猿も木から落ちるレベル   作:緑ちょこ

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力を持っていながらも戦闘になかなか参加せず、観察に徹しているのには大いに意味があるのです。
そう考えると、そうせざるおえない術式を与えた神もまたある意味の嫌がらせと言えるな。

2025/11/29 誤字修正


第1話「柊陽彩と言う男」

曜日ごとで捨てられるゴミが分別されているこのご時世。

そのルールを破る者はそう少なくない。

実際、特定はしづらく、分別をするのは面倒臭いとデメリット、メリットが釣り合っているからだ。

 

「あら、彩くん。こんにちは」

 

「おはようございます。昨日の肉じゃが、美味しかったです!」

 

『あら、それは良かった!』などと日常的な会話をごみ捨て場にて毎日、繰り返す柊。

本日の曜日は"水曜"であり、燃やすだけでは排除できないゴミを捨てる日だ。

しかし、手に握っているのはどれもこれもがぐちゃぐちゃに混ざった分別のされていない袋であり──。

 

「さて、行くかね」

 

ゴミ捨て場に向かって乱暴に投げ捨てたそれを背に、今日も柊陽彩は足を運ぶ。自分が住んでいる街、京都から離れた東京校へ。

 

 

※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「やっぱり無理かぁ」

 

新幹線でやってきた東京。

駅に着いたはいいものの、目の前にあるのは帳にも似た巨大な黒い壁。

手を伸ばすも、そこには確かに実体がある壁が存在し、彩と言う存在の侵入を否定していた。

新幹線から降りた他の一般市民、その場にて溜まっている低級呪霊などは易々とその壁を越えてゆく。

 

「考えられるのは転生の代償⋯⋯永遠に、あるいは一定期間までは東京に入れないのが条件か」

 

彩の中で立てた推測が一つ。

現実世界で車事故によって死んだ彼だが、運良く呪術廻戦、つまるところこの世界に転生できたのだ。

模倣術式にも似たそれを持って、柊陽彩として生まれた彼であるものの、毎日、何度試そうとも東京の駅から外に出る事が叶わない。

まるで、なんらかの呪いで強く、それこそ天与呪縛によって縛られているかのように。

 

「期間があるならそれまで待つしかないか⋯⋯」

 

通れないと分かっていても残念そうな顔で、だらりと気が抜けた姿勢で帰りの新幹線に乗った彩だった。

 

 

※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

彩にかけられていた呪いが解かれたのは姉妹校交流戦が開かれる当日の事だった。

 

「散れ!」

 

禪院真希の声にて、一斉にバラバラに走り出す東京校。

その意図はともかく、原因はこの東堂葵と言う男が問題だろう。

ふと、そんな事を考えながら木の上で虎杖の戦いを観察する。

自分の術式、その効果を深めるのにもいい機会だと思ったからだ。

 

思っていたとおりに東京組は虎杖を残して周囲へ散り、東堂は真っ先に残った者へと襲いかかる。

その光景はさながら、捧げられた供物、平たく言えば生贄とも取れる村の捧げ物を貪り食う邪神と言った所。

 

ともあれ、求めていた流れではあるし、意外や意外に原作とは違うルートを辿っている事を発覚するいいキッカケにもなった。

 

「──ふんッ!」

 

戦いの火蓋を切った初段の攻撃は虎杖の飛び膝蹴りから始まるはずだった。

少なくとも原作ではそうしていたと彩は記憶している。

 

しかし、目の前にて繰り広げられる光景は断じて違う。

虎杖以外の者が散った直後、京都校3年生である東堂葵はその巨躯を使って蹴りを放った。

 

もっと正確に記すとすれば高校生からかけ離れた巨体に反し、バク宙の途中に手で地面に触れ、逆立ちの形に意図的にした瞬間、崩れ落ちるように虎杖の方へと倒れかける。

実際は横転もまた意図的、意識的に東堂がやっている事なのでこれまた驚きといった所だ。

 

