猿も木から落ちるレベル   作:緑ちょこ

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大変お待たせいたしました。ようやく第15話更新となります。オリ主以外とはまた別のオリジナルキャラクターが登場致しますが、好まなければ申し訳ないです。正直、自分としては両面宿儺や、モジュロで言うところのダブラのような強者の二番煎じと言える存在に思えますが、元ネタの存在を知ってから書きたいなと思ったので出した次第です。 好評でしたら、あるいは不満でしたら指摘点などを抑えた感想を投稿してくださると幸いです。

2025/12/24
誤字修正

2026/2/26 誤字修正


第15話「恐怖する人の理」

兄が先に生まれてくるのは後に生まれてくる弟や妹たちの為なんだって言葉がある。前世も今世も、親にも兄弟にも恵まれなかった俺にはその意味が分からなかった。年上だからって理由だけで年下を守る理由になり得るのかな? ただそれだけで守らなくちゃいけない、そんな重みを背負わされるのかな?

 

「俺に兄貴がいたら変わってたんだろうか」

 

恐らくは九十九に治療されたんだろう。全身の至る箇所に突き刺さるホッチキスは無理矢理に傷を閉じようとする応急処置だけで、包帯はそのダメージの深刻さを体の持ち主に隠そうとするようにグルグルと体中に巻かれている。コタツに横にされていて、テレビのような液晶が乗せられ、そこに脹相が戦っている姿が見える。脹相が兄貴だったら、俺は変わっていたんだろうか。

 

「⋯⋯彼には言ってないんだろ? 星漿体(・・・)の事」

 

「聞かれれば答えるが、言う必要のない事だからね」

 

コタツから少し足を出して会話する天元と九十九の声が聞こえる。恐らくはコタツに入っている俺に、傷に触れないようにしてくれているのだろう。しかし、問題はなんでそれ(・・)を俺が見えているかだ。

 

「取り込む必要もなくなった。そして取り込む対象も生まれなくなった。正しくは今までは(・・・・)生まれていなかったと言うべきか。羂索(あの子)の騒動といい、共鳴のような物だろうね」

 

声はよく聞こえるし、天元、九十九の姿も綺麗に見えている。問題なのは俺は横になっていて、俺の視界は天井にビッシリと現れた眼球のような、自分たちを見下ろすような視線なんだ。分からない。声はよく聞こえるし、姿も見えるけれど、何を言っているのかを理解する事ができない。だけど、いつの日かの昔、同じような現象にあった事がある気がする。空から世界を観測しているような、不思議な感覚。

 

『領域展開・胎蔵遍野』

 

羂索が囁くように声を出して、ブラックホールに吸い込まれる星屑のような感覚で、俺の意識は途絶えた。視界も思考も意識でさえも。

 

※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

「九相図兄弟ぃぃいいい!! ふぁいやぁぁぁあ!!!」

 

朱が地面になだれ込み、足場を保つ事ができない中で唯一、一人だけがその空間で地に足をつけている。全身から血液を垂れ流しながら、咆哮のように声を出し、自分に喝を入れる人型の人物。その身に溢れる無限にも等しい呪力量は過去に赤血操術を扱っていた血塗れの戦神(いくさがみ)と呼ばれる術師の物だった。魂に刻まれ、血肉として受け継がれた加茂家相伝の術式の真髄は単なる血液操作ではない。それは他者の血液を操作できても、その上で重ねて言おう。単なる血液操作などと、陳腐な術式では決してない。

 

「────」

 

「見えんが、分かる。悠仁のような超人的な第六感のおかげで!」

 

立ち尽くす脹相は溢れ出す血液によって視界を遮られている。が、そんな事もお構い無しに手を振るい、水飛沫のように飛沫した朱が背後、左方向、右方向と広い範囲の呪霊を薙ぎ払う。下半身と上半身が分離したそれぞれが地面に倒れ伏せ、呪力の消費によって肉体の消滅を開始する。見ずとも攻撃する事も凄まじい物であるが、羂索は何よりもその『刃物』と呼ばざるおえない血刃の斬れ味に目を奪われていた。

 

「壊相のような華麗さっ!」

 

