もうはよ終わらせんかいって声が聞こえそうで怖いです。
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アンケートですが、クロウが人気ですね。
壊すかー笑
隠れ家に戻ったラプンツェルは、扉を開けた瞬間に異変を察した。
静かだった、あまりにも。
窓の外を流れる川のせせらぎ。
風に揺れる木々の葉擦れ。
火の消えた竈から漂う僅かな薪の匂い。
その全てが、まるで遠い場所のように感じられた。
胸の奥に嫌な予感が走る。
「紅蓮?」
呼びかけるが、返事はない。
ラプンツェルは荷物を置くことも忘れ、そのまま部屋の奥へと駆け込んだ。
そして。
その姿を見つけた瞬間、ラプンツェルの表情が凍り付く。
「紅蓮?!」
思わず叫んでいた。
紅蓮は床に膝をついていた。
俯いたまま、微動だにせず。
ただ、その身体だけが小刻みに震えていた。
肩は震え。
呼吸は乱れ。
床へと零れ落ちる涙が、小さな染みを幾つも作っている。
ぽたり、ぽたりと静まり返った部屋に、その音だけが響いていた。
まるで、心が壊れていく音のように。
ラプンツェルは慌てて駆け寄る。
「紅蓮!どうしたのですか!」
しかし紅蓮はすぐには答えない。
震える唇を何度か開き、ようやく声を絞り出す。
「……お願いだ、ラプンツェル……」
掠れた声だった。
泣き続けた者だけが出せる声。
喉の奥から無理矢理引きずり出したような弱々しい声。
「……本当のことを、教えて、くれ……」
ラプンツェルの胸がざわつく。
嫌な予感がする。
そして。
紅蓮はゆっくりと顔を上げた。
涙で濡れた瞳。
赤くなった目元。
苦しみに歪んだ表情。
その顔を見た瞬間。
ラプンツェルの胸は強く締め付けられた。
「私は……」
紅蓮の声が震える。
「私は……誰を忘れてしまったんだぃ……?」
その言葉に、ラプンツェルは息を呑んだ。
『なぜ、そのことを……?』
誰も教えていない。
誰も話していない。
紅蓮自身も覚えていないはずだった。
それなのに、彼女は辿り着いてしまった。
自分の中に欠けているものがあることに。
失われた何かがあることに。
心だけで気付いてしまったのだ。
ラプンツェルは言葉を失い、ただ紅蓮を見つめ、その姿に胸が痛んだ。
そこにいたのは。
かつて戦場を駆け抜けた伝説の剣士ではなかった。
ゴッデス部隊の一員として人類を守り続けた英雄でもなかった。
どんな戦場でも笑い、どんな絶望にも立ち向かった紅蓮でもなかった。
そこにいたのは。
自分が何かを失ったことだけを理解しているただの少女だった。
何を失ったのかは分からない。
誰を失ったのかも分からない。
けれど。
それが自分にとって何よりも大切だったことだけは分かっている。
そんな少女だった。
ラプンツェルは静かに目を閉じる。
脳裏に浮かぶのは、あの日の戦場。
タイラント級。
再会と、別れ。
そして。
狂気と憎悪の果てで思考転換寸前まで追い詰められた紅蓮の姿。
あの時、彼女を救う方法は一つしかなかった。
強制休眠剤。
ニケを強制的に眠らせる薬剤。
思考転換を止めるための最後の手段。
結果として、それは紅蓮を救った。
人類の敵になる未来を防いだ。
だが。
代償も大きかった。
紅蓮は失った。
百年以上想い続けた人の記憶を。
何度死にかけても忘れなかった人を。
孤独の中で支え続けてくれた人を。
最愛の人を。
ラプンツェルは眉間に皺を寄せる。
今ここで真実を話せばどうなる、失われた記憶が戻るかもしれない。
だが同時に、再び彼女の心が壊れるかもしれない。
今度こそ本当に思考転換を起こすかもしれない。
人間の脳がニケの身体を拒絶する可能性だってある。
守るべきか。
話すべきか。
その答えが出ない。
ラプンツェルが苦悩の中で俯いた時だった。
ふと、紅蓮の腕の中に抱き締められているものが目に入り、ラプンツェルは思わず息を止める。