ともかく、バク宙から逆立ち、片手で体の全てを支えている逆立ちから後方へと落下──流れるように放たれた蹴りは虎杖の後頭部を文字通りに上から叩きつけた。

躰道やムエタイ、カポエイラとも分類し難い攻撃を、何物かに分けるとすれば踵落としに近い物があるだろう。

実際のところ、東堂の蹴りは踵を叩き込んだ物であったし、体重、速度と掛け算の攻撃を行っていたというのもまた、踵落としに近しい物を感じる。

 

ともあれ、

 

「ぐ、ぁ⋯⋯」

 

体重、速度、遠心力とあらゆる物を利用した一撃は虎杖の意識を刈り取るに事足りる威力を持ち合わせていた。

衝撃に脳が揺すぶられ、頭蓋と踵に挟まれた肉、皮膚が潰される。

直撃した攻撃によって現在の虎杖の意識は朦朧としている事だろう。

 

故に、

 

「どうしたァ!」

 

腹部へと放たれた拳の直撃を、虎杖の肉体は拒まない。

気絶と覚醒の境目にいる虎杖は悲鳴の類を一切に声に出さないものの、ダメージは着実にその身に宿ってゆく。

 

握り拳を大雑把に、力任せに振ったとすればそれはストレート。

相手の横っ面をはたくように叩き込めばフック。

下から上へ、顎を突き上げる動きはアッパー。

 

あるいはそれらの動きを踏まえ、限りなく隙を消し、当てる事だけに重点を置いた攻撃はジャブと言えるだろう。

 

正確な数は分からないものの、視認しただけで放たれた東堂のジャブは鳩尾、左脇腹、右半身の肋骨の隙間を狙い穿った。

簡略化された攻撃にダメージはないとは一概には吹く事ができない。

なぜならハッキリとした意識を持っていない肉体は筋肉を引き締めず、受けた打撃の衝撃を一滴も残らずに受けきるからだ。

 

そも、東堂のような筋骨隆々の体から放たれたというだけで攻撃力は壮絶だ。

言うまでもなく、気絶と覚醒の狭間にあった虎杖の意識を完全に刈り取り、気絶という安らかな睡眠に落とすだろう。が、

 

「──屁の河童ぁ!」

 

「ほう!」

 

衝撃に仰け反る体を前方へと強く、猫背のような姿勢で大きく傾ける。

左手と右手、両手を合わせて顔の前で叩く動作は正しく、猫騙しと呼ばれる、文字通りに子供騙しの類。

 

しかし、反撃されるとも動くとも思っていなかった東堂の意識は瞬間、目の前にて弾かれる手の音に瞼を落とし、一瞬の隙を作る。

自分で作った勝機を虎杖は見逃さない。朦朧とする意識から戻った直後、瞬時に状況を整理しては次の手を考えるよりも先に行動に移す。

 

東堂がした蹴りとはまた別、体を左へと大きく傾け、落下する程に脱力させる。

軽く浮かされた右足はやがて曲線を描き、地に限り無く近づいた頭よりも上へ、斜めに振るわれた蹴りを放たせる。

肉と肉が接触した衝撃音を鳴らし、東堂の首へと直撃させるも、間へと挟まれるは左手の甲。

手首に、あるいは指の骨へとダメージを残すだけに留まり、勝利の一手からは1歩下がってしまう。

 

すかさず、真横に倒された左足にて独特な蹴りを放つ東堂。

伸ばしきらず、曲げた状態で虎杖の右腹へと迫る一撃はそのつま先が直撃するよりも先に、硬い膝が丹田の点を貫く。

 

しかし、意識を刈り取られ、言葉にもならぬ声を上げていた先程とは大きく変わって微動だにもしない虎杖の体。

それはもはや、殴りあって打ち勝つ闘争心というよりは、時間稼ぎを優先する意志を感じさせる。

 

