不安で。
怖くて。
どうしようもなく、狂わしようもなく。
恐れに恐れて、張り裂けるように泣き出したくて。
天上高く武威の頂点。黄金の極光を背景に頂く桜花が宝剣。
それに照らされて生きてきた。それに焦がされて歩いてきた。
巨大な光源。ゆえに影は濃く、陰は深く。
我が身の空虚さにひび割れ沈むゴミクズの心は、一つの幻想に手を伸ばす。
誰かが望むナニモノか。
誰しもが求むナニモノか。
あるべきものをあるべき場所に。
可能性の仮面。
『そう』あるこそが自然真っ当で至極当然。そんな存在。
その『
◆◆◆◆◆
夕焼け小焼けで日が暮れて、逢魔が時に心が軋む。
帰宅なう。帰路なう。気力損なう。
入学初日からハプニングとか王道的なラブコメ展開はハーレムものにかぎって実に許容するところだが、持ち込まれる議題がラッキースケベに結実しないのであれば芥も同じである。マジ芥・エスト・ファーブラ。あれその脚本家だとラッキースケベ(必然)にならね? ちょっち獣の爪牙になってくるわ魔名はいらない。
IS学園は全寮制とのこと。男児たる我輩もその例外に嬉しいことにあぶれなかったためなんと女生徒諸君らと同じ学生寮で生活であるやったぜランドリーで人の少ない時間帯を調べねばなるまい他意はない、決して。
というか二人で一部屋使う仕様らしい。つまるところそうしないといけない程度に部屋数がかつかつ。そんなところにイッピー様の乱入だ。いったいどんな割り振りになってるんでしょうね。もしかして女の子と相部屋だったりします? チッピーも女の子だよねとかいうオチはお呼びじゃないから頼むぜおい。
「…………」
心が、上がらない。
熱が、回らない。
果敢に脳内を疾走させるいつもながらの妄言連打は普段以上に虚しくて、互いが無様に磨耗して、気づけば砕けて灰になる。思考のゴミ箱があるのなら、そこはきっと全人類の英知が集まっていることだろう。
黄昏時に黄昏る。
つまらないジョーク。
──箒ちゃんとの決闘が決まった。
なんだよ決闘って。
このご時勢におかしいだろ決闘法とかどうなってんのよ犯罪だろタイマン張っちゃう弦太朗さんも正味年少送りになっちまうよソースは野崎君ああ治外法権でしたねぇここ! 喧しいわ。
ないわー。ほんとないわー。
入学初日から問題とかなんなんすか。
予感がなかったといえば、嘘だ。
不満を申し奉るとはいえ。
不評を上げ連ねるとはいえ。
篠ノ之箒と相見えたその瞬間に、こうなることはわかっていたはずだ。
正直箒ちゃんは、少なくとも俺の記憶のなかの彼女は、闘争というものを好んでいた。剣道場を営む家庭環境がそうさせたのか、はたまた生来的なものかは知らないが、とかく。とにかく戦い、鎬を削り、技を散らすという行為を好いていた。ほうきちゃんはまぞ。おねえさまのあしの(自主規制)
……というか、そうだな。んな七面倒なうんぬんのわけもなく。
ただ。
負けず嫌い。
その一言に尽きるバカで、諦めの悪いアホだったのだ。
だから世界最強に向かって行けたのか。
だから自由奔放と駆け回って行けたのか。
だから、別れの際の最後まで、俺の先を歩いていたのか。
今の彼女はどうだろう。今の箒ちゃんは、どうだろう。あの頃のままか、変わったか。
そんなのモチのロンに変わっている。六年ってのは軽くない。俺が『こう』して『こう』なる程度に、箒ちゃんは大人びていた。鋭くなっていた。なんだか人当たりもよくなって……正味昔はガキ大将的な果敢さと口下手と不器用さが混ざり合って友達なんて数えるほども──それこそ俺くらいしかいねーってほどにはコミュ障だったはず。まぁおかげでアタイが散々引き連れ回されたんだけどね。先生方からイジメ容疑をかけられていたのはご愛嬌だ。
そんな強さを抱いたまま、変わったのか。
そういった幼さを秘めて、礎に、研いで、鍛えて、あの頃のように笑っている。
