勝利の女神NIKKE 希望のカフェ   作:スウェーデンクラス

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もう終わります。
本当に!!
最終話は早かったら今日の夜にはできるかと!
ほんまに長くダラダラ書いて申し訳ない。
短編集なのに、長編じゃん。
もう少しだけお付き合い下さい泣
感想などありましたらお待ちしてまーす!



ルート紅蓮 pt17

 

紅蓮が俺の記憶を無くしたと聞かされたのは、目覚めた病院のベッドの上だった。

 

真っ白な天井と消毒液の匂い。

規則正しく鳴る医療機器の電子音。

 

それらをぼんやりと聞きながら、俺は静かにその事実を受け止めていた。

 

不思議なことに、涙は出なかった。

 

叫びたいとも思わなかった。

怒りもなかった。

 

ただ、胸の奥にぽっかりと穴が開いたような虚無感と、全身を襲う鈍い疲労だけが残っていた。

 

「あぁ……そうか」

 

それだけだった。

 

紅蓮は俺を忘れた。

 

共に過ごした時間も。

交わした言葉も。

百年以上待ち続けた再会の記憶も。

 

俺のことを全部。

 

それでも――後悔はなかった。

 

あの時。

ああするしかなかった。

 

あのままなら、紅蓮は思考転換を起こしていた。

 

人類の敵として。

ラプチャー側の存在として。

 

人類から恐れられ、人類を傷つけ。

そして人類から討たれる存在になっていた。

 

そんな未来だけは、絶対に認められなかった。

 

紅蓮はゴッデスだ。

人類史に名を刻む英雄。

 

勝利の象徴。

人類の矛であり、人類の盾。

 

誰よりも人類のために戦い続けてきた存在だ。

 

そんな彼女が、人類から敵として銃口を向けられる光景など、想像するだけで吐き気がした。

 

だから。

 

あの場にいた全員の判断は正しかった。

 

スノーホワイトも。

ラプンツェルも。

指揮官も。

カウンターズも。

 

誰一人間違っていない。

 

そして何より――俺自身も。

 

そう考えることでしか、今は前を向けなかった。

 

紅蓮に注射を打った直後のことを思い出す。

 

あの瞬間。

 

彼女は確かに自分を見ていた。

震えながら。

 

そして眠るように崩れ落ちたのを、自分は抱き止めた。

彼女の温もりと、匂い。

待ち望んでいたものが目の前にあった。

 

だが俺の意識はそこで途切れた。

 

腹を貫いていた鉄パイプ。

砕けた足首。

引き千切られた義手。

 

全身の損傷は想像以上だったらしい。

 

あと少し搬送が遅れていれば助からなかった。

後から聞いた話では、俺をアークまで運んだのはカウンターズだった。

 

本来なら。

 

彼女たちはマリアンとの別れの時間を過ごせたはずだった。

それでも。

俺を置いていかなかった。

 

命懸けで運んでくれた。

 

その事実だけで十分だった。

返しきれない恩を作ってしまった。

 

そんなことを考えていた時だった。

 

「……スター? マスター?」

 

呼びかける声が聞こえ、意識を引き戻されるように顔を上げる。

そこには見慣れた顔が並んでいた。

 

ラピ。

アニス。

ネオン。

そして指揮官。

 

皆が病室の中でこちらを見ていた。

 

「大丈夫ですか? もう時間です」

 

ラピが柔らかい声で言う。

心配そうな表情だった。

 

気付けば二ヶ月以上。

 

思いのほか怪我は深刻で、退院まで随分と時間がかかってしまった。

 

「……すまない。少し考え事をしていた」

 

俺がそう言うと、

 

「ちょっとぉ。本当に大丈夫なの?」

 

アニスが眉をひそめる。

 

「なんていうかさ……覇気がないというか……」

 

その言葉にネオンがすぐ反応した。

 

「アニス」

 

真顔だった。

 