胎蔵遍野と称される羂索の領域展開には決まった形が用意されていない。外殻を閉じずに展開する領域は単なる結界術の才だけで行える物ではなく、自分の中で作り上げれるイメージ力も求められる。重ねて言うと、胎蔵遍野には決まった形が用意されていない。それ故にこうして展開された領域は原作にて披露された『反重力機構』なる物とは異なった現象を発生させているのだ。展開された領域は外殻を閉じず、それでいて人の骨で作られたような質感の輪っかが羂索、脹相の二人を閉じ込めるようにして浮いている。実際はその物質に判定などはなく、幻の類であるものの、その様は異様としか述べる事ができない。

 

「血塗のようにっ! 自由にっ!!!」

 

「なんだこれは」

 

骨の輪っかの中心に浮かぶ、自分の首を締める巨人の上半身としか表現できない領域内では脹相が重力によって押し潰れる事もなく、延々と呪霊が発生し続けていた。十種影法術の領域は調伏した式神を無制限に使役すること。それと照らし合わせれば今の羂索の領域はそれに近い効果を持っている。もっとも、ストックを消費するという言葉から特級以上の呪霊に限っては領域の影響を受けないらしい。今も尚、演舞と共に血刃を振り回しては自身を囲まんとする呪霊を切り刻む脹相。術式の有無が1級に関わるとされているが、特級はそれよりも強力だ。防御壁が突破されていない所を見るにその強さは1級か特級レベル。術式の干渉さえなければ、物理だけであれば大した物と言えるだろう。問題は目に入れずとも認識する『第六感』の突破法であるが──、

 

「小手調べと行こうか」

 

頭部が肥大化した老人の姿をした呪霊。一応は特級に分類される物であったが、フィジカル自体はそうでもない。ただ、その術式が強力である故、特級に認定された呪霊。古くから日本にいた妖怪で、創作の類ではしばしば妖怪の長などと担ぎ上げられている。総称は『ぬらりひょん』で、その術式は『認識阻害』である。第六感に感知されず、ゆっくりと血の海を老人が歩き出す。手に持つ刃は呪具で呪力を帯びているものの、認識阻害の術式はぬらりひょんに触れている全てに適応される。それが無機物であれ、有機物であろうとお構い無しに。そしてその者が持つ刃が背中へと伸びて──、

 

「ふむ」

「チッ」

 

確かめるような脹相の声と不快を隠す気もない羂索の声が重なるようにして同時に唱えられる。認識阻害の効果は効いていて、上手く作用したが故に刃物は脹相の背中へと突き刺さっていた。が、刺突を感じとった瞬間に血の海から突き出た槍の数々が呪霊の肉体を串刺しにした。背中と言っても貫通していて、それは心臓を貫いているはずだ。1度目は大きな穴を開けて直接的に心臓を潰し、2度目である今回も潰していないにしろ、突き刺してその鼓動を止めているはず。なのに、脹相はその体を動かすだけに留まらず、術式を行使して敵を消そうと働いている。

 

「まずは不死の種でも探るべきか」

 

こうしている間にも時間を稼がれ、九十九に手札がさらけ出されているというのだ。一刻も早く、脹相を倒さなくては天元を懐に収めるのは不可能。さてはて、一反木綿と呼ばれる布妖怪の上に腰を下ろしながら、どう考えれば活路が導き出されるだろうか。前提として羂索が用いた反転の応用ではない事は確かである。なにせ、脹相はそもそもの反転を扱えず、結界術のそれも極められているとは言い難い。つまり術式の使用で死を免れているはずだ。それを探るにはまずは大事な大事な手札を投じなくては叶うまい。

 

『餓者髑髏』

 

囁きと共に羂索の背後に現れるは骨のみで体が構築されたスケルトンの類である。もっと事細かく言うのならば、羂索の後方に現れたそれは完全なる背後とは言い難い。なぜならば、餓者髑髏と呼ばれ、姿を露わにした呪霊の大きさは高層ビルにも勝るサイズであり、正しく餓者髑髏としか言いようがない。ともあれ、具現した巨大な髑髏は指の骨を取り外し、血の海へと投じる。落下し、チャプリと軽い音と共に着弾した巨大な指骨から無数の軍勢が現れる。餓者髑髏の能力は己の姿を視認した者へと『呪い』をかける物と、もう一つ。それは──、

 

「────っ! 生きているのか!?」

 

