2026/2/5 誤字修正
「オマエは⋯⋯オマエは、なんなんだ!! 真人!!」
「デケェ声出さなくても聞こえてるよ!! 虎杖悠仁!!」
蹴り出すように足を踏み、電車から飛び出してきた真人へと走り出す。その手には変わらないままに握られている死体がユラユラと乱暴に揺らされ、服の皺、髪のセットなどの容姿の乱れを生み出し続ける。見た目から発覚する歪みだけではなく、その者の魂を文字通りに凌辱する残酷な行為。それだけ目の前の敵──真人には人の心がない。人から生まれながら、結局は呪霊だから。
「らァ────!!!」
「危ねッ!」
助走をつけたままに放たれるドロップキックが空を切り、真人の顔面を狙うものの、肉体を左右へと分離させる事によって回避し、圧倒的破壊力を宿した蹴りは電車の壁を突き破る結果となる。すぐさま戻ろうとするものの、何者かの手で電車が動かされ、運動エネルギーを持った障害物を前に向こう側の駅へと戻る動きが遅延されてしまう。
「焦るのは分かるけどさぁ、ちょっと危機感無さすぎじゃない? オマエは⋯⋯少し、呑気だよね」
「は、まひ──痛ッ!!」
見え見えの挑発に怒りを加速させ、目の前から迫る攻撃に意識が届かず、腹部へと直撃する。真人の手に触れられ、その上で投げ捨てられた一般市民の肉体は膨張を元に爆発し、その硬度と鋭さを変化させた内蔵が飛び散り、肉体全身へと針のようにして突き刺さる。痛みによって意識が下へと向かい、電車が過ぎ去った事に気づかず、
「変化させるならコンパクト。伸ばすならヒットポイントを小さくッ!」
「──がァ、くっ!」
無為転変によって如意棒のように伸び、虎杖の顎先と衝突する左腕。右腕には変わらず、釘崎野薔薇の遺体をユラユラと挑発するかのように揺れ動かし、虎杖の集中力を持続的に削ぎ続けている。打撃によって後ろへと体が傾き、転倒しかけた上半身を両足で踏ん張る事によって中断させる。ずっしりと地に足を構える体勢は転びにくく、押し出されにくい反面──、
「ずぅあ!?」
──動きが鈍い。だからこそ打撃を警戒していた虎杖の右胸を針のようにして研ぎ澄まされた真人の左腕が貫通したのだ。貫かれ、引き抜かれ、翻弄されるがままに意識が痛みへと向けられる。急所である左胸でも臓器が集中している腹部でもなく、右胸へと迫った攻撃は致命傷を警戒していた反面、意識の包囲網の隙間を通り抜けるようにして穿ったのだ。
「これしきの痛み────ぶ、ぅふ⋯⋯?」
虎杖には無為転変によって投じられた人間の血液が付着し、その上で尖った臓器の一部が肉体へと食い込むようにして突き刺さっている。そして短きながらも彩と戦いを交えた事によって真人は己の術式──無為転変の解釈を強く広げつつある。虎杖へと突き刺さっている臓器から糸のようにして細長く伸びている白い物は真人にしか見えず、真人の五指にのみ触れる事を可能とする『人間の魂』だ。魂に肉体が紐づけられるのなら無論、魂の一部が臓器や血液に含まれているのは当然と言えば当然だ。だからこそその魂に触れ、遠隔で変化させて突き動かさせ、虎杖の内部深くへと侵入するようにして肉をエグり刻むのだ。
「どれだけ偽善を積み重ねてオマエが立ち上がっても万の悪意を準備して迎え撃つ。オマエが億の偽善で勤しむのなら、俺は兆の悪意で殴り倒す。オマエが頑張れば頑張るほど、俺のやる気はムンムンと湧いてくるんだ虎杖悠仁。オマエが頑張れば頑張るほど⋯⋯オマエの仲間は死んでいく。オマエのせいでね」
ゆらゆら、ぶらぶら、ふらふら、ふわりふわり。揺れ、揺れて、揺れ動く。遊ばれるままに動かされる釘崎の体に虎杖は釘付けだ。肉欲的な意味からではなく、精神的な支えを元にそうさせている。自分の力不足が故にそうなってしまった。自分が怠惰を働いたからそうなってしまった。何も救えず、何も守れず、何も殺せず、何もできない。だからせめて──、
「ふゥ、りゃああぁぁぁ!!!!」
「なァ──ぐッ!」
目の前の敵を殺す為に集中するべきだと。溢れんばかりの殺意が、負の感情が肉体に纏わりつき、圧倒的な身体能力を元に足を動かし、飛び出し、避けられた飛び蹴りを今度こそ顔へと直撃させる。肉体から流れる血を周囲へと飛び散らせながら、真人の魂へと一つの傷を与える。当たり、地上へと繋がるエスカレーターと階段が並ぶ通路へと吹き飛ばされ、痛みで動かせない体が階段から崩れ落ちるようにして転げ、再度、駅のホームへと真人の体が現れる。
