紅蓮ルートなのに。
出てきません(大事なことなので2回言いました)
「――それで? これから、どうするつもりだ?」
その問いは、張り詰めた空気を切り裂くように、低く響いた。
マリアンが、マスターの手に巻かれた包帯を、最後まで丁寧に整え終えた――まさに、その直後だった。
白い包帯は、血の滲みを押し隠すように彼の手を覆っている。
それでも、彼女の視線はそこから離れず、何かを確かめるように、何度もそこへ戻っていた。
指揮官室は、見るも無惨な有様だった。
壁には無数の弾痕が穿たれ、爆発の熱で焼け焦げた跡がまだ生々しく残っている。
床には、砕け散った机や椅子の破片が転がり、踏みしめるたびに、乾いた音を立てた。
その瓦礫の中で、マスターとカウンターズ、そして指揮官は、互いに距離を取りながら、簡易的な円を作るように立っていた。
短い会議。
だが、背負う現実はあまりにも重い。
マスターの問いに、指揮官は一度、視線を床へ落とした。
散乱する破片の一つ一つが、今の状況を突きつけてくるようだった。
状況を頭の中で整理するように、静かに息を整え、指揮官は口を開く。
「……スノーホワイトとの合流は、1週間後。地上でだ」
その言葉が発せられた瞬間、空気が一段、重くなる。
誰も口を挟まない。
それが何を意味するのか、全員が理解していたからだ。
「本当なら、1週間分の食料と弾薬を準備して、地上へ向かうところだが……」
指揮官は、苦々しげに眉を顰める。
「それは……現実的じゃないだろうな」
マスターが、続きを先取りするように呟いた。
1週間。
地上での野営。
ラプチャーを回避し続けながらの行軍。
それは、経験を積んだ者ほど、その難度が分かる選択だった。
指揮官は、静かに頷く。
「だからこそ、最善の方法は一つだ。ギリギリだが、ここで数日間、マリアンを狙う連中の攻撃に耐え、その後、地上へ向かう」
マスターは即座に、次の問いを投げる。
「ここで耐えるとして……何日だ?」
感情は、声に滲んでいない。
そこにあるのは、戦場を生き抜いてきた者だけが持つ、冷徹な計算だけだった。
指揮官の眉間に、深い皺が刻まれる。
「……四日間、最低でも。三日あれば、スノーホワイトとの合流地点には到達できる」
沈黙。
四日。
限られた物資。
損傷した拠点。
敵は、こちらの弱体化を把握している。
耐えるには、あまりにも長い時間だった。
マスターは、小さく息を吐く。
「……四日、か」
それだけ呟くと、彼は椅子から立ち上がる。
軋む床を踏みしめ、出口へと向かうその背中は、迷いを感じさせなかった。
指揮官が、その動きを目で追い、問いかける。
「どこへ?」
マスターは振り返らず、淡々と答える。
「籠城する以上、拠点の状態を把握しておく必要がある。防衛ライン、侵入口、逃走経路……全部だ」
一拍、間を置いて。
「誰か一人、案内してくれないか」
その瞬間、ラピが即座に立ち上がった。
「では、私がご案内します」
その声には、躊躇も疑念もない。
任務としてではなく、自ら選んだ行動だった。
マスターは、わずかに頷く。
「ありがとう。頼む」
二人は並んで歩き出し、崩れかけた指揮官室の扉を越え、暗い廊下の向こうへと消えていった。
残された指揮官室には、妙な落ち着かなさが漂う。
誰かが去った後に生まれる、埋めようのない空白。
その沈黙を破ったのは、アニスだった。
腕を組み、視線を指揮官へ向けて、ぽつりと呟く。
「ねぇ、指揮官様……あの人、一体何者なの?」
その問いに、指揮官は即答できなかった。
「……分からない」
正直な言葉だった。
「分かるのは、スノーホワイトを知っているということくらいか」
アニスは小さく鼻を鳴らす。
