猿も木から落ちるレベル   作:緑ちょこ

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投稿が遅い故、本文も少し多めにしておきました。
後半、戦闘描写がアレな感じですが暖かい目でご閲覧ください。

2025/11/21・誤字修正

2026/2/6 誤字修正


第2話「契約と約束」

小3のとき、俺にナマこいた高校生をボコった。

 

年上だろうと生意気は生意気⋯⋯相手が俺をナメてて俺がナメられてると感じる、その瞬間にゴングは鳴ってんのさ。

 

面白くなんてない。退屈な奴をひねったって退屈に決まってんだろ。

 

「ナイスファイト!! 少年(ボーイ)!! どんな女がタイプかな?」

 

傍から見れば高校生に殴り掛かるなんて無謀を働いた俺を止めようとしない、だらけきった大人の一人だなんて認識してたんだと思う。

でも俺はそんな退屈で捻くれた雑音が耳に入らなかった。

 

俺にとって彼女が、否。師匠が傍観してくれていたのは"勝てる"という見込みがあったから、とかそんな野暮な物じゃない。

 

それはきっと──、

 

「誰? アンタ」

 

一人の男として見てくれていたからなのだと、退屈が裏返る予感と共に、俺の人生の歯車が回り始めた。

 

 

※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「俺からオマエに言えることはただ1つ!! 止まるな!! 俺を信じろ!!」

 

「オッケー2つね!!」

 

始まりはいつだって些細な物だ。

あるいは本当は既に始まっていて、本人がそれを認識できていないだけなのかもしれない。

しかし、人の生と言うのは決して静止画のように固定された物ではない。

 

(彼奴の手札を整理しよう!! 地面より発生する"木の根"。これはおそらく本数と射程を絞るほど強度と速度が上がる。"木の鞠"⋯⋯1つの鞠から1.2本の攻撃。その後消滅、滞空可能、時間差に注意か。⋯⋯"呪いの種子"、伏黒が喰らっていたモノだろう。1つでも撃ち込まれたらアウトか? その分、乱発はないと信じたい。"お花畑"!! 気が緩んでしまうようだが、さっきの負傷で気つけが効いてる。そこまで警戒は必要ない。更にあの解き放たれた左腕⋯⋯!! そしてこれら全てがブラフである可能性!! だがどんな術式も発動させなければいいだけのこと!! 不測の事態を考慮した上でIQ53万の俺の脳内CPUがハジき出した結論は⋯⋯"勝利(ビクトリー)"!!!! 何故なら俺は独りじゃないから。虎杖(ブラザー)、オマエがいるから!!)

 

昂る感情に突き動かされる体、それを抑制しようと働く脳内はショート寸前どころか至って冷静だ。

"あの時"も同じく、焦らずクールに自分を客観視できていた。

アニメや漫画で主人公らが逆転勝利する時にかかるBGM⋯⋯勝利を宣言する円舞曲が正に今!! 流れている!!!

 

あの時のように、今も!! 退屈が裏返る!!!

 

※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

「さて⋯⋯いよいよ俺の存在価値が疑われてくる頃だな」

 

虎杖vs東堂を眺めていた時のように柊陽彩は静観していた。

もっとも、瞳に映し出される映像は植物の根に足を掻っ攫われ、乱暴にも振り回された後に投げ捨てられた東堂の無様な姿なのであるが。

 

ともかく、現状はブラザーズ二人が特級呪霊である花御へと戦っているといった様だ。

今後の展開を考えれば手数は多い方が良く、花御の動きにも集中したい所ではあるものの、

 

「"帳"が!!」

 

「五条がやってくる⋯⋯いや、この表現は正しくないか。訂正すれば⋯⋯」

 

「──茈がやってくる」

 

子供用のシャベルで掬い上げられた公園の砂場。

あるいは鉄製スプーンでくり抜かれたアイスとでも表現するべきか、底が見えぬほどに削り取られた大地のみが"それ"を通った事を証明する唯一の証拠。

 

五条家秘伝の奥義たる虚式・茈の威力は壮絶な物だった。

 

ともあれ、この後に予定されている事は彩とて忘れた訳ではない。

特級の襲撃に会って中断される交流会⋯⋯しかし、五条悟と東堂葵の意見によって個人戦でもなくくじ引きにて野球をするといった始末。

 

だがしかし、それだけではつまらない上に彩的には求められていない、欲しくない未来だ。

流血沙汰がないに越した事はないが、強くなれぬのなら意味はない。

 

ならばやる事はただ1つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くじ引きで決めましょい! っつーことで、どれどれ⋯⋯」

 

「どうした悟。馬鹿面して⋯⋯て、これ」

 

「俺は虎杖(ブラザー)と戦えるのならなんでも構わん!」

 

「しっかし、入れた覚えはないんだけとねぇ」

 

悟の手の中に握られていた紙に記されていた競技は『個人戦』だった。

 

 