「ひ、ひぃぃぃ!」
腰を地面につけたままの状態で階段の方へと下がり、悲鳴を上げる真人。そんな事を気にもせず、全身から血液を垂れ流したままゆっくりと近づく虎杖。溢れるエネルギーは負の感情⋯⋯濃厚なまでに放出された殺意によって生まれた禍々しい呪力だ。それこそ、人間のそれよりも呪霊のそれに近しい。人間から生まれ、その醜さを知っている真人だからこそ分かる違い。正確には呪霊の呪力ではないにしろ、そのどす黒さは淀みを止める事を知らない。
「死ね」
なんの前触れもなく急接近し、強く握り潰した右拳を蹲っている真人へと落下させるようにして振り下ろす。今の虎杖の呪力に刃物のような切れ味はなく、ただただ敵を圧殺する事に特化した鈍器。重量を増加させ、体重を乗せ、速度をつけ、勢いのままに振るった拳で殺す。そして攻撃は顔面へと直撃し──、
「ばぁ」
「────っぁ」
口を開き、驚かす時のド定番を行った真人の顔が左右へと裂け、その隙間から現れるようにして釘崎の死体──その顔が出現する。生気を発しない顔に備え付けられたかのような眼球には光が宿っておらず、吸い込まれるような圧倒的黒、闇だった。だが、虎杖にとってはその瞳がこちらを睨んでいるように見えた、見えてしまった。
『なんでアタシを助けなかったの?』『自分の親の仇は取ろうとする癖に』『友達だと思ってなかったのね』『化け物』『人殺し』『見捨てやがって』『お前のせいで死んだ』『薄情者』『クソ野郎』『死ね』『なんで生きてんの』『クズ』
「────」
「ははっ、効いてる効いてるッ!」
突き刺し、抉り、ねじ込み、貫き、裂き、刺され、捻られる。自分の左胸へと伸ばされた魔の手によって招き起こされる痛みが酷く気持ちいい。歪んでいた精神が落ち着き、壊れかけていた心が安定し、ノイズと耳鳴りで支配されていた脳が酷くクリーンに掃除される。釘崎野薔薇はそんな事を言わない。釘崎野薔薇は虎杖悠仁を恨まない。それを分かっていてなお、どこからか聞こえてきた呪詛に耳を奪われた。
「ハハッ!ほら、ほらァ!! ほら、ホラホラホラ! ⋯⋯チェ、つまんねぇの」
左胸にポッカリと穴が空く。まるで虎杖の心を蝕む空虚な感情のように、朱色の生命の源を体外へと引っ張り出す。何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も。海の水面をシャベルで掘り起こそうとするかのように何度も肉体をえぐり出され、バシャバシャと液体が溢れ出す。
どうやら攻撃をしていた者の興味心が消えたらしい。動きが止まり、左胸の中にあった何かを引き抜くと同時に体がどこかへと倒れる。背中に冷たい感触を感じる。真っ白な天井が見える。視界の端から黒が押し迫る。真ん中へ真ん中に真ん中が真ん中で真ん中の真ん中まで真ん中だった真ん中真ん中真真真真真真真真真──、
「────真⋯⋯と?」
階段を駆け上がる真人に虎杖の呟きは聞こえなかった。
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「はぁ、はぁ。────まじですっからかんだ」
空中にて固定された複数の小さなカードを前に手で顔を扇ぎ、腰を地面に落として全身の力を脱力させ、そのままの勢いで背を着け、冷たい感触に気持ちよさを覚えながらゆっくりと横たわる。
「にしても⋯⋯ぶっつけ本番で成功して良かったな」
彩の言う『ぶっつけ本番』とは色々あるのだが、その中でも成功する可能性が低く、成功して得られたリターンが大きかったのは二つ。本来は何かしらの肉体の一部を取り込まなくては使えない降霊術を猿真似呪法の応用で
「疲労感がすげぇ⋯⋯」
四肢を動かすなりなんなり、刺激を与えると猛烈な激痛が全身へと駆け巡るのだ。指であろうとなんだろうと、体を動かす事をトリガーに筋肉痛を100倍にも強めたそれが体全体へと襲いかかるのだからたまったものではない。