「それだけじゃないでしょ。たった一人で、ニケ三体を一瞬で制圧できる戦闘力……普通の人間じゃ、あり得ないわよ」
ネオンが顎に指を当て、首を傾げる。
「それに……スノーホワイトと知り合いというのも不自然では?」
視線を天井へ向けたまま、続ける。
「あの方と知り合いということは、少なくともアーク建設以前から生きていることになりますよね?」
一拍。
「でも、見た目はどう見ても三十代くらいです。年齢、合いませんよ?」
疑問は、疑問を呼び、誰もが言葉を失う。
理解できない。
整理できない。
“人間”という枠に、彼は収まらない。
その沈黙を、はっきりとした声が打ち破った。
「でも、あの人は……悪い人じゃありません!」
マリアンだった。
少し大きな声。
だが、揺らぎはなかった。
全員の視線が、彼女に集まる。
「ちゃんと謝ってくれましたし、ラピ達のことも心配してました!」
必死に、言葉を繋ぐように続ける。
「それに……手、怪我した時……泣いているみたいにも見えました……」
その言葉に、指揮官は思わず苦笑する。
マリアンの頭に、そっと手を置き、撫でる。
「あぁ、そうだな」
柔らかく、肯定する声。
「マリアンの言う通りだ」
そして、全員を見渡して続ける。
「彼が何者なのかは……そのうち分かる。今は、それよりも生き延びることが先だ」
指揮官は、倒れた机を起こしながら言った。
「まずは、この部屋をある程度片付けよう。ここが、俺たちの拠点になる」
その言葉を合図に、
アニス、ネオン、マリアンは静かに動き始める。
瓦礫を拾い上げ、破片を脇へと寄せながら――
それぞれが、胸の奥で同じ疑問を抱いていた。
――あの男は、何者なのか。
――そして、彼は、何のためにここに現れたのか。
答えは、まだ、瓦礫の向こうに沈んだままだった。
ーーーーーー
「――次は、こちらが弾薬庫です」
ラピは足元に散乱する瓦礫を慎重に避けながら、低く抑えた声で告げた。
「ご覧の通り……ほとんどが破壊されています。武器も衝撃で破損しており、再利用は難しいかと」
扉の向こうに広がっていたのは、かつて“補給”という言葉が持つ希望を体現していた場所の、無残な残骸だった。
砕けた弾薬箱。
焼け焦げたラック。
床には薬莢と金属片が混じり合い、足を踏み入れるたびに鈍い音を立てる。
コマンドセンター全体がそうであるように、この武器庫もまた傷だらけだった。
マスターは無言で中へ入り、しゃがみ込む。
崩れた箱の一つを開け、中身を確かめると、使えるものとそうでないものを淡々と分け始めた。
壊れた銃身。
割れた起爆装置。
だが、その中に紛れて、まだ命を残している部品もある。
ラピはその隣に立ち、しばらくその手元を見つめてから問いかけた。
「……何を、しているのですか?」
マスターは顔を上げることなく答える。
「トラップの作成に使えるものを選別している」
その声は低く、静かだった。
だが、その手つきに迷いはない。
まるで、何をどう使えばいいのか、すでに頭の中で完成図が出来上がっているかのようだった。
ラピは一瞬考え、やがてマスターの横にしゃがみ込む。
「でしたら……私も、お手伝いします」
そう言って、彼女も選別を始めた。
二人は言葉を交わさず、黙々と作業を続ける。
金属が擦れる音だけが、静まり返った武器庫に響いていた。
しばらくして、マスターがぽつりと口を開く。
「……さっきは、すまなかった」
ラピの手が、わずかに止まる。
「怪我は、ないか?」
ラピはすぐに作業を再開しながら答えた。
「大丈夫です。それに……私はニケですから」
一拍置き、淡々と続ける。
「人間より頑丈ですし、あれくらいで怪我はしません。仮に損傷しても、“修理”すればいいだけです」