だったらきっと今度もまた、この手を握ってくれるんだろう。強く掴んで引っ張って、日向に連れ出してくれるんだろう。だって。
だってさ。
『イッピー、おまえはオトコの癖に────』
それは原初の荘厳ではないけれど。
きっかけでは、確かにあって。
『────織斑と、クラス代表を賭けて決闘に臨むしかありません』
つまり今日のその言葉ってのは、お前が俺のことをどういう風に見ているかってことの証左なわけだ。
変わった。変わった変わった、変わったなぁ、箒ちゃん。
色んな不純を削ぎ払い、真の真金に近づいたさ。
変わるとは、変化とは、なにも変質だけを指していうことではない。
ナマクラを研ぎ上げるも変化であり、修練でより成功な技に仕上げるのも変化であり。
用途を変えずに、より強く強靭なものへと昇華すること。
──業物が大業物に昇格される。それも、変化だ。
それはただでさえ真っ直ぐだったやつがさらに磨きをかけて研ぎ澄ました、すごいやつがもっとすごいやつなったという意味での変化。ようするに純度としての激変で、抱く根幹・心鉄こそは未だ在り。確然としている。変貌してるのではなく、変化してるんだ。
だから、それがための陥穽。
己がより純度が高くなったからおまえもそうだろう? という、帰結。
俺たちの関係がどういうものかって、ずうっと疑いもなく『そう』信じてるんでしょ?
あの頃のままに、私が純度を上げたのだから。
お前もまた、あの頃の役割のままに精度を上げているはずだろう?
そんな風に対戦が決まったわけでして。
言わずもがな、俺は受けたわけでして。
「俺の将来の夢はシュレッダー機だっつったじゃん、クソッタレ」
わりと真面目にイラッピーなんですよね、ワテクシ。
あーもーあれよ。鈴ちゃんとか弾君とか御手洗くんとか蘭ちゃんとかが見たり聞いたりしたら腹抱えて笑うか録音して後日黒歴史発表会するか切れたナイフ()なんつってバカにするようなこったろうけど、つーかもうすでに穴があったら入りたいけど! どうにも譲れないものがあったりする。
そりゃあ誰だってそんなことの一〇や二〇はございましょうが、これは、今の織斑イッピーがやりたいこと。
素のままに、気のままに、あるがままに、わがまま。酷い自分勝手の大横暴。感情ばかりを振り上げる、子どもっぽさの典型例。
でも、それでいいのだと認めてくれる人がいるのだ。教えてくれた人がいるのだ。
だからあいつらは俺をバカにするけども。
決して、馬鹿だと言わないんだ。
ゆえにここはバカらしく。
箒ちゃんにここらで一発、織斑イッピーを教えてやらにゃあいかんでしょ。
お前がくれた三種の神器──そしてみんながくれた四番目。
教えてやらにゃあ、いかんでしょ?
ちなみに小一の『将来の夢』作文にシュレッダー機って書いて以来未だにネタにされる。愛だと信じたい。
しっかし正真、争いごとはきらいでござるのにね。
そりゃ痛いより気持ちいいがいいし? 辛いより楽しいがいいし? 刹那主義と快楽主義の折衷案でニコニコできたら一番じゃねーかって。負けず嫌いで見栄張りたがりの自覚はあるけど、
でも箒ちゃんだからなー。モッピーは特別だからなー。
穏便で面白楽しく愉快ならいいんだけど……ああそうさ、心臓の熱は誤魔化せない。
二律背反。そりゃあ刺激も過激も好みだけどね、別に修羅曼荼羅出身のラディカルブレイバーじゃないんですよ。祝言は挙げる側より参列する方が性に合ってるんですよ紫織さん! ポジション的にあっちが石上神道流だね! 俺の首が飛ぶね! うるせえヌキヌキポンさせろや(マイルドな表現)
ったく熱血沙汰なんて俺みたいな平和主義にはウケが悪いぜおい。
いや嘘じゃねぇし。日和って終わるならラッキーだし。
マジマジ。俺ってば平和主義だって本当だって。
アーケン石エルフに渡すぐらいには友達想いだって!