ともあれ、二つ目は羂索を拘束を解いた瞬間、別の術式を咄嗟的に模倣したこと。その術式は『投射呪法』であり、禪院直毘人が漏瑚の炎を無効化していたように、彩もまた見様見真似でメカ丸の三重大祓砲に投射呪法を反映させ、身を守ろうとしていたのだ。結果的に生きている事からその試みは成功した訳だが、短い期間での術式多用と伏黒甚爾の模倣によって呪力は完全に底を尽き、術式の使用は愚か、肉体の強化すら行えない。その上、降霊の反動で体を動かせば激痛が迸るといったものだ。もし何者かが襲ってくれば一巻の終わりと言ったところだろう。
「どうすル? 五条悟奪還は成功したようだガ⋯⋯虎杖悠仁の戦いに参加するカ?」
「いや、参加した所でその傀儡じゃ厳しい。装填の簡易領域があってもあの戦いに参加するのは誰だって困難だからな」
「天井組ならともかく」と訂正を述べた上で疲れきった表情のままメカ丸参戦を止める彩。今の虎杖が殺意によってフィジカル強化されているように真人もまたそれに応じて強くなるのだ。故にメカ丸が戦力外というのはあながち間違ってはいない。傀儡を使って戦う与幸吉と違い、生身で戦う彼らは戦闘の中で強くなっていくものの、与幸吉のそれは傀儡と操作者の知力に応じて変わる物だから。
「メカ丸は一般市民の保護と呪霊の駆逐を。あとは例のヤツを用意してくれたらありがたい。あと脹相も呼んでほしい」
「了解しタ」
声に応じ、合わせていた顔を逸らして飛び出すメカ丸。与幸吉の作る傀儡は基本的に様々な場面に対して適応できる万能型の装甲傀儡だ。手足を変形させ、水陸両用にできたり、今のように背中から飛び出させた機械パーツによって飛行も可能とさせる利便性の高さ。技術者の腕もそうであるが、あのような多機能の傀儡を把握した上で扱うのは相当の記憶力と頭脳が必要なはずだ。たとえ、それが傀儡を操作する事をメインとしている傀儡操術であったとしても難易度の高さは変わらない。
ともあれ、彩が言っていた『例のヤツ』であるが、
「普通に動かすよりかはマシだが、骨折を弱くしたみたいな⋯⋯自然と涙が出てくる痛み」
弾丸のように遠くから飛んできた『部品』が肉体へと衝突し、破壊を伴わずに衣服のように装着される。それは予め彩が与幸吉へと作成を頼んでいた傀儡とはまた別の機械。手足と胸、頭部のみを覆う銀メッキのパーツは使用者の脳波を探知し、半自動的に操縦を可能とするいわばパワードスーツのような物だ。
「しっ! しししっ──しぃ!」
試運転によって放たれた複数初のジャブは無駄な動きがなく、コンパクトに収められた拳は一寸のズレなく一直線へと突き進む。それもそのはず、メカ丸によって作られたパワードスーツ──仮称、戦闘補助装甲『メカスーツ』の機能の一つだ。戦闘補助と名前に書いてある通りにメカスーツの主な役割は戦闘の補助であり、今しがた放ったジャブもメカスーツの機能『近接矯正』によって行われた物である。
「らァ!」
利き足による蹴りも腰の曲がりを最低限に留め、威力を十分に発揮させるよう、足の伸びは相手の体へと直撃する直前にまで引き付けさせる。リアルタイムで脳波を完治して操作しているが故の高性能補助機能である。ちなみにメカスーツに搭載された機能は今試している近接補助以外にも幾つかあるものの、試作段階が故に誤発の危険性が高く、彩が現在装着しているバージョンには二つの機能のみを搭載している。1つ目は近接補助機能。そして二つ目は──、
「と、危ないぞ」
「すまんすまん」
タイミングよく現れた脹相の顔に直撃しそうだったものの、速度はそうでもない為に首を曲げられて回避される。そう、二つ目の機能はメカスーツに溜められている電気を元にエネルギー弾のような物やレーザー光線的な物を放出する『遠距離戦闘補助』である。脹相に避けられたように、速度はあまり早くない。しかし、電気を極限まで圧縮された弾の破壊力は麻痺と共に爆発を巻き起こし、拘束と攻撃の二つを両立させる物だ。ともあれ、
「事前に試したとはいえ、奇妙な気分だなぁ」
「⋯⋯それはやってるこっちも同じだ」
伸ばされた脹相の右手は貫手の形で彩の喉仏より若干は下の首部分へと突き刺される。同様に彩も痛みに苦しむ様子も、それをされて驚く事もない。当然と言えば当然だ。なにせ、予めテストしておき、彩本人が脹相へとやらせている治療行為の一つなのだから。
