嘘をつく尻たち   作:Rオウ

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最終話 生還

 

 「あー生き返る……」

 

 ベックのやつがダルそうに宿のベッドに寝転がっておっさん臭いセリフを吐いていた。ベックの側にはエリカがいる。いつもの定位置だ。

 

 あれでエリカの好意に全く気付いてなかったんだからアイツはどうかしている。

 

 迷宮を出て三日。

 ようやく麓の町まで帰ってきて宿を取ったところだ。

 俺たちはいつも三人で一部屋を取る。安全確保のためにそれがベストだ。

 エリカは女だが、野営の時も言ってしまえば同じことだし、女が一人で宿の部屋にいるなど襲われるのを待っているようなものだしな。

 

「ねぇ……ベック?」

 

 顔を赤らめながら、エリカが口をベックの耳に近づけて小声で囁いている。

 まあそうだろうな。

 今日で三日目なのだ。

 

 つまりタイムリミットだ。

 

 「……ね、お願い、ベック」

 

 エリカの手がベックの手に重なった。

 ベックはそんなエリカから気まずそうに視線を逸らす。

 

「いや、でもな、エリカ。あの時は緊急事態だったというか、俺も意識が朦朧としてて。それにこういうのは、ちゃんと段階を踏むべきだ」

 

「段階って?」

 

 エリカはわざとらしく小首を傾げた。

 

「迷宮の中であんなに情熱的だったのに」

 

「いや、だからそれは」

 

「もう一回してるんだから二回も三回も一緒でしょ?」

 

「いやいや、待って待って!」

 

 ベックの顔が真っ赤に染まる。

 俺は部屋の隅で壁に寄りかかったまま黙ってその茶番劇を見ていた。

 

 同じ部屋に俺がいること忘れてるだろ、おまえら。

 

「一緒よ」

 

 エリカはきっぱりと言い切った。

 

「それとも何?  責任取ってくれないの?」

 

「そ、それは! せ、 責任は取るが、心の準備ってものが……」

 

 ベックはしどろもどろになり、顔が青くなったり赤くなったりしている。

 

 ――うん、時間の問題のようだ。

 

 心配だったがこれなら問題ないだろう。

 

「でもなぁ……村に帰ってなんて説明すれば良いんだ? 俺、エリカの親父さんから頭を下げられて頼まれてたんだ。その保護者の俺がエリカに手を出したなんて、親父さんにきっと殺される」

 

「大丈夫よ。お父さんならきっと遅すぎるだろって怒るくらいだし」

 

「いや、そんなわけがないよ、あり得ないよエリカ」

 

 ベックは自分がなし崩しにされそうになっている自覚がなさそうだ。

 俺は壁から静かに背を離し、音を立てないように扉へと向かう。

 

「あ……ケイン?」

 

 エリカが俺に気づいたが俺は振り返らなかった。

 

「下で酒でも飲んでるよ」

 

 片手をひらりと振って、扉を開ける。

 閉じる直前、ベックの諦めたような声が聞こえた。

 

「分かったよ。責任は取る……」

 

 俺は静かに扉を閉め呟いた。

 

「女は……怖いねぇ」

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 宿の一階は酒場になっている。

 もちろん頼めば料理だって出てくる。

 

 空いている席に座って強めの酒を頼んだ。

 喉が焼けそうになるくらい強いやつだ。

 

 豆のスープと肉料理がテーブルに並んだところで酒を一口飲む。

 

「きっつ……」

 

 この三日間、なるべく座らないで立って過ごしていたが、まさか酒場で立ったまま食って飲んだりはできん。

 

 まあ強い酒で酩酊すりゃ大丈夫だ、きっと。

 

「よお。大分ひどい目に遭ったって聞いたぞ」

 

「リックか」

 

 Aランクパーティ石鎚(ストーンハンマー)のリーダーだ。

 実は俺とは顔馴染みだったりする。

 

「誰に聞いたんだ?」

 

「ギルドの受付嬢が喋りまくってたぜ?」

 

「……くそ、最悪かよ」

 

 悪態をつく。

 女は喋らないと死ぬ生き物なのか?

 

「じゃあアレに引っかかったな?」

 

「まあな」

 

 意外にも口が普通に動いた。 強制力が働いていない。

 同じ呪いを受けた者同士だと喋ることが可能なのか。

 

「お前はどっちだ?」

 

 リックが遠慮なく尋ねてきた。

 同じ被害者なら隠す必要もない。正直に答える。

 

「壁に埋まった方さ」

 

「そうか、俺もだ」

 

 そう言ってリックは笑った。

 

「悪辣だよなぁ、あの迷宮のラビリンスロード」

 

「迷宮ってのは大きくなればなるほど悪辣になっていくらしいぜ?」

 

「そうかよ」

 

 酒を呷る。

 (ケツ)の痛みが酒精のお陰で曖昧になっていく。

 

 ベックの野郎、他人(ひと)の尻だと思って無茶苦茶しやがって。

 いや、生き残るため行動したんだ。

 ベックを恨むのは筋違いだ。

 だがそれにしても加減ってものはあるだろう。

 

「全員生還したってことはペナルティは回避できたのか?」

 

「あー……、今回避してる最中さ」

 

 酒場の天井を見上げる。

 大体斜め上が俺たちの借りた部屋だ。

 

「命がかかってるのにずいぶん呑気だな。帰ってくる前の野営中にするだろ?」

 

「俺もそう言ったんだがね? それはイヤなんだと」

 