そいであれよあれよと一年生寮に到着。
早い。実に早い。考えごとしてたせいか知らんがもう着いちゃいましたよ。これ一時限目ギリギリに起きても遅刻しなくね? 朝は弱いからこういうの嬉しいよ。代わりに夜は強いぜマダム(真顔)
山田先生に渡されたルームキーは1025室。ホテルもかくやの内装をイッピー的批評するのも速くしゅたたっと階段を駆け登る。大浴場の場所は覚えたあしからず。
到着、門前なり。
照明を反射する1025のプレートが眩しい。
宴の準備は大丈夫か? チェック、ワン、ツー。よし。
「ルームチェックの時間だコラァ!!」
でもちゃんと手でドア開けるのがイッピークオリティ教養がすごい!
「む?」
ボイン。
まずは、ボインである。
────ボインの話をしよう。
ボインとは、魅力的に作動し、魅惑的に動作されなければならない。
霧島さん直伝のもはや味のしないガムみたいな三番煎じエントリーを果たした拙者の前に飛び込んできたのは圧倒的視界占有力を誇る二房の禁断の果実であり珠と水滴を乗せる瑞々しさを目に蛇の甘言など過たず聖書に倣うがごとくの衝動に駆られるのはなるほど人類の抱くオリジナル・シンであり楽園追放に追いやられるは無神論者を黙らせる格好の経験で無論のこと代償はソドムへの幽閉なれば堕天奈落の跳梁跋扈に未だアダム・カドモンは現れずアビスに引かれて真なるツォアルへの到達ははるか彼方つまり端的に申しまして。
女体があった。
全裸である。
ボン・キュ・ボンのナイスバディである。
湯上りらしくお湯に濡れ、湯気をまとい、濡れ髪をなめかましく。
素っ裸の生まれたまま。
篠ノ之箒さんがいらっしゃった。
「凄く……一撃必殺です」
おいおいどうなってんだよIS学園おもにチッピー。
どうしてダイナミックエントリーした先に全裸の箒ちゃんがいるんだよありがとうございます!
神聖を置き捨て、一見に身魂すべてを投ずるなど、かくも容易い!
かくも容易い工程によって、ボインは実現する!
「その……なんだ。私にも羞恥心くらいはあってな。
そんな熱心に注視しないでくれると嬉しいのだが……」
あまりにも堂々とラッキースケベに賜っていたせいだろうか。
数瞬というには存分すぎる間を空けて、おずおずと箒さんは腕で体を隠しつつ背を向ける。
実に色っぽい。唐突だが俺には写真撮る趣味があったりするよ。
「ハーイ篠ノ之さーん。ピースピース」
「梵天王魔王自在大自在、除其衰患令得安穏、諸余怨敵皆悉摧滅──」
「
わあい平和。いちか平和大好き。
ピースだけにってな!
俺はキメ顔で言わざる得なかった。
◆
なにが、とは言わないが。一説によると眉毛の色と同じらしい。
なにが、とは言わないが。白の特急券でした。
グレートだぜ。
「つまり、おまえが私の同室というわけか」
「
ダイノガッツ!
で。
廊下に追い出された俺が吉田さんにプリンセスダッコだかしてまろびでそうな巨砲にただでさえベイベしてたベイベがスピリットエヴォリューションしかけてたら「昼間の篠ノ之さんのパクリー?」とか言われてちょっとへこんでポッキーがたけのこの里に帰ってきてマジかよ中折れしていいのは2.5mmバランスまでだろ……のあたりでオープンセサミした1025室に
今来た産業。
箒ちゃん
着替え終わって
事情説明
「多分姉さんの配慮だろうな。
いきなり赤の他人と相部屋になるより知り合いのほうがいいだろう、って」
「ははあ。千冬さんも大変だな」
「女の子のなかに一人投げ出された俺のほうが大変ですー」
「自ら進んで骨を折って、よく言うさ」
五体投地でご慈悲に賜ったのも新しく。
箒ちゃんと同室ってのは間違いでも勘違いでもないようだった。
しかしだが、ありがたい。そりゃあいくら俺が健全優良な人畜無害こと人畜さんだとしてもね、見知らぬおんにゃのこと共同生活なんて耐え難い。まっぱ見られてビンタの一つも飛んでこない箒もどうかと思っちゃったりしますけど。俺がサイブリットだったらループ再生していたでござる。だよなレンツォ!
