猿も木から落ちるレベル   作:緑ちょこ

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血を流れる量を極力、減らそうと動くからと言って、死者を0に出来る訳ではないんですよね。完全無欠の五条悟でさえ悩みを抱えて病みかけていた時期があったんですから、それは誰にだって訪れるでしょうね。

2026/2/20 誤字修正


第9話「ひしゃげた歯車」

「やっと来たのか。しかし、一足遅かったとしか言いようがないね。参謀者⋯⋯そして宿儺の器」

 

貫いていた手が引き抜かれ、東堂の肉体が地面へと倒れる。微かな息さえ吐かれず、その身からはまるで生気が感じられなかった。禪院直毘人も同様に、命の脈拍こそ感じられど、右拳は完全に砕け散り、意識もまた同様に砕け、気絶している。

 

「治れ治れ治れ治れ⋯⋯っ!」

 

禪院恭弥の魂に秘められている反転術式の技術、その情報だけを抜き取って模倣にかける。こうして直毘人と東堂の体を両手に抱けているのは咄嗟的に発動し、加速してくれた投射呪法のおかげと言わざるおえない。片方の掌をそれぞれの腹に当て、反転術式によって生み出された正のエネルギーをアウトプットによって与え続ける。その情報の濃密さ故、寸分違わずに恭弥の反転術式は再現された。しかし、疲労し切っている彩の体に残った呪力はそう少ない。模倣するのに通常の呪力の倍を、そして反転術式で更に倍。4倍の呪力を消費して、無理矢理に反転術式を使っているに過ぎない。

 

「お前、お前が。──お前がァァァァァ!!!!」

 

「久しぶりの再開だと言うのに、悲しいね」

 

虎杖の脳内に、存在しない──否。忘れていた記憶がなだれ込む。赤子の頃に見た母親の額⋯⋯それは細い糸で縫われているかのような繋ぎ目が存在していた。器、再開、羂索。

脹相に話されていた内容が、全てが、虎杖悠仁は分かってしまった。

 

 

※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

「ここからは先は通せん。お前のお兄ちゃんだからな」

 

「何言ってんのか分かんねぇよ。⋯⋯でも、通してくれねぇなら力づくで通させてもらうぜ。ねじ伏せてでもな」

 

彩に命令され、虎杖の足止め兼宿儺の指を食べさせる為に気絶させる役割を担った脹相。開始早々に意味不明な発言を行うものの、どうやら通さないという言葉から虎杖は敵だと認識したらしい。あながち間違っていないものの、その判断は誤りだとも言える。

 

「俺には何人もの弟がいる。それは虎杖⋯⋯お前の事も含めてだ」

 

「さっきから何言ってんだよ! 俺は生まれた時から、一人っ子だよ!」

 

駅に備わっているトイレのすぐ目の前にて交差する拳。赫鱗躍動・載によって強化した肉体から2発のジャブが放たれ、掌で受け止めるようにして虎杖がその攻撃を防ぎ切る。

口から言葉を放つと同時に反撃。腰を器用に回し、左足で脛、腰、首の3点に斜め気味の軽い蹴りを放つものの、そのどれも手首で受け止められる。

 

「ッ!」

 

「お前には見覚えがあるはずだ。父親の額に縫い目はなかったか?」

 

本来、血管などに血栓ができてしまうリスクが高い故、血は凝固させずに使用するのが赤血操術の基本的な戦い方だ。穿血も圧縮された事によって水圧カッターのような破壊力を生み出し、その結果的に貫いたり切断したりを可能としている。しかしながら、脹相はそのリスクを省みない。両拳に血液を纏わせ、固めたそれをグローブや篭手のようにして扱う。結果、ただの手首で蹴りを受け止められただけの虎杖の足に鋭い痛みが走る。それでも追撃をせず、ただ諭すようにして脹相は口を開き続ける。まるで、聞き分けの悪い弟に言い聞かせる兄のような、優しい表情で。

 