その言葉が発せられた瞬間だった。
マスターの手が、ぴたりと止まる。
ラピはその変化に気づき、顔を上げる。
彼の横顔は、先程までの冷静な軍人のそれではなかった。
マスターは、ゆっくりと息を吐く。
「……違う」
低く、しかしはっきりとした声だった。
「本来なら……君たちは、俺のような軍人が前に立ち、守らなければならない存在だ」
マスターはラピを見る。
その視線には、戦場で向ける警戒ではなく、深い悔恨が宿っていた。
「ニケである前に、君たちは……一人の“人間”で"少女"なんだ」
ラピは言葉を失う。
マスターは視線を床に落とし、苦笑する。
「……偉そうなことを言っているがな」
彼の拳が、無意識に強く握られる。
「君たちニケがいなければ、人類はもう生きることすら難しい。その現実が……情けなくて、堪らない」
その言葉と同時に、彼の脳裏に浮かんだのは、遠い戦場の光景だった。
吹き荒れる爆炎。
いくら撃っても倒れない敵。
自分たち軍人を背に傷付きながら戦うニケ。
そして、ただ、目と目を合わせ、無言で頷き合っただけの別れ。
甲板に立っていた、彼女の姿。
(……必ず戻る)
あの時、心の中でそう誓った。
だが、誓いを置いてきたまま、結局戻れなかった。
マスターは、ぎゅっと奥歯を噛み締める。
ラピは、その沈黙の意味を完全には理解できなかった。
だが、彼が抱えている“何か”の重さだけは、はっきりと感じ取っていた。
「……ありがとうございます」
ラピは、静かに、しかし確かな声で言った。
「私たちのことを、そんなふうに言ってくれた人は……貴方で、二人目です」
マスターは、少しだけ驚いたように目を上げる。
「一人目は……あの指揮官か?」
ラピは、迷いなく頷いた。
「はい」
その表情には、ただの上官と部下ではない、確かな信頼と温もりが宿っていた。
マスターは、その様子を見て、ほんのわずかに微笑む。
「……そうか」
それ以上は何も言わず、再び手を動かし始める。
ラピもそれに倣い、作業を続けた。
「これは、使えますか?」
「それはダメだ。劣化してる」
「では、これは?」
「……それは使える。いいセンスだ」
そんな短いやり取りを繰り返しながら、時間は静かに流れていく。
崩れた拠点の中で。
尽きかけた物資の山の中で。
それでも、確かにそこには、
“守ろうとする意思”と、“信じようとする心”が、静かに積み重なっていった。
ーーーーーー
「戻った」
低く短い声とともに、指揮官室の扉が開いた。
「戻りました」
それに続く、落ち着いたラピの声。
二人が中へ入ってくる。
マスターは両手に、ずしりと重そうな大きな袋を提げていた。
袋の中からは、金属が擦れ合う鈍い音が漏れ、無造作に詰め込まれた部品の存在を主張している。
指揮官室は、先ほどとは見違えるほど整理されていた。
床を覆っていた瓦礫や破片は壁際へ寄せられ、倒れていた机も起こされている。
完全とは言えないが、少なくとも“拠点”として機能する最低限の形は整っていた。
指揮官と、残っていたアニス、ネオン、マリアンが、黙々と片付けを進めた成果だった。
指揮官はマスターの手元に視線を向け、顎で袋を示す。
「それは?」
マスターは袋を床に下ろし、淡々と答えた。
「弾薬庫から、まだ使えそうなものを回収してきた。これでトラップを作る。コマンドセンターの内外に張り巡らせるつもりだ」
その言葉が落ちた瞬間、空気が一段階、重くなる。
アニスは思わず喉を鳴らし、額に浮かんだ冷や汗を拭う。
「……本当に、中央政府の連中とやり合うんだ」
呟きは小さかったが、恐怖と覚悟が滲んでいた。
マスターはそれに答えず、代わりに指揮官へと向き直る。
「確認しておきたい。ニケは、どの程度まで人間相手に戦える?」