「これが終わったら虎杖の元へ行く。脹相は⋯⋯言わずもがなか」
沈黙と共に血液の配給を続ける脹相。今現在に行っているのは赤血操術によって脹相の血液を彩の体へと受け渡ししている状態だ。呪霊と人間のハーフである九相図兄弟らは己の呪力を血液へと変換する事ができ、変幻自在の呪力特性かつ浴によって半呪物化した彩の体には九相図らが所持する呪力から血液に変換できる体質と、血液を呪力へと変換するオリジナルの物を持っていた。故に脹相の血液を入れてもらい、即座に呪力へと変換してまた血液を入れて⋯⋯その繰り返しによって底が尽きた彩の呪力を回復させ、戦前復帰しようとしているのだ。が、
「ヤベェよなぁ」
脹相以外には隠している事が一つ。それは浴によって手に入れた体質や術式も含まれるのだが、直毘人や直哉などには伝えている上、五条には六眼で術式を見抜かれているのであれなのだが、それはそれとして、隠している事が一つあるのだ。それは少なからず、浴のせいでもあるのだが、大きな原因は治療行為に当たる。
「違和感は⋯⋯ないか?」
「ゼンッゼン! 右腕が疼くとかないよマジで」
やっている本人だからこそ、罪悪感を感じているのだろう。しかし、その心配を彩は破くようにして払拭する。脹相の気持ちが完全に消えた訳ではないけれど、彩の口から問題がない事を伝えれば少しは安心するだろうから。ともあれ、隠している一つの事は容姿の事で、いや、男だと偽っているなんて物ではないのだが、つまり外見の事である。
「感覚も⋯⋯鈍ってないしな」
袖を捲りあげ、現れたのは中性的な顔通りの細長い腕だ。人を殺すなんて事はできそうにもない非力をイメージさせる木の枝の表面には皮膚を突き破りそうに膨張する血管のような物が蠢いている。────黒と紫が入り交じったかのような禍々しい管の数々。腕だけではなく、首から上を除いた体全体にそれが浮かび上がっている。
「なんなら、握力が強くなった感じもするな」
脹相から行われる血液の配給。それが続けられる度に、それが重ねられる度に、半分所ではなく、肉体全身を貪るように、それこそ柊陽彩と言う人間その物を塗り替えるようにして黒と紫の血管が増殖し、繁殖し、犯すようにして肉体へと広がってゆくのだ。まるで、浴によって呪詛を刻まれた器──宝具が呪具へと変化していくように。受肉体でない物が浴を行えば、行ってしまえば、呪物化や呪霊化に近しい物になるのではないのか。そんな事を考える彩を不安の瞳で脹相が見つめて、
「ぁ」
「もう大丈夫。行くぞ」
「⋯⋯了解」
血液配給を行っていた手を無理矢理に引き抜き、袖を下げ、緋色のマフラーを口元を隠すようにして深く巻き上げ、歩き出す。先程の和気藹々とした会話から反した声を上げ、否が応でも脹相に返事を吐かせる。それが意識せずに放たれた殺意によって招いた事を、彩は知らない。肉体から溢れ出す呪力の事も、それによって周囲の空気が淀みを持って実体化しているのも、前だけを見て歩く彩は、知らない。
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「さて、次は彩とやらを──ゔぅ⋯⋯ぁぁ?」
ゆっくりと階段を上がる真人の足が突如と止まり、臓器を持たない呪霊にとって、意味のない吐血を行う。それは本人が望んでした訳でも、持病的な物で招かれた病気的症状でもない。それは──、
「マヒ、トっ⋯⋯!」
「────はぁ!? なんで生き、て。ゔゔゔぅがあ!」
断絶的に襲いかかる痛み。それは呪霊の体にないはずの臓器を、人間から生まれたと言う理由から持たされた偽の重要部位が破壊される痛み。原因は鬼神の伸びた腕が真人の左胸を貫いた事による物だ。完璧と言っていいほどに再現された偽物の臓器に役割を全うする機能は搭載されていない。しかし、確かに肉体として物理的に存在するそれが蹂躙される事によって激痛を走らせる。
「ゔぅ、オゥエエエェエェ!!!」