「俺たちは羂索と呼ばれる呪詛師に生み出された。元々は人間だった。呪いからも嫌われ、人から忌み嫌われ、居場所がなかった。だから兄弟で安全な家を作り、暮らしていた。それがある日、奴が来たんだ。額に縫い目のある悪魔が。そして俺を含めた全員を呪胎九相図と呼ばれる呪物へと変えた」

 

「がァ!」

 

左足が傷んだ為に右足によって脹相の首を蹴る。下から斜めに振り上げられ、直撃した足はまたしても痛みを感じる。力を先程よりも込めていたが故、その痛みは鋭いと表現できる物じゃない。鈍く、重たく、今後に響くような、それこそ骨の何本かが折れているかのような持続的な痛みだ。

 

「お前と俺には血の繋がりがある。彩はそう伝えてくれたし、俺の術式ならそれが分かるとも言ってくれた」

 

「ひい、ろ⋯⋯?」

 

──彩とは柊陽彩の事を言っているのだろうか。京都校3年の、1級呪術師である彩の事を。

 

それまで向けられていなかった意識が脹相の方向へと差し向けられ、戦闘意思が瞬間的に消滅する。それは脹相に手を抜かれていた事や、敵対している者とは思えない優しい声色でゆっくりと話されていたことや、彩の名前が出てきた事、その全てを含めて目の前の男⋯⋯脹相を敵だと思えなくなってしまったからだ。しかし、

 

「──ぁ、ふ」

 

「しばらく眠っていてくれ虎杖。それが最善と彩が言っていた」

 

顎へと一閃に煌めく朱が走る。意図的に先端へと掠った拳によって意識が奪われ、記憶にない感情と共に虎杖の意識は沈んでいった。最後の光景──顔に笑みを浮かべた脹相を最後に。

 

 

 

※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

「殺すッ!」

 

猛烈なまでに溢れ出た殺意が少年の肉体を支配する。他者を亡き者にしようとする純粋なまでにドス黒い負の感情はどんな善人にも制御できない。ましてやそれが毒物に耐性があったり、フィジカルが極めて高い宿儺の器のような特殊な存在であったとしても。

 

「ご丁寧に説明する元気が今はなくてね。すまないが、省かせた上で転がさせてもらう」

 

『比喩ではなくね』と続かれた羂索の言葉と共に、走り出す虎杖の体が突如とその場で転び、地へと顔をつける。

他者から見た姿は正しく何も無い場所で転んだかのように見えるものの、その実態は大鯰の呪霊の効果によって意図的に転ばされた結果だ。

 

「ゔゔゔゥゥ!!」

 

「タフだねぇ。さすが宿儺の器」

 

転び、隙を晒した背に襲いかかるムカデ型の呪霊。長い体に無数の手足を生やしたそれが被さるように体に引っ付き、体重をかけるものの、その細長い胴体が虎杖の手によって引き裂かれる。が、弄ばれるように再度、大鯰の体の上で転げ落ちる。そして羂索は何やら手印と呪詞を行い、新たな呪霊を召喚する。

 

「『悪路王大嶽』、たて」

 

掌から落ちるようにして落下する黒い淀み。地面へと触れたそれが形を持ち、かつて廃ビルにて斧を振るい、軽い地震を発生させた呪霊がその場に顕現する。3本の黒い角に4個の瞳。3-4mの巨体に見合った大きな斧が一振り。そして羂索の"たて"と言う言葉が立ち上がる事でないとすれば──、

 

縁断(えんだん)

 

囁くような羂索の声と共に、悪路王大嶽が斧を振るう。倒れている虎杖の肉体に迫る訳でもなければ術師の治療に勤しんでいる彩へと襲った訳でもない。ただただそれは怪力を元に空を切り、暴風を元に『なにか』を切断した。そして、虎杖には切断された『なにか』がすぐに分かった。

 

「あああァ!!!クソ、動かねぇ!! クソ、クソクソクソ!」

 

