TSメスガキ転生者がオタクくんをからかいたかった話   作:ソーラン節

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出せ♡ 出せ♡

◆side出久

 

 最近、治優さんの様子がおかしい。

 

「そ、その、治優さん。ちょっと近くないですか」

 

 休み時間、僕の腕に両手を絡め、肩に頭をピトっとくっつけてくる治優さん。クラス中から集まる視線が痛い……。

 前から僕への距離感は近かったけど、ここ最近は特に異常だ。僕をからかうとか、スキンシップとかの範疇を超えていた。

 

「あはっ♡ 出久くん照れちゃった?」

「いやその、はい。……じゃなくて、なんでそんな近づくんですか」

「敬語はやだなぁ。私と君の仲でしょ♡ ねっ、出久くん♡」

 

 そう言って僕の手と指を絡め、はにかむ治優さん。

 な、な、な、何が起きているんだ……!?

 

「イヤッソノ……はい。ええと、治優さん、なんか最近様子が変じゃないかな?」

 

 動揺を押し殺して、彼女の要望通りに敬語ではなくタメ口で聞き返す。

 が、しかし。

 

「出久くんは、嫌?」

「嫌じゃないです」

 

 不安を顔に浮かべた治優さんの上目遣いは僕の疑問を易々と排除した。

 そんな些細なことよりも、今は幼気な彼女の不安を取り除くことが最優先であると脳が処理した。あるいは、可愛さに負けた。

 

「ならいいじゃん♡」

「う、うん」

 

 結局僕は今日も彼女に押し負けて、その距離の近さをなあなあで受け入れてしまった。

 実際、彼女に言った通り嫌ではないのだ。それどころか心地よいと感じている。距離感が近いのは単純に好意と信頼の証だ。それが嬉しくないわけがない。

 それに、治優さんはなんだかいい匂いがするし、触れると女の子の柔らかさがあって──

 

「──ふんッ!!」

「うわぁ何!? なんで急に自分の顔叩いたの!?」

「あ、ああうん。ちょっと、気合いを入れ直そうと思って」

 

 いけない。それ以上はいけない。

 ヒーローを志す者に有るまじき不純な方向へ流れようとした思考を外的刺激によって物理的に止める。

 

「ああもう、腫れちゃってるじゃん。はい、しゃがんで」

「ごめん……」

 

 珍しく素でこちらを心配してくれる治優さんの優しさが痛い。言われた通りしゃがんで、彼女の個性によって治療を受ける。

 

 ……ん? ()()()()()()()()()()()()??

 それって不味くないか?

 

「ちゅっ♡」

 

 気づいた時には既に、頬に柔らかな感触が走った後だった。

 そうだ。治優さんは個性を使用する時は患部にキスをする必要があって、僕が自分の頬を叩いて腫れた所を治すには当然僕の頬にき、きき、キス、を……。

 

 ボッ。思わず顔に熱が集まる。

 ほっぺにちゅー。それは、かっちゃん曰く「クソナード」、治優さん曰く「オタクくん」な僕にとって耐え難いものだった。

 

「ち、ちちち、ちゅう!?」

「あはっ♡ 照れちゃった?」

「いやっ治優さん、ほっぺにちゅーは、ちょっとその、不味くない!?」

「でも、怪我を放っておけないでしょ? どんな怪我でも早期処置がキホンだよ♡」

「くっ正論だ……!」

 

 恐らくからかいも入っているが、治優さんが僕のことを心配してくれているのは本当だ。

 彼女には治癒系個性に恥じない医療知識があり、怪我の処置に関しては僕の何倍も詳しい。そもそも医療系ヒーロー志望の彼女の前で自傷行為をした僕が悪いのだ。

 結局、僕は彼女の()()を受け入れた。

 

「はい、反対の頬も出して♡」

「反対の頬も!?」

「イエス・キリストもそう言ってたよ♡」

「イエス・キリストも!?」

 

 その後、周囲の羨望の眼差しの中僕は彼女のキスを受けた。

 あと、イエス・キリストが反対の頬を差し出すように言ったのは違う文脈だと思う。

 

 

 恐らく、治優さんがこんな振る舞いをするようになった原因はあの日の事件だ。あの日、誘拐未遂事件があった日以降、彼女はこんな調子になった。

 

 フィクションの中では、ヒーローがヒロインを助けてそれがきっかけでヒロインが惚れるなんてことがよくあるけど、残念ながら現実ではそうはいかない。

 

 あの日僕は、大声を上げてヴィランに突撃して無様に負けただけだ。あとは、通報を聞いて駆けつけたヒーローが全部なんとかしてくれた。

 僕の手柄としては、路地裏の前に落ちていた彼女の防犯ブザーの栓を見つけたことぐらいだ。

 

 きっと治優さんからすれば、僕は急に出てきてヴィランに負けたヒーロー気取りの痛い無個性だ。フィクションの主人公(ヒーロー)のような華々しいスマートなカッコ良さはそこにはなく、僕は怪我まみれでカッコ悪い無様を晒しただけ。

