「さっそく会談に入るが、いいか?」
「ああ、無駄な前置きは、互いに必要ない」
何を話し、何を決め、何をするのか。何も知らない極秘な会談が、密かに始まった。
知らない単語と知らない単語、知ってるかもしれない文言が流れ、私はこの話を聞くか迷っていた。マコト様に事前に言われていた、"何も知らないふりをしろ"という言葉が脳内を巡っていたから。表情には出さないだけの自信はあるものの、マコト様と対面している黒マスクの方、そしてこの部屋にいるもう一人の誰か……。全員に隠し通せる自信までは無かった。
数秒考え、ここは敢えて何も聞かない事にした。知ってる単語や知らない単語関係なしに、より自然体に振る舞う事に徹した。メイドの自然体とは、冷静沈着に口を閉じ、主の横に立つ事。裏表や感情を一切悟らせない、堂々とした姿で居ればいいと。
時計の無いこの部屋で進められる極秘な会談は、時間の流れを感じさせない強烈な威圧を目の前から発し続けていた。その威圧に対して必死に耐えていると……そこに、私の自然体を壊す衝撃的な単語が聞こえてきた。
「________トリニティを破壊する」
「え?」
思わず、小さく、声が出てしまった。
幸い会談している二人には聞こえていなかったようだけど。黒いマスクの方が言ったその言葉の意味を考えるまでも無かった。『開いた口が塞がらない』とはこういう時の私を指すのだろうと、一旦冷静に分析した。目の前で聞こえた信じられない単語を否定したかったかのように。
もうそこに、メイドの自然体なんて存在はせず……唯一人を見つめるだけの人形になってしまっていた私がいた。
「レイラ、帰るぞ」
マコト様の言葉を聞いて、ふと我に返った。
どれだけ長い間、黒いマスクの方を凝視していたのか。
どれだけ長い間、時間だけが流れていたのか。
どれだけ長い間、知ってる単語と知らない単語が流れていたのか。
私には、何も分からなかった。
「……レイラ、帰るぞ」
「は、はい…!」
とりあえず反射的に返事をし、マコト様について行く。会談相手に一礼する暇は、なかった。
行き同様、マコト様が進む道をただただついて行く。目の前がどんな道で、周りがどんな場所で、周りに誰が居るとか……何も分からない状態で。それくらい頭が真っ白だった私は、突然
「っ…!マコト様……?」
「ここなら誰にも聞かれんだろう」
そう言われて周りを見渡すと、薄暗く誰の気配も感じない路地裏で、日陰には水たまりが太陽に消されず残っている。息を整え、再びマコト様を見た。
「レイラ、今回の会談の内容、聞いていたか?」
そう聞かれて、思わず返答に迷ってしまう。
「……より自然体になるように振る舞っていましたから」
目を合わせられない。
「聞いてなかったのか?」
徐々に、目線は下を向いてしまう。アリウスが遥か下から不穏な……いや不穏では済まされない悪魔のような手を伸ばしている事が分かった、分かってしまった事に気付いて。
「……はい」
「そうか」
相手が姉であっても、万魔殿の議長であっても、私は目を合わせられなかった。だけど……。
「ですが……一つだけ……」
「聞こえた単語があります……」
「『トリニティを破壊する』と……」
「……」
やはり、私は"万魔殿のメイド"だ。主の求める"答え"を伝えるのが私の役目。
「本気ですか?」
だからこそ、問う。主の"答え"を聞く為に。
「……」
すぐに答えは帰って来なかった。
「……私としては、それをアリウスにさせるわけには行かない」
「エデン条約の内容自体には賛成しているからな」
だけどこの前のトリニティとの会談の事を考えるなら、今回トリニティから提示されているエデン条約は……。
「だが万魔殿の議長として賛成はしているが、個人としてその中身に納得しているわけではない」
「あくまでトリニティとの抗争や戦争を避ける為であるなら賛成という話だ」
頑なにエデン条約に賛同しないのは……。
「連邦生徒会長が戻ってくれば、話は進むだろうな。だがその気配は微塵も感じない」
「でもトリニティがエデン条約を進めたがるのは……」
「ああ、連邦生徒会長が帰ってくるのを待つ、その余裕が無いからだ」
「トリニティには優秀な人材が多い。桐藤ナギサは百合園セイアの代理でホストを務めているとはいえ、奴ほど有能な奴は数少ない」
「聖園ミカは言動や行動こそ首を傾げる部分があるが、その真意に気付けば気付くほど分かる有能な部分がある」
そう、この前の会談のように……計算していないようで実は計算している。最後に私を
「百合園セイアは自身の持つ予知能力の有無関係なく、ホストを務められる十分な能力を持っている。正直、奴が居た時の会談はかなり苦戦させられたからな」
饒舌……いや、罠を張り巡らすのが好きなんだろうか。
「他にも救護騎士団の蒼森ミネ、シスターフッドの歌住サクラコ、かつてはティーパーティーやシスターフッドの席を用意された浦和ハナコ……それ以外にも有能な人物が揃っている」
でもトリニティには余裕が無い。
「だが、その有能さを書き消してしまうほどの問題を抱えている」
「個人の問題で済めばまだいいが、奴らのほとんどは組織にまで影響を及ぼす大きな問題を抱えている。トリニティが崩壊するのも時間の問題だろう」
マコト様の真意はともかく、私としてはそうなってほしくない。普通の人間ならすぐ隣の学園が、仲が悪いとはいえ消滅してほしいとまでは思わない。
「だがそれはトリニティの問題だ。その問題に口出しや手助けをする余裕も権利もない。奴らとしても不本意かつ屈辱だろう」
確かに……それはそうだけど……。
感情論だけで片づけられない事も分かってはいる。こうして私が黙っている事も……。もう分かっちゃってるかな。
「レイラ」
「……はい」
「私は、常にレイラの為に行動している」
「レイラが何の不自由なく学園生活を送れるように、な」
「……何を、言ってるの」
「レイラに危険が及ぶ事なんてあってはならない。今のエデン条約は、危険因子そのものだ」
「……」
「どうして……?」
「何がだ?」
「お姉ちゃん、万魔殿の議長でしょ…?どうして私だけの為に……」
「決まっているだろう?」
「それが、姉の役目だからな」
……。
どうやら私だけじゃなかったみたい。いつまでも過去に囚われて、抜け出せないでいる。お姉ちゃんも、
よかった。
そう思った。
私と一緒だったから。
なら、なおさらアリウスの話に乗る事は無い。トリニティがアリウスによって破壊される事も、しばらくは無い。お姉ちゃんのことだからエデン条約の話は進まない。
偽りの平和を、しばらくは味わえる。今日見た様々で残酷な選択肢よりはまだマシかなと……少しだけ思った。
公式の万魔殿供給、マコト様の供給感謝です...
供給過多すぎて書けなかったと言っても過言ではない。