無窮の魂   作:yumui

3 / 5
黒き狼の神

苦痛の魂を持つ戦士。血の魔術を操る男。白夜騎士団で共に戦った仲間。

 

そして、黄金の王座に最初に座った者。

 

 

それは数百年前、白夜騎士団がまだ存在していた頃のことだった。

 

ヴェルムは寡黙な男だった。

 

背は高く、筋肉質な体躯。黒い髪を短く刈り込み、顔には古い傷跡がいくつも刻まれている。大剣を背負い、常に無表情だった。

 

言葉は少なく、必要最低限のことしか話さない。だが、その剣の腕は確かだった。

 

戦場でのヴェルムは、別人のようだった。

 

大剣に血の魔術を纏わせ振るう。敵の血からブラッドゴーレムを生み出し操る、まるで獣のようだった。

 

ミアはいつも、その姿を隣で見ていた。

 

二人は言葉を交わさずとも、互いの動きが分かった。

 

だが、戦いが終わると、ヴェルムはまた寡黙に戻った。

 

ある夜、野営地でミアが煙草を吸っていると、ヴェルムが隣に座った。

 

「……眠れないのか?」ミアは尋ねた。

 

ヴェルムは頷いた。

 

「悪夢か?」

 

また頷き。

 

ミアは煙を吐き出した。「私も」

 

二人はしばらく黙って座っていた。焚き火がパチパチと音を立てている。

 

「ヴェルム」ミアは口を開いた。「お前、傭兵の息子なんだって?」

 

「……ああ」ヴェルムは短く答えた。

 

「父は?」

 

「死んだ。俺が十歳の時」

 

「そうか」

 

ヴェルムは焚き火を見つめていた。「戦場で死んだ。俺を残して」

 

ミアは何も言わなかった。

 

「それから、一人で生きてきた」ヴェルムは続けた。「傭兵として。誰も信じず、誰にも頼らず」

 

「……今は違うのか?」

 

ヴェルムはミアを見た。その目には、何か複雑な感情が浮かんでいた。

 

「分からない」ヴェルムは呟いた。「でも、団長や、お前たちと一緒にいると……少しだけ、違う気がする」

 

ミアは煙草を地面に捨てた。「それでいいんじゃないか」

 

ヴェルムは小さく笑った。珍しいことだった。

 

その時、ミアは気づいた。ヴェルムは愛情に飢えているのだと。早くから父を失い、一人で生き抜いてきた男。戦うことしか知らず、温もりを知らない男。

 

だからこそ、繊細だった。

 

戦場では冷酷に見えるが、仲間が傷つくと誰よりも心を痛めた。団長レガルドの理想を誰よりも信じ、白夜騎士団を家族のように思っていた。

 

そして、だからこそ、団長が捕らえられた時、ヴェルムは誰よりも苦しんだ。

 

黄金都市に到達した時、ヴェルムは迷わず王座に座った。

 

黄金の王座。神々を生み出す禁忌の王座。

 

「俺が最初に行く」ヴェルムは宣言した。

 

玉座に座った。

 

その瞬間、光が溢れた。

 

ヴェルムの体が変容していく。骨が軋み、筋肉が膨張し、皮膚が裂ける。黒い毛が全身を覆い、顔が狼のように変形していく。

 

痛みに耐えながら、ヴェルムは立ち上がった。

 

そこにいたのは、黒い人狼だった。

 

二メートルを超える巨体、鋭い爪、牙を剥いた顎。だが、その目には理性が宿っていた。

 

「ヴェルム……?」ミアが呼びかけた。

 

人狼は頷いた。低い声が響く。

 

「俺だ。心配するな」

 

神になった。苦痛の魂を持つ戦士は、黒き狼の神となった。

 

それから、ミアたち四人も神となり、世界を変え始めた。

 

人類は分裂し、国家同士で戦争を繰り返していた。領土、資源、信仰。理由は様々だが、結果は同じだった。血と死。

 

ヴェルムの信仰の在りようは暴力的だった。

 

ある王国が隣国を侵略しようとした時、ヴェルムは単騎で軍勢の前に現れた。

 

黒い人狼の姿で、大剣を携えて。

 

「これ以上の戦争は許さない」ヴェルムの声が戦場に響いた。

 

王国軍の将軍が嘲笑った。「化け物が何を言う! 貴様一人で我が軍を止められると思うか!」

 

「できる」

 

ヴェルムは大剣を振るった。

 

