────始めに貰った物は、名前だった。
◆◆◆◆◆
IS学園とかいう女の園があるらしい。
らしいというのは女の園という部分に関してであって、とうのIS学園自体は存在する。
そこは、女性にしか動かせないインフィニット・ストラトスとかいう飛行強化外骨格の
嘆かわしい。甘酸っぱい少女の芳しさが機械油に狂わされるのが心底真面目にもったいない。どこぞのお姉さまだかに感化されたかはまったく存じ上げませんが、イチ男子高校生としては一緒に青春エンジョイしてくれる絶対数が少なくなるのがいただけない。俺に付き合ってくれる女の子なんていない? ないですかそーですか。
まぁ正直匂いなんて女の子も男の子も変わらんです。青臭い少年の幻想です。実際のとこ磯くさ嘘です気取ったごめんなさい。我が実姉の洋服とか俺のと一緒に洗うのが申しわけないくらいにはいい匂いします。嗅いではいない。断じて。
でもやっぱり香るなら男より女の子のがいい。当然である。『今日は部活で汗かいてるから……』なんてJKがいたらもうあれじゃない。真っ先に蒸れたその腋を賞味預かり給うね。そんなことない? ないですかそーですか。
とかくそんな女の子の集まる女子校なのだ。
そこに俺は通うのだ。
しかしワタクシ、織斑一夏は男である。実は男として育てられた女な経緯も、性同一性なんたらとかは無論ない。せいぜい中学の文化祭で──いいや止めよう。俺の沽券に関わる。姉に弄ばれた男子中学生なんていない、いいね? でも年上のお姉さんといっぱいなかよくしたい俺はいる。いいね?
しかしなぜか、そんな俺が女子校に入学することになったのだ。繰り返し、ISは女の子にしか乗れない。それのランナー育成学校=女子校。それはわかる、そりゃそうだ。動かせない男に席はない。
ではどうして? 単純である。
俺がISを動かせる世界唯一の男だからなのだ。
で。
どーにかこーしてあーなって、入学させられてしまったのだ。
不満はある。進路を強制的に決められてしまえばそりゃあ、ある。しかしながらだだをこねる勇気も一五歳という年齢では胡散霧散と尽きてしまい、あとは流れ作業でこのザマだ。暖簾に腕押しとひょうきんに振る舞うのはきらいじゃないが、濁流に流される小石はいやなものだ。諸行無常だよこの世界。
不満はある。不満はある。不満はある、が。
期待もある。
その一抹に魅せられてしまう程度に未完成な自分であり、一握に賭けられる熱がある。若気の至りはわりと好み。咲かなきゃ花は枯れられない。
まぁとどのつまり、俺氏けっこう乗り気で入学であらせられる。
校舎の陰で
しかし。
「空ぅ気が甘い」
まったく。
「体が熱いぃ」
なんて。
「素晴らしい! これが、女の園というものか……ッ!」
なんて役に立つんだ
いいぞ。非常に優れて正直いまでは反省している。
スカート、生足、カラータイツに黒ストまで。ときおり駆け抜ける春風にゆれる裾、
なんか視線が痛い。目線が怖い。注目の域を超えてもはや槍衾だろこりゃ。いやさ我が愛しき学び舎(になったらいいな)の門前に立って芳しい香気に思わず感動してやらかしちまったワテクシに非があるとはいえ、ちょっとあんたらこっち見すぎだろ。そんなに俺が珍しいか? ……珍しいか。男だものね。パンダなう。パンダなう! 無理はしてない。
しかし開幕ボッチになりそうな頚木を打ち込んでしまった気がしないでもないが、とかく遅刻はいただけない。おんにゃのこに見とれて間に合わないとか高校デビュー失敗にもほどがある。時間にルーズなフェルマータ系男子のレッテルなんてお断りでござる。
こっち見てひそひそしている上級生方に我に返って赤面なんてしてない。ない!
