血濡れの戦神と魔物を従わせる侍の戦争跡地。そう言わざるおえないほどに薨星宮の結界内は酷く崩壊していた。神業領域、不完全な領域。その残穢が残った空間は呪力が凄まじく充満しており、魔の者にとっては落ち着くように、人間の体には害があるように、正に魔境であった。
「穿血」
「またか」
うねり回る血液が螺旋の回転を描きながら、弾丸のように波旬の首筋へと迫る。それは脹相が放った物ではなく、1級術師である『柊陽彩』が行った模倣によるもの。が、羂索との戦いで使用した姿形の模倣は行っていない。まるで、戦っているのは自分だとアピールするかのような承認欲求を彷彿とさせる。
「くだらん。くだらんよ」
心底、退屈そうな顔で、興味が無さそうな声で波旬は手を振るう。手刀のような形で斜めに空を切られた右手は穿血に衝突し、弾き、朱が爆ぜる。何度やろうとも同じように、何をやっても無駄のように、波旬の目の前ではあらゆる術式が無意味になる。だからこそ波旬は世界に退屈していた。だからこそ波旬は魔王と呼ばれた。だって、波旬は人間の『欲望』その物であるのだから。そうして攻撃は無効化されたように見えた。が、
『穿血・
破壊された穿血の朱は手振りによって爆ぜた。否、それは彩の意志によって意図的に爆発させた。あらゆる人物の
「驚いたかよ魔王!」
一言で表現するならば赤い爆発。穿血・追式は穿血によって放たれた血液を瞬間的に爆発させ、生身の体で防御しようとした傲慢な敵にダメージを与えるいわば罠のような物。結果、手刀で防御しようとした波旬の右手、その五指は弾き飛ばされ──、
「驚いた。心底つまらんすぎてな」
────ない。弾き飛ばされていない。瞬間的に回復しただとか、そういう事ではなく。そもそもの攻撃が通用していない。純粋なるフィジカルか、それとも呪力強化の影響が大きいのか。波旬の肉体は先程から異次元な程に硬い。仮想の質量が付与された瓦礫までをも簡単に防ぎ、投じて利用するまでに至っている。何かカラクリがあるかのような、異次元的な、超人的な身体能力だ。どうやれば傷をつけれるのか。どうやればダメージを与えれるのか。どうやれば策が通じるのか。どうやれば──、
「ごぉっ⋯⋯ぶっ!」
「無意味な事。余の前では全てがな」
どうやれば勝てるのか。瞬きの間に接近し、腹部へと食い込む程に力の入った拳が振るわれ、彩の肉体へと突き刺さる。肉へと食いこんでいたが故、若干の遅延を持ってして衝撃が伝わり、後方へと彩が吹き飛ばされる。終わりのないほどに続く白い空間、その地面を転がるようにして何度も何度も地面の摩擦で肉体が削られる。
「どう足掻こうとも無意味」
腹を中心に全体へと広がる黒い靄。摩擦によって削られた体を反転術式で治しながら、彩は波旬の体を見つめる。あれは確か九十九の腕を切り飛ばした時に使っていた攻撃、その前触れだ。困惑していた九十九は避けれていなかったし、視界に入れていた脹相でさえも助けようとしなかった。それはできない、しないのではなく、できなくさせられているのだろう。だから、
『術式反転・
「────」
放つ前に止めればいい。右手を伸ばし、人差し指で対象者である波旬へと指を指す。
「走れ走れ走れェ!」
『何かをしないと行けない』。いうなれば常に動き続ける事を彩は強制されている。猿木落の効果は対象へと特定の行動を強制させる物であるが、その真髄は自分へと課すデメリットを元に対象者へと大きな制限をかける、いわば『理への干渉』をする物なのだ。故に波旬へと無行動を強制した彩は足を動かし、解除される前に攻撃を当てようと走り続ける。『無行動』をできないが故に。疾走と息切れ、その合間に言葉を紡ぎ、
「番いの流星⋯⋯」
投射呪法によってその斬撃の範囲、射程を制限し、呪詞によって出力を高められた『解』は術式対象を拡張し、対象者である『波旬の切断』に指定を狭める。今も尚、動かない事を強制された波旬の体に、放たれ、直撃し、切り刻むという過程を消し飛ばした『解』の発動が迫り──、
『解』
「ぐ、ふ」