それは、一通の手紙だった。
古びた手紙。
何度も折り畳まれ。
何度も開かれ。
何度も補修された紙。
端は擦り切れ、文字は薄れ。
もう原型を保っていること自体が奇跡のような代物。
それなのに、紅蓮はそれを胸に抱き締めていた。
まるで、命そのものを抱くように。
失えば二度と立ち上がれなくなるかのように。
それだけは手放してはいけないと、紅蓮の本能が叫んでいるように。
ラプンツェルの脳裏に。
ある日の光景が蘇る。
勝利の翼号の甲板。
夕焼けに染まる空。
長い戦いの合間。
紅蓮は甲板の手摺に寄り掛かりながら、遥か彼方を見つめていた。
ずっと、ずっと待っていた。
その背中があまりにも寂しそうで。
あまりにも切なそうで。
ラプンツェルは思わず声を掛けた。
その時、紅蓮は少しだけ照れ臭そうに笑い、見せてくれたのが、その手紙だった。
大切そうに。
愛おしそうに。
両手で包み込むように抱き締めながら。
紅蓮は微笑んでいた。
あの百年以上の人生の中で、ラプンツェルが見た中でも。
指折りの優しい笑顔だった。
『私の宝物だ』
その声を、今でも覚えている。
『これがあれば、いつまでも待てる気がするよ』
そう言って、紅蓮は胸に抱き締めた。
まるで、その手紙の向こう側にいる誰かを抱き締めるように。
幸せそうに。
愛しそうに。
切ないほどに。
その笑顔を思い出した刹那、ラプンツェルの胸に熱いものが込み上げる。
そして、目の前の紅蓮を見る。
彼女は忘れている。
名前を。
顔を。
声を。
思い出を。
全て。
それなのに、この手紙だけは抱き締めている。
理由も分からず。
意味も分からず。
誰が書いたのかさえ覚えていないのに。
それでも。
大切だと分かっている。
失ってはいけないと知っている。
忘れてはいけないと感じている。
ラプンツェルは悟る。
記憶は消えた。
確かに消えてしまった。
だが。
想いは消えていない。
百年以上積み重ねた時間。
待ち続けた日々。
願い続けた夜。
愛し続けた心。
それらは記憶の奥底から失われても、魂の奥底には残っていた。
だから紅蓮は泣いている。
だから紅蓮は苦しんでいる。
だから紅蓮は彼を無意識に探している。
名前も知らずに、顔も思い出せずに。
それでも、ただ一人の人を。
ラプンツェルの瞳から一筋の涙が零れ落ちた。
ーーーーーー
決意したラプンツェルは、ゆっくりと紅蓮の前に膝をついた。
逃げることは出来なかった。
これ以上、彼女の苦しみから目を逸らすことは出来なかった。
たとえ真実が新たな痛みを生むとしても。
たとえそれが危険を伴うとしても。
今、目の前にいる紅蓮は、答えを求めている。
失われた記憶ではなく。
失われた想いの正体を。
だからラプンツェルは震える息を吐き、そっと紅蓮の両手を包み込んだ。
冷たかった。
ニケの身体であるはずなのに、その指先は凍えるほど冷えていた。
どれほど長い時間、一人で苦しんでいたのだろう。
どれほど長い時間、その答えを探していたのだろう。
ラプンツェルの胸が痛む。
そして、静かに口を開いた。
「……紅蓮」
優しい声だった。
けれど、その奥には隠しきれない痛みが滲んでいた。
「貴女が忘れてしまった人は……」
言葉が止まる。
喉が震え、胸が締め付けられる。
それでも。
もう嘘はつけなかった。
もう誤魔化せなかった。
紅蓮には知る権利がある。
彼女自身の物語を。
彼女自身の愛を。
「……貴女が、百年以上、ずっと想い続けていた人です」
その言葉が落ちた瞬間。
紅蓮の肩がびくりと震えた。
まるで心臓を直接掴まれたように。
身体が反応していた。
「……ッ」
息を呑む音が漏れる。
瞳が揺れる。
その言葉は、失われた記憶の奥底へ、静かに沈んでいった。
「貴女は、彼を愛していました」
静かな声だった。
大声ではない。
けれど。
その一言は重かった。
あまりにも重かった。
まるで長い年月を閉じ込めた鍵のように。
