2025/12/7 誤字修正
「あ、が」
短い間隔すらもなしに倒れる虎杖の肉体は至る所から溢れ出す血液によって衣服を真っ赤に染めている。それは不意打ちを行った──否、たとえ正々堂々に殴り合ったとしても回避する事は不可能だった神速の攻撃によって招かれた外相だ。大きな問題では左胸と首に握り拳程の穴が空いており、一定の速度で延々に血液を垂れ流させている。必死に両手で抑えるものの、指や手首の隙間から流れ出し、着々と死のタイムリミットを早めるばかりだ。
「虎杖をここまで強くさせたのは問題だったが、こうして俺もまた強くなれたのなら間違いない選択だったと言っていいか。あの女も上手く活用できたし」
崩れ落ちた虎杖を前に立つ真人にトドメを刺す気配はない。もはや、死に体であるが故に放置していても問題はないだろうという油断から生じている物だ。それを踏まえたとしても、神速の攻撃を放てる敵に、不意打ちであったとしても与える事は不可能に近い物だから、油断を働くのも当然と言えば当然ではあるが。
ともあれ、今現在の真人の肉体は無為転変によって変化させられ、先程までに見られていた『体の至る所に継ぎ接ぎの跡が見える人間』のフォルムから大きく変わっている。四足歩行も可能とする四肢は象のように太ましく、それでいて腕や足の脛は細長く、それでいて体を守る皮膚は爬虫類の鱗のように硬い。敵の手によって掴まれぬように進化した体毛は頭部、足、手首のそれぞれ三ヶ所から生えており、引き抜いたり、折ったりする事こそ容易いものの、その鋭さが生み出す貫通力は人体をいとも気にせずして穿つ事間違いなしだろう。
「次はどうするかね」
口、目、鼻、耳を除いた顔全体は膨張したかのような皮膚が覆っており、頭部への攻撃を看破する圧倒的な防御力を強調させている。腰から生える尾は長く、先端は槍のように尖っていながら釣り糸のようにかえしがついており、刺されるのは簡単でも、引き抜くのは困難といった第三の手のような役割を担う。もっとも、槍の全体にも極小の刃が剃刀のように並んでおり、一振りされただけでも体をミンチ肉へと変化させ、切断よりもおぞましい斬撃を放つ事ができるだろう。
「ああ、俺って⋯⋯美しい」
生命を殺す事だけに特化したと言える肉体は一周回って憎悪や嫌悪と言った感情を抱かせない美しさで輝いている。それは彫刻家が生命を刻み、魂を込めた作品に対して感嘆の声を上げるように、呪霊として完成を遂げた真人は同時に、芸術作品の上に存在する『美の象徴』とも言える姿へと変わり果てていた。それが目の前の虎杖悠仁を殺す為に遂げた残酷な進化であったとしても、良くも悪くも人の目を奪う魔性の美ではあると言えるだろう。それはさておき、
「うーん。彩ぐらいしか殺すのは残ってないかな」
首の骨を鳴らし、虎杖を避けて歩き出す。その方向は虎杖が目覚めた場所、術師や市民たちが保護されていた場所、守らなくてはならない場所。しかし、今の虎杖には真人を止める力だとか、声を上げるだけの生気なんて物はなかった。
「────」
通路の先を曲がり、真人の体が見えなくなるのが分かる。あのまま順調に進んでしまえば彼らは、みんなは死んでしまう。それを分かっていながら、虎杖の脳裏を支配するのは一つの光景だった。血まみれの釘崎がゆらゆらと動き、言いもしない罵倒を投げかける。それに少しでも心が救われた気がした。誰かが責めないと、誰かが責めてくれないと、この身を動かす理由がなくなってしまうから。この魂はとっくの前から穢れで澱んでしまった。人殺し、人殺し、人殺し。
「──あぅ」
這う這うの体で、床との摩擦で肉体をすり減らしながら、通路へと向かう。なんで真人が鏡に見えたのかなんて分からない。疑問にも思うし、その理由を知りたい気持ちもある。だけど、ここで奴を止めれなかったらきっと、後悔してしまう。だから、肉体を着き動かせ。
「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙」
