「それでは、先に帰りますね」
「ああ、気を付けて帰れ」
「うん、じゃあねお姉ちゃん」
アリウスとの極秘会談を終え、遠回りを重ねてゲヘナへ戻ってきたはいいものの、やり残していた書類やら何やらをレイラと片付け、気が付けば日が暮れるどころか完全に落ちるところまで行っていた。
「ふぅ……久々によく動いたものだな」
よくもまあ誰にも見つからずここまで上手く行ったものだなと思う。しかし極秘会談を通してこの先の展望は見えた。決して遠いものでは無いが、それでも今私がどうするべきか、エデン条約をどうするべきか……。
恐らくエデン条約を締結する事は難しい。というより、今の所私を含めたゲヘナ生徒・学園に到底メリットがあるとは思えないからだ。今メリットがあるように見えても、トリニティ側の"その気の無い工作"である可能性は非常に高い。後から文句を言ったところで、紅茶を嗜んだ甘い舌に上手く躱されるだけだろう。
かと言ってアリウスはアリウスでトリニティを破壊したいはずだ。つまりエデン条約を締結する直前までは持っていきたい……という事だろう。
悪いが、私はアリウス側の真意に気付いている。奴らがどの程度ゲヘナを敵対視しているのかは知らんが、今になってもなおトリニティへの恨みが増す以上、ゲヘナに対してもそれと同等かそれ以上のものを抱えている事だろう。
アリウスとの会談の意味は何なのか?
奴らは十中八九、我々を出し抜き全てを破壊するつもりなのだ。ゲヘナもトリニティも……言葉通り全てをな。
エデン条約締結の調印式となればそこに集まるのは我々『万魔殿』を含め、ゲヘナであれば『風紀委員会』。トリニティであれば『ティーパーティー』や『シスターフッド』『正義実現委員会』、下手をすれば『救護騎士団』も揃う事だろう。両学園の総合戦力と言っても過言ではなく、それが一気に失われる機会となるとアリウスにとってこれ以上のものはない。
そう、だからこそ"遠いものは見えない展望"なのだ。いずれ奴らは次の会談以降エデン条約締結へ向けて私を急かす事だろう。片やトリニティとゲヘナの関係改善の為と嘘をつき、片やトリニティを破壊する為と嘘をつく。
まったく、どうすればいいのだ私は。
結局出した答えは、『連邦生徒会長が帰ってくるまでどうにかして先延ばしにする』……だ。そもそもエデン条約は連邦生徒会長が発案したものだ。であればトリニティが抱えている問題、ゲヘナが抱えている問題、そして遥か地中から忍び寄るアリウス分校そのものの問題。これらを伝えれば何らかの返答が返ってくるはずだ。アリウスの進撃もある程度予測し、事前に対策が打てる可能性が高いだろう。
ただ問題は……連邦生徒会長が帰ってくる気配を微塵も感じない……という点だ。サツキ率いる情報部が持つ情報網や私自身が持つ情報網で漁っても一ピクセルも痕跡を見つけられていない。まるでこの世界から消えてしまったかのように……な。
まあ、考えうる限り最悪の結果が今ここにあると言っても過言ではない。
そこで……だ……。
その……つい最近、私は考えたんだ。いや、正確にはそんな結果を想像してしまったというか。結果を想像したうえで、その選択が現状の最善なのではないかと思ってしまった。
だが……出来ればそんな選択はしたくない。私の『本当の目的』を達成する為に不必要な事ではあるからだ。その選択を通したとして絶対達成できないわけではないとは言えないが……。誰がどう見ても、どう考えても非人道的な選択である事は間違いない。まるで……あの"雷帝"がやってきたように……。
いや、私は奴と同じようにはならん。奴であれば失敗しているが、私にはその二文字は存在しないからだ。だが……レイラからは否定される……だろうな。
私はスマホを取り出し、一つのとある連絡先へ電話を掛けた。
「もしもし、私だ。今大丈夫か?」
「久しぶりだな。鬼方カヨコ」
親友であり、戦友でもある。今はゲヘナを離れてはいるが、奴が今楽しいのならそれで構わない。いつか直接会いに行ってやらんとな。
「少し……相談というかだな……」
奴に相談事なんぞ本当に久しぶりだ。最後に相談したのはそれこそ……あの時、私の中で一つの目標が達成された時か。
「キキキッ、似合わないだと?そうだな」
「そうかもしれん」
かつて背中合わせで共に戦った身だ。こうやって姿を見る事もなく声だけで話し合いするなんて事があるとはな。
「ああ、ゲヘナに関係する話だ。もうゲヘナを離れたお前にこんな話はしたくなかったがな」
願わくば誰にも話さずにそのまま選択したかったことではある。結局それは私が弱かったのだ。どれだけ強がっても、誰しも弱い部分は存在する。どれだけ上手く隠すか、上手く誤魔化すか……。
何故か一人の後輩を思いだしてしまう。どれだけ突き放してもなお、私を信じてついてきた後輩を、な。
「キッキッキッ、流石だな鬼方カヨコ。私の口から言わずともエデン条約の話だと伝わるとはな」
相変わらず頭の回転の速い奴だ。かつて私を追い抜き首席でゲヘナ学園に入学しただけはある。
「その、もし……もしも、だ……」
これは、考えうる限り最悪の選択だ。こんな選択は本来あってはならない。
「もし私が……『アリウスによって全てを破壊させてから新たに一つの学園を創る』と言ったらどうする?」
鬼方カヨコでさえ、私を否定するかもしれない。それでも私は……妹を守れるのなら、この選択を取る事になる。