影を媒体に式神を顕現させ、扱う十種影法術において、人型である摩虎羅は異例と言えるだろう。無論、顎吐などを含めれば人型なのは摩虎羅だけとは言えないが、飽くまで顎吐は渾によって生み出された、いわば改造式神だ。して、他の式神とは一線を画す摩虎羅の性能は如何ほどな物だろうか。
「十種影法術は摩虎羅が破壊された時点でその性能を失う」
「⋯⋯気づいていたか」
方陣の破壊、即ち摩虎羅の術式機能の停止。摩虎羅の存在が意味を無くすと同時に、宿儺の十種影法術は擬似的な死を迎える。呪術廻戦と言う作品を読んでいた一定の読者から、摩虎羅と言う異例の存在は"縛り"によって生まれた物なのではないのかと言われている。
「位相⋯⋯」
「させるか!」
呪詞を詠唱し始める五条を前に走り出す宿儺。調伏困難な性能と、破壊された時点で術式が意味をなさなくなるという"縛り"から生み出された摩虎羅がいなくなった今、宿儺は二つあった勝ち筋を一つへと減らしたと言える。しかし、宿儺が真に摩虎羅へと抱いていたのは対五条悟における奥義としてではない。
「波羅蜜、光の柱!!」
「はァ──!!」
呪詞自体は唱え終えた。が、領域展延を用いて宿儺が殴り掛かる。茈の使用直後にて、術式へと割いているリソースが減っている現状、無下限バリアの耐久度はそう高くない。顔へと放たれた拳はそのまま美形を
『術式反転・赫』
────れない。敗北を味わった事がない、それ故に『最強』なのだ。バリア型ではなく、部分的に具現された無限は領域展延をも防ぎ切る。完璧な防御の元に放たれた『赫』は宿儺の胸元へと直撃し、表面を削り取ると共に強く吹き飛ばし、距離を大きく突き放す。直後、宿儺の領域である伏魔御廚子が崩壊する。
「前みたいには逃がさないよ」
瞬間、乾いた音と共に五条悟が掌印を結んで──、
『表裏の間──虚式・茈』
────荒野の荒地が削り取られる。
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「な、ぁ⋯⋯貴、様」
「生徒に頼り続けるのは僕のポリシーが許さないんでね。最後は
なんの前触れもなく放たれた茈が、戦いの幕が開かれた際に放たれた200%の茈と相違ない威力を、否。同等の威力を発揮したのには理由がある。
「摩虎羅がない今、オマエに勝つ事はできない。さっきまで戦ってくれていた生徒に代わってもう一度言おう。────僕の勝ちだ」
万と戦っていた学生五条、そして虎杖を助けた五条の真実。それは呪具と術式を行使して全てを模倣した『柊陽彩』の存在に他ならない。して、先程まで戦っていたのが彩であるのならば、先程の茈の威力、その原理はどういう事であるか。
「歌姫と爺ちゃんに頼んでもっかいやってもらってた。そこを彩が模倣した不義遊戯で入れ替え、やったってワケ」
「⋯⋯小癪な」
気づけば五条の話を聞いている宿儺の体が元通り────否、その肉体を膨張させ、あるはずもない2本の腕を追加で生やしているではないか。受肉の再開によって顕現する『呪いの王の肉体』は異彩を放つものの、受肉をする理由となったのは目の前の最強の呪術師の他ならない。付け加え、呪いの王を蹂躙していたのはただの学生だったという事実。
「しィ────が、ぁ」
そんな屈辱な真実を頭に据えながら、なおも呪いの王──宿儺は拳を振るう。無下限バリアを突破するべく、領域展延を付与した攻撃を行うも、体をねじる事によって避けられる。長い足から放たれた蹴りはカウンター気味に宿儺の腹部へと突き刺さり、食い込んだ一撃が呪いの王、その肉体をくの字に折り曲げる。
「渋谷事変から数ヶ月。僕が何もしてないとでも思った?」
密かに行われていた五条悟と彩の入れ替え修行。他の術師達に隠しながら、冥冥らには教えていたというのだから、消費した金銭の桁は国家予算にも届く程である。ともあれ、完全体宿儺を模倣した彩との戦闘訓練に加え、新たな拡張術式を得た彩、その拡張術式の感覚の共有と、五条悟と言う最強に流れ込んだ
『茈』
「────」
蹲りながら声をあげる宿儺へ、
「『蒼』、そして『茈』。⋯⋯『紫微星』」
茈によって腹のほとんどを削り取られ、地へと倒れた宿儺への紫微星。極小の茈と蒼によって実現した最低出力の紫微星はなおも破壊の力を宿し、宿儺の肉体を首から下まで消し飛ばす。本来ならばここで命は途絶え、消えているはずであるが。
「お呼びだ『猿の手』。⋯⋯伏黒恵の体から両面宿儺を追い出せ。加えて伏黒恵の肉体を完治させろ」
『ONE』
TWO
完全体であるが故、呪いの王であるが故、その生命活動は未だ停止していない。そして猿真似呪法の拡張術式である『猿の手』は主に概念や理に干渉する、彩の物でありながら扱いきれていない暴走した能力だ。それ故、願いを唱える対象者が変われば、たとえ彩の手から離れた状態でも役目を果たす。
「さぁて。僕は恵と一緒にみんなの元へと戻るよ。宿儺の扱いは⋯⋯悠仁と決めな」
「勿論」
最低限の会話を元にどこからともなく現れた彩が手を叩き、五条悟がいたはずの場所から虎杖悠仁が現れる。その場にいるのは彩と虎杖悠仁⋯⋯呪いの王の残り火と言える宿儺だ。ボロボロに蹂躙され、ナメクジのような不安定な形へと変えた今、呪いの王と言えるかは怪しい所であるが。
「冥さんの術式で見てたろ虎杖。宿儺の扱いはどうする? 殺すか戻すか」
「⋯⋯戻したい。こいつは生まれが悪かっただけでって、なんとかなるかもしんないって、
「おい、待て小僧。俺は戻らんぞ」
短い話し合いの末、肉体へと戻す事を決意する虎杖であるが、呪いの王はそれを良しとしない。死の瀬戸際でさえ、呪いの王は孤独を貫こうとする。が──、
『戻れ』
「────」
突如と現れるスピーカーは構築術式によって生成された呪具だ。使用する事のなかった万のではなく、彩の模倣によって作られた文字通りの模倣品。それを通じて放たれる言葉、呪言を元に小さな宿儺が虎杖の口へと、強制的に飛び込みさせ、喉を通って体へと宿らせる。
「後の関係はそっちでやりな。俺は俺で、色々と忙しいから」
五条悟へと肩を並べかけた呪術師『柊陽彩』はそれだけ呟き、乾いた音と共に瓦礫を残してどこかへと消える。ただただそれが最善と言わんばかりに。