もうしばらくお付き合いください。
ハッピーエンドなのか、悲恋なのか。
作者もまだ悩んでおります。
乾いた大地を踏みしめる足音が、規則正しく続く。
荒野はどこまでも広がり、瓦礫の海はやがて低くなり、代わりに剥き出しの土と岩肌が支配する風景へと変わっていく。
遠くには、わずかに起伏する地形――合流地点へと続く、最後の道。
その先を見据えながら、指揮官が静かに口を開いた。
「あと少しで合流地点だ」
その一言は、重い。
だが同時に――確かな安堵を含んでいた。
誰からともなく、息が漏れる。
長く張り詰めていた緊張が、ようやく終わりに近づいているという実感。ここまで誰一人欠けることなく辿り着いたという事実。
だが――
その中で、マリアンは、小さく息を詰まらせていた。
それは安堵ではない。
むしろ、胸の奥に押し込めていた何かが、ここにきて浮かび上がってきたかのような――そんな、揺らぎ。
その様子に、指揮官は気づいていた。
歩みを止めることなく、そっと手を伸ばす。
そして、マリアンの頭に軽く触れた。
驚いたように顔を上げる彼女に、指揮官は微笑む。
「大丈夫だ。今から会う人はいい人だ。親切にしてくれる」
その言葉は、説明ではない。
保証でもない。
ただ――安心させるための、まっすぐな言葉。
マリアンの表情が、わずかに緩む。
「…はい…!」
小さく、それでも確かに頷く。
その返事に、指揮官はもう一度だけ優しく頭を撫でた。
その空気を、ふっと和らげるように。
「そうね。無口で、食に貪欲なところはあるけど、いい人なのは間違い無いわね」
アニスが、わざとらしく肩をすくめながら言う。
その口調は軽く、からかうようでもあるが――意図は明白だった。
マリアンの緊張をほぐすため。
「おや?それを言うなら、アニスも食にうるさいじゃ無いですか。いつもいつも“誰よ?!私のパーフェクト食べたの?!”って怒ってませんでしたっけ?」
すかさずネオンが乗る。
どこか楽しげに、わざとらしく記憶を掘り起こすように。
「ちょっと?!そんなに煩くしてないわよ?!」
アニスが顔を赤くして反論する。
そのやり取りは、“いつも通り”だった。
戦場の緊張とは無縁の、ささやかな日常の断片。
マリアンは、それを見て――
ふっと、胸の奥が温かくなるのを感じた。
言葉にしなくても分かる。
彼女たちは、自分のために、こうして振る舞ってくれている。
その優しさが、何よりも確かなものとして、伝わってくる。
そして――
もう一人。
同じように、しかし全く別の理由で。
緊張を抱えたまま歩いている男がいた。
マスター。
その歩みは変わらない。
だが、その内側は――決して静かではなかった。
約束。
かつて交わした、必ず戻ると誓った言葉。
だがそれは果たされることなく、時間だけが過ぎていった。
孤独。
後悔。
そして――恐怖。
再会できるかもしれないという期待と、再会した時に拒まれるかもしれないという不安。
そのすべてが、胸の奥で渦巻いている。
そんな彼の隣で。
ラピが、静かに手を伸ばした。
マスターの腕に、そっと触れる。
わずかな温もり。
驚いたように、マスターが視線を向ける。
ラピは、微かに微笑んでいた。
「さぁ、行きましょう。もうすぐ合流です。……私達が一緒にいます」
その言葉は、短い。
だが、その中に込められたものは――決して軽くはなかった。
孤独ではない。
一人ではない。
それを、ただ伝えるためだけの言葉。
マスターは一瞬、言葉を失う。
予想していなかったのだろう。
だがすぐに、その表情は柔らかくほどける。
「ありがとう」
それだけを、静かに返した。
そして――
その時は、唐突に訪れた。
マスターは、足元を見ながら歩いていた。
一歩一歩、確かめるように。
だが、不意に。
「着いたぞ。……あちらさんはもう来てるみたいだな」
指揮官の声が、前方から響く。
わずかに呆れたような、しかしどこか楽しげな響き。
予定よりも早い到着。
それでも、すでに相手がいるという事実。
その言葉に、マスターはゆっくりと顔を上げた。
視界が、開ける。
荒野の先。
わずかに盛り上がった地形――丘のようなその頂に。