────波旬の口端から血が垂れる。直撃までの速度を無視した『解』は出力を高めた状態で発動され、細いながらも筋肉を保持している波旬の腹部を切り刻む。飛ぶ斬撃や遠距離からの斬撃と言うのは『解』である事が本来はほとんどであるが、強力な攻撃のイメージを彩は『捌』にしていた為、斬撃の損傷は腹部を真っ二つにする物ではなく、臓腑とそれを守る肉、骨をぐちゃぐちゃにかき混ぜるような威力へと変化を遂げた。そして重ねての模倣。蹴り出す足が瓦礫を舞わせ、先程と同様に投射呪法がその速度を底上げさせる。術式反転の対象者である波旬が動けるようになるまであと3秒。だからこそありったけの破壊力と、ありったけの速度を上乗せして、
『
「──がっ」
九十九由基の術式『星の怒り』改め『星々の怒り』の拡張術式である『天体衝突』が波旬の顔へと文字通りに『
『余を治せ』
波旬の声が囁かれると共に、その肉体に変化を表す。高度な反転術式か単なる術式効果か否か、囁きの言葉を考えるに後者である事が大いに考えられると思うのだが、兎にも角にも、波旬の肉体が再生を開始──否、既に再生を終えている。天体衝突によって消失した部位が初めから被害にあっていなかったのように元通りになり、腹部から零れ落ちかけていた臓腑、そこから滴る血液の痕跡さえもなくなっている。まるで、最初から何も起きていなかったと言わんばかりに、波旬は顔の前で両腕を組み、勇ましい顔で、堂々とした瞳で彩を貫く。
「見込みはある。が、単なる力だけでは余を滅す事はできぬだろうよ。この世界に負なる⋯⋯否、あらゆる感情が渦巻く限り、余は死なぬだろう」
元通りだ。何もかも、傷でさえも。そしてそんな波旬の姿を見て彩は気づく。仮にあれが術式の効果だとすれば、多大なる呪力を消費するはずなのに、呪力が高まる瞬間を確認できていなかったと。反転術式でさえも呪力の起こりと言うのは1級術師にもなれば分かる。呪力操作で、あるいは結界術の類を極めればそれを偽装する事も可能かもしれない。が、それを踏まえても肉体のほとんどの欠損状態を完治させる術式、または反転など特殊な帳があったとて、そう簡単に包み隠せる物ではない。
「『猿真似術師』、柊陽彩」
「それが作法か。良い。────『欲界の王』、波旬」
少しばかりの礼節と共に、道は違えど、同じ呪いを極める者としての礼儀を。己を猿真似術師と語る彩に対し、なおも腕を組む波旬は自身の事を『欲界の王』と名乗る。実際、第六天魔王波旬はその名の通りに欲界に位置する第六天の魔王だ。が、欲界の王とは具体的に何を意味するのか。仏教においての敵が煩悩で、それに溢れた世界である『欲界』の『王』とは。そんな些細な事を考えている瞬間──、
『大海よ唸れ』
「────なぁ!?」
組んでいた腕を外し、右腕を伸ばし、人差し指をこちらへと向ける波旬。瞬間、目の前に現れたのは『水』だ。伏黒恵に受肉していた頃の両面宿儺が使用した、満象の術式を抽出した上での応用だとか、そのような生易しい物ではない。波旬の言葉である『大海』と言うように、その質量は海にも等しい圧倒的な量の水。仮に『大海』と表現する顕現した水は『唸れ』と言う言葉をなぞるように、彩の方へと回転の渦を作りながら、その中心へと飲み込まんとして迫ってくる。
「やっべぇ!? どうするどうするどうする!! 九十九や脹相の手は借りられん! いっその事、奥の手を使うか!?」
赫鱗躍動・載によって身体能力を極限にまで強化しながら、『大海の唸り』を背に走り出す彩。誰かの手を借りれない事を悔しみながら、『奥の手』の使用を考える。結界内の空間は天元の不思議パワーこと結界術によってほぼ無限に等しい物だ。しかし、いくらなんでも自然の摂
「クソ⋯⋯使ったらまじぃならやるしかねぇ。────
猿真似呪法の拡張術式である猿猴捉月は順転である『猿真似』の完全上位互換だ。『猿真似』が対象の動きや口調、立ち振る舞いなどの非身体特徴だけを模倣する物であるとすれば、『猿猴捉月』は身体特徴までをも模倣する完成品だ。ともあれ、いくら肉体面(術式や体質)を模倣できようとも、五条家に伝わる特異体質の六眼までもは模倣できない。だから五条悟の動きを模倣しようと、大した意味はないのだ。故に無下限呪術と言う術式の
「位相、波羅蜜、光の柱⋯⋯」