……にしてもやっぱ侮れんぜ、箒。
なにがとは、言わんがね。
「それで、一夏。おまえの機体はどうなったのだ?」
「ああ、それな。データ取りもかねて、学園で専用機用意してくれるんだと。数日中には用意できるって話だが……お前のときまでには間に合うだろうさ」
「ふうむ、そうか」
専用機。つまり専用IS。
ほら箒ちゃんと決闘もとい試合が決まったじゃん? でまぁ日程いつにするかなんて話になりまして、そしたら俺っちの練習期間を見越して一週間後と相成り、ああそれならそれまでに専用機が間に合うな(byチッピー)、なんてことになってるわけだ。
一応唯一の男じゃん? そうなると稼働データがのどから手が出るくらい貴重なわけで、つつがなく専用機っつー馳走に与る次第なわけざます。関係ないけどざます口調って吉原あたりから派生したらしいよ。芸妓さんと遊女一緒くたにする昨今の流れはどうかと思うな。でも成人式で花魁の格好するのは許す、許すでござる。あれはいいものだ……。
話戻って専用機。それをなにやら気にする箒ちゃん。そりゃあこれから戦うことになる相手の情報、気にならない輩なんぞ武芸者としては落第だ……侍はどうかは知らんけど。タカヒロ的には武士娘だけど。ダイスケ的にはオールオッケーだけど。
ということよりも、箒が心配することはもっと別で。
「ならば私も気兼ねなく、専用機で臨めるわけだな」
つまり敵情視察とかなんて微塵もなくて、ただ公平に、私が全力を振るうに不備がないかと、そういうことらしいっす。
そうともこいつはテストパイロット。しかも稀有な専用機持ち。
いくらISが登場してから日が浅いとはいえ、比例してパイロットも若くなる道理は無論ない。
そのなかでも専用機を与えられてるっつーことは秀でて優れてることの証明であり……裏返せば、もしも専用機がなく俺が量産機だったとしたら、それに合わせて自分も量産機にしていただろうっていう手心──はン。なんとも大層なお手前で。
ある種傲慢の凝った考えのまま、俺をそういう風に見ていると。
あの頃のままのそのままに、私たちは『そう』だったろう、と。
先頭に彼女。その影に彼。極光よりも暖かな日陰にて清々の明々。極彩色に斬新で、切りつけるように朗らかで、進歩する鉄鋼船の雄々しさで、憧憬。流入してくる新世界────。
うーむ。これはあれだな。──虚仮にしてぇわ。
「男子三日会わざれば刮目して見よ。
「火付きの不安定な青二才は頬を張るまで起きんでな。
私の経験の話だが、虚けは無自覚に心得ていて可愛らしいよ」
「ファッ!?」
え、ちょ、なにこれなんなのこの娘。
こいつこんなに口悪かったっけ? もっと剛毅木訥質実剛健に潔くなかった? サムライガールはどこいった。落ち武者ったの? お前のねーちゃんですらもっとおくすり飲めたねに包んでくれるくらいには歯に衣着せてくれんのに。ちなみに俺はぶどう味が好きです。
「どうした一夏。言い返さんのか?」
「ん?」と傲岸不遜の傍若無人。
まさしくウザさあまって憎さ一〇〇倍。そこまで口が達者でいらっしゃるならぜひとも我がソハヤ丸もいじめてもらいたいものだ。
一聞して口悪のそれに、ああ。しかしここでようやく気づくのだ。
とどのつまり、なんだ。怖気づくなと。
日和ってないで戦えと……なんとも巧妙不器用に、イッピーを煽っていらっしゃるのだ。
私がおまえの『強さ』を見誤るわけないだろう──やってくれる。
やられっぱなしは、性じゃない。
「──いいぞ吠えてろ。
そうしてまで手にしたい瞬間があるなら、お前にオトコノコを教えてやる」
「私は速いぞ。知らぬわけはあるまいな?」
知ってるよ。その速さ。
知ってるよ。その強さ。
お前はそんな大言壮語さえも中身のともなった真実に変えてしまうって。なにより誰より近くで見てきた俺だから、知らないなんてあり得ないよ。傲慢にだってとれる自信過剰っぷりを虚仮威しにしないくらい、お前が強いのなんて皆目存知だから。
だから。
「箒」
箒ちゃん。
「なんだ?」
俺。
「負けないからな」
イッピーという今を。
俺が俺としてあるがままの今を。
お前が知らない物語を斯く語ろう。
「……そうか」
しかしなぜ。
その一瞬に滲んだのが。
