──それは何度目の敗北だったんだろう。
道場の床に這い蹲るのは二つの矮躯。幼子、稚児。小学生。
立つは一人。超常の頂点、武術の花、いいや武力の最終到達点か。少女というには不相応に完成した、してしまった女が立っている。
挑んだ子どもと挑まれた大人。それはそんな構図。
剣道場は斜陽にて。黄昏の立ち込める
何度目だったろう。何度挑んだのだろう。そして何度目の同じ結果なんだろう。わからない。わからないと断言できる程度の繰り返しで、変わらない結末を出力される。された末。積み上げた黒星にさらに一つ。
敵わない。届かない。
まだ。
そう、まだだ。
まだ、届いていないだけ。
少女は刀を握っていた。真剣だ。模造刀でも逆刃刀でも、ましてや手加減なんてなく。迂遠な婉曲をとことんにまで廃絶して。
その人は。一切の遊びなくただ真摯に、小学生相手に真剣を抜いていた。なのに対する小学生二人。それこそ子どもでしかない彼らは、道場に相応しく道着に竹刀という出てだちで、その女に向かっていっていた。
圧倒的な戦力差。数でこそ単純に倍であるが、そも年齢なんて一回り近くも差があって、握る獲物だって天と地だ。第一なにより、彼女はこと『
勝てる道理はない。勝ち筋はない。勝利に繋がる軌跡がない。
それでも。二人は。
勝てると踏んで、挑んでいた。
見ようによっては大人気ないありさまだったか。負けた二人の想いは真剣だった。真面目に、純粋に、烈火の心意気で彼女に挑んでいた。ゆえにならば幼子であろうと真摯に向き合うは礼賛絶賛される素晴らしい人間らしさで、褒めちぎっても違和ない。が、それでも限度はあろう。限界はあろう。
殺人だか活人だかの道理うんぬんの以前、子どもに本物の刀を向けるのは、果たして人間として正しい在り方なのか──そんな風に、当事者でない三者は避難するか。
だが当事者である彼らには、這い蹲る『彼』と『彼女』の二人には、そうでなくてはいけなかった。そうであってくれなければ納得できなかった。正真、手心の微塵さえ介在しない武威でもって相対してもらわなければ、得心なんてしないのだ。
子どもの意地か、わがままか。武人としての心得か。いいや違う、違うのだ。そんな大層大それた大義名分なんかじゃ説明つかないのだ。
全力の彼女に勝つんだ。全霊の彼女に至るんだ。
だから諦めない。そんな結末は認められない。彼女に勝つのは荒唐無稽なんて言葉では万倍以上に足りないけれど、誰かが言ったか。理不尽が星の数ほどあるように、奇跡だって人の数ほどあるんだと。……違うな馬鹿だな、それでは弱気だ。
勝つ。純粋に。俺達で勝つんだ、と。
『まだ、だぞ。まだ……負けてない』
そう言って敗者の片割れ、幼女は立ち上がる。床にばらまかれた黒髪をすくい上げるように竹刀を支えに立ち上がって、歯を食いしばる。全身には激痛。齢十を超えない幼さの絶頂で、蝶や花をこそ愛でるが相応しいその女の子は、なにでもそれでもそれだからだと、満遍の灼熱がなんのそのと起き上がる。真金、人型の刀。
それは勝者の少女とある種の同様に、歳不相応に鋳造されたかのごとく玲々の赤金。幼さのなかに凛と垣間見える鋒両刃の輪郭は、その身の愚直さを物語る。
しかしその幼女は、白痴阿呆の道理に暗いわけではない。徹頭徹尾不理解を貫く阿呆でも、認められないからと喚くだけの馬鹿ではない。意地も矜持も──そういう言葉をまだ知らない幼さだろうが──そうした信念を確かに握ってもいるが、それではないもっと深い確信を持っている。
そうとも。彼女は決して諦めない。『武』の最上を前にして、思い知って、それでも柄を握り締める無頼女。
道理が解らぬ阿呆でないが、理屈を鑑みない馬鹿なのだから。
『うん。そうだ』
──それに『僕』は同意する。そんな『君』に同調して、追いすがって、微塵粉々に粉砕された専心の刃をつなぎ合わせる。
『君』が諦めずに立ち向かうから、『僕』も負けずに、負けたくないと。
もらったものがあるんだ。大切なものがあるんだ。
『君』が『そう』あってほしいと、言ってくれたことがあるんだ。
強がり。
端から見ても、人伝てに又聞きしても、きっと
貴賎なく加減なく、コテンパンのズタボロにされたその短躯が吐き出す言葉なんて、強がりやせ我慢以外の色はない。勝つんだ、負けない、諦めない。不変の
それほどにボロボロ。それまでにオンボロ。悲惨、凄惨。誤解を承知でありていを表現すれば、幼児虐待といったいどんな差異があるのか。おおよそ良心の欠片を覗かせない、鬼の所業か。
だが。
『懲りないな、お前等も』
その青臭い、幼い陽光の輝かしさを目の当たりにして。
少女は、頂上の女は、純粋に笑いをたたえていた。
さもすれば、不相応に柔らかい花のほころびに似て掠めた口角だった。
ゆえにここに、再び剣が抜刀される。
加減はない。無論、悪意はない。しかし満開たるその心は、確かに愛に燃える零下の酷寒。
冷夏、千の冬。
芥子粒の悪童に向ける手向けのつもりか、みなぎる覇気の天井なきこと。武威を一方的に語らう永劫の片思い。全霊ゆえに一度足りとて彼らに向けられなかった深奥の剣技が、真実白日のなかに現出を開始する。人型の暴威。
対して、生の祝福を受けたばかりの子鹿よりも頼りなく、吹けば散る灯火のように、視線のレベルを戻した彼と彼女。言わずもがな、これから行われるだろう魔剣の前に、彼らが耐えられるだろうだなんて正常な精神でなくとも誤解はない。不相応、過ぎた夢。きっと立ち上がらないで床板を舐めていたほうが、無事に明日を拝めることは当たり前。それこそが正しいあり方。
でも──。
だから──。
正しいことよりも、なにが間違っているのかを知っているから。
虚勢を張り上げて笑うのだ。震える膝っ小僧よりも盛大に、己の愚かさを哄笑させろ。
そして黄昏に白刃が触れる。
斜陽の道場、笑う二人と微笑む少女。酷く滑らかに空気を舐める切っ先、
これから
その間際。それでもブレない確固足るものを信じながら。
『篠ノ之流────』
それはまるで紅蓮に凍る