確かな歩行を確立させるアキレス腱に腕を動かす為に必要なサポート的存在の棘上筋、棘下筋、肩甲下筋、小円筋のそれぞれがプツリと音を立てて切断される。

 

足、動かない。腕、動かない。体、立ち上がらない。

大鯰によって転ばせる必要も、特段に強い呪霊を使って息の根を止める必要もない。見されされず、脅威として認識されていない。本来ならば幸いであるそれが、動けない体を突き動かし、拳を振り下ろしたい虎杖には酷く辛い事実だった。

 

「さて、どうやら参謀者である彩くんは反転術式まで使えるようだ。それもアウトプットの⋯⋯やれ、面倒だし、ここで殺しておくべきか」

 

呪霊を消し、袈裟の中へと腕を伸ばしながら羂索が声を出す。足を伸ばし、歩を歩ませ、倒れ伏せる虎杖の体を蹴れるほどの距離にまで近づいた。その事に虎杖は死を恐れたものの、その恐怖は放置され、素通りされる屈辱を元に払拭される。

 

「五条悟は封印され、咲く前の根を踏み潰⋯⋯ない。ないぞ、獄門疆が」

 

羂索の足は彩の背後にまで来ていた。しかし、懐を探る手が加速したと共に動きを止め、焦ったかのように体全体を探りまくる。そんな光景に虎杖は困惑していたが、ふとある疑問が頭へと浮かぶ。ここへ来る前、七海建人や伏黒恵が先に来ていたはずだ。彼らはどこへ行き、何をしていたのだと。

 

『玉犬・渾』

 

「────ッ! なんだぁ!」

 

突如と背後から襲いかかる玉犬。自分の背中を貫こうとする刃を人型低級呪霊の肉体で食い止め、跳躍して線路の上へと回避する。脳内に響くようにして聞こえた声と共に、式神がその姿を表したのだ。いくら羂索でも獄門疆の消失と共に起きた出来事であれば困惑は免れまい。

 

「治療は完了した。命は無事だから安心しろ、そして休め」

 

労いの言葉と共に虎杖の肉体が消失する。否、虎杖がいた場所に何やら大きなマネキンが現れた。それは大男にも匹敵するガタイで、発泡スチロールのような材料で作られた質素な物だ。ふと虎杖は彩が声を出す瞬間、そこに東堂と直毘人の姿がなかったなんて思うものの、既にマネキンと入れ替わった(・・・・・・)虎杖が彩へと抗議する事はできない。恐らくは今はもう、安全な場所に飛ばされているだろうから。

 

「探し物は⋯⋯これか? 羂索さんよ」

 

「き、さま」

 

羂索の方へと向き、挑発を放つ彩の手には羂索が失った『探し物』が持たされていた。五条悟を拘束し、封印した特級呪物の『獄門疆』が。警戒されぬよう、取り返す為にゆっくりと足を運ぶ。音を立てないように限りなく地面へと擦り付けながら動かす足は逆に摩擦によって不快な音を鳴らし、周囲の者からより強く怪しまれる結果となるだろう。が、

 

コレ(・・)を返してくれるなら何も文句は言わない。だけど、もし奪おうだなんて抜かすなら⋯⋯」

 

「──お前を殺す」

 

「────」

 

近づいてから大鯰に転がさせ、斧の一振りで仕留めようと思っていた羂索の足が止まる。否、呼吸すらも忘れて体全体が停止する。それは術式などで外部者からもたらされた物ではなく、目の前の暴君(・・)から発せられた物だ。

圧に、殺意に、呪力こそ感じられないその柔らかな肉体に、恐れを感じた。

 

「二度は言わねぇ、さっさと引け」

 

突き刺さんばかりに肉体を刺激する殺意が再度、声を出す。2回目の警告によって羂索はその体を翻させ、暴君へと背を向けたままにゆっくりと歩き出す。凶暴な猛獣を刺激せぬよう、緩やかな動きで足が伸ばされる。