憮然、だったのだろうか。
◆
ゆうべはおたのしみでしたのにね(落胆)
別に初日から懇ろな関係を期待していた俺はいない。
同室が箒だと知って諦めた俺はいない。
ハッピージョブもできずに悶々とした俺はない。
そんな俺はいない。いないのです。
『朝起きると隣り(のベッド)に女の子がいた!?』をリアルに体験しつつ起床──ができなかった。だって起きたらもう隣のベッドにいないんだもの。期待はしてませんでしたとも。
だができればもう二人ばかし役者増やしてオルタードでフェイブラな夢を叶えてくれてもいいと思います。となると配役的にモッピーとたばたばにはさまれてラブリーマイエンジェル鈴ちゃんが起こしてくれるのか。間違いなく鈴を抱きしめて二度寝だな。
ちなみに昨晩はそのまま共同生活する上の軽いルールを決めて就寝。実は枕変わるとと寝れないなんていう繊細なワテクシですがなぜか枕が家で使ってるやつだった。チッピーの手際の良さはすごいね。下着の数が合ってないのは気のせいだよね。
そうして眠気眼で半覚醒していれば、ちょうど朝シャンしてきた箒とグッモーニング。
一年生の部活動はまだ始まってないから個人的に鍛錬でもしてきたんでしょう。朝っぱらから風呂上りの女の子と対面できるなんて安いラブコメでもあるまいにやったぜ。
でもって食堂で二人してレヴェルの高い朝ごはん食べて。
すれ違う女の子達に爽やかな挨拶を返しつつ登校して。
俺の専用機は試合ギリギリになるかもとかありがたいお言葉をいただいて。
テキスト丸読みな鷹月さんがいい匂いで近うよれガールで。
ちょっと幸せな気持ちに包まれて。
「────あの人は、関係ない」
この、ザマである。
遮らなかったのは斬られると錯覚したからだろうか。
①:鷹月さんがテキスト丸読みでちょっとドヤ顔。
②:『ISコアは篠ノ之束博士しか~』とか言う。
③:谷本さんが『もしかして篠ノ之さんって博士の関係者?』なんて疑問を投げる。
④:チッピーいとも容易く肯定。有名人ってことでみんながわいわい騒ぐ。
⑤:箒ちゃんが太極←イマココ!
いやどちらかってーと波旬ブースト? いやいや束ブースト?
いやいやいや、それこそどうでもいい。
そんな茶番の付け入る隙はなくて。
その一言は、まさしく
零下凛冽酷寒蕭条の、冷たい刀の一撃だった。
激情でもなく。赫々としているわけでもなく。怠慢怠惰の惰性でも、表面を取り繕った偽りでもない。誇張とか脚色とか迂遠とか大げさであるとかも無論、だのに外界の拒絶なんておこがましく。見当違いなんて余計なお世話で。
本当に、どこまでも、自分自身で制御し切った、してしまった。
殺意だった。
誰もが口を噤む。無言に強要されて停止する。
それでも可憐な居合い演舞を終えたあとのように
ついカッとなってやった。そんな未成年の主張を蹴り飛ばす、己の判断の上に成り立つものであるのだと。
流されるなという。染まるなという。呑まれるなという。
闇落ち復讐偽悪にダークサイド、落ちて堕ちるなという。
人は。
そうあってはならないと云う。
恐怖や怒り、感情に支配されるのが人間だが、感情を支配できるのも人間だ。
だったら、彼女は。
恐れは怒りに、怒りは憎しみに、憎しみは痛みに──その連鎖をぶった切って支配立脚する、彼女は?
そうしたどうしようもない空気のまま、一年一組は午前の授業を終えるのでした。
◆
正直フォローのしようがねぇですよ。
女の子が怒鳴ったらあれかな、とか。クラスの雰囲気悪くなっちゃうかな、とか。ちょっと流れ的に察して口はさもうとか画策していたのがもはや懐かしい。なにあれ。どうにかできたの? 刃に触れて自傷なんてリアル自滅因子はマジで勘弁五秒前。び、びびってたわけじゃねーし。
忸怩たる。しかしマヌケなことに腹は減る。
カツカレーを所望する胃袋には遺憾ながらも抗えない。
食堂なうです。
「しかしやはり、ここの食事は実に美味だな」
「ハム、ハムハム」
「国外の生徒に対応する過程の副産物かな。品数の充実が結果として品質の向上にまで一躍買ってくれたというわけか、なんにしても私が難癖付け入る四隅はないな」
「ハム。ハムッ」
「そうか。旨いか」
ハムちゃんズはズッ友だょ!