※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

個人戦は個人戦⋯⋯そのルールはなんと勝ち抜きトーナメント方式に決められた。

場所は東京校内の敷地内にある小さな建物であり、普段は模擬戦などはグラウンドにて行うものの、今回は交流戦という事もあってから畳張りの小さな小屋を借りる事となった。

さて、どのようにして彩がくじ引きに細工をしたのかといった疑問が残っているであろう。

まず大前提として五条はくじ引きに不正行為を働かせていた。

くじのそれぞれに大小と違う総量の呪力を込めていたのだ。

精密に呪力を視る事を可能とする六眼持ちの五条であれば、予め設定した呪力の弱強によってくじの内容を判断できる⋯⋯といった物。

それを模倣術式もどきでちょちょいと再現した不義遊戯で個人戦と書かれたくじと入れ替えたという物だ。

 

顔を傾げて悩んでいた五条であったが、その実、呪力の違いで犯人を見破っていた事だろう。

 

ともあれ、

 

「第一回戦は恵ちゃんvs憲紀くんでーぇす! それじゃ⋯⋯スタート!!!」

 

「やれ、先程の続きという訳だ。悔しくても泣かないでおくれよ」

 

「素直に負けるつもりも、泣き喚くつもりもありませんから」

 

五条悟のスタート合図にて両者、僅かに離れた箇所から声を交えて動き出す。

地面は畳張りに壁は土壁、端っこらに五条、東京校、京都校のメンツでそれぞれ待機して観戦といった形。

 

ともあれ、戦闘は始まった。

今回の個人戦でのルールは武器あり術式ありと言った内容の物であり、禁じ手などは一切ない。

 

「玉犬・渾」

 

「赤鱗躍動」

 

呟かれるにようして両者、術式の使用を始めに牽制攻撃を行う。

体内の呪力を操作し、身体能力を一時的に強化する赤鱗躍動を扱い、急接近する加茂。

対して使役する式神は玉犬を渾によって合わせた狼型の物であり、強化された四肢、牙は速度と破壊力共に対人で輝く優れものと言える。

顔に浮び上がる特殊な文様がはっきりと見えるほどに、瞬間的に伏黒へと距離を詰める加茂。

それを視界に入れながら、飛びかかって鉤爪による斬撃を放つ玉犬。が、

 

「赤縛っ!」

 

放り投げられたパックが破け、溢れ出す血液が式神の体を包み込む。

それは赤血操術の弱点である大量の出血を補う唯一の方法⋯⋯予めに保存していた己の血液を懐に忍び込ませる物だ。

縄状に変化した血液は玉犬の四肢を一括りに繋ぎ、急速に縮んだそれが強く縛り込む。

その間に接近していた伏黒が両手に握り込む木製トンファーによって二閃、左右から同時の打撃攻撃を放つ。

 

が、瞬時にその場にて屈んで回避。その直後に間髪入れず、翻す体に力、体重を入れてアッパーの形で伏黒の腹を穿つ。

その猛攻は殴るに留まらず、直撃の際に裂けた加茂の拳から朱を飛び出させて──。

 

血刃(けつじん)

 

「──が、ふっ⋯⋯ぐう! まだ、まだァ!」

 

傷から漏れ出す血液が回転しながら伸び、削り取るようにして伏黒の左脇腹を負傷させる。

が、伏黒も負けず、痛みに耐えながら手印を結んで影絵を作る。

玉犬を拘束しているが故に加茂の意識に式神の二文字が消え失せていて、

 

「玉犬・渾!!!」

 

「まず──が⋯⋯ぐ」

 

「勝負あり!! 勝者、東京校1年!! 恵ちゃーん!」

 

加茂憲紀。

背後に現れた玉犬に後頭部を蹴られ、気絶。

十種影法術によって召喚、使役する式神は文字通りにただの影だ。

修復不可能な程に破壊されない限りはたとえ何者かに触れられようと拘束されていようとポケモンで言うところの"戻れ"はいつだってできる。

故に一度、敢えて相手に玉犬を拘束させ、自分に視線が移り、意識が式神から消えた思考の隙間を穿つように再度、玉犬を召喚した訳だ。

 

「さすが禪院の血筋なだけあるなぁ。術式の工夫とかで参考になる。それにトンファーでの攻撃も悪くなかった」

 

「なにせ虎杖(ブラザー)の親友のようだからな。頭は回り、体も動く。悔やむべきはその性癖だけだが⋯⋯天は二物を与えずとは良く言った物だ」

 

呟くように口に出し、反芻する彩に対して隣にて腕を組みながら伏黒の姿をどこか怪しげに睨む東堂の声はさながらストーカーのそれだ。

しかし、どちらも言っている事自体は間違っていない。

事実、伏黒は拡張術式然り未完成の領域展開然り、術式工夫の幅が広い。

宿儺には宝の持ち腐れと言われていたものの、あのレベルと比べるのは無理な話だ。

第ーに伏黒は常に呪具を携帯している。正確に言うのならば十種影法術の拡張術式によって影を媒体に呪具を収納しているのだ。

しかし、収納した物の重量を肩代わりしているという大きなデメリットも存在している。

それを踏まえてのあの飛びかかり打撃⋯⋯正しく文武両道と言わざるおえない。

 

ともあれ、

 

「第2回戦! 真希vs真依!! スタート!!」

 

「負けても泣き喚くんじゃねぇぞ真依」

 

「その発言は二番煎じという物よ真希」

 