「ククク。誰に指図されたか知らんが、他人の言葉に従う様は愚直だ! しかし、その直線さは称賛に値する。ー年、名前は?」

 

それでも猛攻に怯まず、目的を果たそうと全力で応答する虎杖。

そんな後輩を目に、東堂はいつものように流れを辿る。

 

「虎杖悠仁」

 

短いながら、冷たいながらも質問に率直に答える。

その顔に浮かばせる表情はどこか、決意を固めたようだった。

 

「そうか、虎杖悠仁。オマエに1つ聞きたい事がある。──どんな女が好み(タイプ)だ?」

 

「やれ、原作通りだな」

 

予想していた道よりも僅かに外れ、されども道を戻した様に青年は──柊陽彩は安堵の息を吐く。

 

もっとも、その安堵は脆く、柔い物で───。

 

「強いて言うなら⋯⋯(ケツ)身長(タッパ)のデカい女の子⋯⋯かなぁ、ジュニファ・ローレンスとか⋯⋯」

 

「地元じゃ負け知らず⋯⋯か。どうやら俺達は"親友"のようだな」

 

「今、名前聞いたのに!?」

 

「はぁ⋯⋯」

 

いとも容易く崩れてしまう事を彩は忘れていた。

もっとも、この会話の後に訪れる人物らを、その者たちに東堂がどのようにして接するかまでもを忘れていた訳ではない。

 

鬱蒼とする樹木の葉を揺らし、心を安らかにさせる自然の音を鳴らす風。

黒光りするリボルバーに、刃に太陽の光を反射させる刀。

呪力にて動きを得る傀儡と弓を構える糸目の男。

 

そのどれもが顔を合わせ、あるいは言葉を交わした京都校の仲間である事を彩は知っている。

 

発射された弾丸を警戒し、回避の途中でシン陰流の抜刀をされるも、大きくバク宙する事によって回避する虎杖。

傀儡の光線が放たれる直前、糸目の男と虎杖の位置が入れ替わる。

彩の知識では手を叩く事によって発動する東堂の術式、不義遊戯であると頭に据えているが、拍手喝采、手を弾く音は耳に入らない。

あるいは叩かれた両手は、音すらも聞き逃すほどに高速に叩かれたのか。

 

ともあれ、どうやら東堂の"凄み"に怯んだ京都校もとい虎杖殺害組はそれぞれに散ったらしい。

記憶が正しければ加茂は恵、三輪を真希といった風に相手しているはずだが。

今は目の前の攻防に目を移すのに集中するべきと言えるだろう。

 

頬に打撃を喰らいながらも東堂の鼻へと振るわれる拳。

同様に鼻を挫かれながらも、前へとその巨躯を使って圧を出しながら進み、拳を伸ばす東堂。

その際に隙を作り、虎杖の腹の中心を拳で撃ち抜く事に成功した東堂だったが、打撃の着弾と同時に後ろへと飛ぶ事によって衝撃を受け流す虎杖。

すぐさまにあった枝を握り、鉄棒のような動きで東堂の顔を狙う蹴りを放つ。

 

スライディングによってそれを避けた東堂は瞬間、背後を向くがそこに虎杖の姿はない。

直後に感じた後頭部の痛みによって虎杖が枝を足場として利用し、東堂の真上へと飛んでいた事を知る。

 

立て続け、防御する為に前に伸ばした東堂の腕を強引ながらにも引っ張り、崩した瞬間に顎へと攻撃を叩き込む虎杖。

その拳のやり取りの様はさながら、ボクシングチャンピオン同士の戦いでも見られぬ壮絶な攻防。

 

しかし、

 

「ちっっっがーう!!!」

 

突如、大きく発せられる東堂の声。

虎杖の強さを、実際に戦っている彼は身に染みて分かっている。

だが声を荒らげて怒る、それもそのはず、東堂には思う所があった。

 

