういう、意味?」
「いや、生きているとは違うな。君はもうとっくに死んでいる。肉体はとっくにね。トリスメギストスはご丁寧にも、残留思念となった君をこの土地に転移させてしまったんだ。...ほら、君はレイシフトの適性がなかっただろ?肉体のままでは転移できない。分かるかな?君は死ぬことで初めて、あれだけ切望していた適性を手に入れたんだよ。だから君はカルデアには戻れない。君が戻った時点で、君のその意識は消滅してしまうからね」
「え...え?しょ、消滅?私が?カルデアに...戻れない?」
「だがそれでは、生涯をカルデアに捧げた君が不憫でならない...だから特別に、今のカルデアがどうなっているかだけ見せてあげよう」
レフが、指を鳴らす。
それと同時に...辺りは荒れた大地から、カルデアの内部へと移り変わる。
「...な、何よあれ...カルデアスが真っ赤になってる?嘘、よね?あれ、虚像よね、レフ?」
「本物だよ。君のために時空を繋げてあげたんだ。聖杯があれば、こんなことも出来るからね」
「そ、そんな....」
「見たまえ、アニムスフィアの末裔よ!君たちの愚行を!人類の生存を示す青は一片もない。あるのは燃え盛る赤色のみ!これが、今回のミッションが引き起こした結果だよ。...今回も、君の至らなさが悲劇を起こしてしまったわけだね」
「...ッ違う!!私のせいじゃない!!私の責任じゃない!!私は失敗してない!!私は死んでなんかない!!...アンタ、どこの誰なのよ!?私のカルデアスに何をしたって言うのよぉ....!!」
「アレは...君の、ではない。まったく、最期まで耳障りな小娘だったなぁ、君は」
...体の奥底から、煮えたぎるような怒りが沸いてくる。
許せない...赦しちゃいけないって、細胞の一つ一つが訴え駆けてくるようだ。
私は、堪えきれない怒声に、身を任せそうになって....
「ふざけるな!!!!!!!」
...けど...隣から響いてきたそれに...少しだけ頭が冷えた。
「...カドック?」
「さっきから聞いてれば...ふざけたことを抜かすなよ!!赦されるわけがないだろう!!そんなことが!!!こんな結末が!!!頑張った奴がバカを見る!?精一杯努力した奴が酷い目に遇う!?おかしいだろうが!!!認められるか...そんなことが!!!!」
「...ふむ...あぁ、そうか。同情するんだね、君は彼女に。確かに、君はその余地があるのかもしれないな。...何故なら君は平凡で、魔術としては二流...ただ卓越したレイシフト、マスター適性によって選ばれた人間だからね...努力しても埋められない壁。認められない結果。その劣等感の中で生きてきたわけだ...だから否定したいんだね?彼女の結末を。それを容認するってことは、君自身のこれまでを全て否定することになるからねぇ?」
「...黙れ!」
「ふ、犬かと思いきや...なるほど、狼だったか」
...こんなに怒っているカドックを、私は見たことがなかった。
その激情に...胸が熱くなるのを感じた。
あぁ、そうだね。認めちゃダメだよ。
「...まぁいい」
再び、レフは指を鳴らす。
「...え、なに!?体が...吸い寄せられる!?」
所長の体が...突如、カルデアスに向かって動き始める。その力に、私まで吸い込まれそうになる。
「このまま殺すのは簡単だが、それでは芸がない...最後に、君の望みを叶えてやろう。さぁ、君の宝物に触れたまえ...これは、私からの慈悲のようなものだ」
「ちょ...何を言っているの?私の宝物?カルデアスのこと?...や、止めて。だってカルデアスよ?高密度な情報体なのよ?次元が異なる領域、なのよ?」
「あぁ、ブラックホールとなんら変わらない。それとも太陽かな?まぁどちらにせよ、人間が触れれば分子レベルで分解される地獄の具現だ。遠慮なく、生きたまま無限の死を味わいたまえ」
吸引力が...どんどん強くなっていく。
私の体まで、徐々に浮かび上がってきた。
「...ぐ!」
「いや、いやぁ!!誰か...立香!カドック!助けて!!わた、わたし!こんなところで死にたくない!!」
「...オルガマリーッ.....!!」
「だってまだ、褒められてない!誰も、私を認めてくれてないじゃない!どうして、こんなことばっかりなの!?誰も、私を評価してくれなかった!みんな、私を嫌ってた!」
所長が泣き叫ぶ。
私まで地面から完全に離れそうになった瞬間...カドックが、それを繋ぎ止めた。
「やだ、やめて!いや、いやいやいやいやいやいやいや!だってまだ何もしてない!生まれてからずっと...ただ一度だって...誰にも認めて貰えなかったのにッーーーー!!!」
「...させるか...こんな結末...絶対に、ダメなんだ!!」
...これが...ほんとの、最後だ。
レフの手の中にある聖杯...あれさえ奪えれば、全てが変わる!
「今だよ!!!マシュ!!!」
「はい、先輩!!!」
「何!?」
私は既に、マシュを召喚していた。
レフに気づかれないように、魔力の変化を最小限に留めながら。
この一瞬...レフが油断するその一瞬を狙ってた!!