妹ながらもその振る舞いは姉御が如き、麗しい動作と言う物だ。

ボーイッシュかつサバサバした雰囲気の真希に反し、重ねるように妹である真依は女性らしい格好と雰囲気だ。

手に握るはリボルバー。実弾ではなくゴム弾だと思いたいが、シリンダーから顔を覗かせる弾薬にその質感はない。

 

が、両者負けず劣らずも、姉妹ながら纏う圧は、殺気はどちらも同じだ。

若干、真希へ対する真依の殺気は試合のそれよりも黒く、含まれる感情が複雑にも思えた。

 

ともあれ、妹の真依が拳銃⋯⋯リボルバーを持っているのならば姉である真希は何を獲物として選んだのか? 呪力なき恵まれない体を酷使して戦うには、呪力が纏われた武器の他にあらず──。

 

「──うぅらァ!」

 

「くっ、嫌なものを!」

 

瞬きと同時に3歩。数だけでは少なく、短い距離しか稼げていないと思うかもしれない。

しかし、不完全ながらも与えられるはフィジカルギフテッド。その体に宿された身体能力は高く、たった3歩で真依の真正面へと近づき、手にする武器を振るう。

 

獲物を見つけて唸る蛇腹のように、あるいは奴隷の調教に扱われたムチのようにしなり、されど、木製の質感からは違わない破壊力。

咄嗟的にリボルバーを持っていない左手を前に出し、三節棍──游雲の一撃を防ぎ切る。

 

もっとも、真希のフィジカルに対して真依はひ弱だ。

呪力強化を施していたとしても、特級呪具たる破壊力を受け止めるのは不可能だ。

 

故に、打撃の威力で後ろへと吹き飛ばされ、左手を庇うように右手を左半身へ伸ばし、地へと着けた両足で摩擦を起こしてブレーキをかける。

 

「降参するなら今のうち──っ!」

 

「降参が⋯⋯なんですって?」

 

真希の言葉を遮らせるようにして放たれた弾丸は螺旋の回転を描いて左頬の掠め取る。

弾かれた肉の裏から血液がポタポタと流れ落ち、その銃の殺傷力が虚仮威しでない事を示す。

 

しかし、真依とて無事ではない。

攻撃を受けた左腕が真紫に変色し、ブラブラと垂れ下がるようにして放置されているのだ。

恐らくはこの試合中は使い物にならない。リボルバーを握る手が右手だけなのがその証拠だ。

 

もっとも、距離が大幅に離れているが故にリボルバーを持っている真依が有利ではある。

が──、

 

「んなもん、恵の攻撃に比べたらなんてこたねぇな」

 

「クソ⋯⋯クソクソクソ!」

 

合計4発の弾丸が放たれ、いとも容易く叩き落とされる。

リボルバーの大まかな段数が6発故、残り弾数は2発。

肩に担ぐようにして三節棍を構える真希がジリジリと前へ歩み始める。

 

拳銃の反動に神経が引き攣り、痙攣する右腕。

フィジカルの弱さが故に体術は愚か、体すら鍛えていなかった。

 

もう、勝機は既に──。

 

「はい、そこまで。真依は明らかに顔狙ってたし、真希はやりすぎだよ。真希の勝ち!! はい次々」

 

「おいバカ頭⋯⋯チッ」

 

恐怖で、絶望で体が動かなかった真依の頭上で三節棍が停止する。

空中に固定するようにして静止したそれが、舌打ちをする真希の手によって乱暴に引かれる。

 

「第3回戦、彩と悠仁、前へ」

 

「は、は⋯⋯は、は、ぁ」

 

「エイムは悪くなかった。体術頑張って」

 

第3戦に向けて歩き出し、開始地点にて蹲る真依へと囁くようにして声を放つ。

たとえその言葉が軽くとも、気休め程度にしかならなくとも、彩にとって、読者目線の彩にとって禪院姉妹は守られるべき存在なのだから。

 

「さて、色々一悶着ありましたが! が! が!!! 交流戦では何もしてなかった彩くんVS!!! 宿儺の器の悠仁くん!!! 燃えますねぇ! それでは⋯⋯スタート!!!」

 

「これでも自慢の美顔なんだ。互い同士、顔を殴るのはやめようじゃないか」

 

「そりゃ結構。そんならボコスカ腹殴るだけだ」

 

彩のキザな発言に対し、虎杖が返す言葉は至ってシンプル。

こちらの願いを承諾している分だけ物騒なのは許容するべき小石と言った所だろうか。

 

ゆっくりと芯を捉えて歩く虎杖に対して彩の歩行はどこか不自然な揺らぎを纏っていた。

それは足技をメインとして戦う格闘術にて、多く見られる緩やかな動き。

静止のような鈍足さと光のような高速さ。緩急つけて戦うそのスタイルは世間にとってはあまり有名ではない。

 

しかし、両者は違わずとも1歩、また1歩と互いの距離を縮めていく。

殴られる事を、殴る事をなんら気にしていないように。その姿は横断歩道を歩く子供のように迷いがない。

 

緩やかな歩行に反して戦いの火蓋を切る開始の一撃は彩の方から振るわれた。

 

「──ふッ!」

 

「ぐッ、ぶぁ!」

 