全身を襲いかかる痛みに顔を歪ませ、腰が曲がって中腰の状態のまま口からあらゆる物を吐き出す。それは不意打ちの時に扱えないかと内部に隠していた刃物だとか、予めに準備していた改造人間の解放前だとか、微量ながらも力を持つ呪物だったり様々だ。しかし、そのどれもが鬼神が招き起こした破壊によって吐き出させられる。文字通りにも、比喩表現でも、そのどちらの意味でも吐き出させられる。貫通した拳が右へと若干、動かされ、パン生地のように肉体が変形する。それだけに留まらず、力を込められた腕は強引なままに下へと振り下ろされ、真人の体を右胸から臍の下まで綺麗に引き裂いてしまう。
「は、ひゅ、ぁ⋯⋯は、はぁ」
無為転変と言う力を持って生まれたが故、誰よりも魂や人体の事を理解していると真人は自負している。事実、無為転変を扱えるのは真人のような邪悪な意志を持ちながら、勤勉に働いて嫌がらせを行う執念さがなければ扱えない。だからこそ、何度か行い、それを拝んだ事もあった。しかし──、
「意外だな。心がないお前にも、臓器なんかがあるなんて」
引き裂かれた肉体はファスナーが開きっぱなしになったカバンのようにして保管していた荷物を外へ、地面へと放出する。それは血液を作りそうな形をしていたり、消化を行いそうな細長さだったり、酸素を取り込みそうな数とサイズであったりする偽物の臓器だ。ボタボタと外へと転げ落ち、斜面が故に滑り落ち、質素に作られた階段を赤という派手なカラーで装飾する。鬼神の腕も同様に、貫いた時点で赤に染まっていたものの、その胸や腹部、あるいは手足などの箇所は既に時間が経過していて、黒く固まっていた。鮮やかなまでの赤で覆われた右腕と、所々の箇所が黒く変化している五指。その姿は正しく──、
「殺す」
────正しく、鬼神だ。肉体から憎悪のままに殺意を滾ららせ、死の感情を体全体に循環させる姿に生気は感じられない。全身の動きは機械を彷彿とさせる精密さがあり、それは失敗する事に対して恐れを抱いた臆病心から来た人間臭い物でもある。しかし、体に纏った呪力だけが、その全てを砕き去る。
「ぁ、あぁ⋯⋯あぁぁあ!」
真人が唯一、失敗したのは釘崎野薔薇の死体を見せびらかすようにして最初の時点で
殺意の許容範囲が限界を超えて、憎悪に手が届いてしまったから。
「あぅ、あっ! が! ぐ!」
体に突き刺さったままで腕を振るわれ、乱暴に扱われた結果、拳が引き抜かれたせい、あるいはおかげか。虎杖からの圧倒的な呪詛から逃れ、階段から崩れ落ちる。
「ひゅ、ぅ。はっ、はっ、はぅ、うぅぐ⋯⋯」
魂を知覚している虎杖の手によって起こされた傷だ。引き裂かれた肉体は閉じた後も痛みを訴え、外へと零れ落ちた臓器は体から離れた後も偽の鼓動と共に激痛を走らせる。
「どう、して⋯⋯俺が」
苦しみ。痛み。妬み。恨み。辛み。嬉しみ。悲しみ。哀れみ。愛。死。殺。暴。知。肉。血。骨。頭。腕。指。胸。腹。足。毛。瞳。脳。皮。人を人たらしめる物は感情や肉体、人との繋がりなのだろうか。それとも獣から脱却し、得た理性がそれなのか。
「こんな目に、俺が、どうして。俺は、俺で俺俺俺俺俺──うばぁ」
「────ッ!!!」
転げ落とした真人を殺すべく、虎杖悠仁は階段を下っていた。そこにいたのは魂を限りなく蹂躙されて死にかけている昆虫でもなければ、意地汚く生きる呪いその物でもない。
──鏡だ。目の前に鏡がある。鏡には一人の男が映っていた。殺意に満ち足り、見る者を恐れさせてしまう圧倒なまでの怒りの形相。憎悪に溢れながらも男は悲しみを背負っていた。早く殺さなくては、釘崎はまだ生きているかもしれない。死んでいるかもしれないけど、一刻も真人の手から離れさせなくては。はて、そういえば先程から釘崎の姿が見当たらないだなんて、意識をよそ見させる鬼神は────、
「ぐ、ぶ」
「────ハッピーバースデーってやつさ、虎杖。先を越されたが、追いついた。いや、追い越した」
再度のように左胸に穴を開け、それだけに留まらない真人の攻撃は首に一つ、額に一つ、手足のそれぞれに一つ、様々の箇所に風穴を開けていた。
「戦闘補助装甲『メカスーツ』」
密かに開発を進められていた戦闘補助用のパワードスーツのような物。現時点では試作段階であるものの、着用者の近接戦闘や肉体の動き等、様々な補助機能が搭載されている。