まぁハムスターの寿命は二年そこららしいけど。
確かに甘粕大尉も
対面に座る箒さんとお食事。
俺が昼食にチョイスしたカツカレーをハムハムハフハフやってるとなぜか意思疎通が成立した。これが幼馴染みのデフォルトなのだろうか。得意顔で一五歳の純情ハート読んでるんじゃねーよどうせなら武士パイ揉ませろとか忖度してくれよ嘘嘘冗談だよ睨むなよ!
マジで読まれたぞ……すまし顔で逆サトラレさんとか止めてくれ。
なにごともなかったように振舞っている、わけじゃなかった。
その、なんとも思ってないという感じの
その、午前中にいたたまれない空気を作ったのを忘れているといった顔は。
冷たい一言でなぎ払った午前を、まるでなかったかのように誤魔化してるわけじゃなかった。
言いすぎてやりすぎたと、反省してることもなかった。
謝罪の意が反転してる色もなかった。
努めて明るく振舞って、なに食わぬ顔で昼ごはん食べて、俺の小粋な冗句に『気を使ってくれてありがとう』なんて内心推し量って感謝ともいえない少し甘酸っぱい感情に満たされている、なんてことは微塵絶対全然なくて。
少しばかし気さくに感じる食卓風景はただ、純粋にあるがままの素のまま。
つまり、さっきの一幕を、本当に気にも止めていないのだ。
なにごともなかったように振舞う、でなく。
ただ単に、なにも『なかった』ということ。
あんな明らかに『やらかして』おいて。
一片も。一毛も。一つも。
気にかけていない。
彼女のなかではその程度の価値の一場面で。
篠ノ之束に抱く殺意は真実で、決して変わることがないのだと。
それだけは何人たりとも誤解を許させないのだ。……悲しい。
きゅうっと。悲鳴を上げるものがある。
それは、とても悲しいことだ。
そしてその想いは、価値観は、決して揺らぐことのない俺の真実。
悲しいことを悲しいと、楽しいことを楽しいと感じれるこの心こそ、俺の真実。
だったら。
だったら俺のするべきことは?
んなこたぁいつだって変わらない。
「なぁ箒」
「──ところで一夏。今日の放課後は暇か?」
「心外だぜ俺みたいなナイスヤングがそんなにヒマしてると思われるなんてよどこにでも付き合うぜ兄貴」
マジバナ期待したみんなごめん。
でもデートお誘いには勝てない!
サーセン。
「だったら剣道場に来い。撃剣と洒落込もう」
「おうおういいぜお買い物でもゲーセンでもクラブでもバーでも付き合ってやら、ゑ?」
「そうも快諾されるとこちらまで快いな」
お前の笑顔が見れてなによりだ……ッ!
箒ちゃんってハーレムモノの鈍感主人公属性もってるんじゃねーかな。
なんて、直前までのちょっとイケてる考えなんて忘れて思ってしまいました。
女の子ってズルい。
◆◆◆
引き続く午後のビミョーにいたたまれない雰囲気なんてまるっと無視して放課後ティータイムにトキメキながら。
若干異常に煌々と轟くダルさに辟易しながら。
向かいますのは剣道場。
ちょいと遅れてのご登場。どっかの合気道の達人みたいにさまざまなヴィジョンが見えたりしてない程度に足が重かったのはきっと気のせい。ええはい、少々胃が痛い。
つってもしかし、剣道は久しぶりだな。何年ぶりだ? 最近はぶん殴られたりすごくぶん殴られたりたっくさんぶん殴られたりが多かったから道具使うのは久々なんだよな。どいつもこいつもばかすか殴りやがってまったく。これ以上イケメンなったらどうすんだよ。
いやーボコられる未来しか見えねえ。
通常の三倍かけて道場に到着。どっから嗅ぎつけたか知らないが箒ちゃんとの剣道観戦しにこようとしてるやつらを巻くのに手間どった。第六天魔王の野望張りに偽報打ちまくったおかげだな。つーか素直に剣道場で待ち伏せしてればよかったんでね? 第七層の天中殺並みの単調さだぜ。
敷居を跨ぐ。
斬
ら
れ
た
…………?