エスコルピオン。ポルトガル語でサソリを意味するその技は奴隷発祥の格闘術──カポエイラの一つだ。

ケーダジヒンと呼ばれる姿勢は平たく言えば両手を地面につけた状態で片方の肘上に脇腹を乗せ、全体重を片腕で支える姿勢。

一見、上から殴られる、あるいは蹴られるばかりに見える体勢であるものの、実戦では緩やかな動きと共に瞬間的に行われる為、相手目線では急に目の前の敵が消えたように見える。

 

そして当然ながら、なんの警戒もなしに距離を詰めた虎杖にそれは強く効いた。

肘によって持ち上げられた腰と共に伸ばされた片足は相手の左胸を貫き、直撃させた上半身を起点に虎杖の体を縦回転させる。

なんの準備もなしに上半身に強い衝撃を与えられ、下半身にかかる力の全てが上へ上へと巡らされ、その場にて地面に背を叩きつけられるが──

 

「諦めない姿勢はいいと思うが、これじゃあまりにも一方的すぎる気がしないでもないな」

 

転ぶ寸前、虎杖の伸ばした両足が彩の足首へと引っかかる。

遠心力の全てが上半身から下腹部を通り、足へと通り抜けたそれがさながらエッフェル塔のように彩の肉体を無理矢理に立たせる。

 

しかし、その動作に深い意味はない。

蹴りのダメージは着実に虎杖へと与えられているし、キャンセルされたのは背が地面へ打ち付けられる事だけだ。

虎杖は地面スレスレに浮き、彩は直立した棺桶のようにそれを見下ろす。

足首を邪魔する虎杖の足を挫けばいとも容易くマウント状態へと移行する事ができる。

 

「この姿勢も悪い事だけじゃねぇって事だ。ほら、こうして────ふらァ!」

 

さながら上体起こしの動作で起き上がり、勢いを利用して頭突きを放つ。

が、

 

「がぎ、ぐ」

 

173cmの長身を誇る虎杖に対して先輩であるはずの彩は167cm。チビではないものの、決して高身長とは言えない背丈を相手に頭突きは当たらない。

しかし、迫る頭突きはしっかりと反映され、無防備な顎を真正面に晒す結果となる。

 

ジャブと同様に最低限の動きで放たれた至近距離アッパーが虎杖の顎を捉え、下顎を砕く。

飽くまで比喩であり、実際に砕いた訳ではない。

 

が、その場にいる誰もが打撃によって生じる轟音を聞いて骨折をイメージした。

 

脳を揺らす一撃によって足の力が抜け、衝撃のままに虎杖の体が彩の前方へと吹き飛ばされる。

追撃はせず、身長で劣っていながらもその瞳は見下しているように、地に背をつける虎杖を見下ろしていた。

 

「悟。もう俺の勝ちでいいだろ? 虎杖はもう、戦えない」

 

「さあ? それは本人次第じゃないの? さっきは真依ちゃんの攻撃が⋯⋯真希ちゃんの攻撃が当たっていたら確実に死んでいたからやめさせただけ。でも今の君は違う。蹴ったぐらいじゃ人は死なない」

 

「はぁ⋯⋯」

 

落胆したかのような表情で言葉を発する彩に対し、至極真っ当な正論を放つ悟。

しかし、戦力差は、勝敗は誰の目から見ても揺るぎない物だ。

故に悟の言葉に酷く気持ちが落ちたかのように溜息を着く。

 

その吐息に反応するかのように虎杖が上体を起こして──、

 

「ッてぇ! てかいきなり蹴りかよ!」

 

「おお、今のを喰らって起き上がるとは頑丈だ」

 

背中に腕を回し、老人のようにトントンと腰を叩く虎杖。

それを見て驚きの声を上げる彩。しかし、その声にはどこか感情が込められていない。

なにせ、虎杖の耐久力が一般のそれではない事は原作知識において⋯⋯ひいては交流戦に現れた特級呪霊との戦いにて分かっている。

 

「まだ続けるか?」

 

「おう!」

 

再開の意と共に緩やかな歩行とは一変、大きく変わって片足立ちの状態で小刻みに小さな跳躍⋯⋯言うなればケンケンパの形で構える虎杖。

疲労の様子を見せない彩は変わらず、ユラユラと左右に蠢く不安定さを醸し出しながら前へ歩く。

 

虎杖の手数の多さは分かっていながらも未知数だ。

交流戦では4連続の黒閃を経て呪力の味を、呪力操作を。

蕾が咲いて花を成すように虎杖は今もまだ成長途中だ。

 

「条件は意識が落ちたら負け⋯⋯意図的に絞め技で落とそうとするのはなしだ。なにせつまらないし華がないからな。問題は?」

 

「問題ねぇ! んじゃ、俺も本気で行くぜ」

 

虎杖がそう声に出した時、雰囲気が大きく変わったように彩は感じた。

故郷で常日頃聞いていた川のせせらぎ、昆虫の羽音が愛おしい。それが独り立ちし、都会に家を持つようになって数年⋯⋯実家へと帰った途端に自然音のどれもが耳障りに感じてくる。

結局はどの世界も界隈も慣れだと彩は思っている。

 

術師として立派になれたと自負している彩は思った。

今し方、自分の中にある胸騒ぎが自然音のそれと同類であると。

 

