ガコォオオン!!
いきなり壁の上部から発生した音に驚いて俺は後ろに飛び退いた。
更にもう一歩。
俺は後ろに後退しながら音の正体を確認する。
「穴、だと?」
壁の上の方に直径10cmくらいの丸い穴が開いていた。
穴からは外の太陽の光が差し込んできている。
外まで通じているのか?
「ベック! そっちにいるのはベックか?」
「ケイン!? ケインなのか?」
「ああ、そうだ。ヘマをしちまった、すまねぇ! 俺とエリカは二人して壁に埋まってしまっている状態だ」
「なんでそんなことになったんだ?」
いや聞かずとも分かる。
出口に向けて何重にも罠を仕掛けていたんだろう。
「ベックごめんなさい。私のせいで! 私のせいで……」
エリカも無事か。
いや、壁から尻が生えてるんだ。
無事は無事だが無事ではない。
俺は構えを解いて穴の向こうのケインに問いかけた。
「一体何があったんだ、ケイン?」
「罠が二重に仕掛けられていたんだ、ベック。壁が床まで落ちた瞬間、床に隠されていた魔法陣が発動してこのざまだ」
「……そうか、クソ! タチが悪いな。それで抜け出せないのか?」
「いや無理だ、な。下半身が壁の中に埋まっちまっててほとんど身動きできん。それに……」
「それに、なんだ?」
ケインが口ごもるのは珍しい。
「……いや、俺のケツが何かに触られているような変な感じが……」
「な、なななな、なんだ、とぉ!?」
俺は後ろに飛び跳ねて、だがあまりに勢いが良すぎて床に無様に転倒し装備した鎧がガシャガシャと派手な音を立てた。
「ベック!? どうした!」
「ああ、いやなんでもない。ちょっと驚いただけだ、ケイン」
さっきまで触りまくっていた右側の尻の持ち主はケインだったのだ。
俺は会陰の奥にあるケインの金玉に向かって指先を……おお、なんてことだ!?
「……ベック?」
「いや、エリカ。なんでも無いんだ。本当になんでもないんだ!」
俺の動揺が声に表れていたのだろう。
エリカの心配そうな声が穴から聞こえてきた。
迷宮主よ、呪われろ!
「……まあいい、ベック。そっちに脱出のヒントになるようなものはないか? さっきエリカが攻撃魔法と
「迷宮の壁は破壊不可能だって言うしな。ゴリ押しでは無理だろう。ヒントならこっちに迷宮主の文字盤がある」
壁に彫り込まれた文字盤を見ながら、俺はよく考えずにケインにそう答えてしまった。
「……なんて書いてあるんだ?」
当然、そう聞いてくるケインに俺は自分が失敗したことを悟った。
「──あっ!」
「あ?」
しまった!
こんなの言えるわけがない。
ケインだけならともかくエリカもいるんだぞ。
「あぁ、ちょっと……待ってて……くれ。今から……読んでみる」
「分かった。読み終わったら教えてくれ」
ど、どうする?
どうするんだ、俺?
迷宮主の意図はどう見たってアレだ。
だけど、今となっては考えるまでもなく選択肢は二つになってしまった。
要するにケインの尻を選ぶか、エリカの尻を選ぶか、だ。
生死のかかった
多分、後で殺されたりはしないだろう。
だけどその後、顔を合わすのは相当気まずくなるだろうな。
いや、それだけじゃ済まない。
俺がケインの尻を選んで何をしたかをエリカが知ればあちこちに言いふらすかもしれない。
エリカは基本的にいい子なんだが口が軽い。
いや女は全員口が軽いのかもしれない。
うん、パーティ解散の可能性は高い。
ケインは止めて左側のエリカの尻に出したらどうなる?
……うん、殺されるな。
罠を解除できて町に帰れたとしてもそこで俺はエリカに殺される。
しかも一息に殺してくれるとは限らない。
拷問が待っているかもしれない。
真綿で首を締めにかかってくるかもしれない。
うん……悪手、だな。
素直に伝えた場合は碌な結果にならない。
ウソを伝えるしか無い、な。
悪意じゃない。
善意に基づいた丸く収めるための優しい嘘をつくしか無い。
だけどケインだったらウソに気づいてしまうだろう。
同じ男だし、アレがビクンビクンすれば嫌でも気づく。
だけどエリカなら気づかないんじゃないか?