──自分の骨から人並みサイズの骸骨を生み出すこと。ただの指の骨と侮るなかれ。巨大が故にそこから地面を歩き出した骸骨軍勢の数は目視だけでも数千は下らぬ大規模傭兵団と言える。付け加えればその指は時間経過と共に呪力消費で再生し、何度でも軍勢を生み出す事を可能とする。その脅威は言わずもがなであり、血刃で体を切断されてもなお、擦り切れた骨同士を無理矢理に擦り合わせ、不安定に保った体で握る骨の剣を振るっている。

 

「ぐっ、多いっ!」

 

背後から、前方から、左右からと四方八方の空間から襲いかかる剣が脹相の肉を裂く。機動力を奪おうと足を、戦闘力を減らそうと腕を、生命活動を止めようと首や胸を。その攻撃の数々が今も尚、傷以外の理由で出血し続ける脹相の体に食い込み、更なる出血を促させている。呪力で作れるが故に出血では死なない。まず試すべきは再生が自動(・・)か否かであること。骨の軍勢に囲まれ、体を動かし回りながら血刃によって応戦する脹相。指による測りでその頭部への飛距離を計算し──、

 

『飛龍星』

 

「────ぶ」

 

目にも見えぬ速度で過ぎ去った一筋の光が脹相の額を貫き、速度が故に発生した暴風によって内容物を外へと履け出させる。それは思考や様々な事を司る臓器の脳だ。羂索が最初に試すのは述べたように『再生の自動』の否定だ。心臓を潰された際の再生が意識して行っている事なのか、それとも術式が作用し、自動的に行われているのかの確認。仮に自動ではなく認識をトリガーにしているのなら、頭部を破壊しきれば偽りの不死は途絶えるだろう。が、

 

「武将は負けぬ。戦神は死なぬ。兄者は退かぬ」

 

自分の体を確かめるように、脹相の口から囁くようにして声が空間に木霊する。小さきながらも全体へと行き渡る発声にはどこか血生臭い殺意と、兄が故に守護を軸に生きる愛が感じられた。して、そんな事よりも現状の事に目を傾けるべきだと、羂索は改めて脹相の体を瞳に捉える。額に空いたはずの穴は最初からなかったかのように塞がり、全身からの出血も絶え間なく続いている。脳も中身はぐちゃぐちゃで、まともに思考はできないはずだ。しかし、

 

『領域展開⋯⋯』

 

羂索の物ではない声が周囲へと響く。言葉はそのままに紡がれ続けて──、

 

蝕爛血界(・・・・)

 

「なん、だと」

 

左手の小指を右手で握り、横へと引っ張ってちぎれる。糸引くように分離した指が指があったはずの根元へと血液を付着させ、じっとりとした空気が空間を包み込む。歴史では誰も到達した事がなかった赤血操術の領域。その姿が今、現れる。

 

 

※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

蝕爛血界(しょくらんけっかい)

 

左手の小指を引きちぎるといった異質の掌印によって脹相の領域は展開された。もっと細かく言えば不完全な領域であるそれは結界で空間を閉じぬ、未熟ながらも神業にもっとも近しい領域だ。ともあれ、領域の景色は先程と至って変わらない。強いて言うのならば足元を覆い尽くしていた朱が凝固し、しっかりとした地面へと変わり、領域の擬似外殻として無理矢理に固められた壁、天井が外の景色が見えぬよう、羂索と脹相を封じ込めている形だ。空間に現れ、二人を囲うようにして作られた赤色の球体は戦うには不向きな程に狭い。

 

「してやられたと言う訳か」

 

「必死だっただけだ。弟たちを守るのに必要だったからしたまでのこと。貴様を驚かそうとしてした訳ではない」

 

もっとも、呪霊の上に待機して空中に留まっていた羂索を領域内部に引き入れるには上下の長さが必要だったため為に球体の形もまた不完全で不格好。その壁や天井も壊そうと思えば壊せるほどに脆い。だからこそ領域の効果はより強く設定された。針が壁や地面、天井から生え、まるで触れられたくないように表面をコーティングする。頑丈であるかのように振る舞う外殻は実際、チョコレートのように柔らかいもの。だからこそ羂索に気づかせぬよう、小賢しくも見た目を強度が高いかのように見せる。

 

(不完全ながらも私の領域に押し勝つ⋯⋯特別な縛りでも結んでいるのか)

 