◆
校門からドロンさせていただいて玄関前のクラス割りをチェック。
一年一組らしい。一年一組織斑一夏。なんとも語感がよろしいが何番煎じ感が拭えない。中学時代ずっと一組でござんした。
その足取りで流れ作業の体育館。入学式である。お偉いさん方の式辞やら扇子持った生徒会長さんやらのありがたいお言葉があったりあまつさえ意味ありげに俺にウインク飛ばしてる気もしたが、同中・同クラスの相川さんとメールしてて覚えてない。それそろスマートなフォンがほしいぜ。
そして現在この時間、一年一組の教室に至るのだ。
「みなさん入学おめでとうございます。私はこのクラスの副担任を務めさせていただきます、山田真耶といいます。これからよろしくお願いしますね?」
やまだまや。
回文である。
しかしローマ字になおすとYAMADAMAYA。逆から読んだらアヤマダメーイ。亜山田
なんておもしろくもない適当な羅列をアタマのなかで疾走させるが、当然そんな逃避は現実に一光もたらすはずもない。むしろ思考が加速しちまったせいで体感時間の伸びが抜群だ。返って長く感じちまう。
つまりようは、この瞬間が早く終わってほしいと願ってるわけで。
「それではまず、自己紹介から始めましょう。出席番号一番の人、お願いします」
「え、あたし?」みたいな顔させてる出席番号一番・相川清香ちゃんに『がんがれ』の意を込めてウインク投げたら『(^ω^)』なんて顔で肘鉄砲で打ち返された。乱太郎馬鹿にすんなし。
そんないつも通りのノリを思わず披露しちまって、なにげなく視線の合った国津さんとやらが若干引いてた。……泣くな俺。
話を戻してつまらせてもらうが、なんともこの教室、空気が気まずい。
空ぅ気がまず……サーセン。
視線の雨。目線の槍。注目のガンマ線照射。
今現在、俺はものすごくたくさんの視線に晒されていた。
そりゃそうさ。不本意ながら世界唯一の肩書きを背負ってしまった俺である。少女の学び舎に黒一点、混入してしまった異分子である。視線が募る。意識が集う。座席も最前列のど真ん中、正面には先生。なにこの保護観察対象。巨大で強大で大々的な生徒会長よろしく教室のど真ん中じゃないだけマシか? ばってんあの人アンノウンじゃん。なにそのスケスケの悪魔俺にもくれよ。
しかしこうして言葉を重ねているが、実際これは体験しなけりゃ伝わらん。やたらかわいい子ぞろいのなかに一人放たれて有無を言わさず視線に晒される。一挙一動、つぶさに観察されるこの気持ち、あわやこのままだと新しい領域を開陳しそうである。あれ、それだともとから素質があったってことにならね?
しかしそろそろ現実に帰ろう。
いくら目を逸らしたところでときは着実に流れるのだ。無間神無月は必要ないのだ。さしあたって、いま俺のすべきことは自己紹介を考えること、やっべちょいとハチワンなダイブキメてる
考えろ俺、今すぐに。第一印象、始めが肝心。たかが自己紹介ごときといえ、ここでミスって今後の学園生活に亀裂が走るのは拙者の望むところじゃない。じゃないのだが、いかんせん、思いつかん。その場の勢いで生きてる自覚は存分だが、思考は放棄していいもんじゃない。
考える。考える。考える、思いつかない。行き当たりばったり、そんな俺もきらいじゃない!