俺と同じで異性経験はないはずだ。幼いころからずっと俺の側にいたし、俺が上半身をはだけるだけで真っ赤になって慌てるくらいだ。
その手の知識がない彼女は俺が付いたウソをそのまま信じるだろう。
──ベックお兄ちゃんって笑いながら抱きついてきていたエリカの子供時代を思い出す。屈託のない笑顔をいつも俺に向けてきていた。
彼女を騙して良いのだろうか?
いや、良くはないはずだ。最低の行為だ。
だけど死ぬよりはマシなはずだ。
「おい、ベック。まだか?」
クッ……これ以上は引っ張れないな。
決断しなければ。
「ああ、説明するよ。ちょっと驚くようなクソな内容だけど怒らないで聞いてくれよ?」
◇◇◇◇◇◇
「ええ? お、おう……マジかよ」
「え? えっと……なにそれ、理解できない……。ここの
俺の説明を受けて二人が絶句している。
内容が内容だけにショックを受けたのか返答がぎこちない。
「ああ俺もそう思う。ここの迷宮主はクソッタレで頭がおかしい」
俺も完全に同意する。そして意思確認もしなきゃならない。
「……それで、だ。その……念のために聞いておくが二人のうち受けれてもいいっていう奴はいるか?」
「あ、あぁ……そうだな」
ケインが口ごもっている。
「え、あ、うん、えっと、その、あの、そ、そそ、そうね。そうだ、一番大事なことなんだけど……ベックはどうしたいの?」
そしてエリカは逆に俺に質問してきた。
「え? 俺の気持ち? いや……俺がどうしたいかなんて何か関係あるか?」
できるだけ全員が納得した状態で罠を突破して全員で生きて帰りたいというのが俺の望みだ。
「もうっ! ベックのバカ!!」
「お、おい、エリカ? なんでこんなんでヘソを曲げるんだ?」
壁の向こうからエリカが俺を思いっきり罵倒してくる。
相変わらず理不尽すぎるだろ。
「とりあえず俺とエリカ、二人のどちらかのケツの穴に……その……軟体動物の足みたいなのを挿れれば罠が解除されるってのはまあ分かった。迷宮主の質の悪い悪戯ってことで納得もするが……その突っ込むモノはどんな形状だ? 危険はないのか?」
「ああ、危険は無いと思う。多分迷宮主が用意した丸い棒のような形状で表面は滑らかだ。怪我はしないと思う」
「……ああ、分かった。危険はないんだな」
「お、おう、ケイン。納得してくれたか」
「ああ、生きて帰るのが最優先だ。構わねえから俺のケツにその軟体動物の足とやらを挿せ」
「ちょ、何を言ってるの、ケイン! 勝手に決めないでよ!」
「はぁ? 俺のケツの話じゃねーか。俺が決めて何が悪い?」
「なっ! なななっ!」
「おい、二人とも喧嘩はよせ。今はそんな場合じゃないだろう?」
迷宮の中で罠にかかった俺たちはまさに今、生還できるかどうかの分岐点にいる。
こんな状況では誰だってストレスで怒りやすくなる。実際に迷宮攻略中にパーティ内で諍いが起こったって話はよく聞く。
普段なら落ち着かせるために、ケインの肩を軽く叩いたり、エリカの頭をポンポンしたりするんだが残念ながらこいつらは今は壁の向こうだ。
その手は使え………………二人の尻が壁から出ているな。
ぺちぺち。
ぽんぽん。
「うわ!?」
「きゃぁ!?」
よし。
「なにしやがる、ベック!」
「えっち! えっち!! えっちっ!! ベックのえっち!! 絶対許さないから!」
うむ、大成功のようだ。
「いいから落ち着け。俺たちは罠にかかって死ぬかどうかの瀬戸際なんだぞ」
「……ああ、そうだった。悪いベック」
「ごめんなさい」
「いや、尻を叩いて悪かった。じゃあケイン、今から挿れるぞ」
「お、おう。どんとこい。いいよな? エリカ」
「……いや、やっぱり私のお尻に挿れていいわベック」
「ちょ!? エリカ、おまえ裏切るのか!?」
「裏切るだなんて、そんな……私が罠の解除に貢献しても良いかなって思っただけよ」
「いや、きっと気持ち悪い想いをするぞ? だから俺が引き受けてやるって言ってるんだ」
「いやよ。ベックがどうしてもって言うならともかく、そんな作業的なのはイヤ!」