 ほんとめんどくせぇ女だ。

 それに捕まるベックもご愁傷さまだ。

 

 だが一番悪いのはあの迷宮主だ。

 壁が下まで落ち切り、俺たちとベックが分断された瞬間、隠されていた魔法陣が起動し俺とエリカは壁に埋まってしまった。

 

 そして呆然とする俺たちの前方の空中に石板が現れた。

 そこにはこう書かれていた。

 

 ───────────────────────

 【迷宮脱出遊戯】

 

  1.どちらかの尻に愛を注がれれば壁は消えて解放される

  2.愛を注がれなかった方は死ぬ♠

  3.壁の向こうの男に遊戯のルールを漏らせば壁は二度と消えない

  4.お前たちがルールを理解した後、会話用の小さな穴が開く

 

 

 

 ───────────────────────

 

 

 ひでえよな?

 

 俺とエリカの二人のうち、どちらかが死ぬってことだ。

 そしてそれを選ばせて高みの見物を決め込んでるんだ、迷宮主は。

 

「リック、お前たちも同じか?」

 

「ああ、同じルールだ。引っかかった冒険者を弄んでるんだろうよ」

 

 俺たち二人の周りから喧騒が消えている。

 喋ってる内容が他者に伝わらないような力が働いてるな。

 マジ悪辣だ、迷宮主。

 

「二人のうち一人しか生き残れないならエリカが生き残るべきだと思ったんだ」

 

 酒を呷る。

 尻の痛みが完全に消えた。

 平衡感覚も消えた。

 スープから豆を掬って口に運ぶ。

 

「そしたらあの女なんて言ったと思う? それはイヤって言ったんだ。命かかってるのに正気かって誰でも思うよな?」

 

「おまえんところのあの女、思っていた以上にすげーな」

 

 リックが感心して頷いている。

 いや、呆れるところだろ、そこは。

 

 俺たちのリーダーであるベックの性格からすると、エリカは選ばない。

 選ばれなかった方が死ぬなんて知らないしな。

 

 そして死ぬなら俺だと思ったんだ。

 別に英雄願望なんてないけどな。

 

「じゃあもう脅すしかないじゃないか?」

 

 リックは耳を傾けてくれている。

 ちょっと説明が足りな過ぎるか?

 なんか言い忘れてたっけ?

 

「仕方なく選ばれるのが嫌って言うなら、俺の尻をエリカの尻だって偽ってやると」

 

 そうすれば、ベックはエリカの尻を俺の尻だと思って選ぶだろう。

 

「おまえんとこのパーティーの女はそれで納得するのか? そんな玉じゃないだろ?」

 

「ああ、だからこれでも嫌なら遊戯のルールをベックにバラすと脅した。そしたら全員死ぬ。エリカが一番死んでほしくないベックも死んでしまう」

 

 なんでこんな真似までしないといけないのか。

 女は最悪のタイミングで理性を放棄しちまう。

 

「そこまでお膳立てしたのに、ベックの野郎、俺の(ケツ)を選びやがった。アイツは肝心なところでやらかす奴だ。エリカが死んじまうと絶望したよ」

 

「そして隠しルールが現れた、と」

 

「そ、マジで迷宮主殴りてぇ……性格腐ってるだろ」

 

 壁が消えると同時に空中に浮いていた石板から石が剥がれ落ち、最後のルールが現れたのだ。

 

 ───────────────────────

 【迷宮脱出遊戯】

 

  1.どちらかの尻に愛を注がれれば壁は消えて解放される

  2.愛を注がれなかった方は死ぬ♠

  3.壁の向こうの男に遊戯のルールを漏らせば壁は二度と消えない

  4.お前たちがルールを理解した後、会話用の小さな穴が開く

  5.選ばれなかった方も三日以内に愛が注がれれば死なない

    ※ただし呪われて離れられなくなる

 

 ───────────────────────

 

 

「今日で三日目さ。迷宮主は嘘はつかないみたいだし、今日エリカが全力でベックを落としにかかってるから……まあエリカも死なないだろ」

 

 俺の尻の犠牲を自分の既成事実にすり替えるエリカに思うところは無いではないが。

 

「まあ悪いのは全部迷宮主だ」

 

 酒を呷る。

 いかん。

 飲みすぎたかな?

 

 とはいえ、部屋には当分帰れないしな。

 

「なあ、リック。呪われて離れられなくなるってどういう意味なんだ?」

 

 そこだけがはっきりしない。

 というかなんでリックは一人で飯食って一人で飲んでるんだ?

 

 石鎚(ストーンハンマー)は3人組の男所帯でザックとフックという男たちが所属している。

 

 リックは苦笑いしながら酒場の天井を見上げた。ベックたちのいる方向とは逆だ。

 耳を澄ますと、ドスンドスンと重い何かがぶつかるような音と野太い悲鳴がかすかに聞こえてくる。

 

「……ま、まさか」

 

「呪いの正体ってやつさ」

 

 リックが酒の入ったコップを掲げた。

 俺は震える手でコップをリックのコップにぶつけ、そして恐怖を振り払うように一気に呷った。

 

「しかし……お前のところのエリカだったか? ほんとすげーよな」

 

 恐怖を紛らわせようと杯を重ねる俺の向かいで、リックがしみじみと呟く。

 

 なんでこいつはエリカをそんなに高く買うんだろうな? と思いつつ俺は酒精に身を任せるのだった。

 

 

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