その問いは、無感情に聞こえた。
だがそれは冷酷さではなく、計算だった。
指揮官は即座に答える。
「人間に対して、殺傷目的の武器は使用できない。使えるのはゴム弾などの鎮圧用武器、あるいは徒手での制圧だけだ」
ネオンが肩を落とし、いかにも残念そうに呟く。
「流石の私の“火力”でも、人間相手には“無火力”ですからねぇ……」
「アンタは黙ってなさいよ……!」
アニスが即座に突っ込む。
マスターは小さく頷く。
「……了解だ」
そして袋を持ち直し、淡々と指示を出す。
「俺はこれからトラップを作って、コマンドセンターの内外に設置してくる。アンタとアンタの部隊、それから――」
一瞬、言葉を選び、
「元ヘレティックの嬢ちゃんは、屋上に監視所を作れ。そこから周囲を監視してほしい」
そう言い残し、歩き出そうとした、その時だった。
「待ってください!!」
甲高く、しかし必死な声が部屋に響いた。
マスターは思わず足を止め、振り返る。
声の主は、マリアンだった。
彼女はズンズンと歩み寄り、マスターの前に立つ。
圧倒的な身長差。
それでも一歩も引かず、見上げるようにして睨みつける。
「私の名前は、マリアンです!ちゃんと覚えてください!」
一呼吸置き、
「それと……私も、何か手伝います!」
その勢いに、マスターは一瞬言葉を失う。
間髪入れず、アニスが腕を組み、一歩前へ出る。
「そうよ!それに、アンタ一人でこの基地全部にトラップ張るつもり?それくらいなら、私たちでもできるでしょ?」
豊満な胸を張るその姿は、どこか誇らしげだった。
ネオンも眼鏡を光らせる。
「えぇ。こう見えて、トラップ作りは得意なんですよ?私自慢の火力、トラップでお披露目しましょうか?」
「だから火力言うなっての……!」
ラピが一歩前に出て、静かに言う。
「私たちにも、手伝わせてください。……私たちは、仲間です。助け合うのは当然ですから」
その言葉に、マスターは完全に呆気に取られた。
そこへ指揮官が歩み寄り、苦笑しながら言う。
「そういうことだ。彼女たちの意図を、汲んでやってくれないか」
マスターは、ニケたち一人一人の顔を見回す。
恐怖もある。
だがそれ以上に、覚悟がある。
「……いい部下を持ったな」
小さく笑いながら、指揮官に言う。
指揮官は少し照れたように肩をすくめる。
「えぇ。私には、勿体ないくらい」
ーーーーーー
その後、マスターの指揮のもと、全員でトラップ作りが始まった。
「あれ? これ、ここでしたよね?」
ネオンが首を傾げる。
アニスが覗き込み、目を見開く。
「バカバカ!!そんなところに繋いだら、爆発するじゃないの!!」
「えっ!?そ、それは困りますね……!」
ラピが深くため息をつく。
「ネオン、それ貸して。続きは私がやるから、他の部品を組み立てて」
指揮官も同じくため息を吐く。
「……ラピ、頼んだ」
マスターはその様子を、少し離れた場所から静かに眺めていた。
騒がしく、拙く、それでも確かに前を向いている姿。
それは、かつて――
戦場で、部下たちと他愛もない冗談を交わし、死が隣にあることを忘れるように笑い合っていた、あの頃の光景と、あまりにもよく似ていた。
胸の奥が、微かに疼く。
そんなマスターの隣に、マリアンがちょこんと座る。
彼女はそっと、マスターの手を両手で包み込んだ。
「……怪我、痛くないですか?」
その声は、驚くほど優しかった。
マスターは思わず笑みを浮かべる。
「あぁ。君のおかげだ。もう痛くない」
マリアンは少しだけ頬を膨らませる。
「……マリアンです」
マスターは一瞬きょとんとし、すぐに苦笑した。
「そうだったな。マリアンのおかげだ」
マリアンはぱっと笑顔になり、
「よかったです!」
