私が彼女を知ったのは数ヵ月前。そう、ゲヘナ学園で入学試験があった。
ゲヘナ学園では基礎学力はトリニティほど求めてはいないが、治安の悪さもあり、ある程度の戦闘力が求められる。合格ラインはそれほど高くないものの、合否の結果では順位がしっかりと出てくる。
入学試験の数日後、まだ合否も発表されてない中一つの書類がまず私のもとに届いた。それは、今回の試験の結果と順位。
そこには受験生の写真、名前と、出身中学、使用武器が書かれている。下位から一つずつ確認し、一枚、一枚と紙をめくる。私なりに気になる子がいれば、もしくはマコトちゃんが気に入りそうな子がいれば、メモ帳を取り出して名前をメモしていく。その中で一人だけ、私の目を奪った子がいた。
その子は順位的に見てもダントツの1位だったとか、学力において抜きんでていたとか、そういうわけじゃない。確かにトップレベルの成績ではあったけれど……。
その子の名前は、鷺辺レイラだった。名前を見てもまったくピンとは来なかった。出身中学もゲヘナ地区にある学校で、特段名の知れた学校でもなく至って普通。だが私を釘付けにしたのは、使用武器。
槍
この一文字が書かれていた。
『ありえない』
私はそう思った。
ここキヴォトスでは銃の所持、持ち込みは当たり前。一時代も二時代も昔の武器を使用して、ましてやゲヘナ地区という場所からありえない逸材を私は見つけてしまった。
すぐさま部下に連絡して、私も情報収集に取り掛かった。何としてもこの子を万魔殿に引き入れるために。
私はこの子を手に入れたい理由は、マコトちゃんが気に入るからじゃなかった。上手く説明できないけれど……万魔殿だけに留まらない、もっと広い視点で見た時、ゲヘナ学園に、いや……もっと大きいかしら。キヴォトスを、少し変えられると思ったから。
私は第一線で戦場にもあまり出ないように、痛いのがとても嫌。銃社会のキヴォトスでは、そんなのあまりにも弱くて嘘みたいな理由。でも、こんな世界を変えれるかもしれない。
今思っても不思議ね。どうしてこんな風に思ったのか、本当に不思議。銃を持っていないだけで、銃を持たない戦闘スタイルを持っているからってだけで、こう思ってしまうのは。
情報収集の結果は、とても満足のいくものじゃなかった。
決して私の部下が無能だからとか、そういう事じゃない。私の情報収集能力を持ってしても、手に入れる事のできる情報は少なかった、これだけの事。部下はかなり謝っていたけれどね。
まず彼女の性格だけれど、つかみどころのないというより、"裏"があるのかどうかが分からない。けれど芯はしっかりと持っている。そうでなければこの
こういうのを一般的には変人というのかしら?
実際、情報収集活動中の際、彼女の試験の様子を見ていた同じ1年生の子達の間で、"神速の槍者"というのを聞いた。"槍者"の時点で、紛れもなく彼女であることが間違いなかった。でもその噂も数日経てばまったく聞かなくなった。恐らく彼女が噂を止めるように言ったんだと思う。そうでなければあまりに早すぎる消え方だったから。
私はそれでもいいと思った。そもそも、万魔殿には私を含めても変人しかいないし。彼女がそれをコンプレックスに思っていなかったから、それでいいと思った。
次に、彼女の過去の経歴について。
去年度にゲヘナ地区の中等部に転入した事しか分からなかった。でもこれは、あくまでゲヘナ地区のみで出てきた結果で、それ以外の地区やキヴォトスの外まで調べたわけじゃない。推測でしかないけど、彼女はゲヘナ地区に来る前はキヴォトス外にいた可能性が高い。槍を自分の武器にしているからっていう、短絡的なものでしかないけれど……。
私は彼女を調べている事を、マコトちゃんには言わなかった。マコトちゃんが気に入るかどうか分からなかったけれど、理由はさっきも述べた通り、私の個人的な部分が大きかったから。それと、あともう一つ理由があった。マコトちゃんは、彼女の事を知っていたから。
去年度ゲヘナ地区の中等部に転入したという記録を見つけた際、去年度の万魔殿の議長が関わっていたから。去年度の最終的な議長は、今年も議長を務める『羽沼マコト』だった。そしてもう一人、去年度の風紀委員長もこの件に関わっている事が分かっている。
風紀委員長はこの際どうでもいいとして、私が引っ掛かったのは、マコトちゃんは彼女がそのまま高等部に進学する事は知っているはず。だけどマコトちゃんから彼女の話は一切出てこないし、去年度も万魔殿に在籍していた私に彼女の事を何も話していなかった。
彼女の実力と異質さ"だけ"を考えるなら、マコトちゃんが興味を持ってもおかしくないし、私が実際に興味を持ってしまっている。結局彼女の経歴がそれ以上掴めなかった事で、マコトちゃんとの関係も転入時のみの関係程度、そう結論付けた。
一度彼女の調査を止め、クールダウンする事にしたある時。彼女は自ら私達の目の前に現れた。何故か、メイドの格好をして。
後々聞いてみれば、メイドの格好は趣味でも何でもなく、ただの思い付きだったとの事。こういうところに、変人らしさがより滲み出ている。
この場面でも気になったのは、やっぱりマコトちゃんだった。微笑み、愛想の良さそうな顔面を崩さない彼女に私は少しだけ悪寒を感じ、イロハちゃんに至っては警戒までしていた時、マコトちゃんは普段のはっちゃけた顔ではなく至って真面目な顔で、彼女の提案を受け入れようとしていた。
真面目な顔については特に議論する余地は別に無いと思うけど、やっぱりどこか彼女を知っている雰囲気だった。とても、転入時のみの関係程度では片づける事が出来ない程……。
その数日後、マコトちゃんは彼女を万魔殿に受け入れた。役職は"万魔殿のメイド"だった。
私は味方になる以上、裏から情報収集するのはあまり良くないと思い、調査をそのまま打ち切った。同時に私が考えたのは"万魔殿のメイド"という役職の意味。
一度だけ、彼女に聞いた。
「貴方にとって、"万魔殿のメイド"って何かしら?」
そして、彼女はこう答えた。
「そのままの意味ですよ」
私にとっては、それで十分だった。それと同時に、やっぱり彼女が変人である事、万魔殿に取り込んで正解だったと理解した。
「私には貴方の事、よく分かってるつもりよ」
一つの特別任務を終えた彼女に、私はそう告げた。あまり表情の変化は見られなかったけれど、ちょっとだけ困っているようにも見えた。
「貴方の言う"万魔殿のメイド"の意味を」
そう、彼女の言う"万魔殿のメイド"とは
「勘違いしないで頂戴。分かってるからこそ、貴方の事は"立派な後輩"だと思ってるわ」
誰に仕えるわけでもない、万魔殿という組織がより良い方向に進むために補佐をする。
「ふふふっ、それじゃあ、また明日ね」
今まで誰もやってこなかった、とても重要な役割を担う立場だって事を。