なので今はこのいい匂いのする空気に身をまかせるじゃんよ。
すごいな女の子。野郎がまったくいないとこんな香しいの? フレッシュな青さ。つってもしかしながら、気合い入れすぎて香水キツすぎる感は否めない。匂いの強い柔軟剤でもごまかしているのだろうか。ああ窓、換気扇。窓際の座席がうらやましい。
なんて思って窓際に視線をむけて。
──陽光に流れる黒髪の。
俺は。
──
その。
──鋒両刃の、諸刃の剣。
焦げるような衝動を。
「それでは次、織斑一夏くん」
「────、はい」
押さえつけて、飛び出しそうな心臓に満足して、外面をこれでもかって偽って立ち上がる。
わかってたろ。期待してたろ。それ以上に確信があったろ。だったらなんだよみっともない。予定調和の予測通り、なーにビビってるんだって。震える足を無視しろよ、狂おしいなにかを裁断しろよ。ボイン(爆発の意)しそうになってんなよ。あらあらそういえば予想以上にバストフル。正味俺の周りの女の子は熊本先輩ばりに慎ましい娘ばっかりなのでバランスでもとってるんでしょう。
……なんか色々台無しだけど、真っ平らでいい自閉症にならなくてすんだ。ビー・クール、ビー・クール。もちろん俺にダンゴールはいない。しかし弾ゴールはいる。別に弾をディスってはいない。
いずれにしろ、とうとう俺の自己紹介。
『お前』の視線ばかりが、気にかかる。
「織斑一夏です。誕生日は九月二七日。血液型はAB型。
好きな食べ物は──」
そして、好きなものを吐き出した。
今の俺を誇るように。
◆
俺の自己紹介は無事に終わり、順当にそのあとの人達に番がまわる。
だけれどまったくらしくもなく、俺の意識はお前だけに向かってしまう。
ほかの声が耳に入らない。
「初めまして! 岸原理子ですっ」
耳に入らな眼鏡が似合うな。
「鷹月静寐です。どうかよろしくお願いします」
耳に入らふむしっかりものの世話焼きと見た。
「か、鏡ナギです……っ」
耳に入引っ込みじあんな君も素敵だ。
「四十院神楽です」
うっわなにあの子めっさ美人!
すまない。許して。僕は駄目だ。弱かった(女の子に)。
どういうことだってばよIS学園。これ絶対顔面偏差値とかも入学考査の対象だろ。IS適正とルックスは比例の関係にでもあるんでしょうかね。うちのおねーちゃんが美人さんなのにも納得でござる。
でもイッピー知ってるよ。イッピー鼻曲がってたり左右の目の大きさ違ったり肌白かったりで思いのほかイケメンじゃないって、イッピー知ってるよ……。
うっせぇイッピーは雰囲気イケメンなんだよ。全部okiuraってやつの仕業なんだ。
御手洗くんとかいう中身も外見もイケメンな輩は絶許。妬んではいない。
「──篠ノ之箒だ。ゆえあってISのテストパイロットなるものを務めさせていただいている。以後お見知りおきを」
その散漫たる俺の意識を再び釘付けにするが凛の声。
明瞭透徹なる刃のさえずりは声の記憶を更新し、離れていた時間が彼女をより強固なものへ砥ぎ鍛えたことを過去を裁断しながら教えてくれる。粘りと鋭利の体現、玲々の鋼。
その瞬間、その
たかが一言、ゆえに明快。虚飾の介在を許さないあるがままの朴訥。
その瞬間、俺達は彼女に見とれたのだ。
え、俺の幼馴染みかっこよすぎ……!?
「何を呆けている小娘共。今年の入学生も例年に逸れない痴愚なのか?」
だから、茫洋に蕩けた意識を現実に引き戻してくれるのは。
「お、織斑先生っ」
「どうした山田君。見蕩れるのは構わんが、第一印象は初対面にしか与えられんぞ?」
同様に、刃を体現できる存在にほかならない。
織斑千冬。我が麗しのおねーさまがそこにいた。
「諸君、初めまして。私がこのクラスの担任、織斑千冬だ」
そう言って教壇に立つ姿のなんと勇ましいことか。
先ほどの自己紹介を冷え冷えと表現するなら、こちらはなんとも暴力的に鮮烈だ。
しかし弟としては雄々しさよりももちっと慎ましさとかが欲しい。男子中学生に黒の下着を洗わせるのはおいちゃんよくないと思うな。ブルっとセーラーなお店に売り飛ばしてくれようか。