血反吐を吐いても立ち上がれ。肉が裂けても振り下ろせ。骨が砕けても歩き続けろ。血を失おうとも声を出せ。四肢が弾けようと足掻き続けろ。
────首だけになろうとも、呪いを喰らえ。
そうして少しづつ、ナメクジにも劣らぬ速度で歩み続ける虎杖だった。
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「彩、こいつは⋯⋯」
「ああ、お目当ての敵だ。脹相は遠くからの補助を」
廊下の奥からこちらを見ている人型生命体は呪力を纏っている。否、呪力でその体を構築している。どのようにしてそのレベルに降り立ったかは彩には計り知れないものの、それをなんと呼ぶのかは分かっているつもりだ。喰らい、喰らわれ、恨み、恨まれ、妬み、妬まれ、あらゆる人間の感情が渦巻いているような感覚が彩に襲いかかる。否、それは、
「ばぶばばばべぶべっ!?」
顔面を鷲掴みにするようにして掴まれ、地面へと叩きつけられる。攻撃は止まらず、大根をおろすかのようにしてガリガリと猛烈な摩擦が背中を襲う。幸い、メカスーツの着用のおかげで生身にまでは到達していないものの、地面に押し付けられるような形で引きずり回されているが故にその損傷は致命的だ。それこそ、メカスーツの些細な機能の一つである飛行機能を抹消するほどには。
「──がぁ、ぐ⋯⋯マジか」
顔を掴む手が離され、勢いのままに投げ捨てられる。壁へと背を打ち、主に胸や背中を、胴体を支えていたメカスーツが完全に破損し、砂埃のようになった部品の数々が体から崩れ落ちる。近接補助によって無理矢理に矯正される攻撃、その反動を抑える役割が胴体パーツの主な役目だ。これにて近接補助を行えば肉体へと激しい痛みが走る上、臓器の類が圧迫され、潰される恐れがある。
「なんつー強さだよ」
身をもってして真人の新フォルムの強さを体感した。それと同時に欠点もある。顔を掴んだ時点で魂を弄らなかったのは『弄れなかった』という事だ。恐らくは他者に使用する無為転変を制限し、己のみに使用する事で極端に身体能力を底上げする強大な"縛り"による物だろう。自分の体を変形させるのも極力はしないはず。そうする事によって加速的に縛りの効力も上がっていくはずだからだ。
「そっちの九相図は補助すらやれてないみたいだけど?」
「本気出さないように命令してるだけだ。それよりも俺から目を──離すんじゃねぇよッ!」
横方向にいる脹相へと視線を移す真人。油断を働かせる間、引きずられる最中に削られた地面に呪力を込めておいたその破片と不義遊戯を使用して位置を入れ替える。よそ見を持続して行っている真人の後頭部へと呪力を込めた右拳を振り上げる。が、振り返る素振りも見せないままに腰から垂れ下がる尾をムチのように回し、打撃途中の彩の腕を弾く。が、
「──は?」
──どろり。弾かれた腕を起点に彩の体が黒い泥へと変わり、溶けた体が地面へと流れ落ちる。しかし、体に装着されていたメカスーツだけはその場に固定されるようにして浮遊していた。そして、
「戦闘補助から電撃砲に電気弾⋯⋯自爆機能もついてなんと19万8000円! ──なんてね」
彩の言葉と共に爆発するメカスーツ。予め、彩の呪力を込められていたそれは爆発と共に部品を飛び散らせ、真人の肉体へと突き刺さる。頑丈な皮膚を持っているが故に薄皮一枚を貫く程度だ。それもただ呪力を込められた物質が飛び散っただけ、魂を知覚している者であったとしても、手から離れたそれに意味はない。が、
「投射呪法」
声に出しながら術式を使用する行為は簡易的な術式開示に近しく、模倣の負荷を微かに和らげてくれる。ともあれ、それ自体に含まれた意味はそれだけではなく、純粋に真人の下──影から瞬間移動したかのように現れ、突如と発せられる声で困惑と動揺を招き起こさせ、その上で掌で触れ、投射呪法を反映させるのがメインだ。声を上げるまでもなく固定され、1枚の薄っぺらいカードへと真人の体が変化する。
「あらゆる術式はお前に対してダメージを与えない。魂を知覚した状態で放たれた打撃が唯一、お前を傷つける事ができる。だから⋯⋯」