「──しッ!」

 

ジークンドーの縦拳は瞬間的に放つ事を可能としながらも秘めた破壊力は壮絶だ。

虎杖本人にその心得があるか否かは兎も角、肉体が本能のままに最適な行動を選択しているのだろう。

瞬間的に目の前を覆う『黒』の正体に彩は困惑した。

 

そして直後、

 

「う、ぶ」

 

顔面の正中線⋯⋯真ん中を貫いた虎杖の拳は彩の表情を大きく変えさせる。

人体の急所の一つを穿った一撃は鼻をひしゃげて大きく吹き飛ばす、はずだった。

 

拳を放った後の軌道の残り香⋯⋯後隙とも言える部分に指を伸ばし、衝撃で体が後方へと吹き飛ばされる前に五指を締める。

 

手首へとかけられた指はガッシリと固定され、風に吹かれた髪の毛のように彩の肉体を揺らしながら、しかし確かにその場に静止させる。

 

ダラダラと鼻から溢れ出す血液。喉を通り、酸素と共に気管へと紛れ込んだ朱に体が拒絶する。

血反吐を唾と共に真上へと吐きながら握り締める指の力を強めて、

 

「ブッ──!」

 

プロレスの間で使われる姑息な手、手段。

毒霧と呼ばれるそれは口の中に含んだ血液あるいは着色した物を対象の顔へと吹きかける物。

虎杖の一撃で皮肉にも鼻血は腐るほど垂れ流れているのだ。

返礼とでも言わんばかりに吹かれた朱は虎杖の瞳を覆い隠す。

 

そして掴んでいた指を離し、地に足が着くよりも早く体を動かし──、

 

「──らァァ!」

 

「────」

 

回転、回転、回転。

目視可能なだけで3回の回転を描いて彩の体はその場にて滞空する。

4回目の回転をトリガーに溜め込まれた遠心力の力が解き放たれ、蹴りという形を成して虎杖の左脇腹へと叩き込まれる。

肉の隙間に、骨の合間に食い込むような形で放たれた蹴りは爪先を凶器に虎杖を右方向へと大きく吹き飛ばす。

 

「やれ、後輩に負けてられないからな。悪く思わないでくれ」

 

「第3回戦!! 彩くんの勝ち!! さて第4回戦は⋯⋯」

 

蹴りの硬直によって体を動かせず、そのままの格好で地に背を落とし、むせながらも立ち上がる彩。

原作では主人公、されども、ここは漫画の世界ではない。

 

とはいえ、いつの日か来る魔境を境にどうせは越えられてしまうのだ。

ならば今だけ、今だけでも楽しもうではないか。

今という先輩風を吹かせれるチャンスを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

第4回戦以降は思いのほかスムーズに進み、結果的に東京校の勝利と言う結果になった。

ちなみに付け加えるとメカ丸は傀儡の整備然り色々とあるので欠席という形⋯⋯ともあれ、今現在はそのような過去話はどうでもいい。なにせ、

 

「なんだぁ? 遊んでくれるのかぁ?」

 

「ああ、存分に遊んでやるよ。ただし、橋には近づかせない。そちらの兄貴(・・)さんも含めてな」

 

埼玉県さいたま市鯉ノ口渓谷に存在する八十八橋と呼ばれる橋。原作では血塗と壊相が初登場するシーンであり、それらと戦い、伏黒恵は自身の姉を助けようとして、虎杖ら二人もまたそれに従って付き添うといった熱い場面でもある。

 

ともあれ、原作通りに行ってもなんら問題はないものの、受肉体の彼らを殺害されるのは少しばかり困る事態になる。

第一に彩は脹相を死なせたくない。必然的な物や義務的な物ではなく、前世で脹相というキャラクターの存在を好ましく思っていたからという私情から作られた考えだ。

無論、弟たちである血塗と壊相も例外ではない。

人外の見た目をしていながらも子供らしい血塗に変態的な格好故にアニメでは修正されてしまった壊相⋯⋯その二人が兄である脹相の事を強く愛しているのを知っているし、脹相がその二人を愛しているのも、生きていたら虎杖とは仲良くできたであろう事も知っている。

 

つまり、

 

「大前提としてお前ら、血塗と壊相を殺す気はない。それに伴って提案がある。お前らの雇い主の元まで俺を連れていけ。脹相とお前らが逃げる時間ぐらいは稼いでやる」

 

「お断りします。血塗や私達が『呪い』として歩んでいるのは兄さん⋯⋯脹相がそう決めたから、それを部外者の術師にとやかく言われる必要はない。それに私たちはお使いを頼まれているので、そう時間はかけられないのですよ」

 

全面的に支援する方向性である彩の言葉に返す壊相の返事は芳しくない。

彼れの心の中では常に脹相の選択⋯⋯言葉が優先されているのだ。

それは兄である脹相も同様に、弟たちがいるからこその選択をし続けている。

しかし、このまま進めば渋谷事変にて壊相と血塗は確実に死ぬ。

五条悟という圧倒的な術師を前に中途半端な戦力である彼らはついて来れず、虎杖に弟を殺されなかった脹相は虎杖を殺す理由がないから、必然的に五条悟の足止めをする事になる。

