飛鳥は完全にパニックになっていた。
(ど、どうしよう……やばいって、これ!)
心臓の鼓動が早すぎて、呼吸さえ乱れている。
一方その頃――リアスは、別の方向で暴走していた。
「ま、まさか……本当の狙いはヴァルト様……?」
リアスの脳裏に、あり得ない妄想が広がる。
(そうよ……ずっと私の行動を監視して……私がヴァルト様と合流したところで、ヴァルト様を――!)
もちろん、完全な勘違いである。
しかし“監視していた”という点に限れば、半分正解なのがまた恐ろしいところだ。
「……なら、まずいわね」
リアスは表情を引き締めた。
「いくらヴァルト様でも、人数不明の相手と戦うのは危険……。ここで、少しでも戦力を削っておかないと」
ぐっと拳を握り、魔力を高め始めるリアス。
木陰の飛鳥は青ざめた。
(や、やばい……完全にやる気出してる! え、待って、あれチャージしてない!? え、まずいよね!?)
額に汗をにじませながら、飛鳥はついに覚悟を決めた。
(よし……もうこうなったら――出るしかない!!)
リアスが声を上げる。
「いいわ。もう一度だけ忠告するわ。今出てくるなら、話だけでも聞いてあげる!」
その声には、緊張と警戒が混ざっていた。
だが、その時――別の方向から。
「え~? お姉さん、どうしたの?」
突然の無邪気な声に、リアスはびくっと肩を震わせた。
「ふ、普通の……子供?」
木の影から現れたのは、一人の少女。
明るい声で首を傾げている。
「なんかさっきから、何か言ってたみたいだけど……どうしたの?」
「えっ!? な、なんでもないわよ!」
焦りまくったリアスは、慌てて笑顔を作る。
(聞こえてなかった? ならセーフよね……!)
心の中で誰かに確認を取るリアス。
「そ、そうなんだぁ」
少女――いや、飛鳥があどけない笑みを浮かべる。
(よ、よかったぁぁ……あれ絶対、攻撃しようとしてたよ!)
心の中で全力で安堵する飛鳥。
――しかし、重大なミスにまだ気づいていない。
そう、その少女こそ飛鳥。
焦って飛び出したせいで、変装も何もせず素顔のまま現れてしまったのだ。
そして今もなお、その“失敗”に気づかない飛鳥であった。
「えっ、えっ~と……お名前を聞いても?」
まだ少しパニック気味のリアスが、恐る恐る尋ねた。
「私? 飛鳥。よろしくね!」
にこっと笑顔で答える飛鳥。
――飛鳥よ、またお前は失敗を犯してしまった。
なぜ本名で答える。そこは偽名だろう。
心の中で誰もが総ツッコミを入れた。
「そ、そう。私はリアス・グレモリーよ。リアスでいいわ」
「そうなんだ~。リアスちゃんって外人の人?日本語うまいね」
「え? あ、そうね。勉強したから」
曖昧に笑うリアス。
「ところで飛鳥は、どうしてここに?」
「えっ!?」
一瞬で固まる飛鳥。
(ど、どうしよう……本当のことなんて言えるわけないし!)
「そ、そうだ……友達と遊んでて、その帰りなの!」
無理やりひねり出した嘘にしても雑すぎる。
「そ、そうなのね」
「え~と、リアスちゃんは?」と逆に聞き返す飛鳥。
「私? 実は道に迷ってしまって……」
素直に打ち明けるリアス。
「ど、どこに向かう途中だったの?」
「近くのスーパーに」
(……え? スーパー?)
飛鳥の脳内地図が高速回転する。
(あれ? 主様の屋敷からそのスーパーまでは一本道のはず……)
(も、もしかしてこの子……バカなの?)