三つの影があった。
距離にして、およそ一キロ。
人影として認識できる程度の、遠さ。
だが――
分かった。
理由など、必要なかった。
『彼女がいる』
その確信だけが、胸を貫く。
鼓動が、跳ね上がる。
耳の奥で、自分の心臓の音がやけに大きく響く。
息が、浅くなる。
「あぁ……」
漏れたのは、声にならない声。
やっと――
やっと、会える。
果たせなかった約束を、今度こそ。
「紅蓮……」
その名が、吐息とともに零れ落ちる。
視界の向こう。
その影の一つが、動いた。
ゆっくりと。
こちらへ向かって、歩き出す。
唐傘を被ったような、その輪郭。
間違いない。
だが――
その歩みは、あまりにも弱々しかった。
かつての彼女ならば、考えられないほどに。
一歩、一歩。
確かめるように、進んでくる。
たった一キロ。
だが――
その距離は、あまりにも遠い。
今すぐにでも駆け寄りたい。
抱きしめたい。
確かめたい。
それなのに、その距離が――
邪魔をする。
「……紅蓮ッ!!」
マスターが、叫ぶ。
抑えきれなかった。
胸の奥から溢れたその声は、荒野を突き抜けて響いた。
その声に、影が反応する。
「……マスターッ!!」
返ってきた声。
それだけで、すべてが確信へと変わる。
あぁ――
間違いない。
紅蓮だ。
その名が、心の中で何度も繰り返される。
走り出そうとする。
距離を、すべて無意味にするために。
その腕で、彼女を抱きしめるために。
だが――
その瞬間。
背後から。
“それ”は、響いた。
咆哮。
それは、これまでに聞いたどんな音とも違っていた。
ただ大きいのではない。
ただ重いのでもない。
空気そのものを震わせ、大地を揺らし、存在そのものを叩きつけるような――圧倒的な音。
天を貫くかのように。
荒野全体を支配するかのように。
それは、世界そのものが唸り声を上げたかのようだった。
マスターの足が、止まる。
全員が、振り返る。
その咆哮は――
明らかに、“異常”だった。
ーーーーーー
荒野の中央に、わずかに盛り上がった地形があった。
かつては何かの構造物の基礎だったのか、それとも地殻の歪みによって隆起したものなのか――判別はつかない。ただ、周囲よりも一段高いその場所は、見晴らしがよく、戦場においては理想的な監視点だった。
その頂に、三つの影が立っている。
風が吹き抜けるたびに、砂が流れ、長い影が揺れた。
「ここが、合流地点だ。……アイツらはまだみたいだな」
周囲を鋭く見渡しながら、スノーホワイトが呟く。
その視線は止まらない。死角を潰すように、地形の陰、瓦礫の隙間、遠方の起伏――すべてを一つ一つ確認していく。その姿は、まさに“警戒”そのものだった。
「そんなに、急くことでもあるまい?約束の時間にはまだなってないんだろ?」
その背を見ながら、紅蓮が苦笑を浮かべる。
声音は穏やかで、どこか余裕すら感じさせるものだったが――その奥底には、別の感情が潜んでいた。
「そうですね。約束の時間までまだ時間はあるのですから、ここで、ゆっくり待ちましょう」
ラプンツェルが柔らかく言葉を重ねる。
その微笑みは、荒野の中にあってなお、異質なほどに優しかった。張り詰めた空気を少しだけ和らげるような、そんな存在。
スノーホワイトは一度だけ深く息を吐く。
「確かに、その通りだ。……よし、あの盛り上がっている地形で待機しよう。あそこなら周囲を見渡せる」
短く判断を下し、顎で丘を示す。
それに応じて、紅蓮とラプンツェルも頷いた。
「わかった。そうしよう」
「分かりました」
三人は、ゆっくりとその頂へと移動する。
そして――
丘の上に立った時、視界が一気に開けた。
どこまでも続く荒野。
遠くに見える、崩壊した都市の残骸。
風に削られ、静まり返った世界。
その中央で――紅蓮は、一人、遠くを見つめていた。
その横顔は、静かだった。
だが、そこに宿るものは単純ではない。
憂い。
期待。
そして、どこか清々しさすら感じさせる、奇妙な均衡。
どちらにも傾ききらない、その曖昧さが――かえって彼女を際立たせていた。
彫刻のように整った輪郭。
風に揺れる髪。