遠からずとも浅からず。外側から外殻を攻撃する羂索の領域を耐えきっている事を見るに、何かの条件が設定されていると羂索は見た。が、それを探ろうにも今は隙だらけだろう。なにせ、ここは敵の領域の中で、領域の中が故に敵の術式は強化されている。ただでさえ意味も分からぬ不死の敵なのだから、面倒臭いったらありゃしないだろう。だから──、

 

『飛龍星』

 

何発、何発も放たれる光の数々。餓者髑髏や他の呪霊は領域に弾かれたが故、顕現する手札は元より羂索の懐に入っていた物だけ。脹相が展開するとは思わずとも、羂索は使役させている呪霊との分断を恐れ、手数を最小に抑えていた。その結果が餓者髑髏との距離を引き離される事になったわけだが、ともあれ、飛び交う光の数々は脹相の体を貫いている。腕や足、あるいは腹などの臓器が集中している重要部位。それでもなお、溢れ出す血液が編み物を編むようにして肉体を再生する。再生完了後も光は再度、襲いかかるが──、

 

「穿血」

 

螺旋を描くようにして回転しながら羂索の元へと放たれた穿血は刺突と言うよりも圧殺といった圧倒的物量の塊だ。これまでの穿血が槍や矢などと言った貫く事に重点を置いた遠距離攻撃手段であるとするならば、今回の穿血は触れた箇所を削り取るかのような破壊の化身。1点に集中した突きではなく、光線と言わざるおえない。全身からの出血を止め、全てを攻撃に注いだ結果に生まれた『破壊の穿血』は光が脹相の体を貫いても止まらない。光ほどではなくとも速度は早く、羂索の顔、目前へと迫っていた。乗っている呪霊に動きを促し、回避を行う。が、

 

「────ずァ!!」

 

畝り、曲がる光線がブルドーザーのように羂索の左半身を削り取る。ついで感覚で巻き添えを喰らい、大部分が消滅した一反木綿の呪霊、その肉体がゆっくりと呪力へ散っていく。

飛行する手段を失った羂索はそのままに自由落下。落ちてくる仇を穿たんとして脹相は赫鱗躍動の最大出力である『載』を発動。特殊な模様の出現と共に身体能力が文字通りに倍増し、地面を蹴り上げながら突き進む。一歩、また一歩と羂索が地面へ近づく度に同じ程の距離を脹相は縮めさせる。

 

「餓者髑髏ぉ! ヤツを止めろ!」

 

羂索の声によって巨大な骸骨が動き出す。領域の一部が破壊され、そこから飛び出した手、投げ捨てた左手の五指が地面に転がり、無数のスケルトン軍団を生み出し、脹相の行く手を阻む。外郭が破壊されているのに、領域を保つその種はなんなのだと困惑しながらも、脹相の行く手を阻もうとする。が、

 

「ふッ! 兄はっ!! 止まらん!!!」

 

「────」

 

純粋なる破壊。脹相の軽い手振りの数々で触れられた箇所が砕け崩れ、暴風と共に散ってゆく。赫鱗躍動によって強化された身体能力は正しく『血濡れの戦神』と呼ばざるおえない最強の武力を発揮している。退かず、止まらず、振り返らず。赤い鎧を身に纏う武将が、進み続ける。

 

「螺旋の痛み、不十の苦しみ、五分の虫、戦火(せんび)の大陸」

 

落下は止まらない。今更、呪霊の力を使って飛行をしようとも体が物質に触れただけで粉々だ。だからこそ少しでも時間を稼いでいる今、羂索は次の新たな手を出さなくてはならない。瞬間的な再生能力と質量の遠距離攻撃、そして武人たる近接戦闘力。その全てを淘汰できる圧倒的な戦力を。

 

「秩序と混沌、一時(ひととき)の娯楽⋯⋯」

 

落下する最中も呪詞を、掌印をやめぬ羂索。ー吸いの呼吸安めを元に続けて言葉を紡ぐ。そして、

 

『六道門・解放』

 

「────お兄ちゃんッ!」

 

九十九由基が脹相の戦いへと参じるのは、魔王(・・)がこの世に顕現し、世界が恐怖に支配されたと同時であった。

 

 