『猿真似呪法・猿猴捉月。虎杖悠仁』
模倣するは鬼神、イメージするは交流戦の頃の虎杖悠仁だ。東堂と共に花御と戦い、黒き呪力を──、
「──だァ!」
「がっ、ふ」
────光らせる。特殊な状況に置かれた呪力が場面に応じて黒く変化し、放たれた打撃を比べ物にならない程の威力へと強化する。アッパーの形で真人の顎へと叩き込まれたそれが空中へと打ち上げさせるも、不義遊戯で入れ替える事によって浮かび上がる真人の上へと彩が乗るような形へと変化する。
体勢や速度、重量などその場の
『黒閃!!!』
真人の背に乗ったまま、自分の頭の高さと同じ程に持ち上げられた右足が真人の後頭部へと振り下ろされる。直撃し、再度、黒い火花が飛び散り、地面へと叩きつけられる。コンクリートが砕け、飛び散り、呪力を纏う。
『十劃呪法・瓦落瓦落』
空中へと飛び散る地の破片に呪力が付与される。その破片それぞれから伸びるようにして彩の手に続く細い糸は変幻自在の特性によって形を変えられた呪力その物だ。破片に付与された呪力の形が変化し、平たい壁のような形へとなる。破片たちは真人の空中で固定され、動かない。その構図は獲物を逃がさまいと仲間たちで周囲を囲う獣のそれだ。
『止まれ!!!』
呪言。彩の喉から発せられた呪詛が空中で固定された呪力メイドの鏡に衝突し、音が反射する。鏡は真人を囲むようにして空中で固定されている為、半永久的に呪詛は跳ね返され続ける。少ない呪力で敵を拘束し続ける、彩だけが行える唯一の方法だ。付け加え、『動くな』が対象の肉体操作を禁ずるのに対し、『止まれ』は物理法則ごと対象の動きをその場に固定する強力な呪言だ。それによって空中に浮かび続ける真人はさながら呪詛の送り合いに巻き込まれた不幸な人間のような物だろう。
ダミーを作るのに十種影法術。追撃を行うのに投射呪法。急接近するのに不義遊戯。鏡を生み出すのに十劃呪法。真人を拘束するのに呪言。そして魂の知覚と黒閃を再現する為に虎杖悠仁。
──現在、6個の同時模倣を行っている。もっとも、十種影法術によって作ったダミーは消えたし、投射呪法も一時的な物で不義遊戯も発動は2回だけ。ただし、瓦落瓦落を使った十劃呪法は鏡を持続させる為に模倣を続けなければならない。拘束を行うのには呪言も、確実たる一撃を与えるには虎杖悠仁も。
事実上の同時模倣は3つだ。残りの呪力量も数少なく、ギリギリで1枠、頑張れば2枠程度の模倣が限界だろう。とすれば、
「猿猴捉月・禪院直毘人」
今まではしなかった、否。する事が不可能だった人物の同時模倣。そして投射呪法の模倣。これにて同時模倣の数5つ。ただ虎杖の黒閃を放つだけでは殺すのに心もとないから、加速し、加速して、加速で、加速しろ。
「もっと早く──もっと速く」
腕の振り、足の動き、首の動き、腰の動き、体の全てに投射呪法を使い続け、加速し続ける。コマ打ちを一度もミスらないのは大前提で、その上で加速の絶頂時に耐えながら、真人へと攻撃を当てなくてはならない。直撃したとしても拳は砕け散り、意識もまた砕け散るだろう。真人へと当てれば死ぬ恐れはない。脹相が何かしらの処置を施してくれるだろうからだ。しかし、もしも何かの壁などに当ててしまえば、
「ゔゔゔゔぅぅ! 速く!!!」
意識が飛ぶと同時に模倣が解除され、対抗手段のない脹相は一方的に殺されてしまう。だから、狙いを違わず、足取りを迷わず、一撃を。瞬間、肉体が耐えうる限界速度へと達する。微かなカーブを元に速度を落とさずに曲がり、真人を見据えて──、
『ゔぅ゙ゔぅ゙ゔゔぅ゙────閃ッ!!!』
「──どり⋯⋯?」
彩のいない空間で、黒い呪力が飛び散った。
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「
左手に右手を押し付け、中腰で立っている虎杖を前に東堂が言葉を出す。その声にはいつも通りの調子は乗っておらず、どこか憂鬱としている物だった。
「問題は、ねぇ。それが俺の──俺たちの役割だ」