ただそこに立っているだけで、周囲の風景そのものが意味を持つかのようだった。
やがて、その隣にラプンツェルが並ぶ。
「紅蓮?あれからどうですか?」
柔らかな声。
あの日の夜の記憶が、二人の間に静かに流れる。
夢の中で、もう会えないはずの人と出会ってしまうこと。
それを“喪失”として受け止めるのではなく、“再会”として捉えるという助言。
その小さな言葉が、どれほどの救いになったのか――ラプンツェルは知っている。
紅蓮は、しばし視線を遠くに置いたまま、答える。
「そうだね。もう眠るのは怖くないよ。……ただ、目が覚めてから少しの間は、やはり、胸にくるものがあるがね……」
その声音は、穏やかだった。
完全に癒えたわけではない。
だが、受け入れている。
それが、分かる。
ラプンツェルは、優しく微笑み返す。
「いつまでも、好いた人を想うのは、乙女の特権みたいなものですよ」
その言葉に、紅蓮は小さく笑った。
「ふふっ。私が乙女かい?」
少しだけ茶化すように。
だが、どこか照れを含んだ声音。
ラプンツェルは頷く。
「えぇ、あの方を想っている時、貴女は誰よりも乙女の顔になっていますよ」
その言葉に、紅蓮はもう一度笑う。
今度は、少しだけ深く。
二人の間に、柔らかな空気が流れる。
ほんの短い時間。
戦場であることを忘れさせるような、穏やかなひととき。
だが――
それは、長くは続かない。
「おい、来たようだぞ」
低い声が、空気を引き締めた。
スノーホワイトが、いつの間にか二人の元へ戻ってきていた。
その視線は、すでに遠方を捉えている。
紅蓮とラプンツェルも、同じ方向へと目を向ける。
荒野の向こう。
かすかに動く影。
やがて、それが“隊列”であることが分かる。
規則的な動き。
一小隊規模。
確かに、こちらへ向かっている。
「まだこちらには気付いてはないようだ。……?」
紅蓮が目を細める。
遠くを見通すように、視線を研ぎ澄ます。
そして――
小さく呟いた。
「聞いていた話では、こちらが預かるニケは1人のはずではなかったかね?」
その言葉に、スノーホワイトが短く応じる。
「そう聞いているが…?」
ラプンツェルも続く。
「おや?それでは、1人多いですね」
違和感。
それは、ほんの小さなズレだった。
だが――戦場において、その“わずか”は決して軽視できない。
スノーホワイトは即座にライフルを構える。
無駄のない動作でスコープを覗き込み、遠方の隊列を詳細に観察する。
沈黙。
数秒。
そして――
「指揮官とその部隊、そして、例のニケは確認できるが……あと1人は誰だ?」
声に、わずかな警戒が混じる。
「大分大柄だな、おそらく男。武装してる」
その一言が、空気を変えた。
紅蓮の思考が止まる。
男。
ニケではない。
だが――この戦場に立っている。
あり得ない。
通常の人間では、ラプチャーとの戦闘には耐えられない。
それは常識だ。
だが。
例外が、ある。
たった一人の男と、彼が率いていた部隊。
常識を覆した存在。
かつて――
約束を交わした男。
その記憶が、胸の奥で軋む。
鼓動が、わずかに速くなる。
理由は分からない。
だが、確かに。
胸の奥が、ざわつき始めていた。
風が、吹く。
遠くの影が、少しずつ大きくなる。
距離が、縮まっていく。
そして――
運命もまた、確実に近づいていた。
ーーーーーー
荒野の空気が、わずかに張り詰めていく。
距離は確実に縮まっていた。
最初はただの影に過ぎなかったものが、次第に輪郭を持ち、形となり、やがて“個”として認識できるほどに近づいてくる。
一歩、また一歩。
その歩みは遅い。
だが、確実だった。
そして――その度に。
紅蓮の胸が、締め付けられる。
呼吸が、浅くなる。
いや――呼吸そのものを、忘れかけていた。
ニケの視界は、人のそれを遥かに凌駕する。
遠くの細部までを捉え、わずかな動きすら見逃さない。
だからこそ――分かってしまう。
あまりにも、はっきりと。
件の男は、俯いていた。
顔は見えない。
だが――そんなことは問題ではなかった。
歩き方。
重心の置き方。
腕の振り。
足運びの僅かな癖。
そのすべてが――
“彼”だった。