 

危険は去った。しかし、あの危険については考えなくてはならない。

 

──暴君だ。天から与えられた呪いを元に、自由に暴れ回る暴君その物だ。影がだとか、発せられた圧がだとか、そういう物ではない。羂索の瞳には確かに天与の暴君──伏黒甚爾の姿があった。

 

「あれは、なんだ」

 

膝が震えると共に、口から声が零れ落ちる。怪物に恐れる小市民の心と共に、未知を求める探求者の知的好奇心が渦となって心を支配する。

 

仮に降霊術の類だとすれば、強靭な魂に肉体が奪われ、意思が暴君その物へと変化するはずだ。しかし、甚爾の言葉では今現在の状況をしっかりと把握し、その上で思考した行動をとっていた。彼ら術師の保護と五条悟の奪還⋯⋯その両方を。

 

「あるいは、ただの子供騙しか?」

 

歩いていた羂索の足が不自然に止まる。それは家に財布を忘れてしまったとか、忘れていた用事をふと思い出したとか、日常の間に自然に挟み込まれる不自然だ。少なくとも逃亡しようとしていた歩みを中断する行為はこの場において場違いと言わざるおえない。

 

「彼は特級ではなく1級呪術師だ。大して呪力量は多くないだろう。連戦を続けた上での反転術式⋯⋯残っている呪力はあの虚勢と反転に使い切ったはずだ」

 

止めるだけならまだ良かった。殺気立っていたとはいえ彩は比較的合理主義者だ。味方が死なない限り、極力は敵と戦わない温厚な人間だ。だからこそ羂索のような重要人物かつ人間性が終わっている者でも、味方の事を力のままに蹂躙した羂索であっても見逃す事にした。それは彩の呪力数が少なかったり、戦って勝てる見込みがないからなどといった実力的な問題の話ではない。そうする必要があるなら彩はするし、その方が本人にとっても求めている結果であるからだ。しかし、

 

「宿儺の器に割いていた悪路王大嶽のリソースを彼に向ければあるいは⋯⋯そもそも呪力を消耗していれば関係ない話か」

 

そう、足を止めていたとしても、そのまま歩みを再開すれば良かっただけの事なのだ。体を翻し、直毘人と東堂の肉体に刻まれた治しきれていない細かな損傷をなおも反転術式を回し、治療している彩の背に、走り出すようにして歩まなければなんの問題もなかったのだ。

 

『仏の顔も三度まで』とはよく言った物で、人間の善性には他者の失敗や過ちを何度までかは許そうとする寛大なシステムが組み込まれている。しかし、

 

「────は」

 

『二度は言わねぇ⋯⋯そう言ったよな』

 

安らかな風の発生と共に、羂索の背後から声が聞こえた。声量は通常よりも小さく、囁きと言っても過言ではない優しい音量。それでも言葉に込められた重みが、感情が柔らかな物ではない事は確かだ。現に羂索の四肢がなんらかの力で固定され、動けないようになっていたからだ。

 

「──うっく、はぁ。影でお前、の体を縛った」

 

苦しみを感じたかのような声を最初に彩は口を開き、そう言葉を告げた。羂索の頭に対象の行動を制限する術式は『呪言』以外に記憶にない。それはこれまで乗っ取ってきた者の肉体に備わっていた記憶を捨てたからという訳ではなく、純粋にそれ以外の拘束を可能とする術式を本当に知らないからだ。

 

「ようもなク⋯⋯我慢ならんのダ。──同級が傷つけられているのを見ると言うのハ」

 

虎杖と位置を入れ替えたマネキン。通常のマネキンや人よりもガタイが大きい事を除けばその形、材質と共になんら変哲のないそれに歪みが生じる。発泡スチロールのような皮膚が剥がれ落ち、背筋を正して伸ばしていた姿勢から関節を突き動かし、両足を広げて中腰になる姿はさながらプロレスやラグビーのタックルを受け止めようとするかのような防御姿勢を彷彿とさせる。