「ぁ、…………え」
しかし、なぜか腕も足も首もついていた。
殺されたはずなのに生きていた。
奇跡だ。神秘だ。神の加護だ。
ありがとう生命。俺は、これからも生きてゆく。
──いや、おい。
おい、おい。
おいおい、そうじゃねえだろ。
そうじゃ、ねえだろ?
さっきのは、なんだ?
途端に走った無色透明で脈絡もクソもへったくれもないただただ心臓を滅殺するためだけに存在していたかのような旧世界最単調の
まるで、とか。きっと、とか。たぶん、なんて。
そんな誤魔化しの婉曲なんかで道化を気取るなぞ許さず。
確かに。今。俺は。
斬り殺されていた。
無痛の出血が内臓の意味を教えてくれるこの氷河。
凍ったままの瞳が、硬質なままに視線の先で像を捕らえる。
そこにいたのは──剣鬼。
夕暮れに疾走する時間を切り取られた道場のなか。
無音のみが活躍する単調な停滞のなか。
未だ白い日光の差し込む無風地帯に、道場の中央に、黙して瞑する黒髪のヒトガタ。
場所を間違えてたのならよかった。
風呂の使用時間間違えてまっぱの女子に嫌われるくらいならよかった。
その黒髪は。
切先諸刃に酷似するその横顔は、閉じた目蓋で断頭するその眼は、鞘に収まる大太刀に類似するポニーテールは。
篠ノ之箒。
正座して黙する、ただそれだけ。
それだけの、孤独の果てが、そこにあった。
「 、」
声が出ない。
声帯が動かない。足が動かない。そもそも心臓が動いていない。
無呼吸。血液ケイデンスの凝固。
なのにまだ切り口から流血が収まらない。
錯覚の流血が止まらない。
これはなんだ。
これは、なんなんだ。
──白々しい。
それはどうしようもなくさすがに、白々しいだろ、俺。
前を見る。
お前を見る。
『君』を見る。
そうだよ、そうなんだよ! それしかねえだろうがよ! 彼女しかあり得ねえだろうがよ!
どうしようもなく、どうにもできず、ただただあるがままに鋭利を極めてしまった刀の女。外来も外部環境もすべてを意に介さず、己がそのままに切り続ける分断魔。完結し切ってにっちもさっちも埒が明かないどん詰まりのどん詰まり! 終わって終われなくて結局終わるしかなかったディスアドゥレセンスの黙示録! ──既知感。
よく知る感覚だった。よく見た光景だった。
一人っきりの一人ぼっちだけが至れる、至ってしまえる、場所だった。
そうさ、俺はよく知ってるだろ。
この寂しい処を知ってるだろ。
あの世界最大最強最愛最高峰の
一つの理で完成してしまえる、人間大の宇宙開闢。
恐ろしく冷たく、夥しく熱く、呆気ないほどに辛く、終わらないほどに痛い、その場所。
だが。
だが、それでもあのひとは。あのひとには。
うぬぼれることを許されるなら。
あのひとには、それでもどうしようもないお荷物みたいな餓鬼と、それでもどうしようもなく迷惑な友がいた。『そう』ならないでいられる取るに足らないたった二つだけはあったんだ。それはいつでも俺にとって、くだらないとの謗りを受けようとも確かな誇り。でも。
なんてことはない。
でも、なんてことはない。
でも、どうしようもない。
彼女は。
彼女は、この六年間。
ずっと。
一人は、駄目なのだ。
心が折れそうな時に一人でいると、折れないまでも心は曲がってしまう。
独りじゃ駄目なのだ。
言葉や想いだけじゃ伝わらないものがある。繋いだ手から伝わる体温でないと、凍えた心は溶けはしない。
沈んでいたとき、助けて/助けられる。
澱んでいたとき、触れて/触れられる。
そんな温もりが──なく。頑なに孤高。
体温がなく冷徹。自らに冷却。
だからつまりようするに、篠ノ之箒とは一人だったのだ。
織斑一夏が色んな人たちに支えられてきたのと裏腹に、あのひとがそれでも帰れる場所があったのとは正逆に、彼女は孤独に孤高とただ一人。
一人きりだったから、こうなった。
誰にも教えられなかったから、咎められなかったから。怒られなかったから。