虎杖(マイフレンド)!! その時間差でぶつかる呪力!! それはオマエの悪癖だな?」

 

「逕庭拳のことか? なんだこの人、急に⋯⋯」

 

逕庭拳(ソレ)で満足している限り、オマエは俺に勝てん!! そのレベルで満足していると俺とオマエは親友ではなくなってしまう⋯⋯いいのか?」

 

「どうしようそれは別にいい」

 

目の下に汗を流しながら、困惑した表情で応答する虎杖。しかし、

 

「──弱いままでいいのか?」

 

「よくねぇよ!!」

 

「そうだろう!! 親友(マイベストフレンド)!!」

 

奇しくも、敵である東堂の一言は虎杖の心に、やる気に火を灯した。

 

『でも先輩、やるからには勝つよ俺』

 

東堂の一言は、忘れていた虎杖の本心を、目標を思い出させた。

 

【目より先に"手"が肥える事はない】

 

良し悪しを見抜く"目"を養わねば、作品を生み出す"手"の成長は望めない。

表現者の間でよく使われる文句、これはあらゆる専門(ジャンル)に共通し、"目"の良い者の上達速度はそうでない者のそれを遥かに凌駕する。

 

あるいは手よりも先に、目が肥える程に卓越した腕前を、そうならざるおえぬ程に怠惰を働かせてしまう、圧倒的な才を持っている者は別であるが。

 

右横拳を放った東堂に対し、咄嗟的に左構えの縦拳。

伸びすぎた拳を引っ張るように、二の腕を掴んでは防御を崩し、がら空きの顔面に放たれる打撃。

 

片手片足にて流れるように崩される東堂のバランス。

地に伏す東堂の額へと虎杖はすかさず追撃、拳を叩き込むが──。

 

「オマエに食ってほしいのはそこじゃない」

 

腕が伸び切る前に顔を前に出し、額にて攻撃を受けきる東堂。

逕庭拳という技として扱えるながらも、基礎がなければ悪癖にしかなり得ないそれのせいで致命打になり得ない。

 

「オマエの『逕庭拳』は人間離れした身体能力に通常、遅れることのない速度の呪力が遅れることで生まれるものだな。⋯⋯トリッキーだ。並の術師では何が起こったか分からず、混乱するだろう。威力も十分」

 

口から出るは絶賛する言葉。

しかし、東堂は「その程度の相手ならな!」と言葉を紡ぎ、

 

「特級には通じないぞ。どうする、親友」

 

「⋯⋯俺の全力にドンピシャで呪力を乗せる」

 

good(グッド)。ではなぜ呪力が遅れるのか。それは呪力を"流して"いるからだ」

 

「!? ?? いや⋯⋯流す速度を上げようって話だろう?」

 

「呪力を"流す"。多くの術師がこれを意識的に行っている。"腹が立つ"、"腸が煮えくり返る"。負の感情から捻出される呪力は臍を起点に全身に流すのがセオリーだ。臍から胸を通り、肩・腕、そして拳へと呪力を"流す"。この体を部位で分ける意識が呪力の遅れを生む。"呪力を流す"⋯⋯これ自体は間違いではない。しかしそれは"初歩"。その意識に囚われ過ぎてはいけない。一流の術師ほど呪力の流れが読みづらいものだ。オマエとは違う理由でな」

 

そして、東堂は悟ったような顔つきで口を開いて、

 

「俺達は腹でモノを考えるか? 頭で怒りを発露できるか? いいか虎杖⋯⋯俺達は全身全霊で世界に存在している。当たり前過ぎて、皆忘れてしまった事だ」

 

「ありがとう、東堂。なんとなく分かった」

 

「⋯⋯もう言葉はいらないな」

 

言葉の終わりと共に、手合わせと同時に戦いの幕が上がる。

摩訶不思議な友情と共に。

 

 

 