 

【呪力を消費して行う遠距離攻撃を強化し、特化した呪砲強化形態(モード・アルバトロス)へと移行します】

 

アナウンスじみた丁寧な口調で発せられた声は無機質ながらも感情が込められていた先程のそれとは対極に位置するかのように冷徹かつ無感情な物だった。なにせ、それは傀儡に搭載された音声機能の一つに過ぎず、AIによって人声を再現しているが故、そこに感情や本能が入る隙はない。

 

「オマエにも分かるように言えば⋯⋯これからオマエは焼き殺されル」

 

音声機能の発言のように形態が変更され、肉体が変形する。両の掌からは銃口のような穴が生まれ、開かれた傀儡の口からは銃口のような穴──ではなく、エネルギーを放出する形⋯⋯銃口その物が外へ露わとなる。名前と特化している物は既存の物だが、彩が知っている呪砲強化形態ではない。

 

「黙っていても術式の開示と死は確かに決行されるゾ。それでダ、この傀儡は呪砲強化形態を更に補助し、呪力出力を圧縮する機能が搭載されていル」

 

傀儡を操作する者からリアルタイムで飛ばされる言葉の言外には『音声機能は術式開示』の一部だと言う事が含まれている。しかし、その開示は止むことを知らず、操作者の言葉からも改めて発せられ、忘れられないように、脳に刻むようにして細かな説明が行われる。

 

「熱量を含めて呪力を元に光線として発射すル『三重大祓砲(アルティメットキャノン)』⋯⋯その破壊がオマエの体に襲い掛かル。以上の術式開示を含めた呪力出力増加を元にナ」

 

傀儡の言葉を聞いた羂索はより一層に肉体を動かそうと力を振るった。しかし、呪力量も少なく、特級の技量すらない彩が行う拘束は解ける素振りも解除できる雰囲気すらない。

天与呪縛によって呪力出力が並の術師よりも高い与幸吉による攻撃だ。それに出力を底上げする術式開示は簡易的ながらも既に行われ、倍々ゲームのようにして限りなく最高に近い一撃を放つ準備が終わってしまった。

 

「消えな、本物」

 

「────ぁ」

 

彩の意味深な発言を元に羂索の拘束が解かれた。呪詞も手振りもなく呪霊を召喚しようとするものの、拘束が解かれるのと目の前の傀儡──呪砲特化装甲傀儡『メカ丸』から放たれた三重大祓砲が目前の空気を熱によって焼き払うのは同時の事だった。呪力によって圧縮された光線が物質としての実態を持ってして、質量として顔面に衝突し、熱によって肉が焼けるよりも先に鼻の骨が軋む感覚を与え付ける。

その感覚が維持されていたのは少しの間の事で、軋む感覚は昇華して骨折へと変化する。その頃には顔全体の皮膚に熱が移り、瞬間的に毛穴を含めた皮を焦がし尽くしている。

 

「ぁ、ふ、ぅふはふはっ⋯⋯!」

 

圧倒的熱量によって領域展開は愚か、悪態を着く事も悲鳴を上げる事も叶わない。空気が焼け、酸素が爆ぜているからではない。熱によって焦がされ、防御力を低下させた皮膚が光線を貫き、その勢いのままに蒸し焼きにされていた肉を打ち破る。そうして内部へと侵入した光線が、熱が、喉や肺を焼き尽くしているが故に言葉すら紡げない、紡がせないのだ。

 

燃え、穿たれ、溶かされ、壊れ、死に至る。一瞬の破壊ながら、その激痛は確かに羂索の魂を後悔させたのだった。

 

 

 

 

※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

「ここ、は⋯⋯」

 

周りには微かな息遣いが聞こえ、空間は薄暗く、背をつけていた地面は冷たく、住宅街などのような住居スペースではない事が分かる。意識を失う直前に負っていた手足の傷は完治しており、何不自由なく四肢を動かす事ができた。床に手をつき、寝転がっていた体勢からゆっくりと立ち上がる。