否定しようとしても、否定できない。
紅蓮が、どれだけその背中を追い、記憶し、刻み込んできたのか。
それを、身体が覚えている。
勝利の翼号の甲板。
何度も、何度も。
待ち続けた。
探し続けた。
だが――
決して、現れることのなかった存在。
その“はず”の男が。
今、目の前にいる。
機械仕掛けの心臓が、激しく脈打つ。
鼓動が、耳の奥で鳴り響く。
うるさいほどに。
抑えようとしても、抑えられない。
「……そ、んな」
掠れた声が、漏れる。
現実が、追いつかない。
「ありえ、ない」
否定する。
何度も、何度も。
そんなはずはない、と。
あの大戦の後――
彼は後方へと送られた。
治療を受け、その後は。
アークで、静かに生を終えたか。
あるいは――
どこかの戦場で、既に散っているはずだ。
だから。
ここにいるはずがない。
いる“わけがない”。
そう、言い聞かせる。
だが――
心の奥底で。
消しきれないものがある。
『もしかしたら』
その、たった一つの可能性が。
すべての否定を、容易く覆していく。
やがて――
男が、立ち止まる。
そして。
ゆっくりと、顔を上げた。
「……ッ!!」
その瞬間。
紅蓮の視界が、揺らぐ。
何かが、滲む。
それが何なのか、理解するよりも早く。
ただ、見えた。
その顔が。
間違いない。
間違えようがない。
時間が止まる。
そして同時に――
すべてが、動き出す。
足が、前へと出る。
意識するよりも先に。
ゆっくりと。
だが、確実に。
一歩。
また一歩。
その歩みは、弱々しい。
普段の紅蓮からは想像もできないほどに。
だが――
その一歩一歩には、確かな力が込められていた。
止められない。
止まれない。
男もまた、気づいたのだろう。
こちらを、凝視している。
だが、その表情には、まだ確信がない。
信じきれていない。
それは、当然だった。
「……ぁ。どうして……。ここに…」
紅蓮の声は、震えていた。
言葉にならない。
だが、歩みは止まらない。
近づく。
ただ、それだけを求めて。
その時――
声が、響いた。
力強く。
抑えきれず。
「……紅蓮ッ!!」
その一言が――
すべてを、断ち切った。
堰が、壊れる。
その瞬間、紅蓮の目から、涙が溢れ出した。
止めることなど、できない。
頬を伝い、次々と零れ落ちていく。
だが、拭おうともしない。
ただ、そのまま。
「……マスターッ!!」
叫ぶ。
その名を。
再び会えた。
ようやく。
長い、長い時間を経て。
最愛の人に。
その現実が、胸を満たす。
紅蓮は、駆け出そうとする。
もつれる足。
震える身体。
それでも――動かす。
彼に触れるために。
抱きしめるために。
確かめるために。
これは夢ではないと。
だが――
その足は。
強制的に、止められた。
大地が、震える。
空気が、裂ける。
背後から――
“それ”は、現れた。
巨大な影が地を押し割るように、その姿を現す。
ラプチャー。
だが――これまでのどれとも違う。
異様なまでの質量。
異様なまでの存在感。
まるで、大地そのものが起き上がったかのような巨体。
その出現だけで、空気が変わる。
音が、消える。
いや――圧し潰される。
紅蓮の足が止まる。
マスターの動きも、止まる。
全員が、その“異物”へと視線を奪われる。
再会の瞬間は――
無慈悲に、引き裂かれた。
それはまるで。
運命そのものが、二人の間に立ちはだかったかのようだった。
紅蓮編の結末予想ーー!
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やっぱり、ハッピーエンドだよね!
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このクソ作者の癖が全開になりバッドエンド
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紅蓮さんとマスターが2人旅するんだ!
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アークに戻って喫茶店を営む日常に戻る