 

 

※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

『死して賢者となりなさい』

 

伏黒と加茂の戦いは目から触角を生やす謎の呪霊の乱入によって止められた。

 

東京校の敷地内に建てられた専用の建物⋯⋯その内部にまで広がる植物の根は乱入してきた呪霊の術式による物。

恐らくは捕まった瞬間、植物繋がりで木の枝のように折られるだろう。

 

「大丈夫ですか狗巻先輩」

 

「シャケ」

 

逃げながら薬品を飲む狗巻とそれを庇うように並んで走る伏黒。

後ろから迫り来るは正に建物内を侵食する植物だ。

その植物の中でも宙にて固定されるが如き、浮遊の元に鎮座する鞠型の根は一際、異質な雰囲気を醸し出している。

前を向いてただ走る狗巻と伏黒に反し、背後を警戒する加茂の考えはあながち間違っておらず──。

 

「来るぞ!!」

 

れ』

 

口から発した言葉、その内容を具現させる呪言。

狗巻の術式であるそれが植物にも反映され、槍のように伸びかけた根をすんでのところで止めさせる。

その流れを読み取っていたかのように、自然な動きで血液を収束──噴射。

合わせた両手の隙間から溢れ出るように、しかし、確かに鋭く高速噴出された血液は弾丸のように放たれ、呪霊の触角を穿った。

 

若干の損傷、若干の肉体の揺れによって隙を作らせ、階段を駆け上る。

 

「狗巻先輩が止めてくれる。ビビらずいけ」

 

瓦の上にまで逃げた3人の内、伏黒が式神を召喚する。

小さいながらも電気を纏い、放電する事が可能な鵺によって遠距離攻撃。

伏黒が言っているように呪言にて足止めをした瞬間を狙うという寸法だ。

 

もっとも、狗巻と呪霊との格差が激しく離れている事は周知の事実であるし、呪言が放たれなかった事によって鵺が反撃を食らう事もまた、原作知識で知っている。

 

故に、

 

「あ、あ゙ー゙、ゴホン。⋯⋯『』」

 

『⋯⋯!』

 

意識外からの攻撃。

目の前の敵に油断していなかったから、警戒していたからこそ刺さった術式。

模倣術式によって放たれた呪言はその効果を完璧に再現する。

 

静止する呪霊の肉体に衝突する鵺。体から放電される電気は少なからず、呪力で構成されていながらも肉体を形作ったそれに麻痺を与える。

 

「味方と思っていいんですね!?」

 

「今はな。それよりも時間稼ぎだ」

 

短いながらも透き通った緋色の髪を風に揺らし、短髪に比例するように伏黒の問いに短く答える。

模倣術式を所持した術師──柊陽彩だった。

 

どうやら建物の頂上に位置していたらしい。放った呪言は正しく呪霊の背後から耳元で囁くように放ったのだろう。

今も尚、呪霊の四肢はその場にて固定されるように静止している。

彩は攻撃するまでもなく、その体を動かさない。

目の前の呪霊を目に据えながら、まるで秒数を数えているかのように静かに唇を動かし──。

 

「準備を」

 

「分かってます!」

 

体を僅かに左方向へと傾けた直後、彩の背後から現れるは一閃の輝き。

銀色の光を放つと共に、振るわれた一撃は呪霊の触角を狙う。

しかし、呪言による拘束が解除され、片腕にて刃を砕かれる。

 

同時に彩の言葉と共に伏黒が二振りの呪具を投げ飛ばす。

真希へ三節棍、彩には黒い刃を持つ短刀を。

 

三輪から奪い去り、今し方に壊された日本刀を握り締めていた真希は軽い跳躍の元、空中にて三節棍──游雲を両手に握る。

縦回転にて軌道を描き、落下する短刀の柄を掴むは彩。

並び立つようにして武器を持ち、挟み撃ちの形で伏黒が立ち尽くす。

 