途端に、「きゃあ」×27の黄色い悲鳴。
いや別に俺の脳内ダダ漏れで女の子に引かれたわけじゃない。
感激だ。
みんな、感激とやらできゃあきゃあの雄叫びを上げている。
なにせ世界最強のISランナー様のご登場である。IS界の言わば大スター。そりゃあ感激感嘆感涙くらいはしちゃうかもね。言葉が言葉をなしていない。
それら各々を個別に台詞で表したところで言ってることはほとんど同じだから省略するが、参考程度に「濡れるッ!(意訳)」……いやいやイミフすぎんぞなんだよ、叱って? 罵って? あなたのためなら死ねる? これがあの倍率数十倍を誇る天下のIS学園女学生の言動なのか? 半狂乱にラリっちまってんじゃねえかよおい。アッパーとサイケデリック合わせてキメた頭ハッピーセットの輩しかいねぇよ。うそだろ承太郎! しかし見つかったマヌケは俺だった。
「久しいな篠ノ之。強健そうで何よりだ。
が、あまり同級生を魅了してやるな。おまえのような輩のおかげで、毎年、性癖に不自由な奴が後を絶たん」
「褒め言葉として、受け取らせて頂きます」
「宜しい。座れ」
しかしとうの千冬様は降りかかる万雷もなんのその。
立ちっぱになっていた女生徒さんを軽く諌めると着席に促した。
っていうか性癖? え? ここってそんなおとボクった学校なの? ええっ!(歓喜)
いや
「──改めて諸君。私が担任だ、織斑千冬だ。
私の職務は君たちにISの何たるかを叩き込むことにある。
これからお前たちには課題を出す、苦難を強いる、困難を与える。決して簡易安易なぬるま湯を供給しないことを約束しよう。しかし、なあに。案ずることはない。知恵と勇気を全力ですり減らして燃焼すれば実に容易に踏破出来る程度の壁に相違ない。
ここが
ゆえに必ずついて来い。──返事を求む」
俺がトリップってるのをよそにまるで合戦前の侍頭かよってくらいの口上でクラスを鼓舞してくれやがるのが恥ずかしながら俺の姉です。そりゃかっこいいけど。シビれるけど! いやでもだってどこにJKに対して勇気を晒せって発破かける教師がいるんだって。ドン引きだよ。DREAMS COME TRUEすぎるよ。フェイスレス司令だって真っ青だよ。ロッズにフロムがゴッドしちゃうよ。
「「「はいッ!」」」
……姉さん、事件です。
ここの女の子はみんなサムライみたいです。
まあその筆頭が俺のお姉ちゃんなんですけどね!
姉さんが事件です。笑えないオチだぜ。
◆
「入試のときにISを動かしたんだって」
「やっぱりこの学園に入学してきたんだ」
「ねえ誰か話しかけなさいよ」
「わたしいっちゃおうかしら」
「待ってよ、あなた抜け駆けする気?」
HR明けの休み時間の聴覚が捕らえたのは遠巻きな言葉の数々である。
なんぞこれ。学園唯一の男子たる俺としては学校最初の休み時間ならば、それはもうしっちゃかめっちゃかクラスメイツに囲まれて質問攻めに合うと思ってたんだが。おいおい止めろよ押すなよ子猫ちゃん、男の子が珍しいのはわかるけどがっつきすぎはレディーにあらじだぜ? 俺はどこにも逃げないから一人ずつ順番にLINE教え(以下略
などという空想は妄想に昇華したというのはいうまでもなく。
予想に反してこの通り。俺の周りだけぽっかりと穴を空けて人がいない。
……なにこれ新手のイジメだったりします? 聖ルピナス学園に男の分際でしゃしゃるなってこと? マジかよ野球選手のMVPばりに質問内容考えてたのに。関係ないけどここから女子アナ目指す子とかいるんですかね? ミスISとかやったら大盛り上が、らんか。大顰蹙だろうなぁこのご時勢。
などとあわや便所飯すら幻視し始めたこの視界の隅で。
黒い。
ポニーテールが。
揺れた。
(あ、)
辛うじて言葉に出なかった。
窓際の席、立ち上がった彼女に、追随してポニーテール。
