「よし、準備は出来ているな?」
「と言っても書類は私が持っているからレイラにこれといった準備は無いか」
「そうですね」
今日はアリウスとの極秘会談の日。
集合場所は学校ではなく、マコト様の家からです。昨日の帰り間際にマコト様から伝えられました。
「それにしても、大丈夫ですか?」
「何がだ?」
いや、言わんでも分かるでしょうに。と視線を向けていると、マコト様は続けた。
「今朝、匿名で温泉開発部に新たな温泉開発場所を伝えた。場所はトリニティ自治区との境界付近だ」
温泉があろうがなかろうが、温泉開発と称してテロ行為を堂々と行う方々の事ですね。エデン条約が近い中、普通であればトリニティとの衝突は避けたいはず…。
「温泉開発部が発掘をすれば、自動的に風紀委員会が動く。下手をすれば救急医学部も同様だ」
だけど、マコト様はそもそもエデン条約締結に否定的だ。だからこそこんな振り切った策を編み出せるのだろうと、メイドながら感心する。
「さて、他に残る……我ら二人を見つける可能性があるのは?」
「美食研究会と便利屋68の方々ですか?」
「あぁ、そうだ」
マコト様の考えを読むなら、おそらく美食研究会も……。
「レイラの考えている通りだ。奴らも奴らで温泉開発が近くで行われようが関係ない連中だ」
風紀委員会は一度に
「最悪、トリニティともぶつかるだろうな」
トリニティの治安維持部隊……正義実現委員会ですか。となると残りは便利屋68の方々ですが……。
「残った便利屋だが、そもそも今現在、便利屋はゲヘナ自治区には居ない」
「え?そうなんですか?」
「あぁ」
多くは語らなかったその裏に、一つの繋がりを感じた気がする。カヨコ先輩とマコト様、やはり過去に何かあったのでしょうか……?
「まあここで喋っていても何も進まん。レイラはとにかく私についてこい」
「承知致しました」
何故でしょうね?
普段のマコト様なら蜂の巣のように穴だらけな道を通りそうなものなんですが、今日ばかりは違います。一切の悪ふざけも何もない、とてつもなく真剣な眼差しを見て、これを信じないという手は無いと言えます。まあ、実の姉だからと贔屓してるかもしれませんが。
さて、今回も私のやる事は変わりません。私は"万魔殿のメイド"ですから、ね。
何の疑問も示さず、周りを顧みず、マコト様について行く事数時間。時には不思議な道を通り、時には虫が平然と湧くような路地裏を通りました。そして辿り着いたのは、トリニティ自治区と思われるとある場所。恐らくここは『カタコンベ』といわれる場所なのでは……?
私もトリニティ関連の事を調べた際に目に入った単語であり、情報部部長であるサツキ様に詳しく聞いた場所でもあります。ゲヘナ自治区のヒノム火山に存在する『アビス』同様、いまだ手の付けられていない不明確な場所。そして、ただのトリニティ生徒はおろか、ティーパーティーでさえ近づかない場所とされている……と。
そして、マコト様の足が止まりました。どうやら極秘会談の集合場所は
「レイラ」
「……はい」
少し考え事をしていたせいで、反応が遅れてしまいました。
「余計な探りは入れるな。あくまでこちらは
「周りも気にするな。いつも通り"万魔殿のメイド"に徹していけ」
……。
自分では言い聞かせて完璧だったつもりなのですが……やはりマコト様は流石ですね。ここからは小細工は無用、ですか。
「承知致しました」
ええ、貴方のメイドで良かったですよ。
足を止め、待つ事数分が経った頃、私達のいる『カタコンベ』の遥か奥深くから、ガスマスクをした方々が出てきました。アリウス分校の方々、でしょうね。一人、二人、三人……どころか、十人、三十人、続々と出てきます。そして恐らく私とマコト様の後方にも何人か行き、完全に囲まれてしまいました。
ええ、分かっています、分かっていますとも……。小さく、私の頬を一粒の汗が滴り落ちました。ですが私は分かっていました。なので敢えて逃げ道とか、退路とかは考えていません。ここには私の主であるマコト様が目の前にいらっしゃいます。ただ、その事だけを考えて、必死に自分を落ち着かせるのが精一杯でした。
そして、アリウスの方の誰かが、こう言いました。
「お前が、ゲヘナの議長か?」
マコト様は決して隠す事なく返します。
「ああ、そうだ」
「後ろは誰だ?」
「私のメイドだ」
本能的に表情に出さないようにと私自身が判断したのか、私は意図せず目を閉じました。助かりますよ、よりメイドらしく見えるんですから。
「会談には羽沼マコト議長の一人だけと聞いていたはずだが?どういう事だ?」
「答えろ」
何故かすぐに返答をしなかったマコト様に対し、銃を構えた音が聞こえました。それに倣ってでしょうか、私達を囲む周りの方々も一斉に銃を構えたようです。カチャリカチャリと、左から右から聞こえてきます。
「……」
「貴様はなんだ?」
ですがマコト様が返したものは、酷く挑発的な感情を含んだものでした。
「『スクワッド』でもない貴様に答える権利などあるのか?」
「なんだと? お前、立場が分かっていないようだな」
「その
数秒も経ち、まるで時が止まったかのような静寂が流れた。
「いいからさっさと『スクワッド』を呼べ」
「お前、いい加減に……「よせ」…!!?」
誰かが銃を撃とうとした瞬間、また誰かが静かに、ほんの少しの威圧を含む声をあげ、止めた。
「数日前とは言え突然の変更だった。部下に伝えていなかった事は詫びよう」
どこか落ち着いているようでそうではない……まるで何かが足りないと言いますか……。そんな声を聞いて、私はゆっくりと目を開ける。
「二回目の会談だな、ついてこい」
一瞬、私と目が合った気がした。意識はしていた、けれど気に留めなかった。その瞳には、違和感しか感じなかった。私やマコト様、いや他の誰とも違う何か別の……負の感情を持つ者。
その者は初対面の"万魔殿のメイド"を一切気にする事なく、背を向けそこから来たであろう道へ進んでいく。紺に近い黒の髪を下ろし、帽子とガスマスクとは違う通常のマスクを身につけているように見えた。
マコト様はその人物の言葉に返す事なくゆっくりとついていく。私もマコト様についていくように、ゆっくりと一歩ずつ前に進んだ。
不思議な感覚が、肌から内側を通って全身を巡る。何かこの世のものとは思えない不思議な通路を通り、とある空間に出てきた。
確かに、街があった。
壁は壊れ、街灯は灯す事を忘れ、そこらじゅうに石壁の破片が飛び散っている。アリウスの常識、そう飲み込んだ。だから誰も気にしない。いつもの通りなら、何十通りもある疑問の文を作り上げては声に変換していただろう。
そして、一つの建物の前にたどり着き、黒髪の人物が扉を開けた。明かりはかすかにあったものの、よく目を凝らしてみないと部屋の大きさは掴めない。
「そうだな、改めて」
もう一人、この部屋には誰かいる。分かったとしても、何もする事は無いというのに。
「ようこそアリウスへ。歓迎しよう」
「さっそく会談に入るが、いいか?」
「ああ、無駄な前置きは、互いに必要ない」
何を話し、何を決め、何をするのか。何も知らない極秘な会談が、密かに始まった。