と、心から嬉しそうに言うのだった。
瓦礫に囲まれた拠点の中で。
限られた時間と物資の中で。
それでも確かに、
彼らは“共に戦う”準備を、少しずつ整え始めていた。
ーーーーーー
前哨基地を照らすエターナルスカイは既に陽が落ち、徐々に夜になりつつあった。
「トラップの設置は、言われた場所に全部やってきたわよ」
少し息を整えながら、アニスがそう言って、コマンドセンター屋上に設けられた簡易監視所へ戻ってくる。
監視所といっても、元は通信設備用のスペースだ。
即席で組まれた遮蔽物と、簡易センサー、望遠モニターが並び、瓦礫と金属の匂いが混じる。
その中には、すでにマスターを含め、全員が集まっていた。
マスターはアニスに視線を向け、短く、だが確かな重みを込めて言う。
「ありがとう。助かった」
それだけ言うと、屋上の縁へ歩み寄り、遠くまで広がる前哨基地の外縁を見渡した。
薄暗い照明に照らされたコンクリートの海。
静まり返った通路と、動かぬクレーン。
その沈黙は、嵐の前触れのように不自然だった。
マスターは視線を戻し、指揮官に問いかける。
「確認だが――アークからこの前哨基地に来るには、エレベーターしか手段はないんだったな?」
指揮官は即座に頷く。
「あぁ。ただし、そのエレベーターは一基や二基じゃない。物資搬入、人員輸送、整備用……目的ごとに、基地のあちこちに設置されている。どこから来るかは、正直、読めない」
マスターは小さく頷いた。
「……だろうな」
そして、低く続ける。
「俺の予想だが、相手はまだ、こちらにニケ四体と人間の指揮官一名しかいないと思っているはずだ」
その言葉に、監視所の空気が一段階、張り詰める。
「戦力を少なく見積もっているなら、投入される戦力も少ない。……第一波が来るのは、そう遠くない」
マスターは再び外へ目を向けた。
暗闇の向こう側に、確かに“何か”が近づいてくる気配を、肌で感じ取るように。
その時だった。
アニスが、ふと気軽な調子で口を開く。
「ねぇ、ところでさ。アンタのこと、なんて呼べばいいの?」
マスターが振り返る。
「そういえば、自己紹介、まだだったじゃない?」
その言葉に、指揮官も小さく頷いた。
「確かにな。これから、しばらくは共に行動することになる。自己紹介くらいは、しておいた方がいいだろう」
重苦しい空気を断ち切るように、アニスが一歩前に出る。
「よっしゃ、じゃあ最初は私ね!私はアニス!よろしく!」
続いてネオンが、眼鏡を押し上げながら言う。
「私はネオンといいます。これでも一応、企業から派遣されたスパイなんです。……秘密ですよ?」
ラピが簡潔に続ける。
「私はラピです。よろしくお願いします」
マリアンは少し背伸びをして、元気よく。
「私はマリアンです!」
最後に、指揮官が一歩前へ出る。
「俺の名前は――――だ。特殊別動隊《カウンターズ》の指揮官を務めている」
全員の視線が、マスターへと集まる。
マスターは一瞬、言葉を探すように視線を落とした。
やがて、ゆっくりと顔を上げる。
「俺は……そうだな」
短い沈黙の後、
「皆からは、マスターと呼ばれている。そう呼んでくれ」
その言葉に、ネオンが首を傾げる。
「マスター……ですか?」
マスターは苦笑し、肩をすくめた。
「これでも、喫茶店を営んでいてな。だから、マスターだ」
「……喫茶店?そんなガタイで?」
アニスが信じられないと言うように呟く。
「…悪いか?コーヒーを淹れるのが、好きだったんでね」
アニスの反応にマスターは苦笑する。
アニスは慌てて首を振る。
「いやいや!誤解しないで!ただ、驚いただけだから。……でも、納得がいったわ。だから、マスターなのね」
その瞬間――
ドンッ!!