カツカツと床面を軽快に叩きながらも凛としてしゃらん。堂とした悠々。視野の端っこにおいてすら強烈な存在感を見せ付ける彼女は、これまた──別の意味でだが──存在感をあふれさせる女生徒を一人連れ立って、そのまま教室から出て行った。
その黒髪の一房が自動ドアに消えるのを見て。
「…………」
思わず立ち上がって、追いかけていた。
◆
そして、まるで上級生に告白する女子みたいな佇まいで。出で立ちで。
織斑一夏は屋上に通ずる扉の裏に身を隠し、荒ぶる鼓動を整えていた。
赤錆色の防錆塗料が塗られた鉄の扉一枚。どうしてかここの戸だけが自動じゃないが、たったそれだけを隔てた先に、お前がいる。……緊張してるのかよ、らしくもない。
──その『らしさ』をくれたのは誰だったか。
「いやはや聞きしに勝るところだな、ここは」
「あら、そうでしょうか。まさしく聞きおよんだ通り、の場所じゃないかと思いますけど」
「と、言うと?」
「女の園」
「今までだって女子校だったじゃないか」
「品行方正、とは斯くあるべしかと」
「なるほどなあ」
なるほどなあ、じゃねぇよ。なんだよそれ。どんな思考回路だよ。まったくわからんぜ。あれか、流行りのメンh(ry不思議ちゃんか? 躁鬱暗示してるタイプの野球用語がお得意ですって? 誰だお前が気分障害だなどと宣うやつは。マジ引くわー。
ドアの向こう、その屋上。全面に緑化がされているだのなんだのが売りの屋上とやらに設置されたベンチにて二人。二人の少女が談笑している。それが扉の隙間から漏れ聞こえるわけで、つまるところ盗み聞き。我ながら悪趣味だ。
不可抗力だとはいえ、会話を見ず知らずのやつに聞かれるのはいいもんじゃないよ。特に女の子が人目を忍んで二人っきりでお話だもの。それはことさら癪に触っちゃうよね。よろしくない……踏み出そう。
俺なら出来る。俺なら出来る。俺なら出来る──思うは埋没、行き着くは深奥。
実に単純な自己暗示。
しかし気休めに思われるだろうそれだって、俺に取っちゃあ重要なもの。呼吸が整う、視界が開ける、音が澄んで肌がひりつく。望む未来への初期化/最適化は前時代的な根性論に通ずる精神補強。柔いもので堅く振舞ったところでそれは高速で壁にめり込む豆腐に違わず、しからば思い描くは最強最高最大の自分。あるがまま、成すがまま。ゆえに俺は始めから『そう』ある存在であり、疑念はない。事実を取り上げろ、認識を固定する。固定観念を観察する固定観念を二重三重に連ねて多角的思考装置を偽装する──出力。イッピーなら、出来る。
羅列クリアー。
俺は、ドアから身を乗り出した。
「ん、誰だ?」
楽しげな会話が寸断される。
耳に心地よい音色がきりりと締まる。
春風を孕んだ一房の黒髪をまとわせて──篠ノ之箒と、目が合った。
「よう」
震えて、ないよな?
上ずって、ないよな?
ちゃんと、お前と目を合わせられているよな?
「久しぶりだな、『箒』」
「────。ああ、そうだな」
一刹那の
驚愕? 空白? それをねじ巻いた末の、ここに至るまでの道中を察して? きっと聡いお前のことだ、そういうもろもろ全部ひっくるめて、結論を下せてしまうのだろう。
万劫の刹那。瞬きの一瞬。けれども思考は疾走して回想を回送し回廊を回遊する。瞬く間の情景はあながち走馬灯ってこんなんだろうな、などとのありふれた感想に結実しながら、記憶の齟齬に血を巡らせているのかもしれない。学力だとか知識だとかじゃなく、お前は昔から利口だったから。
影に埋もれる手を引っ張り上げられた記憶がある。
憧憬では足りない焦げ付きに焼かれる記憶がある。
閉鎖する常識が破砕されて飛び散った記憶がある。
春風がなびく。寂しく髪をさらう。
刹那は須臾へ、逡巡、模糊そして漠へ。しかして渺には至らず次の瞬間には「フッ」とした霞みを浮かべて……ああ、それはなんともお前らしい笑顔だ。
「久し振りだ、『一夏』」
かくして五年ぶり。
アテクシこと織斑イッピーは篠ノ之モッピーと再会することになったのだ。
◆
しかし続くよ! まだ終わらないよ!
