TSしたら幼馴染がやたらと近い件   作:ヤマがら

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三話

 角の取れた桃色の正方形に、フリルのあしらわれたファンシーな文字でアプリの名前が刻まれたシンプルなデザイン。その名は『美少女メーカー』。

 検索エンジンを開き、美少女メーカーと検索をかける。しかし、不思議なことに、何一つヒットしない。ストアの履歴を遡るも、ダウンロードの記録もない。まるで幽霊アプリのように、存在という事実だけがそこにあった。

 タップしようとする手を、理性が拒んだ。きっとウィルスか、悪質な広告だろう。そう頭では理解していた。だが、「美少女」という単語が、日中に感じた将の輝きと、それに対する自分の取るに足らなさを、強烈に刺激した。

 

「俺も、美少女に……?」

 

 誰にも言えない、しかし確かに胸の奥に燻っている願望を、その胡散臭い名前が掻き立てた。どうせ、開いたところで、変な広告が出るだけだろう。そう好奇心に言い訳をして、悠哉はそのアイコンに指を触れた。

 

 モテたい!

 可愛くなりたい!

 チヤホヤされたい!

 

 そんな願いを叶える魔法のアプリ──美少女メーカー!

 

 簡単操作!

 パーツを選んで理想の容姿を作るだけ!

 

 完全無料!

 料金は一切かかりません!

 

 君も今日から美少女に!

 

 

 アプリは起動と同時に、高音質のポップな音楽を流し、眩しい宣伝文句を画面いっぱいに表示した。

 

「なんだこれ……」

 

 思わず呟いた。胡散臭すぎて鼻が曲がるかとさえ思った。

 開いた途端にこの宣伝文句。タップしたことを心底後悔した。すぐにアプリを閉じようとしたが、画面は頑として動かない。

 すると、宣伝文句の下に、小さく【次へ】の文字が点滅し始めた。

 

「どうせなら、最後まで見てみるか……」

 

 悠哉は半ばやけになって【次へ】をタップした。画面が切り替わると、『理想の美少女パーツを選択してください』という指示と共に、顔の輪郭、目、鼻、口、髪型などの選択肢がずらりと並んだ。まるで、スマホのゲームでキャラクターメイクをする画面だ。

 やっぱり、ただの美少女着せ替えアプリか、と悠哉はため息をついた。

 そう言いながらも、指は無意識にパーツを選び始める。

 どうせ架空のキャラだ。日頃から将のような「光」に焦がれる悠哉は、自分とは真逆の容姿を求めた。

 透き通るような白い肌。控えめながらぱっちりとした瞳。そして、悠哉のくせ毛とは正反対の、漆黒のストレートロングヘアー。パーツを選ぶたびに、画面右側のプレビュー画面に、確かに「理想」の美少女が形作られていく。

 

 五分ほどで全ての選択を終えると、画面は大きな【入力完了】ボタンを表示した。悠哉は深く考えることもなく、それをタップする。

 

「理想の美少女データ、インストール完了!」

 

 ポップなファンファーレと共に、文字が表示された直後、アプリは無言でシャットダウンし、ホーム画面に戻った。

 

「え……終わり?」

 

 悠哉は拍子抜けした。何も起きることなく、ただアプリが消えただけ。アイコンはホーム画面から跡形もなく消え去っている。ウィルスでもなく、広告が出ることもなかったが、これほど肩透かしを食らうことはない。

 

 ──結局、何も変わらないのか。

 将の眩しさ、自分の取るに足らなさ。アプリで一時的に夢を見たところで、現実は冷たい石ころのままだ。

 悠哉は、わずかに期待してしまった自分を恥じ、スマホをベッドの脇に放り投げた。

 

「悠哉、ご飯だよ」

 

 扉越しに姉の真琴(まこと)の声が響き、悠哉を現実へと引きずり戻した。

 

「うい」

 

 小さく返事をし、悠哉はベッドから立ち上がった。

 

ーーーーーーー

 

 食事と風呂を済ませてる間も、胸の奥に残るざわめきは消えなかった。

 インストール完了。

 あの文字が、頭から離れない。

 本当に、何も起こらないのか?