低く、腹に響く爆発音が、基地全体を震わせた。
全員が一斉に身構える。
マスターは瞬時に音の方向を見定め、視線を鋭くする。
エレベーター区画。
そこに仕掛けたトラップが、確実に作動した。
「……」
マスターは小さく舌打ちをする。
そして、低く、しかし確かな声で告げた。
「来たな」
一瞬、間を置いて。
「――始まるぞ」
静寂は、もはや破られた。
この前哨基地は、戦場になろうとしていた。
ーーーーーー
「おい!! なんだ! 何があった?!」
エレベーター前。
濃い煙が立ち込める中、中央政府所属部隊の指揮官が、喉を裂くように叫んでいた。
おかしい。
あまりにも、おかしい。
――これは、簡単な任務のはずだった。
とあるニケの確保、及び、命令違反を犯した部隊の制圧。
ニケ四体に、人間の指揮官が一名。
それだけの小規模部隊が、中央政府の命令に背き、なおかつ“あるニケ”を匿っているらしい。
だからこそ、派遣されたのは――
ニケを含まない、人間のみで構成された制圧部隊。
拒否するなら、射殺してよし。
そう命じられていた。
簡単だ。
ニケは人間に危害を加えられない。
人間の指揮官など、正規軍人である自分たちの敵ではない。
そう、信じて疑わなかった。
だが――
エレベーターが目的階に到着し、扉が開いたその瞬間。
世界が、爆炎に包まれた。
「――ッ!!」
轟音。
衝撃。
視界を奪う煙。
爆風に叩きつけられ、地面を転がる。
耳鳴りの中、必死に立ち上がり、煙の向こうを睨みつける。
徐々に晴れていく視界の先にあったのは――
即席の爆弾だろう。
身体中に無数の釘が突き刺さり、原型を留めないほどに損壊した部下たちの亡骸だった。
「……っ」
喉が鳴る。
「状況報告を?! 敵はどこだ?!」
震える声で、近くにいた部下へ叫ぶ。
「わ、わかりません!!急に……目の前で、爆発が……!」
その言葉が終わる前に。
ドンッ、ドンッ、ドンッ
破裂音が、立て続けに響くと同時に、部下たちの小さな悲鳴が聞こえる。
生温かい血飛沫が、顔にかかり、反射的に目を閉じる。
恐る恐る目を開けた時――
そこに立っていたはずの部下は、すでに地面に崩れ落ちていた。
周囲を見渡す。
残っていたはずの部下たちが、次々と倒れ、転がっている。
大口径の武器を使ったのか、頭は破裂し、確実に、殺されていた。
「な……何が……?」
震える手で銃を握るが、構えることすらできない。
「敵は……ニケの部隊じゃないのか……?なぜ……こんな……」
答えは、返ってこない。
代わりに――耳元で、低い声が囁いた。
「ニケばかりに戦闘を押し付けすぎなんだ」
息が止まる。
「……だから、こんな時、咄嗟に動けなくなる」
その声が、その指揮官が、この世で聞いた最後の言葉だった。
――たった数分。
中央政府所属の制圧部隊は、完全に壊滅した。
ーーーーーー
血が滴るナイフを手にしたまま、マスターは立っていた。
足元には、肉塊と化した死体が転がっている。
その光景を、彼は感情のない瞳で一瞥する。
怒りも、憎しみも、勝利の高揚もない。
ただ、作業を終えた後のような、虚無。
マスターは踵を返し、静かにその場を後にした。
その一部始終を、屋上の監視所から見ていたカウンターズ指揮官は、言葉を失っていた。
「……強い」
それが、やっと絞り出せた言葉だった。
爆発音が響いた瞬間。
マスターは迷いなく屋上から飛び降りた。
コンクリートがへこむほどの衝撃で着地し、人間とは思えない速度で駆け、数分足らずで、敵を殲滅した。
「……アニス?」
ネオンが、引き攣った表情で呟く。
「私には……どう考えても、マスターが人間だとは思えません……」
アニスも、同じ顔で頷く。
「奇遇ね。私も同じ」
ラピは、目を見開いたまま、言葉を失っていた。
あまりにも洗練された殺し。
戦闘というより、“処理”に近い技量。
ただ一人――
マリアンだけが、悲しそうな目で、マスターの背中を見つめていた。
ーーーーーー
マスターが、コマンドセンターへ戻ってくる。
「第一波は片付けた」
淡々と告げる。
「次は、戦力を増やしてくるはずだ。だが、その分猶予はある。今のうちに休んでおけ」
そう言うと、壁に背を預けて座り込み、装備の点検を始める。
その姿に、ラピが近づく。
「マスターこそ、休んでください」
悔しそうに、歯を噛みしめる。
「正直……人間相手では、私たちニケは何の役にも立てません」