なんかいい感じに幕切れっぽいけどそんな空気はデウス・エクス・マキナでござるぜ。
久しぶりのモッピーである。生モッピーである。字面がエロい。
いや、はたしてそれだけだろうか?
「……なんつーか、うん。綺麗になったね、箒」
「世辞は止せよ。照れるだろう」
もう多分つーか確実に俺が改めるべくもないほどに伝わってるんだろうがなにを隠そうこの篠ノ之箒、とても美人さんである。
黒髪は艶やかに。輪郭はシャープ。メリとハリで凹凸を描くスマートバディ。都雅に切れる双眸に、桜に濡れる口唇のツヤやかなるかな。およそ一五歳にしては出来すぎた、女性が必要とする要素を惜しげもなくその外装に搭載している。なにこのエレクトロアームズ。
しかしだがそれだけに止まらず。かわいいよりも美しいを体現する御身において、その軽やかさすらも超越して体現する犀利の極峰の、なんと冷え冷えする刀身か。
そういえば昔、箒のことカタナみたいとか言ってたやつがいた気がする。当時の幼心にも納得できるほどだったが、今となっちゃそれどころじゃねえ。超カッケー。なにこれ、どうして男の俺より凛々しいの? 俺が死ぬの?(男性として)
「イヤミか貴様ッッ!」
「……嫌味がましいのはどちらだ」
コンチクショーコノヤロー。まるで俺が『男の子』を教えられてないみたいじゃないかよ。いや確かに壁になる親父なんていないけど。ああでも千冬姉は十分壁とかもう色々超越してるけど! お前のそのかっこよさが一欠けらでも俺にあったなら……! 亜弓さんの嫉妬シーンを見たときの胸に迫る思いったらなかったよ。
「箒ちゃん……おそろしい子……!」
「……怖がられてもな」
オーケー落ち着け俺。どうやらまだテンパってるらしい。それに花とゆめ購読者ってバレた。
箒さんの怪訝げな目が大分痛いです。あと
閑話休題(言ってみたかった)
普通にしよう、普通に。
常識に当てはまろう、常識に。
いやそりゃ規格外のナイスレディ目の前にして常識もへったくれもないんでございましょうがね。
冷静にならんといかにゃあな。熱血して鉄血がうんたらかんたらに落ち着こう。
改めて箒さんを見る。うん、美人。俺が女だったら抱かれてた。おお、ビューリホー。ただしボクサーにはならない。
「美人だなぁ」
「まったくさっきからどうしたんだおまえは。いやさ褒められるには否はないが、そのだな。おまえに言われるのはやはり照れるよ」
ぽりぽりとそれこそ漫画の一描写のごとく赤らめた頬を掻く箒ちゃん。
……いいね。やっぱ女の子なんだね。
オーゲ。大分調子戻ってきた。
「しかたないんです。箒ちゃんがおよろしくなってるのがいけないんです」
「ふふ。だったらそういうおまえは──うん。変わったな」
「変わりますとも」
「……五年振りか」
「……ああ」
束さんがIS発表して、世界が変わって、要人保護プログラムで箒ちゃんが転校して、五年。
今でも覚えてるよ、その日のこと。誰よりもかっこよかったお前が駄々こねるのは新鮮で、だからこそ辛辣で、きっと俺の心は張り裂けていた。……ああ、覚えてる。お前が俺に提示したことだって。
俺はそれに乗らなかった。乗れなかった。
俺は弱くて。お前は強くて。
お前が連れ出してくれた日向のなかで、焼け焦げてしまうほどに脆いから。
脆かったから──。
「ところで篠ノ之さん。そろそろ私を紹介していただけると嬉しいのですけれど」
「む? ああ、すまない四十院。私としたことがついつい哀愁に呑まれていたよ」
二人してある意味の感傷に耽っていれば軽やかに、これまた美声が空間を揺らす。
そうだ。ここにいるのは箒ちゃんだけじゃねぇ。
もう
確かお名前は……。
「一夏、紹介しよう。こいつは四十院神楽。私が世話になっている企業の社長令嬢さんだ」
「お初にお目にかかります、織斑さん。あなたのお話は篠ノ之さんから常々……なんでも大層愉快なお方だそうで」
ちょっと箒ちゃん。俺のことどんな風に話してんの? おもしろいとか一歩譲って気さくなくらいの紹介ならいいけど『愉快な男』って確実にあれじゃね? 誤解生まない? ……生まないな。否定ができない!