 

「ここは渋谷駅にあるコインロッカーです。一般市民の方々や負傷していた術師の人が集められ、家入さんに治療して貰っています」

 

「⋯⋯そっか」

 

ナナミンの声に応じて見渡せば、確かにそこには体のどこかしらから血を流す術師たちや非術師の人々が横に倒れていた。かく言うナナミンも体の至る箇所に包帯を巻いており、一般市民が見てもなんらおかしくない通常の治療を受けていた。恐らくは反転術式と言う不思議な回復能力を違和感に感じさせない為の配慮なのだろうけども、今の自分にとってはそんな些細な事はどうでもよかった。

 

「東堂は、無事? 釘崎とか伏黒とか⋯⋯あの人は大丈夫だろうけど、真希さんとか」

 

「東堂君は彩くんと一緒に。伏黒くんはつい先程に彩くんの元へ。釘崎さんは見つけれていません。不足ながら、申し訳ない」

 

「いや大丈夫。ナナミンのせいじゃないから」と慰めにもならない申し訳程度の声をかける。なにより力不足は自分が一番理解している。羂索と呼ばれる男にも叶わず、彩や家入のように誰かを治せる訳でもない。術式もなければ、特別的に武術を極めて行ける訳でも、なんでもない。

 

「人を助けろ⋯⋯か」

 

改めて祖父が自分に対して言った言葉を考える。今考えれば、大勢を助け、大勢に囲まれ、そうして死ねと。それは大勢に囲まれず、孫にだけ見送られた祖父本人唯一の願望だったのかもしれない。自分の父親が、祖父の息子が死んだのも、母親が若くして死んだのも⋯⋯全て、全て羂索が悪いのだ。

 

「⋯⋯ぅ」

 

祖父が死んだのも病気ではなくなんらかの呪いだったのかもしれない。そう思うと祖父、父親、母親と家族の仇としか言いようがない。怒りは湯が沸くように沸騰したし、殺意も同様に脳を支配した。だけど、力がないから、努力が足りないから、才能がないから、何も、ないから。

 

「俺は⋯⋯なんの為に」

 

──生まれたのだろうか。

 

地に倒れている市民らの上を跨ぐように足を伸ばし、動かし、歩き、歩く。何かができる訳でも、何かの目的がある訳でもない。だけど、何かをしていないと生まれた意味どころか、こうして生きている理由さえ見失いそうだから。

 

「どうしたら、強くなれるのかな」

 

五条悟のように強者になりたい。なんの悩みもなく、呑気に生きれるような無敵な人間になりたい。先生の悩みとか、何を考えて、何をしてきただとか、そういう事を自分は知らないのを知っていながら、知らないフリをする。名前のつけようのない感情に場違いな役割を与え、この場にいない誰かへとぶつける。

 

「封印されるのが俺だったら⋯⋯五条先生があの場にいたら⋯⋯」

 

コインロッカーがある場所から離れ、意味もなく歩き続ける。たらればの話をしても意味が、キリがないように。ただひたすらに歩き続ける。それに意味はないし、目的地なんて大層な物もない。自分が行き着く先があるとすれば『死』だけなのだから。

 

「俺が、死刑⋯⋯か」

 

初めはなんかの冗談なのかと思っていた。だけど、呪力とか呪霊だとか、目に見えなかった物が見えるようになってからそれが冗談でも趣味の悪い嘘でもない事が分かった。

 

駅。ルートに乗って迎えに来る物に人々が乗り、どこかの目的地へと辿り着かせてくれる便利な乗り物、施設。日々、毎日のように人はこれに乗って、通学だとか通勤だとか、あるいは遊びにだなんて行っているのかもしれない。自分が思い描く、望むがままの目的地に。ふらふら、ふらり、ゆったりと、不安定ながらも確実にその場に行き着くのかもしれない。

 

「どうしたら、良かったんだろうな」

 