※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

キリストにおける『悪』とは魔なる悪と称される『悪魔』である。聖に対立する存在である悪魔はキリストだけに留まらず、アメリカを主に欧米で有名なUMAの類であると言えるだろう。して、仏教における『悪』とはなんだろうか。悪魔と呼べる者はいえど、厳密にはそうではない。それで考えられたのが『煩悩』である。自分を甘やかし、唆し、誑かそうとする感情⋯⋯それ自体が『悪』であると。それ故に姿形を持った『悪』はいない。が、仏教における真の悪とは『第六天魔王波旬』の他にない。第六天と称される欲界の頂点に佇み、人間の欲を喰らい、他者の楽しみを己が物とする『強欲』さ。それをしても良いと、して当たり前だと信じてやまぬ『傲慢』さ。七つの大罪を二つも冠すると言っては過言ではない貪欲さは正しく魔王と言わざるおえまい。

 

「私に協力する気はないか? 持ちつ持たれつ⋯⋯互いが望む未来を助けよう気は」

 

当時の羂索は結界術の他に(すべ)あらず。奥の手、切り札と言える強力な力を求めていた。幾度の年を歩み続け、大河のように流れ続ける時を生きた。そうして平安時代に出会ったのが生きとし波旬として呪いを身に宿す者だった。

 

「余が行く道、それこそが正道なり。弱者に手を借りるほど、余は軟弱ではない」

 

交渉決裂。目の前の男が口から零す言葉の意味は、つまるところそういう事だろう。協力関係に持ち込めぬのならば手荒な手を使うまで。幾人もの記憶を喰らって得た結界術と、一度きりの発動が故にストックし続けた術式の行使。

 

第六天魔王波旬(・・・・・・・)

 

畝り、蠢き、丸くなる。波旬の肉体が白黒のキューブ状に変化したのは羂索が「封鎖」と声にしたと同時。六道に通じ、神力を持ってして対象を封印する術式『封鎖神門(ふうさしんもん)』である。そうして制御下における手札を得た羂索、その時は現代にまで巻き戻る。

 

 

※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

「九十九!? 出ない約束だろう!!」

 

「言ってる場合じゃない! あの男はまずいよ!!」

 

黄金のように輝く金髪。その額からは包み隠さず、魔の象徴とも言える2本の角が生えていた。黒く、禍々しく。人間が腹で呪力を練るのなら、さながらヤツ(・・)の角はその器官に類する物だろう。身を守ろうとしない強者は服を着ず、衣服と言える物は布切れ1枚のみ。されど、宿儺のような屈強な肉体がある訳でもなく、強いて言うのならば細マッチョと言う表現が正しいであろう。

 

「余程の時間が経過していたと見る。平成か?」

 

「な」

 

口を開いた波旬の言葉は意外な物だった。周囲の空間から考察し、年月の経過を読み取っただけに収まらず、元号までをも把握する知力。否、それは頭の良さと言う部類ではないのかもしれない。反転したかのように赤と黒が交差する波旬の瞳はさながら、混沌をも見通す王の目とも捉えれてしまうから。

 

「よもや、こんな者を倒す為に余を解放した訳ではなかろう?」

 

「そのまさか、だよ。現状、切れる手札が君しかいなくてね」

 

いつの間にか地面へと着地していた羂索を穿つ赤黒の瞳は波旬の物だった。両腕を組み、威風堂々とした立ち姿で待機している波旬。防御も回避も即座にできぬ構えに隙を見計らい、脹相と九十九が攻撃を開始する。

 

「穿血!!!」

天体衝突(ジャイアント・インパクト)!!!」

 

同時に囁かれた声と共に、ほぼ同時のタイミングで技が発動する。圧倒的な凝縮を元に再現された槍は熱線が如き朱で輝き、波旬のうなじからその首筋を貫かんと迫り来る。対して九十九由基による瓦礫の飛散攻撃と言えるそれは神速だった。今も尚、無たる空間を突き進みながら着弾を待つ穿血に対し、九十九の手から、否。蹴り出され、足から離れた破片のどれもが波旬の目前にまで近づいている。

 

天体衝突(ジャイアント・インパクト)⋯⋯九十九の術式を応用によって使用され、圧倒的な質量、仮想の質量を持ちえた破片はその顔面を粉々に──、

 

「くだらん」

 