三体ーの形で呪霊を──花御の足止めを行う。

 

「足引っ張んじゃねぇぞ」

 

「ああ、頑張ってみる」

 

真希の煽りに呆れ声で対応する彩。

同時に三節棍が真希の胴体の外側を回り、遠心力を付与した一撃が呪霊へと襲う。

瞬時に出現させた鞠型の植物3個にて衝撃を吸収⋯⋯同時に3本の槍の根を伸ばして攻撃するも、彩の一閃にて相殺され、消滅。

 

彩は特級との戦いで優位を取れるとは思っていなかったものの、実際は原作知識による事前情報によって戦局は大きく傾いている。

鞠型の植物を仮称で『丸槍』とでも呼ぼう。

第一に花御の術式は呪力を纏った植物の具現及び出し入れだ。

出す時は瞬間的に、消える時もまた瞬きの間に。

しかし、丸槍には二段階の動作が置かれている。

一段階目に『具現』で現れ、二段階目に『攻撃』だ。

空中にて現れ、その根を変形させて槍のように刺突を放つ。

 

その速度は高速ながらも一般術師が見逃す程ではない。

回避は無論ながら、先程に彩がしていたように攻撃でかき消す事は容易い。

 

つまるところ、

 

「──しッ!」

 

『ぐ、う』

 

彩の一太刀を防ぐのに片腕を、そして防御の隙間を射抜くように放たれた真希の一撃が花御の左脇腹を穿つ。

すかさず、召喚された玉犬・渾の鉤爪が背中を引き裂き、呪力の消耗を促す。

チェックメイト、正しく今の花御は手詰まりだ。

どう足掻こうとも八方塞がり、文字通りに『腕』が足りない。

 

時間稼ぎであるはずの猛攻を防ぐ事は愚か、避ける隙さえ与えられず、着実にその身に攻撃を刻まれてゆく。

 

彩の蹴りに足を掬われ、転びかけた側頭部に三節棍の打撃が振るわれる。

衝撃によって吹き飛ばされた花御は建物の上から外へ、続くように地に落下した衝撃で轟音が鳴り響く。

 

「俺はもう少しだけ見ておくが、君たちは逃げた方がいい。あの戦いに手は出せれないからな」

 

「行けるか!? 虎杖(マイフレンド)!!」

 

「応!!」

 

 

 

※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

「俺は手を出さんぞ。虎杖、オマエが『黒閃』をキメるまでな!! 黒閃をキメられず、オマエがどんな目に遭おうと俺はオマエを見殺しにする!!」

 

「押忍!!」

 

茶番のようにありきたり、されど、熱く感情が込められた言葉にはさながら、覚悟を決めた者への煽りとしての言葉なのだろう。

それに反応するように虎杖は声を上げ、目の前の呪霊へと視線を移す。

 

「オマエ、話せるのか。ーつ聞きたいことがある。──オマエの仲間にツギハギ面の人型呪霊はいるか?」

 

『⋯⋯いる、と言ったら?』

 

瞬間、地に振るわれた拳によって瞬間的に水飛沫が巻き上がる。

怒りによって巻き起こされた膂力は強く、圧倒的な破壊力を持って水のカーテン、自然の煙幕を発生させる。

煙幕を貼りながら、2欠片の石を投擲。頭ごなしに攻めず、視線の誘導を兼ねて放たれた小石は呪霊の左腕を覆う袋へと直撃。

しかし、誘導目的である事を推測しながら、背後を振り返る呪霊。

 

その先にいる虎杖へと鞠型の植物──丸槍を放つものの、瞬間的に放たれた4発の蹴りにて動作をキャンセルされる。

 

(動体ガラ空き!! 手加減した打撃で油断しまくってる今ならキマる!! 『黒閃』!!)

