26話 いつもと変わらぬ日常
極秘の会談から約二週間ほど経ち、もう一度トリニティ総合学園との会談が行われました。前回はトリニティ側で行われた関係から、今回はゲヘナ学園側で、という事に。前回と特段変わった点と言えば、ヒナ風紀委員長が参加されたくらいでしょうか。
相も変わらずマコト様はエデン条約に否定的な意見を見せ、トリニティ側の持ってきた改善案に対しても一切首を縦に振る事は無く。結論から言えば「本当にトリニティが改善すべき所が全く改善されていない」との事です。極秘会談を体験した身からしてみれば、たかが二週間程度で改善できるようなものでは無いのは明らかです。しかし桐藤ナギサ様も始まってしばらくは折れる事なく「時間が掛かる問題については、エデン条約を締結した後ゲヘナ側と協力して改善していく」との意見を出しました。
今回、こちら側の会議室を使った関係もありマコト様、桐藤ナギサ様、その他の方々の表情が見やすかったので観察していましたが、マコト様の表情は一切変わる事はありませんでした。桐藤ナギサ様の意見に対し「
そういえば、会議が思ったより長引いたので途中休憩を挟んだのですが、こんな事がありました。
「ふぅーん、あなたが"万魔殿のメイド"さん?」
休憩中とはいえ私も油断していました。人混みから離れたかったので、一人で一息ついていた所でしたから。
「どうかなさいましたか?聖園ミカ様」
「あ、私にも様って付けて呼んでくれるんだ!」
「メイドですので」
この時の聖園ミカ様は煽りも特になく、ただただ私に興味があるのだと。そう思いました。前回トリニティ訪問時もそうでしたがやはり、メイドというものは注目されてしまうものだと。いやー人気者で困っちゃいますね。
「ちょっと聞きたい事があるんだけど、いいかな?ごめんね!休憩中に」
「はい。構いませんよ」
今思うと不思議でした。ゲヘナをいの一番に嫌っている方だと思っていましたから、まさか友好的に話しかけてくるとは思わず。
「前回の会談の時ナギちゃんが貴方の名前を聞いて……ってナギちゃんって言って分かるかな?」
「桐藤ナギサ様の事ですね」
「そう!それで名前聞いて、あれ?なんかどこかで聞いた事あるなーって思って」
「あの後ちょっと調べたの。ナギちゃんには内緒でね?それで……分かっちゃった」
「あなただったんだね。去年の今頃、ナギちゃんが隠密を使って会いに行ったっていう、ナギちゃんが気になっていた子」
「……」
「ナギちゃんが直接出向いて、トリニティ総合学園に引き入れようとした、特別な子。そうだよね?」
「……」
私は敢えて、何も答えずただ見つめ返すという選択を取りました。そう、"メイドとしての微笑み"を崩さずに。
「ねえ、教えてくれる?どうしてナギちゃんのお誘いを断ったのか」
「別に悪い条件じゃなかったと思うな。ティーパーティーの席を用意する話とかも無かったみたいだし」
「その前に、どうやって知ったんです?」
「あ、ホントに私が自分で調べただけだよ!ナギちゃんは誰にも話してないと思う」
この方、話せば話すほどすべて自分のペースにして返してくる。おふざけや雑談であればともかく、真面目に話をしようとするほどやりにくい。こんな方は初めてでした。
しかし、本当にどうやって調べたんですかね。あの場に居たのは私と桐藤ナギサ様、そしてもう一方。自警団の守月スズミさんの三名のみ。桐藤ナギサ様もスズミさんも勝手に誰かに言いふらすような方では無いと思いますが。
「それで、質問には答えてくれるのかな?」
「……」
「ゲヘナが好きだから」
「これ以外の理由が必要ですか?」
まだ私は"メイドとしての微笑み"を崩さなかった。
「ふーん……。そっか」
聖園ミカ様が裏で何を考えているか分からなかったから。
「うん。そうだよね」
だから私は、心にもない事を伝えた。
「そっか、ありがとう!ごめんね休憩中に!」
「いえ」
桐藤ナギサ様に伝えた言葉とは、全く違う言葉を。
本当にそれだけ聞きたかったらしく、それ以外の質問も何もなかった。気晴らしになるかどうかは分からないけど、ふと、外を見た。何も変わらないゲヘナの空とゲヘナの地。……と思ったところだったけど、どうやら風紀委員会が慌ただしく動いていた。だけどヒナ風紀委員長はこの会議に出席中だし、マコト様もそちらに構っている暇は無いはず。見る限り大隊を動かしていそうな人数が見えた。何かあるのかなーと気楽に思いながら、マコト様に報告しておいた。
とまあ、結局会談は平行線だったから私の目の前で起こった事はこれくらい。今は何をしてるのかというと、今日起こった事を振り返りながらプリンを食べてます。おいしい。