何も、無下限呪術は六眼を持った者だけの特権ではない。分子レベルにまで渡る超精密な呪力操作を必要とするから、結果的に呪力操作が細かくできるようになる六眼がなければできないということ。しかし、それは長時間に渡って、あるいは茈などの高難易度の技に限る。六眼がなかろうと、精密な呪力操作さえできれば可能なのだ。
『術式反転・赫』
輝く光は赤色の一筋だ。『大海の唸り』を破壊するのに大した力、範囲は必要ない。もっとも、赫は術式反転なので順転のそれの2倍の破壊力を持っており、茈と比べてもほぼ同質の威力を持っている。現在、同時模倣している対象は『両面宿儺』、『無下限呪術』、『投射呪法』、『赤血操術』、『御廚子』の5つだ。同時ではないにしろ、先程に攻撃に使用した模倣は『星々の怒り』でトータル6つ。本来の猿真似呪法の最大同時模倣及び短時間模倣可能数は5つ。既にその枠を超えているのだ。しかし、
「羂索にやられてから不思議と絶好調だ。敗北は人を成長させるってね」
『大海の唸り』、その真ん中へと大きな穴が、否。モーゼが如く、海の中に道が開かれる。敵の攻撃を粉砕してもなお、波旬へと飛んでゆく一筋の赤色────術式反転・赫の破壊がそれを成す。六眼なしの無下限呪術の使用によって鼻腔から鮮やかな血がゆったりと垂れ、唇の上に乗ったそれを舐め取り、自分にだけ聞こえるように彩が口を開く。
「猿は世界の中心にいる」
呟くと共に発動する拡張術式。思考の最中、視界の端で爆発し、空間内を照らす赤色の光は赫の物だろう。恐らくは波旬がなんらかの方法で攻撃を阻止し、その影響で爆発したのだろう。視界の外側にあった事象を、彩は認識できていないが故に分からない。しかし、
「────ほう」
今の彩には文字通りに手に取るように波旬の動きが分かっている。上段の蹴りと共に追撃してくる黒色の波──放たれた呪力の斬撃も、回避した後に振り下げられた波旬の右足によって地面が爆発し、瓦礫が弾丸のように飛んでくる事も、その軌道も。
「全てが、
「ぐ、ぅ!」
左手から放たれる中段の貫手を腰程の高さに上げた右膝によって食い止め、そのまま伸ばしきった右足の爪先を腹部へと食い込まさせる。骨の隙間を掻い潜り、突き刺さる蹴りは正しく槍の刺突だ。喉から迫り上がる嘔吐感と痛みに耐えきれず、吐瀉物と共に口から声を零す。超越感をも感じられる悠々さからかけ離れた確実なるダメージ。虚をつかれ、攻撃が直撃し、予定外の損傷に思考を乱されている。だからこそ、畳み掛けなくては。
『捌』
「────」
対象物の硬度、呪力密度に応じて切れ味を変化させる斬撃の『捌』。攻撃の要である両手首を繋ぎ合わせるかのように握り、切り落とし、サイコロ状にバラバラにする。激痛をも超えた感覚に波旬の視界が霞み、世界が揺れる。否、実際の時間の経過と、思考とのそれがズレている。顔の前に持っていて確認するも、やはり両の手は手首から先がない。部位の損傷に悲しみを持とうと、それを治そうと力を行使しようと、
『■・
術式または技の名前を口に出す事は擬似的な術式の開示になる、とは少し前に彩が語っていた呪術戦における基礎の知識だ。逆に開示する内容を狭めれば出力が減り、破壊力や殺傷能力が減少するということ。つまるところ、わざわざ精密な操作で限りある呪力を変化させる必要性がなくなるのだ。弓を引くような動作で広がる炎は指が離されると同時に矢のように投射される。両面宿儺の御厨子、その拡張術式と思われる『開』は矢のような見た目に反し、肉を貫かず、波旬の体へと打撃のような形で接触する。瞬間、圧倒的な熱量と衝撃波が展開されて──、
「番いの流星────『解』」
半壊した肉体で、炎に包まれながらも黒い靄──推定、呪力であるそれをこちらへ放とうと力を振り絞る波旬の肉体、その上半身と下半身が分離し、地面へと転がり落ちる。欲界の王『波旬』の死を認識し、羂索を倒そうと周囲を見渡すが──、
「ぅ、あ、ふッぐ。やるでは、ないか」
「────」
振り返る。『解』を放ち、胴体を分離させたはずの波旬が、そこには立っていた。存在はどちらかと言えば呪霊寄りの存在が故、反転術式ではないだろう。そも、辛うじて生き長らえ、辛うじて言葉を紡ぐ波旬の肉体は死に体だ。上半身と下半身は結合されているものの、皮膚は焼け爛れ、白い骨が至る所から垣間見え、地面へと溶け落ちた眼球はもはや視覚機能を停止している。しかし、そんな状態でもなお死なない波旬は彩へと歩いてゆく。
