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嘘だ。
嘘に決まってる。
昨日の俺は、心の底からそう思っていた。なのに──
「女の子になってる!?」
いつもより何オクターブも高い声が部屋に響き渡る。
その声は、紛れもなく俺から発せられたものだった。
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棚橋悠哉(たなはし ゆうや)を端的に表すならば、石に例えるのがうってつけだろう。まさにその辺に落ちてる名もなき石ころ。美しい輝きもなければ、目立った傷もない。強いて、無理やりいい点を挙げるとすれば、蹴るのが楽しそうな丸みを帯びているといったところだろうか。
容姿、性格、知能、運動能力、人脈。この五項目でグラフを描けば、小さくも均一な五角形になるだろう。不完全な完全栄養食、取るに足らないモブキャラである。
そんな悠哉の日常は、常に光を帯びた「ヒーロー」の存在とともにある。
「おはよう。悠哉」
門扉を閉める悠哉に眩しいばかりの爽やかな挨拶をした男、桐谷将(きりたに しょう)である。彼は、悠哉とはまったくもって真逆の、まさにヒーローである。
高校二年にして三年を押し除けバスケ部のエースに位置するクラスの人気者。勉強は少し苦手だが、それさえも愛される一因となっている。
「おはよう」
悠哉は眠い目を擦りながら、いつものように短く答えた。二人は並んで、朝の通学路を歩き出す。
月とスッポンといえばスッポンが哀れに思えるレベルに雲泥の差のある二人。本来ならば絶対に交わることのないように思えるが、彼らは幼馴染という固い絆で結ばれている。
「なんか眠そうじゃん。また夜更かししただろ」
将がからかうように言う。
「課題やってた」
悠哉が返すと、将は一瞬、目を丸くして立ち止まった。
「……課題?」
まるで初めて聞く単語のように、将は首を傾げる。そして、一瞬の思考のフリーズの後、大げさに顔をしかめた。
「あああああ! やっべ、忘れてた! そういやあったな、古文の読解! 悠哉、マジで偉すぎるだろ!」
将は頭を抱えて唸り、慌てて悠哉の顔を覗き込む。
「頼む! マジで頼む! 俺、これ出さなかったら先生にシバかれる! 写させてくれ!」
そう言うと、将は悪気のない太陽のような笑顔を向けた。そして、懇願するように、無遠慮に悠哉の肩に腕を回す。
悠哉は、突然の接近に少し驚きながらも、その重みを「いつものこと」として受け入れた。将の腕は太く、温かい。この距離感は、彼らの間ではあまりにも当たり前だった。
「またかよ……。はぁ、しょうがないなぁ」
悠哉は呆れながらも、将の頼みを了承する。「石ころ」の自分にとって、将に頼られる瞬間は、数少ない優越感を感じるひとときだったからだ。
この何気ない日常が、突然終わりを迎えることなど、この時の悠哉は知る由もなかった。