マスターは一瞬きょとんとし、すぐに苦笑した。
「俺は大丈夫だ。慣れてる」
そして、少し間を置き、
「それに……地上に出れば、俺は本当に役立たずになる」
淡く笑う。
「君たちのように、ラプチャーから指揮官を守ることも、マリアンを守ってやることも、できない」
視線を落とし、静かに続ける。
「……俺にできるのは、これくらいが限界なんだ」
その声には、数えきれない戦場と、守れなかった命の記憶が、絡みついていた。
ラピは、そっと彼の横に座る。
「……マスターは」
少し迷ってから、尋ねる。
「なぜ、私たちを助けてくれるのですか?」
室内の全員が、黙って耳を傾ける。
彼の目的が知りたかった。
マスターは、分解された銃を見つめたまま、静かに言った。
「……人を、探している」
「人探し……ですか?」
「正確には、人じゃない」
微笑む。
「君たちと同じ、ニケだ」
指揮官が口を挟む。
「……スノーホワイトか?」
鋭い指摘だった。
マスターは初めて顔を上げ、指揮官を見る。
「違う」
はっきりと否定する。
「彼女と同じ部隊に所属していたニケだ」
そして、ふっと、柔らかく笑った。
「今も生きている保証なんて、どこにもない。……それでも、もう一度、会いたい」
その笑みには、戦場では決して見せない、深い愛情が滲んでいた。
「大事な人だったのね」
アニスが、優しく言う。
「あぁ」
マスターは迷わず答える。
「この世界で、何よりも大事な存在だ」
マリアンが駆け寄る。
「大丈夫です!絶対に会えます!!会えなかったら……私も一緒に探します!」
その言葉に、マスターは穏やかに微笑む。
「……ありがとう。その時は、頼む」
銃を担ぎ直し、立ち上がる。
「さぁ、休め。見張りは俺がやる」
その横に、ラピが並ぶ。
「一人より、二人の方がいいです。これくらいは、やらせてください」
マスターは、何も言わない。
ただ、夜の闇を見つめ続ける。
こうして――
静かに、時間は過ぎていくのだった。
ーーーーーー
前哨基地を覆う人工天蓋――エターナルスカイが、ゆっくりと色を変えていく。
夜の濃紺が薄れ、淡い橙と灰色が混じり合い、偽物の夜明けが訪れようとしていた。
「……一日目は、終わったか」
低く、独り言のようにマスターが呟く。
その声には達成感も安堵もなく、ただ事実を確認する響きだけがあった。
その横で、交代しながら監視任務に就いていたアニスが、思い切り背伸びをする。
「く、ぅ〜〜〜……!はぁ……結局、一回しか来なかったわね、連中」
肩を回しながら、どこか拍子抜けしたように呟く。
マリアンを狙った襲撃は、あの一度きり。
嵐の前の静けさ――そう言われれば、それ以外に形容のしようがない。
「様子見だろうな」
マスターは前哨基地の外、エレベーターシャフトの方向を見据えたまま答える。
「今日からは、どうなるか分からん」
「……あと、三日か」
アニスが小さく呟く。
そう。
この戦いは、まだ始まったばかりだった。
ーーーーーー
二日目。
夜明けを迎えて間もなく、事態は動いた。
今度の連中は、明らかに違った。
装備は強化され、人員も増えている。
油断も慢心も削ぎ落とした、本気の制圧部隊。
エレベーターが停止し、扉が開く。
「……おいおい、マジかよ、これ」
最初に降り立った兵士が、思わず声を漏らした。
音信不通となった、最初に派遣された部隊の所在確認の為、彼らが通ったルートで侵入したものの、目の前に広がっていたのは、前日の戦場の痕跡だった。
第一陣として派遣された部隊が、丸ごと、物言わぬ肉塊となって転がっていた。
「くそっ……!」
指揮官が歯噛みする。
「全員! 生存者がいないか確認しろ!!」
隊員たちは、付近を警戒しながら倒れた仲間たちへ駆け寄っていく。
その時だった。
「……う、……にげ……ろ……」
かすれた呻き声。
「!! 生存者発見!!」
一人の兵士が駆け寄り、必死に応急処置を始める。
「大丈夫だ! 今、助ける――」
その腕を、血まみれの手が掴んだ。
「……罠、だ……!はやく……逃げ……ろ……!!」
必死に、命を削るように伝えた、その瞬間。
「判断が遅いな」
低く、冷たい声。
マスターは、物陰から静かに呟き、手元の起爆スイッチを――二度、叩くように押した。
次の瞬間。
爆炎が、すべてを呑み込んだ。
悲鳴は一瞬。
衝撃と熱が、肉体を引き裂き、吹き飛ばす。
煙が晴れた時、
そこに立っている者は、誰一人いなかった。