「マシュ...だとぉ!?そんな筈はない!君は、確かに重篤な怪我を....ッ!!」
「失礼します、レフ教授!!」
マシュのタックルが、レフの身体を撥ね飛ばす。
衝撃で、その手から聖杯が離れた。
マシュは聖杯を奪い取り、私へと投げ渡す。
「ま...しゅ?」
「...はい、マシュ・キリエライト。今度こそ所長を救うべく参上しました。...言いましたよね、最善を尽くしますと」
マシュは、そう満面の笑みを浮かべて...再び退去した。
「貴様ァァァァアアアアーーッ!!!余計な真似を!!!!」
聖杯を、キャッチする。
...これを使えば、今度こそ私の役目は終わりだ。
私は、カドックの方を一度向いて、
「...短い間だったけど...一緒にいれて、幸せだったよ。...大好き」
「...りつ、か」
「...聖杯よ...どうか、願いを叶えて!所長を...オルガマリーを、助けてあげて!!!」
刹那...眩い光を、聖杯は発する。
光...いやそう見えたものは、もしかしたら魔力なのかもしれない。
はたまた、人の想いであるのかも。
聖杯のその光は、所長を優しく包み込んだ。
辺りの景色が、元の荒地に戻っていく。
それに伴って、所長に掛かっていた力は消えていった。
「...あぁ...あたた...かい」
光に呑み込まれた所長は...安心しきった表情を浮かべながら...消えた。
いや...転移したんだ。
『わ、わぁ!?突然所長が現れたぞ!?し、死んで...いや、生きてる!脈もある!!』
「...そうか、どうやら今回は、君たちの方が一枚上手だったらしいね」
レフは、気だるげに服についた砂埃を払うと...言葉を続けた。
「まぁいい、改めて自己紹介をしようか。私はレフ・ライノール・フラウロス。貴様たち人類を処理するために遣わされた、2015年担当者だ。聞いているなロマニ。共に魔道を研究した学友として、最後の警告をしてやろう」
『...なに?』
「カルデアは、もう用済みになった。貴様たちは既に詰んでいる」
「...どういう意味だ、それは」
「単純な話、もう終わってしまったという事実だ。未来が観測出来なくなり、未来が消滅したと言っていたな。まさに、希望的観測だ。未来は消滅したんじゃない、焼却されたのだ。カルデアスが深紅に染まった時点でな...結末は確定した。もはや貴様たちの時代は存在しない!」
『...存在しない?』
「カルデアスの磁場によって、カルデアは守られているだろうが...外の世界はこの冬木と同じ末路を迎えているだろう」
『...そうか、外と連絡が取れなくなっていたのは、通信機器の問題ではなく...そもそも連絡を取る相手が消滅してしまっていたから....』
「ふん、賢しいな。真っ先に殺しておけば良かったと悔やまれる...だが、いずれにせよ2015年を過ぎれば、カルデアも同じ結末を迎えるだろう。それを止める術は最早ない!何故ならこれは、人類史による人類の否定だからだ!!」
...そう...人類史の焼却...ここから、人理修復の旅、グランド・オーダーが始まるのだ。
...大丈夫。
きっとカドックなら...取り戻せる筈。
...次の瞬間、大地が大きく揺れ動く。
「おっと...どうやらこの特異点もそろそろ限界か。では、さらばだロマニ、そしてカドック・ゼムルプス、名も知らぬサーヴァント。こう見えても私には次の仕事があるのでね...君たちの末路を愉しむのはここまでにしておこう。時空の狭間に呑み込まれるがいい...私とて鬼ではない。最後の祈りくらいは許そう」
...そう言い残し...レフは消えた。
「...ハッ!ロマニ!レイシフトの用意を!」
『もうしているよ!ただ、申し訳ない!そちらの崩壊の方が早いかも...その時は、そっちでなんとかしてくれ!』
「なんとかって!?」
「人は宇宙空間でも数十秒は生きていられると言うだろう!?」
「...ほんとにこれは、神に祈る他なさそうだな」
カドックが、唇を噛み締める。
「大丈夫大丈夫、カドックは助かるよ」
「...だと、良いんだけど...って、立香!?」
カドックは、驚愕の色に顔を染めて...足元から徐々に退去の始まる私の身体を見た。
「うん、ごめん。私はここまでだね。聖杯に願ったから、今度こそ本当に聖杯戦争は終了した...私の霊基も、役目を終えたんだよ」
「......」
「...もう、私みたいな顔しないでよ。いや、勿論悲しんでくれることは嬉しいけどね!?...でも、カドックは前を向いてなきゃ。これから先、大変な旅になるんだからさ」
「...あぁ、分かってるよ。だから...言うべきことは、決めてるんだ」
「...言うべきこと?」
少しずつ、崩壊していく大地の中。
...カドックは、同じように崩壊していく私を抱きしめた。
「ありがとう...立香。君のお陰で、僕はここまでこれたよ...そして、所長を助けてくれたことも含めて。感謝が尽きない」
「...う、ん...そう言ってくれると、頑張った甲斐があったってもんだよ」
また、あの温もりに包まれる。
世界一安心できる場所に、私はいる。
一生、感じていたい...離れたくない...そんな想いが、再燃してくる。
...だめ、だめだよ。
決めたのに...最後は、笑顔で別れようって。
なのに、こんな、温かかったら...
「...泣いちゃうに、決まってるじゃん」
止めどなく、涙がこぼれてくる。
もう、自分の意思じゃ止められない。
退去が腰まで進んで、終わりはすぐそこだって言うのに。
私はまだ、泣きじゃくってる。
こんなつもりじゃなかったのに。
笑って送り出したかったのに。
私の方が、カドックに慰められてる。
(不恰好だなぁ...でも)
私は、身体のほとんどが退去して...最後の一欠片になったとき...思っていた。
(最後がカドックの胸の中で...幸せだったなぁ)