「くすくす。噂に
「だろう?」
内心のもやもやに喘ぐさまを見て美女二人がうんうんと納得の意を示していた。
当然のごとく遺憾のイッピーです。しかしかわいいから許す。いい匂いするから許すでござる。
そんな四十院神楽さんを改めて捕らえる。……なにこの美人さん。
箒ちゃんを散々美人! かっこいい! フェムタチ抱いて! なんて褒め称えたけど、こちらも負けず劣らずの美人さんだ。お淑やかというか、浮世離れというか、もうあれ。見るから感じるからに一線画してる。あえて言いたい、佳人であると。
純和製。大和撫子ってこういうことなのかも知れん。そんくらい、すごい。
なんかかわいいかわいいしか連呼しない昨今のガールズよろしく語彙の貧弱さが恥ずかしいが、どこぞの誰かが言ったのさ。究極に近づけば近づくほど表現は陳腐になるって。こういうことなのかもわからん。
そんな美人さんに実ははさまれて座っているのでござる。
いやほら屋上にベンチあってそこで二人が座ってご歓談してたわけであって女の子同士だからって密着して座るわけでもないからちょうど間に一人分くらいあってやましい気持ちはないです本当です四十院さんいい匂いですはぁ~hshs! hshs!
ああここにあったかアルカディア。俺は高みへと導かれた。
キーンコーンカーンコーン。
楽しい時間はすぐすぎる。
香しい少女らのにほいを掻き消す機械鈴の振動は実にアタイをイラッピーにさせますよまったく。美人と佳人にはさまれたら誰だって動きたくなくなるさね。
とはいえ、遅刻でマイ・フェイバリット・ブリュンヒルデの顔に泥を塗るのはいただけない。
「
「おい、待て、一夏。私たちを置いて行くのか」
「俺は今から九回授業に間に合う!」
でも正直劫の眼がいいです。俺の雷切で女の子たちと(自主規制)
脇目も振らずに女の子を置き去りにする俺。手のひら返して突発的に。そんな気分屋さんがイッピーです。
「まったく一夏の奴は……仕方ないな。失礼、四十院」
「良き哉」
「うん?」
そうして気になって振り返ってみれば。
箒ちゃんが四十院さんをお姫様抱っこしながら疾走していた。
え、ちょ、なにあれ。どこの星の王子様だよ。サムライっつーよりナイトだよ。男の尊厳丸つぶれだようっせ元からそんなのないとかいうなよ。今度「世界を革命する力を!」ってやってもらおう。
……今日から腕立てをしようと思った、まる。
◆
「それではこれより一年一組のクラス代表を決める。自薦他薦は問わん、誰かいないか?」
教室への帰路をプリンセス抱っこで駆け抜けて道中の少女諸兄らをきゃーきゃー沸かせたのも新しく、初の授業である。入学初日からである。
ISの専門課程やりながら高校の単位も取らなきゃいけないから時間割カツカツなんだって。夏休み短くならなきゃいいけどなぁ。
教壇には千冬姉。少し離れてやまや先生。
準備万端で早速授業、の前になんかなんか代表決めるだかどうとか。クラス委員長兼対抗戦の代表だってよ。おいカール、次の手が透けて見えるぞ。
「はい! 織斑先生っ」
「立候補か、相川?」
「織斑くんがいいと思いますっ」
ほれみろやっぱり、俺に押し付けにきやがった。
わかるよわかる、クラス委員なんて面倒なことを他人に丸投げしたい心境なんてそらぁもう共感するさ。でもそういうのよくないと思うよ。人は毅然として困難に向かうべきだよ、そういうときにこそ勇気は発揮されるんだと思、う、よ、ってオイ。
「相川……お前、友達を売って出世するのか……!」
「そうよ。私は中からこのクラスを変えるの」
ファッキンこのマタ・ハリ野郎(女だけど)
謀られたーマジ謀られたー。同中とか関係ないわー。ぜってぇあのアマ俺がスマホ勢じゃないのいいことにグループ内で俺の悪口書き込んでるわ。つぶやイッターで晒し上げてやる。全国二九人のイッピーファンを舐めるな。
ランスロット相川。そんな人間KMFはチッピーだけで十分だぜ……。
「はい」
「どうした四十院。おまえは自薦か?」
捨てる神あれば拾う神あり。
暗澹に沈む我が心に清らかなる女神の歌声が響き渡る。
その名、四十院神楽。
赤い河のほとりあたりでイシュタル様とか崇められそうな颯爽たる御心で、よもやクラス代表が決定しそうな雰囲気を打ち抜いた。
すごい、すごいよ四十院さん。ああ、あんた俺の女神だよ!