「二ヶ月入院できます? アニスだったら三日で病院から脱走すると思いますけど」

 

「はぁ?!」

 

アニスが飛び上がる。

 

「なによそれ! 私をなんだと思ってるのよ!」

 

「ゴリラですか?」

 

「誰がゴリラよ!!」

 

病室に騒がしい声が響く。

その様子を見たラピが額を押さえる。

 

「あなたたち」

 

ため息。

 

「ここ病院よ」

 

二人はハッとする。

周囲を見回す。

 

そして。

 

「……すみません」

 

「……ごめんなさい」

 

しゅんとなった。

 

二人が同時に固まり、そして気まずそうに肩を縮めた。

その様子を見て、思わず笑ってしまう。

 

分かっていた。

わざとだ。

重くなり過ぎないように。

俺が余計なことを考えないように。

 

無理をして明るく振る舞っている。

 

優しい連中だ。

本当に。

 

俺は小さく息を吐くと、ベッドから降りようとした。

だが。

床へ足を着いた瞬間。

 

ぐらりと視界が傾く。

 

「っ……!」

 

体勢が崩れる。

転倒しかけた身体を、ラピが素早く支えた。

 

「マスター!」

 

強い力で腕を掴まれる。

 

「大丈夫ですか?」

 

目の前には心配そうなラピの顔。

俺は苦笑する。

 

「すまない」

 

情けないな。

 

「どうも歩きづらくてな」

 

事実だった。

足首は治った。

だが完全ではない。

長く歩けば痛むし、走ることなどもう難しい。

 

それだけだった。

 

すると指揮官が静かに口を開く。

 

「新しい義手は付けないのか?」

 

俺は失った右腕を見る。

肩から先は存在しない。

空虚な感覚だけが残っている。

 

「百年前の義手だ」

 

苦笑する。

 

「互換性のある物なんて、もう存在しないさ」

 

少し間を置き、

 

「それに足首だって完全には戻らない」

 

そう告げた。

だが指揮官は諦めなかった。

 

「義手は私がなんとかする」

 

真っ直ぐな声だった。

 

「足首も、今の医療なら治療を続ければ、日常生活を過ごすくらいには十分回復するはずだ」

 

俺は答えず窓を見る。

 

アークの街並み。

人々が行き交う光景。

子供の笑い声。

 

平和な日常。

 

ラプチャーの脅威など、ここには見えない。

 

俺が百年前に守ろうとしたもの。

紅蓮たちが戦い続けたもの。

 

それが今、確かに存在している。

 

ゆっくりと振り返る。

皆がこちらを見ていた。

 

だから俺は静かに言った。

 

「もういいんだ」

 

その言葉に空気が止まる。

 

「もう俺には戦う理由もない」

 

誰も喋らない。

俺は続ける。

 

「……彼女を探しに行く必要も」

 

その言葉の意味を、全員が理解していた。

 

目覚めた直後。

指揮官は俺に提案していた。

 

『紅蓮に会ってみてはどうか』

 

記憶の刺激になるかもしれない。

何か思い出すきっかけになるかもしれない。

 

そう言ってくれた。

だが俺は断った。

 

もし記憶を無理に引きずり出した結果。

 

再び思考転換の危険が生まれたら?

もし苦しみだけを与える結果になったら?

 

そんなことは耐えられない。

 

忘れたなら、それでいい。

俺だけが覚えていればいい。

 

紅蓮が生きていてくれるなら。

笑っていてくれるなら。

 

それでいい。

本当に、それだけでいいんだ。

 

そう言い聞かせるように。

そう信じ込ませるように。

 

俺は静かに微笑んだ。

 

だが、その顔を見ていた指揮官も。

ラピも。

アニスも。

ネオンも。

誰一人として、何も言わなかった。

いや、言えなかったのかもしれない。

 

それはきっと。

俺自身が、一番この結果を信じれていないからだろう。

 