 

 治優さんはあれから僕にやたらと構ってくれて──それは前からだけど──、面倒を見てくれた。

 彼女はあれで案外常識があるし、善良な人だ。言動に問題はあるものの、行動や思想だけ見れば品行方正な人だ。

 きっと義理堅い彼女は、僕に助けられた恩義を感じて恩返しをしてくれているのだ。もしくは、無個性でヒーローになろうという僕への同情。

 

 ……そう思っていたのだが。

 なんだか最近は、そんなわけでもない気がしてきた。

 だって、恩返しや同情にしては僕に渡してくる好意が大きすぎる。それこそ、もし仮にこれがただの恩返しというのなら、僕をこんなに()()()()()()()()()()()()のだ。

 

「に〜じゅう♡」

「うっ……ぐぅ……」

「ほらほら、頑張って♡ ヒーローになるんでしょ♡」

 

 僕は今、治優さんを背の上に乗せた状態で腕立て伏せをしている。

 うっ……背中から柔らかな感触がする……。あっなんかいい匂いする……。

 

「にじゅうさ〜ん♡ 目標の25まであとちょっとだよ♡ がんばれっ♡ がんばれっ♡」

「……ふっ……ふっ」

 

 彼女の心地よい甘い声が鼓膜を揺らす。鼻にかかった感じの、少し舌っ足らずで特徴的な声だ。

 なぜか、この声を聞くと不思議と力が湧いてくる。

 

「にじゅうよ〜ん♡ ほらほら、あとちょっと!」

「……ふっ……ふっ!」

 

 あと1回! 僕はもう無心で腕立て伏せをしていた。

 

「にじゅうよ〜ん♡」

「……っ!?」

 

 しかし、彼女の口からはもう一度同じ数字が出てきた。

 

「だって出久くん、まだいけるでしょ♡ ヒーローが、この程度の限界越えられないわけないもんね? なるんでしょ、ヒーロー♡」

「……っっ!!」

「ほら♡ 出せ♡ 出せ♡ 全力出せっ♡」

 

 本当、治優さんは煽るのが上手い。

 いつも的確に僕の限界を引きずり出して、それを越えさせてくる……!

 

「はいっ、25!! お疲れ〜♡」

「うぐぁ……はぁ……はぁ……」

 

 24から更に5回腕立てして、やっと終わりの合図が飛んできた。彼女が背中からどくのと同時に、僕は地面にへばり込む。

 もう腕の筋肉が限界だった。ピクリとも動かせる気がしない。

 

「凄いね出久くん♡ ちょっと前は10回で限界だったのに♡」

「はぁ……はぁ……治優……さんの……はぁ……おかげ、だよ……はぁ……」

 

 息も絶え絶えに答える。

 確かに、最近僕の肉体はとんでもない速度で改造されている。しかしそれは、たった今えらいえらい♡と僕の頭を優しく撫でてくれている治優さんのお陰なのだ。

 

「じゃ、()()()()()♡」

 

 治優さんはそう言って、僕の腕にキスをした。

 すると僕の腕はポカポカと温かで心地よい緑色の光に包まれ、みるみるうちに疲労と痛みが引いていく。そして、確実に()()()()()()()()

 

 超回復。そう呼ばれる現象だ。

 筋トレや激しい運動で一度ダメージを受けた筋肉が、休養中に元の状態より少し強く修復される現象。それが、治優さんの個性「治癒」によって一瞬で引き起こされる。

 

 結果、僕の肉体はこの一瞬で前よりも強くなり、そしてまた()()()()()()()()()()()()()

 

「はい!!」

「あはっ♡ いい返事♡」

 

 だから僕はもう一度両腕を床に立てる。

 

「今日はあと8セットいこっか♡」

「……はい!」

「ヒーロー、なるんだもんね?」

「はいッ!!」

 

 いつだか治優さんは、出久くんはヒーローにならなきゃダメだよと言っていた。なれるかどうか以前に、ならなければならないと彼女は言うのだ。

 

 無個性がヒーローになれるのか。ある日僕がそんな不安を口にすると、彼女はこう答えた。

 

『あの日、君は私のヒーローだったよ。今もだけどね♡』

 

 彼女の中で、僕は既にヒーローなのだと言う。

 それならばそれに応えなければならない。だって僕はヒーローなのだから。

 

「あれあれ、こんな所でへばっちゃうの? ざぁこざぁこ♡ そんなんじゃ人を助けられないよ♡」

「……っうおおおお!」

「あはっ♡ やればできるじゃん♡ その調子でがんばれがんばれ♡」

 

 たしか、僕が目指す雄英高校ではこういう時に使う標語があった。

 プルスウルトラ。更に向こうへ、ってやつだ。

 こうして僕は、ちょっとズルい速度で強くなっていった……。

 

 ……でもね治優さん、筋トレの時カウントを耳元で言うのはこそばゆいからやめて欲しいなって。

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