代わりに転がっていたのは、大小さまざまな肉片と、人体の一部だけ。
それでも――まだ、息のある者が、数名。
「ま、まて……! 待ってくれ……!!」
命乞いの声。
マスターは、何も言わず、一人ずつ近づいていく。
パンッ。
パンッ。
乾いた音が、淡々と響く。
躊躇も、感情も、介在しない。
すべてが終わると、マスターはその場に立ち尽くし、感情を映さない眼で、戦場の残骸を見下ろしていた。
ーーーーーー
戦闘の音は、コマンドセンターまで届いていた。
爆発音が響くたび、カウンターズは歯を噛みしめ、マリアンは小さく身体を震わせる。
「ねぇ……ラピ」
アニスが、力なく笑う。
「私たち、本当に役立たずね」
ラピは否定しなかった。
「……えぇ。今は、マスターが帰ってくるのを待つしかないわ」
「何か……できること、ないんでしょうか……」
ネオンが、眼鏡の奥で目を伏せる。
マリアンは膝を抱え、震える声で尋ねた。
「……指揮官。マスター……大丈夫ですよね……?」
指揮官は、柔らかく笑って頷く。
「あぁ。きっと帰ってくる。あの人は……強い」
その時、ラピがすっと立ち上がった。
「ラピ? どうしたの?」
「……音が止んだわ」
微笑んで言う。
いつの間にか、戦闘の音は止んでいた。
「彼が、帰ってくる」
そして扉へ向かい、振り返る。
「みんな、手伝って」
疑問を抱きながらも、
アニス、ネオン、マリアンはラピの後を追った。
ーーーーーー
マスターが、コマンドセンターへ戻ってくる。
「終わったのか?」
指揮官が近づく。
「あぁ。今回も、中央政府の部隊だった」
短く答え、マスターは近くの椅子にどかりと座り込む。
深く、重い溜息。
その胸の奥で、言葉にならない思いが渦巻く。
――なぜだ。
――紅蓮たちが、俺の部下が命を懸けて守ったアークの中で、
――なぜ、人間同士が殺し合う。
敵は、他にいるはずなのに。
どうしようもない思いが止まらない。
そして、ふと気づく。
「……ラピたちは?」
指揮官は、意味深に笑う。
「もうすぐ、分かる」
やがて、扉が開く。
ラピたちが戻ってきた。
その手には、マグカップ。
「大丈夫ですか?」
ラピが、そっと尋ねる。
カップから立ち上る、コーヒーの香り。
「それは……?」
「マスターは、喫茶店を営んでいるとおっしゃっていたので……」
少し照れながら。
「私たちで、淹れてみました」
「が、頑張りました!早く、飲んでください!」
マリアンが元気よく言う。
マスターは、一口、口に運ぶ。
……沈黙。
「……」
その様子に、カウンターズは慌てる。
「やはり、お口に合いませんか?」
「ほら! やっぱり!ネオンがお湯を沸かしすぎたからよ!」
「アニスだって、粉の量を――!」
「……マスター……美味しくないですか……?」
よくある、インスタントコーヒー。
特別でも、上等でもない。
だが――その温かさが、胸に染み渡る。
マスターは、ゆっくりと笑った。
「……とても美味しい」
穏やかに、優しく。
「俺の店にも、出したいくらいだ」
その言葉に、
コマンドセンターは、久しぶりに笑い声に包まれた。
戦いは、まだ続く。
だが――
この一杯の温もりが、確かに、彼らを繋いでいた。
おわらねぇ!!
紅蓮視点を描きたいのに、かけねぇ!!
みんな、こんなガチムチおっさんの奮闘記なんか興味ないですよね(T . T)
でも、筆者は男が1人頑張ってる姿がかっこよくて好きなんです。
もう少しお付き合いください。
あ、ちなみにマスターの使用武器はAA12オートショットガン、ドラムマガジン仕様を想定しています。
映画プレデターズの主人公が使った武器として有名ですよね!
ちなみにスラグ弾です!!(誰得情報)
紅蓮編の結末予想ーー!
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やっぱり、ハッピーエンドだよね!
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このクソ作者の癖が全開になりバッドエンド
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紅蓮さんとマスターが2人旅するんだ!
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アークに戻って喫茶店を営む日常に戻る