勝利の女神NIKKE 希望のカフェ   作:スウェーデンクラス

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この話はDを、救済する目的で書いたもしもの話です。
真剣に読まないでください笑

仮面を被るのって、僕たちの世界でいう、俳優さんみたいなもんなんじゃないかと思って。
このもしも話を、思いつきました。

すこしでも、救済になれていたら幸いです。



ルートD もしも、この世界が……

 

張り詰めた空気は、重く、冷たかった。

 

あれほど泣いたはずなのに。

喉が焼けるほど声を殺し、胸が裂けるほど悲嘆に暮れたはずなのに。

それでも、胸の奥に沈殿した痛みは、まるで根を張ったかのように、微動だにしなかった。

 

スタジオの床に反射する無機質な白い光。

鼻腔にこびりつく血糊の甘ったるい匂い。

息を潜めるように漂う、張りつめた沈黙。

 

それらすべてが、仮面を脱いだはずのDの内側に、まだべったりと貼り付いている。

 

「……」

 

Dは、ただ立っていた。

視線の先に、もう何もないと分かっているはずなのに、脳裏にははっきりと焼き付いている。

 

――部屋の中央に横たわる男の姿。

――自分の腕の中で、少しずつ冷えていった“マスター”。

 

何度も呼びかけた。

声が枯れても、喉が裂けても。

 

返事はなかった。

撫でた頬から、温もりが消えていく感触だけが、鮮明に残っている。

 

その記憶が、不意に胸を締めつけ、再び沈み込もうとした、その瞬間――

 

「カットー!!」

 

鋭く、それでいてどこか晴れやかな声が、空気を切り裂いた。

 

一瞬で、世界が壊れる。

張りつめていた緊張が、音を立ててほどけていく。

 

「はい! これで全撮影終了です!!皆さん、本当にありがとうございました!!」

 

照明が切り替わり、光量が増す。

スタッフが動き出し、先ほどまで“死”と“喪失”に満ちていた空間は、急速にただのセットへと姿を変えていった。

 

Dは、しばらく動けなかった。

 

胸に残るこの感情が、役として残ったものなのか。

それとも、自分自身の心なのか。

区別がつかなかったからだ。

 

「主演のDさんも、お疲れ様でしたー!!」

 

拍手が起こる。

その音が、少し遅れて現実を連れ戻す。

 

Dはゆっくりと息を吸い込み、固まっていた身体の力を抜いた。

込み上げてくるものを必死に押し殺し、いつもの微笑みを浮かべる。

けれどそれは、どこか柔らかく、疲れを滲ませた笑みだった。

 

「……こちらこそ、ありがとうございました。とても、忘れられない撮影でした」

 

そう口にした瞬間、胸の奥で、別の感情が強く脈打つ。

 

――早く、帰りたい。

 

打ち上げの話題が飛び交う。

冗談、笑い声、肩を叩く音。

 

「Dさんも、行かれますよね?!」

 

若いスタッフが、憧れと期待を隠さずに問いかけてくる。

 

けれど、Dの意識はもう、その場にはなかった。

 

「すみません、今日は先に失礼します」 

 

「えー!? 主演帰っちゃうの!?」

 

「また今度、必ず」

 

丁寧に頭を下げると、Dは足早にスタジオを後にした。

 

ーーーーーー

 

Dの背中は、もう振り返らなかった。

 

スタジオの出入り口へと続く通路を、足早に進んでいくその姿は、まるで一秒でも早く、この場所を離れたいと願っているかのようだった。

 

照明の光が届かなくなる境目で、彼女の輪郭は一瞬だけ陰に溶け、やがて、扉の向こうへと消えていく。

 

その後ろ姿を、ぽつんと立ち尽くしたまま見送っていた若い男が、ぽろりと、力の抜けた声を漏らした。

 

「あーぁ……」

 

誰に向けるでもない、独り言だった。

 

「せっかく……仲良くなれると思ったのになー……」

 

冗談めかした口調だったが、そこには確かに、淡い期待と、少しの本気が混じっていた。

 

その瞬間、隣にいた助監督が、何も言わずに一歩近づくと、軽く――しかし容赦なく――青年の頭をはたいた。

 

「いってぇ!?」

 

「ばーか」

 

呆れと笑いが入り混じった声で、助監督は言う。

 

「お前、知らないのか?Dさんはな、“マスター”と付き合ってんだよ」

 

その言葉が耳に届いた瞬間、青年の表情が、見る見るうちに固まった。

 

「……え?」

 

そして、次の瞬間。

 

「えぇぇーーー!?うそーーー?!マジっすか!!?」

 

スタジオの天井に響きそうなほどの声に、周囲のスタッフが思わず振り返る。

 

助監督は腹を抱えて笑った。

 

「はっはっはっは!そんなに驚くことかよ」

 

青年は、まだ信じられないといった顔で、口を半開きにしたまま立ち尽くす。

 

「だって……全然、そんな雰囲気なかったじゃないですか! 撮影中なんて、むしろピリッとしてて……」

 

「だからこそ、だろ」

 

助監督は、Dが消えていった扉の方を一瞥し、少しだけ声の調子を落とす。

 

「あの二人の関係があるからこそ、今回の演技は迫真だったんだよ」

 

その言葉に、青年は何も言い返せなかった。

 

しばらくして、肩から力が抜けたように、がくりと頭を垂れる。

 