 

放たれる拳。しかし、直撃したそれは黒い呪力を散らさない。

攻撃する寸前、虎杖の脳裏に浮かんだのは吉野順平の最期と伏黒の言葉。

 

「クソ!!」

 

怒りのあまり、有り余る身体能力に呪力を合わせる事に失敗。

地に張られた植物の牽制攻撃によって距離を離され、致命打を与えるチャンスを失う。

 

虎杖(マイフレンド)。"怒り"は術師にとって重要な起爆剤(トリガー)だ。相手を怒らせてしまったばかりに格下に遅れを取る事もある。逆もまた然り、"怒り"で呪力を乱し、実力を発揮できず負ける事もな。伏黒を傷つけられ⋯⋯そして何より親友である俺との蜜月に水を差され⋯⋯オマエが怒髪衝天に陥ってしまうのはよぉーく理解できる。だがその怒り、オマエには余る。今は(・・)納めろ」

 

(仲間割れ⋯⋯なのか?)

 

頬へと放たれた一撃はビンタ。話の始まりに放ったのを含めればトータル2撃。

東堂から虎杖へと激励の意で行われた物に目をやり、仲間割れかと一瞬は疑う呪霊。

が、

 

「消えたか? 雑念は」

 

「ああ、雲一つねぇ。─Thank you so much(サンキュー ソーマッチ)東堂(ベストフレンド)』!!」

 

虎杖の意識から雑念、雑音が消失する。

凪のない海面、波紋の浮かばない水面。

広大な大地にとって生物の行いが等しく小さく、無意味である事。

その集中力を一言で表すならば、静けさを保ちながら、威厳を放つ『大自然』と言わざるおえない。

 

第一に、大地への念で生まれた呪霊である花御本人がそう捉えているのだから。

 

【『黒閃』。打撃との誤差、0.000001秒以内に呪力が衝突した際に生じる空間の歪み】

 

【威力は平均で通常の2.5乗。『黒閃』を狙って出せる術師は存在しない。だが、しかし⋯⋯】

 

【『黒閃』を経験した者とそうでない者とでは呪力の核心との距離に天と地程の差がある】

 

(凄まじい集中力⋯⋯!)

 

口端から涎が糸のように垂れ下がり、川の水へと着陸するように落下する。

 

【打撃との誤差0.000001秒以内に呪力が衝突した瞬間、空間は歪み──】

 

「呪力は黒く光る⋯⋯ね」

 

「成ったな」

 

脳内に保管された黒閃の説明を脳内で、重ねて口に出して咀嚼する彩。

遠くながらもその動きを、その集中力を見た彩と近場で観察する東堂。

違いはあれど、どちらも心に生じた驚きは凄まじいだろう。

なにせ、彩はこれまでの術師人生において黒閃を経験していない。

故に反転術式、術式反転のどちらも扱えず、呪力効率も並レベルだ。

 

それを1年が、宿儺の器ながらも身に収めた指の数、僅か4本。

呪物が彼に与えている影響は膨大な呪力の内、20分の4に過ぎない。

天から与えられた才、彼の集中力はそう言わざるおえない。

 

「今のが『黒閃』⋯⋯!」

 

「呪力の"味"を理解したんだ。オマエは今まで口に入れたことのない食材をなんとなく鍋に入れて煮込んでいるような状況だった。だが『黒閃』を経て呪力という食材の"味"を理解した今、呪術師(シェフ)として3秒前の自分とは別次元に立っている。おめでとう(コングラッチュレーション)超親友(ブラザー)。オマエは強くなれる」

 

虎杖の声に反応し、説明、解説を行う東堂。

並び立っては互いを高め合い、そして互いに競い合う姿はさながら古き良き親友の様だった。

 

「治んのか!」

 

「呪霊の体は呪力でできている。人間とは違い、治癒に高度な反転術式は必要ない。特級となれば、あの程度の怪我わけないさ。だが確実に呪力は削れるし、急所(あたま)を潰せば終了だ。──さあ、調理を始めようか」