「俺と同じ術式の模倣⋯⋯? それなら無為転変とかで、いや、そもそも真人は取り込まれてて⋯⋯」
グルグルと思考を巡らせる後ろで、波旬はぐちゃぐちゃの体のまま近づいてくる。考えられる可能性は模倣術式によって無為転変を模倣し、肉体を作り替えたか。あるいは呪力での防御を山勘で割り当て、生存する事だけに力を注いだか。どちらにせよ、こちらを倒す手段は残っていないように見えるのに、彩には酷く波旬の姿が『恐怖』の対象に見えた。なぜ生きていて、なぜ死なず、なぜ歩いて、近づいてくる? 怖い恐い恐怖恐ろしい畏怖──、
『術式解放・
「ぁ」
────波旬の囁き1つで、空間が『恐怖』に支配された。
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「愚者にしてはよくやったというもの。超越者には一歩届かずども、重ねて良くやったと褒めるべきか」
消える熱量と巻き戻る肉体の数々。1回、2回、3回と瞬きを重ねる度に脂肪、筋肉、神経、肉、皮と回数を重ねる度に再生する肉体。だが1級術師である彩でさえもその事象を認識しきる事はできない。加えて現在の彩は『恐怖』に『支配』されてると言うのだから、何かの
『負よ、余の糧になれ』
言葉が呟かれた直後、薨星宮を守っている空性結界に亀裂が生じる。結界の一部の分解が開始され、黒色の塵へと化したそれが波旬の肉体へと取り込まれる。結界はそのサイズが大きければ大きいほど、複雑な交換が組み込まれていればいるほど呪力量と技術が必要となってくる。故に高度な結界である空性結界は呪力の塊と言えるのであるが、数千年にも渡って生き続けた天元の、その結界が今し方、波旬の呪力回復法として活用されつつある。そも、呪力とは負の感情から発生するエネルギーなのだ。他者の呪力などそれこそ毒に等しい薬物だ。それをなんらかの方法を介してたとしても、自身の体に取り込む波旬は
「どうする。どうする。どうする!?」
ゆっくりと近づいてくる波旬を視界の中心に、目の前の敵を倒す策を考える。術式反転・赫によって『大海の唸り』が破壊され、周囲には水が満ちている。足首までしか浸らない程の質量の水。少ない上に猛毒である訳でもなく、そこから敵の術式の種を探る事ができる訳でもない。しかし、彩の思考にはどこか引っかかっている。
(思考の具現? 事象の再現、映像の再生に創造? クソ、欲界ってなんなんだよ!)
水が唸り、対象へと襲いかかる『思考』を『具現』させたのか。実際に起こりうる『事象』の『再現』なのか。現実や加工に拘らず、『映像』の『再生』をしているのか。はたまた『創造』か。術式の交換や傾向を狭めようにも幅広く、推察しようがない。唯一の手掛かりは反転術式による正のエネルギーを使わずに行える『瞬間的な再生』と『大海の唸り』と言う非現実的な災害。付け加えるとすれば少なからずも、否。空間を満たすほどに
「──ふん」
「だぅうあ!」
大きく振り上げられた波旬の右足を両手で抑えて防ぎ、そのままの流れで体勢を崩そうとするも、なんらかの方法で消滅した右足で逃げられ、なんらかの方法で再出現した右足によって左頬を蹴られ、後方へと吹き飛ばされる。衝撃によって水面に広がる波紋は永遠に流れ続けている水のように、無限に広がり続けている。そう、
「『理の操作』か」
『理』とは物事の道筋や不変の法則。木から林檎が離れればリンゴは落下し、やがて落ち続けたリンゴは地面に触れる事になる。『重力』などの物理現象もまたこの世界に存在している不変の法則⋯⋯『理』だ。瞬きの間に傷が元通りになっていたのは
「必要なのは呪力だけではないか、実際に消費しているのは呪力ではないのか⋯⋯」
生憎、吹き飛ばされた距離は遠い上に波旬の歩は悠々と遅く、思考を巡らせるには十分な時間が存在している。考えられるのは術式の発動に必要な呪力はそう多くなく、その上で必要な『条件』があるはずだ。理の操作を可能とする術式なのだから、燃費は悪く、決められた条件はよほど難しい物と見える。