「……たしかに…撮影前から、あの二人、なにかと噂にはなってましたもんね……」

 

視線を床に落としたまま、苦笑する。

 

「それに……撮影中は全然そんな感じしなかったから、正直、ワンチャンあるかもって……」

 

小さく息を吐き出す。

 

「……はぁ。仕方ないっすね。 演技とはいえ、画面の中じゃ……お似合いだったもんなー……」

 

助監督は、その様子を見て、少しだけ笑みを和らげると、青年の肩を、ぽん、と叩いた。

 

「まぁ、いい勉強になったと思え。いい役者ってのはな、プライベートを匂わせずに、あそこまで人の心を揺さぶるんだ」

 

もう一度、軽く肩を叩く。

 

「切り替えろ。打ち上げ行くぞ」

 

「……はい」

 

そう答えながらも、青年はもう一度だけ、

Dが去っていった方向を振り返った。

 

そこにはもう、何も残っていない。

 

ただ、物語の外へと帰っていった女優の背中と、

それを支える、たった一人の相手がいる――

そんな現実だけが、静かにそこにあった。

 

そして、スタジオは再び、次の仕事へと動き出すのだった。

 

ーーーーーー

 

夜風が、火照った頬を優しく撫でる。

 

歩きながら、Dは何度も時計を確認した。

時間は、決して遅くない。

それでも、心だけが先を急ぐ。

 

「……早く、帰りたい」

 

抑えきれず、吐息のように零れる。

 

今日という一日は、あまりにも長かった。

愛して、疑って、憎んで、殺して、泣いて――

そのすべてを、全身で演じ切った。

 

今、帰る場所は一つしかない。

 

家。

――彼が待っている場所。

 

玄関の前に立つと、自然と足が止まった。

ドアノブに触れる前から、胸が騒がしくなる。

 

鍵を差し込み、回し、扉を押し開ける。

 

「おかえり、デイジー」

 

あまりにも当たり前の声に、Dは一瞬、息を呑む。

 

そこに立っていたのは、撮影では“死んだ”はずの男。

だが今は、血も傷もなく、部屋着姿で腕を広げている。

 

同じ俳優で、同じ時間を生きてきた、ただ一人の人。

 

「……っ……!」

 

堪えきれなかった。

 

Dは靴も揃えぬまま、彼の胸に飛び込む。

 

「ちょ、デイジー、そんなに急いでどうした」  

 

「だって……早く会いたかったんだ」

 

その声は、拗ねていて、甘えていて、素直だった。

彼は小さく笑い、しっかりと抱き返す。

 

「お疲れ様。大変だったな」 

 

「……うん。すごく。貴方相手にあんな役は、もうしたくない……」

 

胸に顔を埋めると、確かな温もりが伝わってくる。

役でも、幻想でもない。

現実の、命の温度。

 

Dはようやく呼吸を整え、顔を上げる。

 

「……ねえ」

 

「ん?」

 

「……演技中の私、冷たかっただろうか」

 

その問いは、演技の中のDではなく、ひどく個人的で、弱い声音だった。

 

マスターは少し考えるように間を置いてから、苦笑まじりに答える。

 

「役としては、完璧だったぞ」

 

「……役として、じゃなくて」

 

Dは彼の背中に頬をすり寄せる。

 

「もし……私が、冷たい女に見えていたら……それは、少し、嫌だ」

 

その言葉と同時に、彼女の腕が、ほんのわずかに震えた。

 

マスターは抱きついたままのDの肩に手を置く。

 

「拗ねてるのか?」

 

「……少し」

 

Dは視線を逸らしたまま、小さく頷く。

 

「だって……あんなふうに突き放す演技で……もしかしたら、勘違いされたら、嫌だなって」

 

マスターは、思わず息を漏らすように笑った。

 

「大丈夫だ。分かってるよ。あれは全部、芝居だ」

 

「……ほんとうに?」

 

不安を隠さないその声に、マスターはDの顎に指をかけ、そっと顔を上げさせる。

 

「ほんとうに。だから、こうして甘えてきてるんだろ?」

 

図星を突かれ、Dは一瞬だけ目を見開き、すぐに視線を落とした。

 

「……うん。少し……くっついていたい」

 

そのまま、彼の胸に顔を埋める。

 

「今日だけでいい。私が私に戻るまで」

 

マスターは何も言わず、静かに腕を回して抱きしめ返した。

 

現実の体温が、ゆっくりと伝わってくる。

 

「じゃあ、離れないでいろ。役じゃない、俺のデイジーで」

 

Dの肩から力が抜けた。

 

「……ありがとう」

 

小さく、甘えるように呟きながら、Dはその胸の中で、しばらく動かなかった。

 

演技で生まれた冷たさを、現実の温もりで、ひとつずつ、確かめるように。

 

あの悲劇は、確かに“演じた”ものだ。

だが、その痛みがあったからこそ、今この瞬間が、これほどまでに尊い。

 

Dは彼の手を握り、指を絡める。

 

「おかえり……」

 

「うん。ただいま……」

 

物語は、確かに終わった。

けれど、二人の日常は、ここから続いていく。

 

幕の外で。

静かに、そして確かに。

次紅蓮編をやろうと思いますが、D編くらい長なってもいいですか?(´・ω・`)

  • いいよー!!
  • 短めで!
  • ほかのニケ書いて!!
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