固く閉ざされた扉を叩く音のように。
紅蓮の心の最も深い場所へ届いていく。
「そして……」
ラプンツェルの声が震える。
涙が零れる、それでも言わなければならない。
「彼も、貴女を愛していました」
その瞬間だった。
紅蓮の呼吸が乱れる。
胸が苦しい。
息が出来ない。
頭の奥で何かが軋む。
ギシリ、ギシリと、忘却によって封じられた記憶が悲鳴を上げる。
知らないはずだった。
知らないはずなのに。
何故だろう。
胸が痛い。
どうしてこんなにも苦しいのだろう。
どうして涙が止まらないのだろう。
知らないはずの温もり。
知らないはずの声。
知らないはずの笑顔。
それらが。
まるで霧の向こう側から手を伸ばしてくる。
そして、脳裏に閃光のように断片が走った。
荒廃した大地。
崩れ落ちる建物。
硝煙に染まる空。
タイラント級。
絶望、憎悪、喪失。
そして。
ようやく。
ようやく会えた人。
ずっと探していた人。
百年以上待ち続けた人。
自分が壊れていく中、仲間すら斬り殺そうとしていた自分の前に現れた男。
血塗れで。
身体は壊れ。
腕を失い。
足を砕かれ。
それでも歩いてきた、その男は、優しく笑っていた。
今にも倒れそうな身体で。
煤に汚れた顔で。
それでも。
優しく、愛おしそうに、彼女だけを見つめていた。
そして、その唇が動く。
――『待たせた。紅蓮』
その瞬間。
「――ぁ……」
紅蓮の目が大きく見開かれた。
心臓が跳ねる。
知らない。
知らないはずだ。
思い出せない。
顔も曖昧だ。
声も霞んでいる。
それなのに。
それなのに。
どうして。
どうしてこんなにも胸が苦しい。
どうしてこんなにも愛おしい。
どうしてこんなにも。
逢いたい。
胸の奥で何かが崩れ落ちる。
積み上げられた孤独が。
忘却が。
悲しみが。
音を立てて崩れていく。
嗚咽が漏れた。
声にならない。
言葉にならない。
ただ苦しい。
ただ痛い。
胸を押さえる。
震える。
呼吸が出来ない。
まるで。
長い長い闇の中を彷徨い続けた末に。
ようやく失くした宝物の輪郭へ触れたように。
霧が晴れていく。
少しずつ。
本当に少しずつ。
今まで曖昧だったものが形になっていく。
夢の中で聞いていた声。
いつも自分を呼んでいた声。
優しく。
暖かく。
愛おしい声。
その全てが、一人の人物へと繋がっていく。
完全には思い出せない。
まだ遠い。
まだ届かない。
けれど。
確かにそこにいる。
心の奥で。
魂の奥で。
ずっと待っていた人が。
紅蓮は堪えきれずに崩れ落ち、ラプンツェルの胸へ顔を埋める。
まるで迷子になった子供のように。
まるで居場所を失った少女のように。
声を上げて泣いた。
百年以上生きた英雄ではなく。
ただ一人の恋する少女として。
涙を流した。
ラプンツェルは何も言わず、ただ抱き締める。
強く。
優しく。
壊れてしまわないように。
失われてしまわないように。
紅蓮の肩が震える。
唇が震える。
そして、涙に濡れた唇から。
ようやく、その名前が零れ落ちた。
震える声で。
壊れそうなほど弱い声で。
それでも、確かな願いとして。
「……逢い、たい……」
涙が零れる。
止まらない。
「……逢いたいんだ……」
胸が痛い、苦しい、それでも。
その想いだけははっきりしていた。
記憶を失っても。
名前を忘れても。
顔を忘れても。
消えなかったもの。
百年以上積み重ねた愛情。
魂そのものに刻まれた願い。
紅蓮は泣きながら叫ぶ。
失われた記憶の向こう側へ向けて。
ずっと探していた人へ向けて。
「……彼に……」
声が震え、涙が零れる。
それでも、その名前だけは。
魂が覚えていた。
「……マスターに……!」
その叫びは、まるで心そのものが発した悲鳴のよう。
百年以上待ち続けた少女の。
失ってなお愛し続けた少女の。
どうしようもなく。
どうしようもなく。
愛しい人へ向けた願いだった。