────しない。右の掌を眼前に伸ばして、日差しを警戒する老婆のような動きで飛んできた破片を防ぐ。それだけに留まらず、反射して九十九の元に戻るはずだった破片を掴み、すぐさまに背後へと投じる事で穿血をも無効化したのだ。ここまでの一連の動作は九十九にも脹相にも、羂索の瞳にですら収まりきっている。ただ、その動きの種が分からない。ただの生身の体で、呪力強化だけで、仮想の質量を物質へと付与し、流星が如き破壊力を生み出す天体衝突を防げ切るはずがない。だから、

 

「術式を使用していると、そう思うか。構わんし、別に良い。余の術────正体をも知らずに散るが故にな」

 

術式であると思った。しかし、波旬の発言はどこか意味深だった。瞬間、男の体が黒色へと変色し、全身黒タイツのような状態へと変化する。圧を感じ、肌で殺気に触れて気づく。これは大きな攻撃の前触れだと。特級呪術師であるはずの九十九由基は思考を一方向に向けていた。天元を奪おうとしている羂索がすぐ側にいるのに、目の前の男から目が離せない。

 

「九十九!! 本来の目的を忘れるな!!!」

 

「──目的? 余を差し置いて、目的か」

 

脹相が声を出す。自分もこの場に巡っている『恐怖』に支配され、体を動かす事さえできないというのに。そんな脹相の行動を気に食わないと言った顔で、いや実際には彼らには顔は見えていないのだろうけど、兎にも角にも波旬が不満そうに言葉を発した。どこが不機嫌で、どこか不気味な表情で言葉を発した。そして右腕を動かして────、

 

「ならん」

 

「──っ゙ぁ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!」

 

「九十九!!! 貴様ッ!」

 

左腕と思わしき黒い物質が肩の上にまで動かされ、瞬間的に凝縮──移動。全身の黒い靄が左手に収束し、質量を持ったそれが振り下ろされ、声が囁かれると同時に黒は解き放たれた。

 

空気を切り裂き、地面を破壊し、回避する事も間に合わなかった九十九の体を、右腕を切断した。咄嗟的に左腕で傷口に触れ、反転術式を流すも痛みは止まらない。

 

部位欠損ほどの負傷を完治させるには、痛みを和らげさせるのには時間が必要だ。その場にて蹲って反転術式をかけ続ける九十九を視界の端に、心配の言葉をかけると共に走り出す。

 

距離はそう遠くもないし、黒い靄が発生するのも、収束するのもそう早くはなかった。理由は知らずど、今の自分になら間に合う。イメージするのは鋭い刃だ。具現し、振り下ろし、切断する。

 

「血刃!!!」

 

手首から溢れ出た血液が不安定な形を持ち、揺らぎながらも回転と呪力を帯びる。チェンソのー刃のように動き続ける朱は振り下ろされ、波旬の首に直撃する。が、

 

「穢れた血の刃など、余に通用するはずもなかろう。愚者はどこまで行っても愚者なままか」

 

斬れない。直撃しているにも拘わらず、波旬の首は切り飛ばされない。首の皮一枚に傷をつける事は愚か、なんの外傷すらも与えれていない。柔らかいクッションで殴りつけても打撃になり得ないように、時間が経てば生物は衰え、死に、食べ物も同様に腐るように。それが当然の『理』かのように斬れない。

 

「忌々しい領域も破壊するか。何を企てているのかは知らんが、意図的に抑えているようなのでな」

 

「──っは、かっ」

 

振り返った波旬に首を掴まれ、振り回されては真上へと投じられる。圧倒的な勢いで飛ばされた脹相の肉体は結界を閉じぬ神業領域にも拘わらず、物質として判定が残っていた『輪っか』へと衝突し、ヒビを与えては地面へと落下する。明確な弱点を領域内に残す事によって術式強化の効果を底上げし、領域終了後の術式焼ききれの恐れを限りなく減らした物。それは帳に関しても同じな、基礎的とも言える結界術だ。

 

「つまらん。つまらんつまらんつまらん!! 如何にしてこの退屈を凌ぐと言うか。羂索は逃れる弱し。加茂の末裔は弱し。星人(ほしびと)も弱し。つまらん!!! 余を見ろ。余を愛せ。余を憎め。余を守れ。余を殺せ。余を救え。余を嫌え。余を好め。余を壊せ。余を直せ。余を、余を余を余を余を──」

 

「────余を見ろ!!!」

 