 

脹相は十中八九、弟の出陣を許可しないだろう。

が、弟たちもまた、自殺まがいな行動をする兄貴を見送る事など決してない。

 

そして今現在、彼らは彩の言葉に従わない。なら──、

 

「──契約を結ぼう。自身だけで完結している質素な物ではなく、人と人の間で結ばれる絶対的なルール。俺がお前ら二人相手に傷をつけられずに勝ったら言う事を聞いてもらう。仮にお前らが勝ったら殺すなり仲間にするなりなんなりしたらいい」

 

「どの道、邪魔をするなら殺しますので無意味かと思われますが」

 

「なら条件を付け加えよう。──そっちが勝ったら俺は知りうる限りの味方を殺す。トントンだろ?」

 

契約を拒否されるなら更に強い契約を。

喉から手が出る程に欲する、悪魔的な契約を差し出そうではないか。

無論、こちらは一人で向こうは二人。その上に特級相当だ。

傷をつけられる=負けという不利な条件、なおかつ負ければ味方もろとも大破産。なんともヒリヒリする条件だ。

 

しかし、

 

「それなら喜んで呑みましょう」

 

「俺ぁ、よく分からないけど、遊んでくれるならなんでもいいぞぉ」

 

「契約成立──と同時に開始だっ」

 

細長い右足が空中を歩くようにして振り上げられる。

橋付近という事もあって川を形作る水が流れ、大地がそれを囲うようにして柵の役割をしている。

無論、川と言うこともあって振り上げられた蹴りによって撒き散らされたのは土だけではない。

あろう事か不自然にも鋭く削られた木の枝や小石の類も落ちているのだ。

 

「ちィ──小癪な!」

 

飛び散ったそれは壊相の左肘にぶつかり、幸いながらも突き刺さるだけに留まる。それこそ血塗になど当ててしまったら怒髪天を衝くと言っても過言ではない程に激怒するだろう。

それでも小汚い手を使われた事によって顔が微かに歪み、唾を地へと吐く。

 

反対に血塗はそれを"遊び開始の合図"と捉え、四足歩行にて彩へと急接近していた。が、

 

「防御が甘い────らっ!」

 

「ぐぅううぁ!」

 

「血塗!!」

 

振り終えた右足はかかと落としの形で地面へと落下──叩きつけられ、再度、小石を周囲へと撒き散らさせる。

木の枝と違って特段、尖っても鋭くもない小石が弾丸のように血塗の左腕を貫き、小さく転ばさせる。

 

「もう一つ条件追加。俺はここから動かない」

 

煽るように口に出しながら屈み、足元の石を右手に拾う。

比較的、他の小石と比べれば大きく、テニスボール以上野球ボール未満のそれは投擲されれば破壊力、殺傷力を発揮させるだろうと思わせる重量をしていた。

 

その想像は想像に留まらず、スピンを纏いながら飛んでゆく岩は見事に壊相の顔面に直撃し、鼻から血液を垂らしながら後ろへと体が倒れる。

 

「兄者ぁ」

 

「お前らの血液が厄介なのは知ってる。特に壊相の極ノ番はさせないよ」

 

コロコロと手の中で石を転がし、武芸のように両手でジャグリングを行いながら口を開く。

倒れた壊相に起き上がる様子はなく、足を穿たれた血塗からは走り出す気配すら見えない。

そう、九相図兄弟は脹相を除いて貧弱だ。特級と呼ばれながらもその全力は少年院のそれと同等か若干、彼ら二人が上かどうかといった絶妙なライン。

 

かと言って彼らが弱い訳ではない。事実、彼ら二人と戦ったのが釘崎と虎杖以外⋯⋯たとえば伏黒だったとしたら勝てなかったと彩は思っている。

 

ただ、

 

「血塗、遊びはもう終わりにするか? そうなら口に出して言え。俺達は負けた。だから降参だ(・・・・・・・・・・・・・)って」

 

「うぅう、兄者、兄者ぁ⋯⋯」

 

血塗の耳に彩の呼びかけは入らない。その視線は今し方投擲され、意識を刈り取られたであろう壊相へと向けられている。

しかし、負傷している足を気遣ってか向かおうとはしない。

反転術式を持たぬ血塗は足から血液を垂れ流れ、地面へと小さな水溜まりが作られる。

 

「やれ、恨むなら羂索を恨んでくれよ」

 

瞬間、指で弾かれた小石が血塗へと放たれる。

壊相に意識を移していた血塗は迫るそれに気づく事もなく、額に直撃し、衝撃によって揺れ蠢く脳に混乱しながら、地に伏せる体と共に意識をゆっくりと暗転させた。

 

 

※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

橋で九相図を倒してから数日が経過した。

日数の描写が原作ですらなかったが故、正確な日付は分からないものの、近日でメカ丸が裏切りを働く。

そしてそのツケはメカ丸──与幸吉自身の死を持って支払われると言う事だ。

ともあれ、彩は別の用事がある為に早急に用意しなくてはならない。

恐らくは明日か明後日か明明後日⋯⋯その間に真人らとメカ丸が交戦する。それまでに契約の内容を成功させなくては。

 

「なー彩。大丈夫なのかぁ?」

 