対して、東堂へと願いを頼んだ虎杖の顔は酷くさっぱりとした物だ。それは何も考えていない者の表情か、あるいは途絶えるのに対し、恐れを抱くのをやめた覚悟の顔か。
「⋯⋯分かった、親友の頼みだ。断る事はできない」
願いの承諾と共に息を深く吸い込む東堂。両腕を左右へと広く伸ばし、吸い込んだ空気を、内臓ごと吐き出す勢いで口から吹き出しながら──、
『不義遊戯!!!』
瞬間、東堂の目の前に現れたのはこちらへと拳を振り下ろす彩の姿だった。
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「⋯⋯どり、虎杖!!!」
模倣のではなく、東堂の不義遊戯によって彩へと入れ替わり、投射呪法で得られた加速を持ったまま放たれた虎杖の拳からは黒い火花が飛び散った。それに伴って真人の肉体は胴体と手足と頭部を残し、胴体を粉微塵に消し飛ばされ、残った体でさえも勢いのままに壁へと打ち付けられる。
「しっかり、おい、しっかりしろ」
腕が折れているなんて物ではない。打撃が直撃した瞬間に肩が脱臼し、五指が弾け飛び、手首が折れ曲がり、腕から白い岩──骨が突き抜けて血を飛び散らせた。襲いかかった痛みは猛烈な物だろう。それこそ、こうして倒れている虎杖の意識が落ちているのが証拠である。ともあれ、駆けつけた脹相の呼び掛けに、体の揺さぶりに虎杖は反応を示さない。それよりも脹相が気づくべきは命の鼓動こそあれど、腕の負傷を優先して治療しなくてはならないという問題だ。
「クソ、彩はいない。どうすれば、出血を⋯⋯いや、中までは止められない」
この時、脹相は虎杖が宿儺の器であるが故に毒物への耐性がある事を知らず、内出血や臓器の破損などの治療、止血を行う事が必然的にできなかったのだ。己の手首を切り裂き、流れ出た血液を瞬時に硬化させ、針のような形へと変形させる。皮膚と皮膚へと突き刺し、傷口を無理矢理に止める形だ。
「今のところはこうするしか⋯⋯」
「グ、そ⋯⋯一旦、逃げるか」
微かな息遣いを最初に、小さな呟きを発した真人の声が脹相の耳へと入る。方向を見れば手足を変形させ、頭部へと繋ぎ合わせ、無理矢理に肉体を保とうとしている真人の姿があった。虎杖と同様にその損傷は死に体としか言えず、もしも脹相が魂を知覚していれば易々とトドメを刺す事ができていただろう。しかし、自分が虎杖のように真人へとダメージを与える事ができないのは予め、彩の口から説明されていた。
「逃げ、逃げな⋯⋯」
『認めるよ、真人』
「は、はぅ、は?」
もはや人型ですらない真人が、逃げようとする通路の前に、
右拳をブラブラと揺れ動かしながら、その場に確かに立っていた。
「あの時、お前が鏡に見えたのは、恐らくお前が俺だからなんじゃねぇかなって、そう思った。だから俺はお前を否定したかった。お前の言った事なんて知らねぇよって。俺は意味もなく誰かを殺したりしないし、必要があったとしても誰かを殺すなんてしないって、そう思ってた」
言葉を紡ぎながら、ぶらぶら、ふらふら、ふわふわ、ふらりふらりと右拳を、右腕を、右肩を、 ゆらゆら、ゆれゆれ、ふわふらり。
「今俺のせいで人が大勢死んでるから、それを止めようと思えば止めれたはずなのに、しなかった。だから、俺はお前だ。だから、今は違う。ただオマエを殺す。また新しい呪いとして産まれたらソイツも殺す。名前を変えても姿を変えても何度でも殺す。もう意味も理由もいらない。この行いに意味が生まれるのは俺が死んで何百年も経った後かもしれない。きっと俺は大きな⋯⋯何かの歯車の一つにすぎないんだと思う。錆び付くまで呪いを殺し続ける、それがこの戦いの俺の役割なんだ」
────目の前に鏡がある。鏡に映されているのは人から産まれ、転じて呪いとしてこの世に生まれた呪霊だった。なぜ虎杖が鏡に見えるかなんてどうでもいいし、考えた所で分かるような物じゃない。疑問に思うことはあるけど、きっと、それを理解する方法は今の俺にはできないから。そもそも、俺はきっと、目の前の『俺』に殺されるから。
揺れ動く虎杖の右腕が重ねって見える。釘崎野薔薇の死体に。近づいてくる虎杖の体が重ねって見える。人を蹂躙していた俺の姿に。