 

戦闘態勢を整えた2人に並び、左腕を覆っていた袋を破き捨てる花御。

露わになった黒い腕と共に、呪力反応が強く高まり──。

 

「なんつー攻撃範囲!!」

 

「ビビるな! その分、強度と速度は低い!!」

 

瞬間、地面から斜めに生え伸びる植物の根が虎杖らの足場を奪う。

そして虎杖の真後ろの凹っと突起した根の隙間から現れた花御。

指で弾くようにして放たれた呪いの種子が空振り⋯⋯虎杖らの顔の真横を通り抜ける。

その隙を狙い穿つようにして拳を叩き込む虎杖と東堂。

 

両腕で防御していながらも、その衝撃に後退りしてしまう。

 

そのままの勢いで再度、同時攻撃を行おうとするが、

 

『大地の有難味を知るといい』

 

花御の足元に現れた丸槍を残し、植物が一瞬にして消滅する。

それは文字通りに足場が消える事を意味し、そのまま虎杖らは真下へと自由落下を行う。

しかし、落下中にも花御は手を緩めない。

両腕を解禁したこと、それ即ち全力を尽くすということ。

 

落下してゆくその最中、空中では回避はできぬだろうという考えで丸槍から2本の根を放つ。が、

 

「ブラザー!」

 

足裏を合わし、互いに蹴り飛ばすようにして刺突を回避する虎杖と東堂。

空中にて回避を行うその姿は正しく、空中にて飛び散る花火が如き美しさ。

 

回避として行った蹴りがそのまま落下の勢いを弱め、着地を可能にする速度までに低下させる。

 

その様を上空から見る花御の心には一つの光景が映し出されていた。

 

 

 

【花御はさ、もっと正直になりなよ】

 

海辺、パラソル下にて優雅に過ごす真人がそう呟く。

 

【何も偽っているつもりはありませんよ】

 

【嘘つきって言ってるわけじゃないさ。君の戦う目的は知ってる。でもその過程⋯⋯『戦い』という今現在をもっと楽しんだ方がいいと思うよ】

 

重ねて、花御の声に真人は言葉を返す。口から出るその声にはどこか、他者を可哀想に思う、哀れみの感情が含まれていた。

 

【真人は楽しいのですか】

 

【まぁね。でも最中感じる愉悦が快楽が動機になったのはごく最近だよ。気づけば欺き、誑かし、殺し、いつの間にか満たされている。人間が食って寝て犯すようにこれが呪いの本能なんだろう。俺達は理性を獲得したかもしれないし。でもそれは本能に逆らう理由にはならないよ。魂は本能と理性のブレンド⋯⋯その割合は他人にとやかく言われるもんじゃないけどさ⋯⋯】

 

【君の魂は少し窮屈そうだ。花御ってさ、本当はもっと──】

 

 

 

 

 

 

【強いんじゃない?】

 

脳内に響き渡る音、声、言葉。

振るわれた片手と共に咲き乱れる花畑はさながら、躍動した心が反映されているかのように美しく、乱雑に地に生え茂る。

 

戦いとは相反する存在、それが花。

平和の象徴とも言えるそれが足元を覆い、虎杖らの戦意を一時的に失わせ、視線を下へと向けさせる。

 

瞬間、地面から生えるは尖鋭な植物の根。

槍となって上方向⋯⋯虎杖らの上半身を貫かんばかりに伸びでてゆく。

しかし、その槍の数々を穴に糸を通すような繊細な動作で避けきる二人。

 

「大丈夫か虎杖(ブラザー)!!」

 

「無問題!!」

 

「重畳!! では、俺の術式を解禁する!!」

 

「前使ってなかった?」と小さいながらも言葉に出した虎杖にもはや東堂は言葉を返さない。

そうしなくても考えている事が、言わんとしている事が伝わると絶対的な信頼を抱いているのだから。

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