混沌。頭を掻きむしり、衣服と呼べる唯一の布切れが破け散る。薄っぺらなそれが守っているのは下半身のみで、細い体に最低限の筋肉を蓄えた上裸が露わになる。承認欲求の塊のような、あるいは重き感情を持つ乙女のような、あるいは曲がった愛を持つ狂人のような、あるいは傲慢な臆病者のような、あるいは生を自ら捨てる不幸者のような、あるいは助けを求める弱者のような、あるいは人間不信になってしまった少年のような、あるいは力こそ持っても環境に恵まれぬ青年のような、あるいは破滅願望を持つ老人のような、あるいは過去の関係、その復旧を待ち望む教師のような、あるいは────、

 

「────好きなだけ見てやるよ。ただし、見た後は死んでもらう」

 

「余を退屈させてくれるなよ童。長寿が故、飽き性でな」

 

あるいは、環境に恵まれずとも運命を変えようと必死に足掻く青年。口調を真似ず、姿を偽らず、自分を、『柊陽彩』から脱せず、前を見ているような青年。誰よりも他者を『見てきた』男と、誰よりも人間を『見てきた』男。推定特級以上の波旬と、1級術師と言う前代未聞の戦いが今、始まる。




冒頭の柊陽彩の目線での話に出てきた「いつの日か昔〜」というくだりは第5話の「人と呪いと万物と」に描写されている彩の過去の話を閲覧ください。

「ぬらりひょん」
他作品では妖怪の長の位置にいたりする妖怪、その呪霊。頭部が肥大化している老人の姿をしており、自身の存在を認識できなくする『認識阻害』の術式を持っている。フィジカル自体は呪霊なのでそこそこあるものの、術式を駆使せずに戦った際のフィジカルは1級にも満たない。毒物を忍ばせた刃物などを持たせるのが最適だろう。

「一反木綿」
布切れのような見た目をした妖怪、その呪霊。飛行能力のみを所持するシンプルな物であり、速度は車以上飛行機未満といった物。人で言うところの下半身に当たる部位は布が途切れ、糸のように細くなっており、生物の首や手首を絡め取る事ができる。耐久自体は脆く、戦闘能力も絡め取り以外では大してない。

「餓者髑髏」
巨大な髑髏の見た目をした妖怪、その呪霊。特級以上の力を持っており、骨であるが故に斬撃が効きにくく、骨であるが故に分離したとしても肉体を再構築する体質で復活する。体は呪力を消費して自然再生し、自分の肉体の一部を投じればその部位から人型の髑髏軍勢を発生させれる。また、脹相は全身を血液で覆い隠していたが故に発動していなかったものの、己の姿を目視した者に対して『呪い』を発動させる事ができる。その効果は不明。

「飛龍星」
空を飛行し続けている呪霊。加速飛行が途絶えた瞬間に存在が消滅する為、停止した状態での姿形は認識されていない。生物には無害な為、1級、特級認定はされていないものの、呪霊操術の手に渡った際の破壊力と牽制力は壮絶な物。

「蝕爛血界」
脹相が展開した赤血操術の不完全な領域。左手の小指を引きちぎると言った異質な掌印を元に展開される領域は不完全が故に外郭を保つ事ができず、己の体から溢れ出た血液を凝固させ、壁、地面、天井と擬似的な結界に形変える事によって実現している。その為、脹相以外、呪霊とのハーフではない赤血操術の使い手(加茂憲紀など)は不可能な物。不完全が故、擬似的な神業領域になっているので羂索の領域にも押し勝てており、術式の付与や必中こそ付与されていないものの、擬似外郭が血液でできているので自由自在に攻撃、防御を行える。

「封鎖神門」
六道を持ってして人力を扱い、指定対象を封印する事がねきる術式。条件は対象が人外であること。『六道門・封鎖』と言う言葉を唱える事で封印を完了する。封印を解除する際は『六道門・解放』と唱える事でキューブ状に変化した封印対象者が解放される。また封印は1度しかできず、使用した時点で『封印としての術式機能』は破壊され、解放を唱えた時点で同様にその機能が破棄される。

「第六天魔王波旬」
欲界の第六天に生きるとされる悪魔の王。黄金の髪を持ち、反転したかのような赤黒の瞳を持つ。細い体に最低限の筋肉をつけたかのような肉体は壮絶な身体能力を発揮し、未だ術式を見せていないと言う。推定特級以上の力を持つ謎の人物。
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