ぺちぺち。
ぽんぽん。
「うわ!?」
「きゃぁ!?」
「落ち着け。なぜ言い合ってるのか分からないが、ケインもエリカも二人共挿れられるのに同意してくれるってことか?」
……何か変だ。
「違う」
「違うわ」
「んん? おまえたちの言ってることがさっぱり理解できんが、正直もう待てん。俺たちの体力はいつまで持つかわからないんだ。文句は後で聞いてやる。もう俺が選ぶ」
「待てベック!」
「待ってベック!」
「おまえら現状が分かってるのか!? 今は生きるか死ぬかの状態なんだぞ!」
さすがの俺もいい加減余裕がなくなってきた。
俺たちに残されている時間はもうないかもしれないんだ。
本当に限界が訪れた時は、突如糸が切れたように体に力が入らなくなる。俺もケインたちも経験している。
俺の勘がソレがもうすぐ訪れると告げているんだ。
だがケインとエリカが俺に何かを隠しているのも分かる。
それくらい分からなければリーダーは務まらない。
生きるか死ぬかのこの状況で尚隠しごとをするなら暴いてやろうじゃないか。
俺は音が大きく鳴るように、掌で尻を派手にぶっ叩いた。
「きゃっ!」
「
壁に空いた穴からまるで尻を叩かれた時のような声が聞こえてきた。
「「え?」」
そして当惑したような声が後に続く。
壁の向こうで当惑している二人の姿が目に見えるようだ。
静かな声で俺は二人に告げた。
「どうしたんだ? 俺は自分のケツを叩いただけだが?」
「「……」」
「なぜ黙る?」
ケインとエリカが黙り込んだまま、時間が経過していく。
唐突に
不意に視界が狭まり、平衡感覚が消失する。
視界の周囲から暗闇が広がっていく。
「──くっ!」
しまった。時間をかけすぎたか。
自分の体から急速に力が失われていくのが分かる。
両足と両手から力が抜け、立っていることさえ難しい。意思の強さなど関係ない、体に限界が来たんだ。
血圧が下がったのか目の前が急速に暗くなっていく。
「……うぅ」
「ベック! 大丈夫か!」
「ベック!?」
「──す、すまん。すまん、ケイン、エリカ! もう目もはっきり見えない。許してくれ!」
倒れかかった俺は壁の尻を掴んで体を支えた。
もう右側なのか左側の尻なのか区別もできない。
このまま全滅するくらいなら……
俺は両足と両手、そしてアレに魔力を込めて全力で動いた。
意識が途切れる寸前、俺は果てながら目の前の壁が魔法のように消失していくのを感じ取った。
グラリと体が揺れる。
尻を抱えながら俺は前に倒れこみ、かすかに残っていた視界にパラパラと崩れていく石板が映りこんだ。
「……三日?」
だが、読み込む前に視界は完全に闇に飲み込まれ、俺の意識もそこで途切れた。
◇◇◇◇◇◇
唇に水気を感じて目が覚めた。
「ここは……」
俺の呟きにすぐに返事が返ってきた。
「迷宮の外だ、ベック」
俺を抱きかかえていたケインが俺の体を起こしてくれた。
「そ、そうか。俺たちは助かったのか」
「ええ、ベックのおかげよ」
エリカが腕にベリーの実を抱えた状態で俺に話しかけてきた。
「エリカも無事か……よかった」
どうやらここは迷宮の入口近くの森の中らしい。
嵌っていた壁が消失した二人は、体力を使い果たし意識を失った俺を抱えて迷宮を脱出することに成功したのだ。
ケインもエリカも何か言いたそうな顔をしているが、俺は肩を竦めてみせた。
……やれやれ。
そうだろ?
最後の方は俺も訳が分からなかったが、生きて帰れたならもういいだろ?
ぐうぅ。
腹が減ったな。
近くに渓流があったはずだ。
そこに行けば飲み水と魚くらいは確保できるだろう。
しかし今日のことは誰にも喋れそうにないな。
口にした果物のおかげか、しばらくして俺も動けるようになった。
全員の準備が整った。
「今日のことは他言無用だ、分かるよな?」
「え、ええ」
「分かってるさ……」
大迷宮よ、そしてくそったれな
今回は逃げ帰る羽目になっちまったが、必ずリベンジしてやるからな。
首を洗って待っていろ。