ーーーーーー

 

車は静かに減速し、やがてアークの一角にある見慣れた通りで停止した。

 

マスターは窓の外へ視線を向ける。

 

見慣れた街並みに響く人々の声。

遠くから聞こえる商店街の喧騒。

子供たちの笑い声。

 

平和だった。

 

皮肉なほどに。

 

つい数日前まで、自分は死と隣り合わせの戦場にいたというのに。

鉄と火薬の匂いに満ちた世界から帰ってきた今、この光景はまるで別世界のように思えた。

 

しばらく黙って外を見つめた後、マスターは静かにドアへ手を伸ばす。

そして車から降りた。

 

地面へ足をつく。

砕かれた足首はまだ完全ではない。

杖がなければ長く歩くことも難しい。

 

だが、それでも立つ。

それでも前を向く。

それが今の自分にできる唯一のことだった。

 

車のドアを閉めると、マスターは振り返った。

 

「ここまででいい」

 

穏やかな声だった。

 

「ありがとう」

 

その言葉に、運転席から降りてきた指揮官が静かに頷く。

しばらく互いに見つめ合う。

 

戦場を共に駆け抜けた者同士だけが分かる沈黙だった。

やがて指揮官は背筋を伸ばした。

 

そして、ゆっくりと右手を額へ持っていく。

 

軍人として、ひとりの戦士として。

 

最大限の敬意を込めて。

敬礼した。

 

「礼を言わなければいけないのは、こちらだ」

 

その声は真っ直ぐだった。

 

「貴方の助けに感謝する」

 

そして。

 

「……ありがとう」

 

短い言葉だった。

だが、その中には言葉では語り尽くせないほどの想いが込められていた。

 

前哨基地での戦闘。

タイラント級との戦い。

マリアンを守り抜いたこと。

自らの命を投げ出してまで仲間を救ったこと。

 

全てへの感謝だった。

 

マスターは少しだけ目を丸くするが、困ったように笑う。

 

「よしてくれ」

 

首を横に振る。

 

「俺は自分のために戦ったまでだ」

 

その笑みはどこか寂しかった。

自分を英雄として扱われることを拒むような笑みだった。

 

「……まだ店はしばらく開店しないが」

 

少しだけ視線を遠くへ向ける。

 

「開店した時は、ぜひ来てくれ」

 

指揮官は笑った。

 

「あぁ」

 

力強く頷く。

 

「お邪魔する」

 

そして、少しだけ考えるような素振りを見せると、少しだけ意味深な笑みを浮かべる。

 

「……もしかしたら、またすぐ会うことになるかもしれない」

 

マスターは眉を上げた。

 

「ん?」

 

何か含みのある言い方だった。

 

だが、今の彼にはその意味を深く考える気力はなかった。

 

「そうか」

 

苦笑する。

 

「楽しみにしている」

 

それだけ答える。

指揮官もそれ以上は言わなかった。

 

ただ静かに笑うだけだった。

 

やがて車のドアが閉まる。

エンジンが再び唸りを上げる。

 

車はゆっくりと走り出した。

その時だった。

 

後部座席の窓が開く。

 

「マスターー!!」

 

アニスだった。

大きく手を振っている。

 

「元気でねー!!」

 

その横ではネオンも身を乗り出している。

 

「来た時はサービスしてくださいねー!」

 

「アンタは最初から何言ってんのよ!」

 

「アニスだって、少しは考えてたくせに!」

 

「か、考えてないわよ!」

 

いつものやり取りだった。

そしてその後ろ。

ラピも静かに手を振っていた。

 

いつも通り無表情に近い顔だが、その目は優しかった。

 

マスターは思わず笑う。

残った左手を上げ、小さく振り返す。

 

車は遠ざかっていく。

やがて角を曲がり、見えなくなった。

 

静寂が戻る。

 

マスターはしばらくその場所に立ち尽くしていたが、やがて、ゆっくりと振り返る。

 