「そうですよ彩さん。契約によって従っているとはいえ、これから行う事は文字通りに兄弟の命を賭ける事です。仮に失敗したとしたら私も貴方も終わりですよ」

 

「んな重ねて言うんじゃないっての。俺だって勝算ある訳じゃないけど、羂索とやり合って勝てる見込みはゼロじゃない。それよか真人のがだるいよ」

 

彩の返しに残念そうな顔をする壊相と不安な顔を浮かべる血塗。なにせ、九相図兄弟二人を倒せたのは一種の賭けでもあったのだ。

ただの小石が弾丸のような威力を持った理由⋯⋯それは無論ながら呪力を込めたからであるものの、破壊力の増加はそれだけではない。

 

「俺の術式も、呪力性質もそう便利って訳じゃないんだ。術式を使ったとしても五分未満で俺が負ける。真人ってのは純粋な強さだけじゃなく、そういった性質も兼ね備えてるからな」

 

彩の呪力特性は『変幻自在』。その呪力の形、本質を自由自在に変化させ、操る事ができるといったシンプルかつ強力な物だ。

が、実際の所は違う。模倣術式にも恵まれ、変幻自在の呪力までも得た彩だが、オリジナルである乙骨のそれには遠く及ばない。

第一に呪力特性で変化させた呪力は反転術式のように倍の呪力を消費する。その上で形を留まらせるといった類の芸当を行えば常時、反転術式を垂れ流しで扱っているのと同様の呪力消費が発生するのだ。

 

故に呪力特性で刃物のように鋭く変化させ、切り伏せたり乙骨の純愛砲のような遠距離攻撃を放つ事は現状では不可能。

 

「ただ、俺の術式はオリジナルと違って便利な所もある。その分、人一倍は苦労しなくちゃならないが、そうまでしても得られるリターンはでかい」

 

ならどうやってただの石を弾丸同然の破壊兵器へと変化させたか? その原理は至ってシンプルで、纏わせた呪力が敵へと着弾する直前、金平糖のように全体を鋭くさせ、貫通力を増加させたその呪力を発散させたのだ。

 

何を言っているのか分かりずらいと思うが、こうイメージしてほしい。

 

投擲された石の末端に括り付けた爆薬が着弾する寸前に爆発──圧倒的な推進力を発生させて相手の体を貫く。拳銃と同じようなシンプルな物。

ともあれ、原理は同じでも燃費は同じではない。火薬の代わりに爆発させるのは呪力⋯⋯それに物に込めた呪力を遠隔で増加させるなんて芸当は乙骨でさえできない。

 

故に小さい糸のような呪力を五指から石へと伸ばし、接着した状態で投擲するのだ。

そんな猿部芸も真の特級ともなれば通用しないだろう。

が、やると言った物は仕方あるまい。契約は契約⋯⋯約束は約束だ。故に──、

 

「血星磊!!」

 

「猿真似呪法・拡張術式『猿猴捉月(えんこうそくげつ)』」

 

扉を蹴破ると同時に展開される彩の拡張術式。そして羂索の脇腹へと真横から血液の塊が噴出される。

それは隣に座っていた状態の脹相がが掌の中で極限まで圧縮した物であり、速度こそ穿血に劣るものの、その貫通力は圧縮度も相まって最速溜めの穿血を上回っている。

 

「──ずうぅ! チッ! 真人!」

 

「はいはい。まったく⋯⋯呪霊使いが粗いんだから」

 

扉を蹴破られた事によって奇襲を警戒⋯⋯意識の全てが入口へと向かった羂索の脇腹を貫通し、肝臓と腎臓、胆嚢の一部を損傷させる。が、痛みを堪えながらも真人へと合図を渡し、袈裟で動きにくい体を振り絞って右腕を真横へと振るう。

しかし、予め予想されていた攻撃を喰らうほど脹相は弱くない。仮にも原作で時間稼ぎを行えた脹相だ。負傷した羂索相手に遅れをとる事はなく、屈む事によって打撃を回避する。

 

対して呼びかけられた真人は左手を槍の形に変形させ、彩の方へと放つが──、

 

情報(データ)が薄いから、お手柔らかに頼む」

 

「な──ぶふ!」

 

顔を横へとズラした上で伸びてきた槍を右手でキャッチ。手を貫こうと小さな棘を槍全体に生やしたものの、両手でガッチリとホールドされた左腕は大きな的であり、入口の前まで左腕ごと引っ張られた真人の顔に前蹴りを放つ。

衝撃によって後方へと飛ばされかける肉体と連動し、左腕が激しく揺れ動く。両手に食い込む棘が鋭い痛みを発生させ、肉をぐちゃぐちゃに崩壊させるが、彩の手は止まらない、離れない。

 

「脹相避けろ」

 

「了解」

 

右から左へと一閃、ムチのように扱われる真人の体が机や椅子を薙ぎ倒しながら羂索の元へと迫り来る。

瞬間、その場にて小さな跳躍を起こして攻撃を回避する脹相と片方の掌を前へと突き出す羂索。そして出現し、間に挟まれる3匹のイカ型呪霊。その隔たりが真人の衝撃を吸収──、

 

「ぐ、ふ」

 