単独行動していた釘崎が見当たらない。それに真人があの場にはいなかった。冷たく、酷く、悪く、最悪の考えに行き着いてしまう。意味もなく歩き続けていた足が一人の客を乗せた電車を前に突如と止まる。あれはなんだろう。茶髪で、強気ながらも凛とした女の子らしい目で、誰かに心配される事を良しとしなくて、それで──、

 

「ハッピーバースデー虎杖悠仁。俺より先に生まれ堕ちた(・・・)のは鼻につくけど、それもまた一興だ」

 

「ぁ⋯⋯あぁ、ああああああああああ!!!」

 

──鮮やかな朱がなんて似合う細身の体なのだろう。

 

まるで、貴族が仮面を被ってドレスやスーツを着こなし、華麗なダンスを踊る舞踏会のような、そんな事を彷彿とさせる鮮やかな朱だった。内蔵が詰まっているかなんて分からない程に引き締められた腹部が豊満な胸を強調し、細く長く、見る者の目を奪ってしまうような綺麗な足が地につけず、プラプラと左右に揺れる。

 

釘崎を片手に揺らし、笑い、弄んでいる男から見れば正しく人形の一つにしか思っていないのだろう。だけど、自分の心には酷くそれが美しく見えた。

 

「くぎ、さき。ダメ⋯⋯だめだ、し、んだら」

 

本音がどれだけ残酷だろうと、建前は気にもせぬ顔で欺きの言葉を口から放つ。違う、違うだろう。お前はそんな事を思って喋りたい訳じゃない。美しいのだろう? 見惚れているのだろう? 心奪われ、酔心しているのだろう? ほら、言えよ。綺麗だって。可憐だって。美人だって。感嘆だって。ほら、言えよ。ありのままの心を言ってしまえよ虎杖悠仁。

 

「ぅ、ぶ──え゙え゙ぇ゙え゙え゙ぇ゙ゔ、ぁ゙ぁ⋯⋯」

 

さらけ出してしまえよ。食べもせず、胃の中身を吐き出しているのと同じように。素直になってしまえよ。その方が楽だろう? 自分がどうしようもないクズだって。何の役にも立たないゴミだって。救いようのないカスだって。仇を前に戦えず、蹂躙され、叶わず、負け、殺されかけ、助けられ、それでもなんの役割も終えれない無能だって。そうやって認めてしまった方が楽ではないか。そうでもしないとダメではないか。肉体が持とうとも、心が持たないではないか。自分の体でさえ守れず、ボロボロに壊されるのだから、

 

「ァハハハハハハ!!!」

 

「いいね。それでこそ人間(・・)だ」

 

──心だけは守ろうではないか。精神まで弄ばれてしまったら、本当になんの役にも立たない肉クズとなるのだから。こうして狂人を演じようではないか。そうすれば、きっと、真人も羂索も宿儺も、乗り越えれるはずだから。狂おう。誰にも理解されなくとも、誰にも心配されなくとも、誰にも助けられなくとも、誰にも囲まれずとも、一人で戦おう。たとえ、一人で孤独に死んだとしても。それが、それだけが、自分にできる唯一の行いで、一人じゃなんにもできない歯車の宿命なのだから。

 

 




「縁断」
特級仮装怨霊に位置する悪路王大嶽の術式。大きな斧を振るう動作と共に、指定した『なにか』を切断する力。それは手足などといった物理的な物から人と人を繋ぐ『縁』のような概念的な物から様々。

「呪砲特化装甲傀儡『メカ丸』」
試作段階中ではあるものの、呪砲に特化している装甲傀儡の一体。つまるところマーク1と言ったところ。通常のメカ丸よりも体が大きく、2m程度の身長を支えるようにして肉体を覆う擬似筋肉は伸縮の動作を元に熱や電力を発電する機能が搭載されており、作中ではその熱量を三重大祓砲に乗せて放出した事によって羂索の肉体を溶かす程の威力を生み出させた。
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