 もし、万が一──

 

 布団に潜り込み、目を閉じても、眠りは浅かった。

 将の笑顔が浮かぶ。

 教室で見た、あの甘い笑み。

 もし、あれが自分に向けられたら。

 もし、自分が「美少女」だったら。

 

「……バカバカしい」

 

 そう呟きながら、悠哉は無理やり意識を沈めた。

 でも、心のどこかで、小さな期待が灯っていた。

 明日、目が覚めたら、何かが変わっているかもしれない。

 そんな、子供じみた妄想を抱えたまま、ようやく深い眠りに落ちていった。

 

 布団の中で、悠哉はうっすらと目を開けた。

 まだ夢と現実の境目が曖昧な、朝の薄闇。

 いつもなら、枕に押しつけた頬の感触が、ざらついたシーツの匂いと混じって「今日もか」とため息を誘う。

 

 ──でも、今日は違う。

 

 頬に触れるのは、髪の毛だった。

 長くて、さらさらで、寝返りを打つたびに肩から胸へと流れ落ちる。

 重い。

 胸が、重い。

 

「……ん?」

 

 声が裏返ったのかと思った。が、違う。

 地声が高くなっている。

 まるでアニメのヒロインみたいな、甘い響き。

 

 悠哉は反射的に手を伸ばし、自分の胸を鷲掴みにした。

 柔らかく豊満な感触が手に触れる。

 ふたつの膨らみが、掌にぴったりとフィットする。

 

「は?」

 

 跳ね起きた。

 布団が滑り落ち、冷たい空気が肌を撫で回し、鳥肌が広がる。

 その時、裸であることに気がついた。

 いや、正確には──下着だけ。

 白いキャミソールと、ショーツ。パーツを選んでいる時の、あの姿が一瞬頭を過ぎる。

 

 視界が揺れた。

 部屋はいつも通り。

 ベッド脇の机、古文のプリント、埃まみれのゲーム機。

 慌てて鏡の前に立つ。

 鏡に映る自分は、まるで別人だった。

 

 腰まで届いた黒い髪。

 白い肌が鏡のように朝の光を跳ね返す。

 そして、大きな瞳が驚愕に見開かれている。

 アプリで作った、あの「理想の美少女」が、そこにいた。

 

「……え? どういう、こと……」

 

 声は、震えていた。

 喉が細い。

 鎖骨がくっきり浮き、肩のラインが華奢で、腰のくびれが──

 

 悠哉は、両手で自分の顔を覆った。

 指先が頬に触れる。

 赤子のように艶やかで、もちもちとした感触。自分の肌とは到底思えなかった。

 

 夢だ。絶対夢だ……。

 

 頬をつねる。

 痛い。

 その痛みが現実だということを確信に変えるだけだった。

 

 今度はスマホを拾い上げ、ホーム画面を見る。

 やはり、『美少女メーカー』のアイコンは、もうない。

 なんの痕跡も残っていない。

 

 ──インストール完了。

 

 ふと、昨日のあのポップなファンファーレが耳に蘇る。

 冗談だと思った。

 悪質なドッキリアプリだと思った。

 でも、目の前の鏡は、容赦なく真実を突きつける。

 

「女の子……になってる」

 

 声が震えて、最後はかすれた。

 膝が崩れ、床に座り込む。

 長い髪が顔にかかり、視界を覆う。

 

 どうしよう。

 学校、どうする?

 将に……会ったら、どうすれば──

 

 頭の中で、将の笑顔がフラッシュバックする。

 昨日、教室の入り口で女子たちに向けた、あの甘い笑顔。

 あれが、自分に向けられたら。

 ──いや、今の自分なら、向けられるかもしれない。

 

 胸が、ざわめいた。

 恐怖と期待がぐちゃぐちゃに混ざって。

 

 そのとき、ドアがノックされた。

 

「悠哉? まだ寝てるの? もう七時よ」




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