本文(プロローグ)
悪魔の上層部の会議室。
空気は重く、誰ひとりとして口を開こうとしなかった。
議題はただひとつ――「純粋悪魔」たる一人の青年について。
その力は神にすら匹敵し、誰にも縛られない存在。
味方にすれば最強、敵にすれば滅亡。
上層部は恐怖した。彼をどうコントロールするか。
「女を使えばいいのでは?」
その一言が沈黙を破った。
しかし、ただの女では無理だ。
彼に通じるのは、名家の血を持つ者――そう判断された。
「リアス・グレモリー。彼女なら……」
誰かがその名を口にした瞬間、ざわめきが走る。
理由は簡単だった。
リアスがその男に好意を抱いているという噂が、既に一部で囁かれていたからだ。
だが、それでも不安は残る。
彼女に本当に“制御”できるのか。
やがて、ひとつの決断が下された。
――リアス・グレモリーは上級悪魔の資格を失い、
一人の男の従者として永遠に仕える。
その代わり、男には一つの契約を結ばせる。
「悪魔側に危害を加えないこと」
ただ、それだけ。
強すぎる契約はしなかった。
もし彼の怒りを買えば、戦争が起きる。
悪魔族が滅びる可能性すらあったからだ。
――そして、青年は現れた。
冷たい瞳のまま、契約書を手に取り、静かに言った。
「……これにサインすればいいのか?」
上層部の誰もが息を呑んだ。
その声には、恐怖も、迷いもなかった。
「あ、ああ……」
誰かが震える声で答える。
彼はペンを取り、わずかに笑った。
「くだらねぇ契約だな」
インクが紙を走る音が響く。
それが、悪魔の秩序を変える音だった。
こうして、リアス・グレモリーは――
一人の男の“所有物”となった。
重厚な扉が静かに開く。
赤い髪が揺れ、リアス・グレモリーは一歩、闇に包まれた屋敷へと足を踏み入れた。
「ようこそ、リアス・グレモリー」
その声は低く、冷たく、それでいて奇妙に心を掴む。
玉座のような椅子に腰掛ける男――ヴァルト。
悪魔界でも最強クラスと恐れられる純血の悪魔。
誰にも支配されず、誰の命令にも従わない“漆黒の王”。
リアスは、わずかに胸の鼓動を感じていた。
契約――それは形式上、彼に仕えるためのもの。
だが彼女自身の心は、それよりもずっと前からヴァルトに傾いていた。
「よろしくな、リアス」
「……えぇ。ヴァルト様」
ヴァルトは立ち上がり、ゆっくりと彼女の前に歩み寄る。
「まずはじめに言っておく。この屋敷にはルールがある」
「ルール……ですか?」
「そうだ。俺のことは“ヴァルト様”と呼ぶ。言葉遣いは敬語、命令には従う。
そして――俺の許可なく外出は禁止だ。いいな?」
リアスは一瞬、息を呑んだ。
命令、服従。
本来なら誇り高き名門の娘が受け入れるはずのない言葉。
だが彼女は小さく微笑み、静かに頷いた。
「……わかりました、ヴァルト様」
その様子を見て、ヴァルトはわずかに口角を上げる。
「よし。まずは屋敷の者たちを紹介しよう」
扉が軽く開き、明るい声が響いた。
「呼んだ?」
入ってきたのは、短い黒髪の少女。ブリーチの制服を思わせる衣服をまとい、どこか柔らかな雰囲気を漂わせている。
「彼女は雛森桃。俺の屋敷で一番古くから仕えている」
「えっと……リアスさん、だったよね。よろしく!」
「えぇ、よろしく……雛森」
「そんなにかしこまらなくていいよ~。あ、でもね、私、仕事中はけっこう真面目なんだから!」
「ふふ、そうなのね」
「はいはい、おしゃべりはあとだ。桃、掃除の途中だったろ」
「あーっ、そうだった!ごめん、リアスさん、またあとでねっ!」
バタバタと去っていく雛森。
その背中を見送りながら、リアスは思わず微笑んだ。
「騒がしいやつだが、腕は確かだ」
「……いい人ね」
「だろうな」
ヴァルトは静かに笑い、再び歩き出す。
「次に紹介するのはアスナだ」
扉の向こうから、長い栗色の髪をなびかせた少女が姿を現した。
「主人公君、急に呼び出すなんてどうしたの?」
「新しい仲間を紹介しようと思ってな」
「なるほど、この人が……すごい、綺麗な人」
リアスは少し照れながら礼を言う。
「ありがとう。私はリアス・グレモリー。リアスでいいわ」
「うん、よろしくね。私はアスナ。ヴァルト様のボーンの一人だよ」
「アリサは?」とヴァルトが尋ねると、アスナは肩をすくめた。
「今頃、料理室じゃないかな」
「おいおい……料理室は大丈夫か」
「ふふ、大丈夫。彼女がいるから」
その「彼女」とは、料理が壊滅的に下手
それでも彼女の献身的な性格と、ヴァルトへの敬意は誰よりも強かった。
――こうして、リアス・グレモリーはヴァルトの屋敷の一員となった。
主に仕えながらも、胸の奥で密かに燃える恋情を抱えたまま。
そして、この屋敷で始まる運命の歯車が、静かに動き出した。