「げ、とう⋯⋯」
「助けてあげようか、真人」
袈裟を被った男、夏油傑だ。俺にこうして役目を与え、暴れさせてくれた男だ。
「返せ⋯⋯五条先生を返せ!!」
ああ、目の前がチカチカして、頭が酷く痛む。頭痛に苦しむ脳なんてないはずなのに、目の前の『俺』が酷く俺を苦しめる。
『俺』に意識を向けている今なら、瀕死の俺でも夏油を殺せるだろうか。こいつを改造人間に変え、『俺』と戦わせている間に逃げる。そして──、
「知ってたさ。だって俺は────
肉体が軋み、歪み、捻られ、拗られ、魂が丸まる。意識が、自我が、意思が──消える。
「続けようか。これからの世界の話を」
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「東堂と脹相は釘崎術師のご遺体を予め言っていた場所へ。なるべく、誰にも見られないように」
羂索の目の前で立ち伏せる虎杖を影に、彩を筆頭とした東堂、脹相が密かに声を出す。小さく、細く、虎杖には聞こえぬよう、ガラス細工に触れるかのように身長に。彼らの手が、怪力があればなんの問題もなしに人一人を運ぶ事ができる。その上、真人のような例外を除いた特級呪霊の対処も可能だろう。が、問題なのは精神状態が壊れているに等しい虎杖に、釘崎の遺体を運ぶ所を見られてはならないということ。見てしまえばきっと、なりふり構わずにこちらへと襲いかかってくる。今も羂索へと向けた濃密の殺意がこちらへと向かってしまえば、彩たちは易々と殺されてしまうだろうから。
「『極ノ番』というものを知っているかい? 『領域』を除いたそれぞれの術式の奥義のようなものだ。無論、夏油傑が所持している呪霊操術にも極ノ番はある。取り込んだ呪霊を一つにまとめ、超高密度の呪力へと変換し、光線のようにして相手へと放つ──『うずまき』と呼ばれる物だ。『うずまき』は強力だが、呪霊を消費する事から術式の強みである手数の多さを捨てる事になる。故に低級呪霊を束に重ね、放つ苦し紛れの奥義と言えるだろう。が、しかしだ。呪霊操術の極ノ番⋯⋯『うずまき』の真髄はそうではない」
自分の知識を他者へとさらけ出す事を良しとし、自分が持っている知恵を口頭で誰かに伝える事を愛しているかのように、流暢な口調で淀みなく、羂索の言葉は紡がれる。手にした黒い球体──呪霊玉を口へ運び、一口にて飲み込むように放り込み──、
「ごぐんっ⋯⋯その真髄は、準1級以上の呪霊を『うずまき』に使用した時に起こる術式の抽出だ。付け加えるとすれば、術式の幅の効かせは一度のみの発動を縛りに増幅されてい────ふむ」
大きな音を発してそれを喉へと通過させ、それでもなお、口数が減らず、口に綻びを生じさせる事はない。否、その唇は既に、三日月のような歪な形へと歪んでいる。苦痛や快楽から巻き起こされる物ではなく、知的好奇心から、追求心から、探求精神から招かれた異質の笑顔だ。が、その顔は文字通りに崩れ落ちる。天井が砕け、粉砕された瓦礫がシャワーのようにして羂索へと降り注ぐ。そのどれもが呪力を込められていて──、
『
「──飛び道具かつ複数発を警戒していない訳がないだろう」
周囲から囲むようにして浮く小石が呪力と共に速度を獲得し、クルクルと空中で回転し始めた破片の軸がブレているように見えた瞬間、羂索へと襲いかかる。が、そのどれもが地面に崩れ落ちる。比喩ではなく、文字通りの意味で地面へと崩れ落ちる。羂索はなんの手振りも、呪詞も、呪霊を出した素振りもない。しかし、女の声によって発生した攻撃はいとも容易く弾かれる。それこそ、
「久しぶりだね、夏油君。あの時の答えを聞かせてもらおうか。──どんな女が
────だって、特級呪術師が一人、九十九由基なのだから。
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