しない。それ如きの壁で『鬼神』の攻撃は止まらない。

圧倒的な膂力を呪力で強化する事によってさらに増幅。その結果が真人の体を武器として扱うに至る怪力を生む。

しかし、それはそれだ。

 

「がふ、ゴボッ⋯⋯ねえ、夏油。こいつも宿儺の器なわけ?」

 

「真人が負傷⋯⋯いいや、違う。恐らくははなんらかの呪具だ。しかし、黒鞭はもう消えていると聞いていたが⋯⋯」

 

乱暴にも鈍器として扱われ、最終的に投げ捨てられた真人の口端から血が流れる。呪霊ながらもその色は人間と同様の赤。本来ならば魂を知覚する者以外は真人への攻撃は通用しないはず。羂索と真人はそれぞれ別の考えを巡らせながらも、その思考の終着は同じ所にあった。それは、

 

「⋯⋯どうやら純粋に魂を知覚しているだけらしいね。呪力は感じられるが、宿儺の指特有の呪力は感じられない。器ではない、ただの術師だ。宿儺の器だったらさぞ、面白かっただろうに」

 

「そんな事よりどうすんのさ夏油。九相図には逃げられたみたいだけど?」

 

「このまま情報を持ち帰られても今後に響く。そこの彼だけでも殺させてもらおう」

 

迅速な対象の殺害。別々の考えを持ちながらもその一点だけは同じだ。

『黒団子ヘアーの袈裟呪詛師がいた』と報告されれば羂索の作戦は作戦だけに留まり、このまま生きて帰しては真人にとっても自分のメタキャラが一人増えてしまうという事態。

 

故に真人は的を狭めるべく顔を左半分と右半分に分け、羂索は真人の背後からサポートの姿勢。

恐らくはこれから放たれる呪霊のレベルは推定1級以上だ。なにせ、目撃者である彩を消す事ができれば手札の漏洩もクソもないのだから。だからこそ彩も対策を打たねばなるまい。

 

「俺一人でここに来たとでも? 特級呪術師⋯⋯いや、今は呪詛師だな。にしても夏油さん。少し甘く考えすぎじゃねぇの?」

 

「御託もブラフも結構だ。私の事を知っているならなおさら帰す訳には行かないね。もっとも、最初から帰すつもりはないのだけれど」

 

鬼神になりきるのであればその振る舞いも鬼神らしく。圧をかけて牽制する彩に対して物騒な言葉を返す羂索。

粘土を捏ねくり回すかのように胸の前で両手を動かし──、

 

「特級怨霊の力、とくと味わってもらおう」

 

──悪路王大嶽。4つ目に3本の黒い角を持つ鬼のような見た目をした呪霊。原作終盤の高羽との戦闘で初登場し、高羽の一言と共に現れたギャグ補正トラックに轢かれ、一撃で屠られた可哀想なキャラクター。

 

早々に死んでしまった為、どんな術式を持っているか、どれほどの膂力を持ち合わせているのか等、不鮮明な部分がほとんどである。

原作でのイメージが色濃く出ている故、彩の中では特級の実力を持ち合わせているとは思ってもいなかった。たとえるなら少年院の、あるいは九相図程度の実力だと。

 

だが現実は違った。

目の前に鎮座した巨大な体に浮かび上がる黒い光は黒閃のそれだ。打撃との時差が寸分違わずに呪力が衝突した際に威力を底上げし、呪術への理解度を増幅させる黒閃。

 

脳の錯覚なのだろう。ただでさえデカく見えるその体が廃ビルの天井を貫き、顔が隠れているようにも見える。

否、錯覚ではなく事実。その角と4つ目はどこを見ても露わになっていない。しかし、

 

「────!」

 

「いいねぇ! それじゃあ俺も、しゃァ──!!」

 

片手に握った巨大な斧。実際に振るわれ、その威力が分かったように壮絶たる破壊力を発揮させた。

振り下ろされたそれが地面を砕き、擬似的な地割れを発生させて彩の移動を阻ませる。

建物の振動も相まってか視界がボヤけ、はっきりとした意識を保てない状況の彩に不透明な攻撃が目の前から迫り来る。

 

それは悪意の塊、あるいは呪いその物で──、

 

「──が! う、ぐ」

 

ゴポリと生々しい音を発して彩の右胸を悪意は貫いた。




「呪力特性・変幻自在」
乙骨をオリジナルに彩の呪力に宿っている特性。
呪力の性質に形を持たせ、それを操る事を可能とする特性であり、理論上は呪力で作った剣や鈍器などで戦う事ができるものの、呪力に形を持たせる+維持すると言う行為は反転術式を常時、垂れ流しで使用している物と同等の呪力消費量を伴い、並大抵の術師では扱いきれない特性。

その特性を本話では面積を限り無く減らした糸の形を呪力で具現し、呪力を込めた石に貼っつけた状態で投擲を行う事によって擬似的な遠隔呪力操作を実現させた。



「猿猴捉月」
主人公の柊陽彩が所持する猿真似呪法の拡張術式。
その正確な効果は不明ながらも、真人にダメージを与えている事から魂を知覚させている物だと言う事が分かる。あるいはそれよりももっと強大な、模倣術式のような物なのかもしれない。
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