誰をも求めなかったから、正さなかったから、怒らなかったから。
『人』の字をぶった切って『一』。
支えもなく完成。そして終結。
思って『鬼』、その名は剣鬼なり。
一人だった女の成れの果てが、ここにいた。
呆然と、立ち尽くす。
直立不動。未だ呼吸は蒼穹の彼方。
すでに斬撃被弾回数は俺が立てた中指の数より多かった。
「遅かったな一夏。早速士合おう」
朗らかな笑みで。
清爽の軽やかさで。
たおやかな挙措で、とても自然な挙動で、正座を崩して立ち上がる。立ち上がって振り返る。回るように追従する柔軟な黒髪は、刃に似ていたが鋼じゃなかった。華やかというには硬質で、絶壁というには温和だった。それは理想的なアンバランス、剛と柔の両立だ。こんな女の子に笑顔で名前を呼ばれて、意味もなく喜ばない野郎はいないだろう。
ようやく気づいたとでも言外に言うさまは、青春じみて眩しかった。
急転直下で収まる剣気。幻のように、蜃気楼のように、消える。
そこでやっと、俺は、辛うじて唇を動かせた。
「──いや、止めとく。よく考えたら試合前に決着つきかねない」
「私は気にしない」
──そんな。
「男の子が気にするんですー」
──そんな笑顔で喋るなよ、箒。
どうして笑顔でいられるんだよ、箒ちゃん。
ビビッていた。ブルっていた。
嘘偽りなく。
虚栄も、強がりもできずに。
怯えていた。
予想以上とか、想像以上とか、そんなレベルなんて引き千切っていた。はるか彼方を最高速で疾駆していた。ぶっ飛んでいた。
「なんだ、急に連れないじゃないかよ一夏」
「うるへー男の子の日なんだよ」
「……私じゃなかったら許されない冗談だぞ、それ」
それでもいつも通りを装えたのは、もはや奇跡どころの騒ぎじゃない神秘だった。
なんでそんなのでいられるんだよ。そんな普通の顔ができるんだよ。
おかしいだろ……気づけよ。お前ならそのくらいワケないだろ。
お前が俺にくれた物は、こんなものじゃなかったろう……ッ!
だから。
やめろ。
やめろ。
やめてくれ。
やめてくれよ。
やめろ、やめろよ。
知ってるから。わかったから。もう十分だから。
それが最初で最後の分岐点で『僕』が悪かったのはわかったから!
だから……だからもう……!
「 あ、」
──砕けた。
多分、すごく重要なものが砕けた。
そんな音だった。
これもまた、既知感のある、聞いたことがある音だった。
確か、ああ。あれだ。どっかの毛の生えてもいないガキンチョに被せかかっていた仮面が砕かれたときのあれ。あれと同じ音だ。
「? どうしたんだ、一夏?」
そうか、だから同じ音がするのか。
だから、今その音が聞こえるのか。
『強さ』を曲解したその劣悪。
彼女を一人にしたやつは誰だ?
箒ちゃんを一人にしたやつは誰だ?
『君』を一人にしたやつは誰だ?
束さんか? ISか? 千冬姉か? いいや違う、違うだろう!
ほかならない、俺だろう!
彼女には、俺しか友達がいなかった。うぬぼれでもなく、自画自賛でもなく、ほかにも確かに知り合いがいただろうが、友達は俺だけだった。憧れだったんだ、憧れなんだ!
そんな俺と逃げたいと、始めに引いてくれたその小さな掌で、最後にもう一度自分から手を差し出してくれていたのに! だからこれは! この最悪は!
俺の罪。
イッピーの罪。
『僕』への罰。
ああ、そうさ。これは身勝手な錯覚にほかならず、責任を感じるのなどお門違い。
たかが小学生高校生が自意識過剰をこじらせてのた打ち回って発狂しかける程度の幼稚さだ。責任が贖罪がどうだと、それこそ相手に失礼極まりない迷惑男の勘違いと同じだろう。滑稽だ! 滑稽だ!
でも。それでも。
でも、きっと。
イッピーなら。
「──なんでもねーよ」
イッピーなら、救えたかもしれなかったのに。
砕けたはずの仮面の戯言が、ここに俺の果てを告げていた。
固法先輩? OutLineでも待っててくださいよ
※本編【WINDOW開ける】より引用あり。(一部変更を含む)