九十九由基と言う人物を語るには特級呪術師と言う物を、特級呪術師を語るには呪術師を語らなくてはならない。一から説明すると内容が長くなる為、節々は端折るものの、前提として術師と呪霊には階級がある。下から4、3、2、1と続き、その中で突出した強さを誇るのが特級呪霊。まずはそれぞれの階級の、強さの定義について理解してもらおう。
『4級』
木製バットで倒す事ができるレベル。最低でも呪術師は余裕で4級以下を祓う事ができ、呪霊の認識だけではなく、倒せるかどうかもまた、術師と一般人を区別化させている理由の一つである。呪力で強化された肉体は木製バットを優に超えているが故、術師ならば誰でも祓えるといった次第だ。
『3級』
拳銃があればまあ安心。猟銃を持った専門のプロ、猟師などが獣を討伐する際に訪れる死の危険、その可能性とほぼ同等と言えるのが3級だ。並の術師ならば余裕で倒せるものの、その日のコンディションが乱れている等の意図せぬ不具合を元に負けてしまう、野生の獣と同様の脅威度を持っている。
『2級』
散弾銃でギリ。漫画や映画、シューティングゲームなどで登場する散弾銃、主にショットガンと呼ばれている部類の銃器は文字通りに散弾が激しく、至近距離でなければ致命打を与えれないと勘違いされている。実際のところ、散弾銃は名前通りに散りすぎず、狙い定めた部分を中心に、大きな穴を空けるようにして弾丸が発射される。つまるところ、破壊力のある一撃がなければ2級呪霊を祓うのは困難ということだ。あるいは逆に、蹂躙され、嬲られ、殺されてしまう場合も。
『1級』
戦車でも心細い。大前提として1級以上の呪霊、その定義は『術式の有無』によって左右される。故にフィジカルなどで差はなくとも、術式さえ持っていれば2級相当の呪霊が1級へ早変わりなんて事は多々ある。それこそ、報告とは違った強さを持った呪霊に新参術師が殺されてしまうなんて事はしょっちゅうだ。ともあれ、術式にもよるものの、1級にまでなると複数人の2級以下が徒党を組んで倒すのがメインとなる。あるいは時間に余裕があり、任務を受けていない1級術師などが応戦する。
そして特級について語る前に、呪霊と術師の大きな違いを言わせてもらおう。呪霊と術師の違い、それは強さの定義が大きく左右しているといっても過言ではない。実際、2級術師は2級呪霊を余裕な表情で、とまでは行かないが易々と倒せなくては2級術師なり得ないのだ。故に1級術師もまた、1級呪霊を単独で捻り潰す事ができる。が──、
「らァ──!!」
振るわれ、破壊される地面を見て分かるように、特級に認定される条件はそう難しくない。呪霊の場合は『街の崩壊』を単独で行える事で、術師の場合は国単位にまで難易度が上がる。しかし、特級呪術師が4人いた事も、特級呪霊が街崩壊レベル以上の力を発揮していたのも、全ては五条悟というバランサーがいたが故だ。ともあれ、
「生憎、私はもうここにいる理由がないのでね。当初の目的は達成し、協力者も探し得た。今回だけは逃げさせてもらう」
壁が冷たな風を生み出し、冷気に触れた空気が感染するように、半永久的に繁殖し続けるネズミのような勢いで寒さを増加させる。温度の低下、持続的に行われるそれは留まる事を知らず、地を瞬時に凍らせ、それに足をつけていた者の下半身までをも凍てつかさせる。
「宿儺の器、そして九十九由基。その日まで⋯⋯さようなら」
「くっ!」
安易に動かせば足が砕けて機動力を奪われ、そうでなくとも逃走を見逃してしまう。動こうとも動かなくとも結果は同じであるものの、下半身が砕かれない方が幾分かマシといった所だ。九十九が破壊した天井の穴から氷の梯子が落下するのようにして投じられ、羂索がそれをよじ登る。その顔を邪悪なまでの笑みで染めさせ──、
『ナーガラージャ』
「──ぁ」
「離れろ、虎杖くん!!!」
────鞭として感情を具現させた圧倒的な嫉妬が、掌から零れ落ちた黒い影によって顕現した。
「天体衝突」
彩の入れ知恵によって実現させた星の怒りによる拡張術式。もっとも、その技の詳細は未だ判明しておらず、破壊の際に物質に呪力を込めて浮かせ、方向性を持たせながら弾き飛ばすといった部分のみが分かっている。