神となってより強力になった血の魔術が発動する。兵士たちの体内の血が沸騰し、傷口から血が噴き出す。数百の兵士が同時に倒れ、悲鳴が響いた。

 

将軍の顔が青ざめる。

 

「これが神の力だ」ヴェルムは冷たく言った。「お前たちの王に伝えろ。戦争をやめなければ、次は王都を滅ぼす」

 

王国軍は撤退した。

 

こうして、ヴェルムは各地の戦争を止めていった。圧倒的な力の前に、人類の王たちは恐怖に震え上がった。

 

時の大国の王は、ヴェルムを暗殺しようと刺客を送った。だが、神を殺すことはできなかった。刺客たちは全員、血を操られて自害させられた。

 

王は震えながらヴェルムの前に跪いた。

 

「ど、どうか命だけは……」

 

ヴェルムは王を見下ろした。「戦争をやめろ。人類をまとめろ。それができないなら、王座を降りろ」

 

王は従った。

 

人類は統一され、文明は繁栄し始めた。ミアたち四柱の神の導きにより、黄金の時代が訪れた。

 

都市が築かれ、学問が発展し、芸術が花開いた。疫病は治療され、怪物は討伐され、人々は平和を享受した。

 

ヴェルムは、誰よりもその光景を喜んだ。

 

「これが……団長が望んだ世界なんだな」ヴェルムはミアに言った。

 

二人は高い塔の上から、繁栄する都市を見下ろしていた。

 

ミアは頷いた。「レガルドが生きていたら、喜んだだろうね」

 

「そうだな」ヴェルムは微笑んだ。「俺たちは、団長の夢を叶えた」

 

だが、ミアは不安を感じていた。

 

その予感は、的中した。

 

数百年が経ち、神々の力は衰え始めた。

 

文明は衰退し、再び戦争が始まった。角人の軍勢が侵攻し、世界は混沌に陥った。

 

ヴェルムは最後まで戦い続けた。

 

だが、時代は変わっていた。

 

長い平和の中で、人々は神々に依存することに疲れていた。時代が変わり人々は、古い神々を不幸の元凶と見なし始めた。

 

「神がいるから、俺たちは弱いままなんだ」

 

「神に頼らず、自分たちの力で生きるべきだ」

 

「古い神々は、もう必要ない」

 

反乱が起きた。

 

人々は武器を取り、神々に立ち向かった。厳しい時代は厳しい人間を生む。道徳や慣習に対する新たな理解を得て、人々は変わっていった。

 

ヴェルムは困惑した。

 

「何故だ……」ヴェルムは呟いた。「俺たちは、お前たちのために戦ってきたのに」

 

「あなたたちは、もう古い」誰かが叫んだ。「新しい時代に、古い神は要らない!」

 

ヴェルムは戦った。

 

黒き狼の姿で、反乱軍に立ち向かった。だが、神の力は衰えていた。かつてのような圧倒的な力はもうなかった。

 

それでも、ヴェルムは戦い続けた。

 

何故なら、それしか知らなかったから。戦うことしか、できなかったから。

 

そしてある日、ヴェルムは捕らえられた。

 

数百の兵士に囲まれ、魔術を封じる鎖で縛られた。力尽きたヴェルムは、広場に引きずり出された。

 

人々が集まっていた。かつてヴェルムを称えた人々。だが今、その目には憎悪があった。

 

「古き神を倒せ!」

 

「新しい時代を作れ!」

 

処刑台が用意された。

 

ヴェルムは、何も言わなかった。ただ空を見上げていた。

 

ミアはそこにいた。

 

群衆に紛れ、力を失った体で、ただ見ることしかできなかった。助けることもできず、ただヴェルムの最期を見守ることしかできなかった。

 

ヴェルムは、ミアに気づいた。

 

二人の目が合う。

 

ヴェルムは小さく笑った。まるで、あの夜の野営地で見せた笑顔のように。

 

そして、首が落とされた。

 

頭部が地面に転がり、胴体は血を流して倒れた。人々は歓声を上げた。

 

ヴェルムの遺体は広場に晒された。

 

「古きものの象徴」として。「時代遅れの神」として。

 

こうして彼は、後世まで記憶された。

 

だが、本当のヴェルムを知る者は、もういなかった。

 

愛情に飢えた少年だったこと。仲間を家族のように思っていたこと。団長の夢を信じていたこと。

 

誰も知らない。

 

ただ、「倒されるべき古い神」としてだけ、記録に残った。

 

あの少年は、その男と同じ魂を持っている。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。