そこにあった。

 

喫茶店ルポ。

 

長い年月を共に過ごした場所。

自分の店。

アークの住人たちにとっての憩いの場所。

ニケたちが束の間の休息を得る場所。

 

そして、自分が帰る場所だった。

 

約二ヶ月ぶりだった。

いや、もっと長く感じる。 

 

戦場を経験した人間にとって、二ヶ月という時間は決して短くない。

 

マスターはしばらく店を見上げる。

 

変わらない外観。

変わらない看板。

変わらない入口。

 

それなのに、何かが違って見えた。

 

まるで自分だけが別人になって帰ってきたような。

 

杖をつきながら歩く。

一歩、また一歩。

そして扉の前へ立つ。

 

ポケットから鍵を取り出し、僅かに震える指で鍵を差し込み、回す。

 

カチリ。

 

聞き慣れた音を聞き、扉を押す。

 

カラン――

 

小さなベルの音が店内へ響く。

 

懐かしい音だった。

胸の奥が少しだけ熱くなる。

 

店内へ足を踏み入れる。

二ヶ月以上閉ざされていた空間。

 

薄く埃は積もっていた。

 

椅子も。

テーブルも。

カウンターも。

 

静かに時を止めたまま。

 

だが、不思議だった。

冷たくはなかった。

 

むしろ暖かかった。

 

まるで、店そのものが主人の帰りを待っていてくれたかのように。

 

「……ただいま」

 

思わず呟く。

誰もいない店内へ。

 

返事はない。

だが、どこか安心する。

 

マスターは杖をつきながらカウンターの奥へ入る。

 

いつもの場所へ立つ。

店主の場所。

 

そこから店全体を見渡す。

 

何度も見てきた景色。

何度も見送った景色。

何度も笑い声が響いた景色。

 

なのに、今は妙に広く感じた。

 

静かだった。

あまりにも。

 

戦場から帰還した兵士が突然平和の真ん中へ放り込まれたような。

 

そんな奇妙な感覚。

 

心が追いついていなかった。

その時だった。

 

ふと、視線が止まる。

 

カウンターの真正面。

 

一番よく見える席。

誰よりも先に目に入る場所。

 

そこにある一席。

 

マスターは動きを止め、その席を見つめる。

長い間、静かに。

 

その席には誰も座っていない。

 

だが、彼には見えていた。

 

彼女の姿が。

 

不機嫌そうな顔。

少し意地悪な笑み。

 

そして。

 

時折見せる優しい微笑み。

 

そこは、最初の常連客の席だった。

 

紅蓮の席だった。

彼女のために用意していた席だった。

 

いつか、戦いが終わったら、ゆっくりコーヒーでも飲みながら話そう。

そんな約束にもならない想いを抱いていた席だった。

 

だが、結局。

 

彼女がそこへ座ることはなかった。

 

一度も。

ただの一度も。

 

マスターは小さく笑う。

笑うしかなかった。

 

「結局……」

 

声が震える。

 

「一度も座らせてやれなかったな」

 

ぽつりと呟く。

静かな店内にその言葉だけが響く。

 

返事はない。

当然だ。

 

もう、彼女は自分を覚えていないのだから。

 

マスターは天井を見上げる。

 

深く息を吐く。

笑おうとした。

 

いつもみたいに。

 

大丈夫だと。

これで良かったのだと。

 

そう思おうとした。

 

だが、その瞬間だった。

 

視界が滲み、目尻から、一筋の雫が流れ落ちる。

 

頬を伝う、静かに。

本当に静かに。

 

戦場では流せなかった涙。

 

彼女を守れた安堵。

彼女を失った喪失。

 

二つの感情がようやく溢れ出した涙だった。

 

店内は静かだった。

ただ、誰も座ることのなかった席だけが。

 

夕陽の差し込む光の中で、変わらずそこにあり続けていた。

 

 

 

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