「トリニティと会談する度に、こんな面倒な事をしているの?」
「面倒も何も致し方ないだろう?ゲヘナに関わる事だ。面倒でもやらねばならぬだろう」
会談が無事終了し、それらの議事録等書類を纏めていた。しかし途中で面倒になったから風紀委員に押し付けようと空崎ヒナを呼ぼうとした。だがその時、空崎ヒナの方から直接私に出向いてきたのだ。
初めはこの偉大なる羽沼マコト様にようやく従う気になったのかと思ったが、どうやら奴の表情はそうではないらしい。普段のおふざけとは洒落にならない鋭い眼光に、私の頬も次第に強張っていた。私以外誰も会議室に残っていなかったのが不幸中の幸いだ。
「結局今回も、エデン条約を否定したのね」
「前から言っているがエデン条約そのものに問題はない。連邦生徒会長が編み出したもので既に完成されている。仕組み……という点においてはな」
「例えば?」
「新たな構成員から成る武力集団、これに関しては別に議論の余地はない。ゲヘナの自由が守られる程度であればとの解釈を取っているが、連邦生徒会長もそれは理解していただろう」
「でも、連邦生徒会長は居なくなってしまった」
「エデン条約に向ける解釈など人それぞれだ。それこそまとまっていないうちはな。だが羽の生えた奴らはこれらをいくらでも捻じ曲げるだろう」
「……つまりゲヘナにメリットが無い。そう言いたいのかしら」
「キキキッ、メリットデメリットの話を出してしまえば話は振り出しに戻るぞ?だからこうして面倒な会談を何回もやっては無駄にしている。まったくもって滑稽な奴らだ」
しかも奴らは、
「貴方が人の事言えるの?その面倒な会議に参加しては突っぱねてるのは貴方じゃない」
「フン、お前のほうこそそんな余裕はあるのか?空崎ヒナ」
「どういう意味かしら」
「サツキを始め、情報部から報告を受けている。"連邦捜査部シャーレ"についてだ」
「……!」
連邦生徒会長が指名した、キヴォトス外から来たとされる大人。そもそも情報部がそれを調べていた事を空崎ヒナにも伝えていたはずだが。
「風紀委員会に不審な動きがあったと報告を受けている。で、調べればその事だった」
「……何か悪いの?」
あくまで私の予想であり、確定すると思っているわけではない。だが、吹っ掛ける事に意味はある。
「まさかとは思うが
「……そんなつもりはないわ。学園間の問題だから」
「じゃあ何故コソコソと調べている?こちらも堂々とまではいかないが、"シャーレ"を調べる事はお前にも伝えていたはずだ」
何より必要な情報は共有もしていた。まあ、私が風紀委員会にとって必要であると思った事だけだが。
「別に、念のためよ」
「本当にそれだけか?」
念を押して聞いておく。
「ええ」
やはりか……。空崎ヒナはこのような事で嘘をつくような小さな人間では無い。空崎ヒナが思う事とは別件で動いている事になる。
天雨アコ行政官か。
「休憩の合間、レイラから一つの報告を受けた」
「何の?」
「風紀委員会が大隊を率いて、アビドス自治区の方へ向かったと」
「……!!?」
やはり知らなかったか、それともここまでするとは思っていなかったか。まあどちらにせよ、ゲヘナにとってもそうだが、まず"シャーレ"に対して悪い印象を与えかねない。早急に対処すべき案件だ。
「情報部にも確認を取り、レイラの報告が事実である事が確認されている」
「まさか、アコが……!!」
空崎ヒナは壁に立てかけてあった自慢の武器『終幕:デストロイヤー』を手に取り、急いで会議室を出ようとする。
「待て、空崎ヒナ」
「……!?」
「貴様の言うゲヘナの風紀の線引きとは、こんなものか?」
「…!!!」
「もう少し周りを見ろ。貴様の存在に甘えて、無意識にも利用しようとしてる連中の存在をな」
「アコは、そんな事はしない」
「今はな。だがしっかりと手綱は引くべきだ」
「……分かった」
空崎ヒナは急いで会議室を出て行った。
そういえば空崎ヒナに書類仕事を押し付ける気でいたが、すっかり忘れていたな。まあいい、奴らは帰ったら帰ったでアビドス自治区へ無許可に侵入した件についての大量の書類を書いてもらうとして……。今私の目の前にある書類はイロハに……そういえばイロハもイブキと共に見回りさせていたな。私はスマホを取り出し、電話を掛ける。
「サツキ、私だ。書類仕事を手伝ってくれ」
「ああ、今日の会談についての書類だ」
さて、サツキが来るまで、少し窓の外でも見ておくか。いつもと変わらぬ日常を、ゲヘナの地と空を。