そんな失礼なことを心の中で呟きながらも、飛鳥はすぐに笑顔を作る。
「そ、そうなんだ! なら私が案内しようか?」
「い、いいのかしら?」
「うん、大丈夫だよ!」
明るく答える飛鳥。
内心では――
(これでリアスを護衛できるし……あっ! もしかして私って天才!? きゃー、そしたら主様に褒められてご褒美が……♡)
――そんな妄想をしていた。
だが残念ながら現実は非情である。
彼女はすでに二つのミスを犯していた。
ひとつ、素顔を見せたこと。
ふたつ、本名を名乗ったこと。
それにまだ気づいていない。
「そ、そう? ならお願いするわ」
リアスが微笑む。
(あぁ、いい子ね……でも、さっき喜んでたのは何かしら?)
――そしてリアスの脳内妄想が、また暴走を始める。
(もしかしてこの子……一人っ子なのかしら。寂しいから、私と一緒にいたいのね)
(それに“友達と遊んでた”って言ってたけど、あれは嘘で……本当はひとりで森で遊んでたんだわ……かわいそうに……!)
(いいわ。私でよかったら……友達になってあげる)
完全に勘違いしているリアス。
だが、その勘違いの一部だけ、地味に正解なのがまた面倒な話であった。
無事にスーパーにたどり着いたリアスと飛鳥。
帰り道、リアスが尋ねた。
「えっ? いいの、屋敷までついてきてくれるの?」
「もちろん! それに、荷物いっぱいあるし!」
明るく答える飛鳥。
――飛鳥の中では、すでにご褒美確定モードである。
(主様に褒められる……! ご褒美……! きゃあああ♡)
しかし悲しいかな。
彼女は重大なミスを犯していた。
極秘任務中なのに、護衛対象の目の前で主の屋敷に向かっていること。
一方のリアスはというと――
(やっぱり……そうだったのね)
(この子、きっと一人っ子で、寂しかったのよ……)
(だから、こんなにも一緒にいたがるのね……)
――全力で勘違いしていた。
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「そういえばリアス、遅いな」
屋敷で主人公が呟く。
「確かに……」とグレイフィアも小さく頷く。
「もう少ししたら、近くまで見てくるわ」
そう言った矢先――
ガチャリ。
玄関の扉が開いた。
「あっ、戻ってきたみたいね」
「ただいま戻りました!」
リアスの元気な声が響く。
「そ、それと……お、お邪魔しますっ」
遠慮がちに続いた声。
――飛鳥だった。
「まあ……もう友達ができたの?」と驚くグレイフィア。
リアスは胸を張って、
「ええ、そうよ!」と誇らしげに答えた。
「遅かったな」
主人公の低い声。
「す、すみません!」リアスが慌てて謝る。
「あ、紹介しますね! 今日出会った飛鳥です!」
「おいで、飛鳥」
リアスに呼ばれ、飛鳥がそろそろと顔を出す。
――そしてその瞬間。
「……あぁ」
「ぬ、主様……?」
二人の視線がぶつかる。
空気が一瞬で凍った。
(な、なぜお前がここに……!)
(ご、ごめんなさい主様、でも護衛任務でっ……!)
無言のアイコンタクトが交わされる。
グレイフィアが、その不穏な空気を察してすぐに動いた。
「久しぶりね、飛鳥」
「えっ!? あっ、そ、そうですね! ハハハハ……」
半笑いで答える飛鳥。
(合わせて、と目で訴えるグレイフィア)
(う、うん……了解っ!)
リアスはキョトンとした顔で二人を見ていた。
(……あれ? 三人とも知り合いなの?)
気まずい沈黙。
その空気を切り裂いたのはグレイフィアだった。
「と、とりあえず……ご飯にしましょう! リアス、それに飛鳥も手を洗ってきてちょうだい」
「は、はい!」
「わ、わかったわ!」
バタバタと廊下に消える二人。
――静寂。
その場に残された主人公は、ただひとこと。
「……頭が痛い」
ゆっくりと、額を押さえた。