「私も織斑さんが適任だと思います」
女神は女神でも断頭台の女神だった。
ふえぇぇ、助けてお姉ちゃん。みんながイッピーいじめんの。おいこら颯爽と候補者一覧に俺の名前加えてんなよ。本人の意見ぐらい聞いてみろよ訊いて下さいお願いします違ぇよ顔赤らめんなよアイコンタクトだよ愛コンタクト(意味深)じゃねぇよ察してくれよもうウィンクしちゃう。便所の落書きを眺めるような目をしていた相川はタイキックである。
空間投影の黒板(と言っていいのかどうか)にデカデカと表示される我が名前。チッピーは俺の辞退に聞く耳持たなかった。
このままじゃ俺に決定してしまう。
よろしくない。
だったらどうする? 決まってる。
だったら俺が、
「──織斑先生。私も立候補します」
誰かを推薦するまでもなくどなたかだかが自ら立候補してくれやがりましたよナイスだぜ。
新たに君臨した闇風を払う光の女神に手を合わせるべく音源に眼を向ければ──なんてまどろっこしい茶番な心境を綴るまでもなく。
その声。その色。
この俺が、誰だかと判別つかないはずがなくて。
「私も、この篠ノ之箒もクラス代表に立候補します」
きりりと凛然、ただ刃。
刀身走る波紋と震わせ、空気を撫でる確たる声ぞ、麗しかな。
篠ノ之箒は冷然と、
反対なんてない。反論なんて上がらない。むしろ「おお!」「きゃあ!」なんて歓声のほうが強いくらいだ。だってテストパイロットをしている女の子だぜ? 単純に実力を予見すればいくらたった一人の男子とはいえ、およぼうはずもないだろう。おまけにかっこいい。誰から見ても外に出すのに恥ずかしくない。クラスの顔を張らせるのに否はない。なのに。
なのにこんなときだからこそ、改めて、言う。
次の手が、透けて見える。
「良いだろう篠ノ之。唯一の立候補者だ。
幾ら他薦とはいえどうにも織斑はやる気に欠ける。教師としてはやる気のある者に一任した方が安心出来るわけだが、そうさな。それでは推薦した生徒らも納得すまい。
ああ、であれば──」
「ええ、でしたら──」
なぜか体が冷える。
黄色い歓声、ある種の盛り上がりさえ見せる教室のなかで、きっとこの感覚に囚われているのは俺だけだ。小粋なジョークも冗談も、ひょうきんを演じる言葉さえ湧き上がらない。
背骨、体幹、体の芯。ぞわりと伝達する零下の疾走。筋繊維と血液循環が媒介するはずの熱量が今ばかり、今ばかりは冷却材を輸送する金属ポンプのようにしか感じない。
織斑千冬。かつて最強の名を欲しいままにした、最強。
それを前に、なお鋭利犀利とナマクラに色褪せない篠ノ之箒、幼馴染み。
二人の目が、俺に合わさって。
「────織斑と、クラス代表を賭けて試合に励んでもらおうかな」
「────織斑と、クラス代表を賭けて決闘に臨むしかありません」
たった今、俺こと織斑イッピーと篠ノ之モッピーの決闘が決定したのだった。
オルコット嬢は別クラスです。