「九十九さんを、俺たちを消さなかった事から理の操作には制限もある」
あるいは条件が厳しいが故、その条件を解放せずに術式発動を行った際の効果が薄く、擬似的な制限となって邪魔しているか。条件を無視して発動できる術式、その制限の最大は『肉体の完治』なはずだ。完治とはいっても、
「遊戯は終いだ。演劇はこれにて終幕とする」
理論値的には無限の面積を持つ空間に対応し、質量として水を顕現させる。理の操作によって発生した事象・物質は目に見えた通りの物ではなく、
『
"術式反転"という簡易的な呪詞を無視して発動された猿木落の効果時間は僅か5秒。それほど対象者に術式反転と知られるのは戦場を大きく変化させる重要な
「大層な術式は必要ない。人体を破壊するのに『大義』も『信仰』も必要ない」
投射呪法による加速は重ねがけによって亜音速にまで達するほど。しかし、その速度に人体は耐えれず、原作で可能としたのは呪霊と化した直哉ただ一人だ。故に赤血操術の赫鱗躍動・載によって肉体を強化し、耐久値を極限まで増加させた上で運用する。もっとも、波旬を殺すのに亜音速に到達する必要はない。だって、波旬の術式は強力に見えながらも扱いづらく、 決して強い物ではない。
「ぬ゙ぅ゙あ゙あ゙あ゙ぁ゙あ゙あ゙あ゙!!!」
停止解除まで1秒。しかし、伸ばされた右拳が波旬の眉間を貫く方が早い。当たり、裂けて、砕け、脳髄が飛び散り回る。波旬の術式『魔天懺悔』は『理・事象の操作と具現』だ。具現される理や事象は欲界に流れ、保管された
「ぜ、ぇ、ふッ⋯⋯ぐ、はぁ。だから、尊敬するよ欲界の王」
────やっている事はともかく、術式の運用とその努力だけは。と続く彩の呟きは誰の耳にも入らない。切断された腕を反転術式で治した状態でどこかへと消えた九十九も、戦線離脱した脹相も、結界を維持する事に集中している天元でさえも。だって、天元は──、
「さらば、友よ」
「なん、だって」
天元は、羂索に取り込まれたのだから。ここで彩の呟きを聞くのは世界の観測者の他には存在しない。そして観測者が居るとすれば、それは羂索だろう。激しい振動と共に分解されかけていた結界が完全に解体──作り替えられ、羂索の手によってそれは利用される。この世界を巻き込む呪いの渦の為に。
「穿血・追式」
赤血操術を模倣した彩によって改良された拡張術式のような物。元ネタもとい着想を得たのは脹相の『超新星』からであり、通常の穿血と同様に合わせた両の掌から血液を圧縮、噴出する物である。しかし、普通の穿血とは大きく変わっている点が1つあり、それは直撃せず、防御されたり、回避されたりした際の『追撃』だ。超新星のように四方八方に飛び散る血の散弾は飛散と言うよりも爆発に近しく、範囲内の物質を削り取り、破壊するような効果を持つ。生身の手刀などで弾こうとするものなら、その五指または手首が消し飛ぶだろう。
「猿木落」
猿真似呪法の術式反転であり、自身の情報の一部を切り取り、対象者へと貼り付け、特定の状態を強制させるもの。『術式反転・猿木落』と最初から最後まで口に出せば効果時間は30秒と長く、作中では波旬に『何もしないこと』を強制させ、呪言の『止まれ』のような効果を発揮させた。細かく言うと猿木落の真髄は『縛り』であり、対象者へと指定した行動の真反対の事を自身にも強制させる事によって効果時間や発動条件を緩くしているのである。
「魔天懺悔」
第六天魔王波旬が所持する術式の1つ。欲界へと流れた情報を元に事象を具現・操作する力と情報を必要とせず、自分自身の周囲に関係する理の操作を行う力を持つ。事象の具現では『大海の唸り』と称された偽りの質量を持つ攻撃を生み出したり、瞬間移動や位置の入れ替えなど作中で描写されていないだけで汎用性が高い。理の操作では『道筋を消す』事で切断されたという結果をなかった事にする等の過去改変能力のような事が可能。その複雑さ+必要な呪力量が膨大すぎるが故、術式自体の評価は最悪であるものの、様々な縛りや術式に元から存在していた制限、波旬自身の性質によって天下を取る事も可能な特級レベルへと底上げされている。