それより、日常編やオリジナルの話(彩や他の術師が活躍したりするお話)が見たいなどのご希望を感想にて書いていただければ時間がある際に投稿させていただきます。
2025/2/6 誤字修正
「またオマエかァァ!!」
鬼神の身体能力をフル活用し、地を蹴り上げて大きく跳躍。術式を刻んでいるであろう呪物を手にする与幸吉の手首に触れかけたその青白い肌を真横から殴り、突き放す。
気づけば手の主であるツギハギ呪霊──真人が声を上げながらこちらを睨んでいた。
「さて、与幸吉。いきなりだが、契約を結ぼう。この窮地からお前を助ける代わりに渋谷についての内容を公言するな」
落下していく最中、高い身長を持ちながらも童顔である与幸吉の体を抱き寄せ、誰にも聞こえぬように耳元でそれを囁く。
なにせ、真人が死に、あるいは渋谷についての事が発覚すれば虎杖の強化枠であるVS真人が無くなる可能性が高い。
故に助けるものの、真人も羂索も殺さず、自分らも殺されずに逃げなくてはならない。
「──しゃうらァァ!!」
着地した瞬間、背後から掛け声と共に真人の貫手が襲いかかる。貫手だと侮るなかれ、無為転変によって腕を伸ばしたそれはさながら槍のように、されど、五指の先端だけを尖らせたそれはヒットポイントが少ないながら、彩を殺すに足る十分な殺傷力を所持している。
しかし、振り向きながら放たれた左足の蹴りで弾き返し、即座に逃走の形に以降する。
「は、はぁ⋯⋯助けてくれたのは感謝する。しかし、なぜ渋谷での事を言ってはならない!? これを隠せば、言わなければ! 大勢が死ぬぞ!!」
お姫様抱っこの形で抱えられた与が彩へと声を出す。
逃げるという目的が一致しているが故、暴れる事はしないものの、聞かされた契約内容に怒りを隠せず、声を大きく荒らげさせる。
当然だ。渋谷事変では脹相に、漏瑚に、真人に、彼らに襲われ、一市民らが大勢死ぬ。それを除いたとしても虎杖の体を奪った宿儺と摩虎羅の戦いで東京は壊滅状態になる。
摩虎羅を調伏される事だけは彩の目的にとっても邪魔な為、意見はあっているとも言えるが──、
「理由は言えない。しかし、大勢が死ぬからなんだ? 術師たちの活躍を知らぬ、呪霊との戦いで起きた被害を知らぬ、俺たちの苦労を知らない有象無象が死んで何になる!? 俺は夏油傑のように過激な思想を持たない、ああ、持たないさ!! ── 中途半端だよ。市民の被害を考慮しないながら、俺は市民を猿だとは思わないし言わない。完全な中途半端だ。だけれど、そうだな⋯⋯」
背後から投げられる石、あるいは飛ぶように伸びてくる槍が如き貫手。恐らくは羂索の物であろうイカ型呪霊の弾丸。
様々な攻撃が迫る中、人一人を抱えながら、疲労で息を荒らげず、感情で声を荒らげさせ、直後、声に冷静さを取り戻させる。
そして、
「大勢死ぬ。俺の契約を断り、公言すれば、だ。非術師の事じゃない。与幸吉⋯⋯君がよく知っている人物が大勢死ぬよ。あるいは君も、俺も死ぬかもな。非力ながら刀を振るう少女は君が戦う事を知れば同じように戦うさ。虎杖は誰が言おうとも行くし、東堂はそれに付き添う。その事を全て知っている俺ももちろん行くよ。だから⋯⋯」
「──契約を結ぼう。渋谷での事を誰にも言わず、公言するな。そうすれば俺らは苦しまない」
言葉を放ち、逃走していた足を止める。それは契約を結ばなければ、意にそぐわない事をすれば、お前の命を捨てると言っているような物だった。
さあ、応えろ。契約を結んで一般市民を見捨てるか、結ばずにここで死に、大勢の身内を見殺しにするか。
「分かった。契約を結ぼう。異論はないよ、彩」
「⋯⋯助かるよ。それが最善手だ」
笑みを浮かべた事がない与幸吉が不器用に作り笑いを浮かべて返答を返し、それに応じて彩が同様に口を歪ませる。
片方は人間を、人生という物を知らないが故に生まれた不細工な笑顔で。反してもう片方は器用ながらも、人を知りすぎてしまったが故の歪な程に完璧な笑顔だった。
完璧で、欠けた部分がなくて、違和感のない笑顔。
死が迫っているこの状況でそれができるというのだから歪としか言いようがない。
ともあれ、
「おっ! 重いィ!」
「
恐らくは縛りを結んで行った不義遊戯だ。手が叩かれる乾いた音が聞こえぬ遠い距離から位置を入れ替え、現れた東堂葵は与幸吉に代わって彩にお姫様抱っこをしてもらっている。
これにて与幸吉を逃がす事と生かす事は成功した。後は特級呪霊一匹と特級術師一人から逃げるだけであるが──、
「京都校3年生でありながら、1級呪術師として名を馳せている東堂葵。術式は物質、生物 と共に適応させる座標の入れ替えかな。シンプルながら、実に厄介だ」
「それよりもどうするの夏油。俺ってば、あの人間もどきの攻撃で削られて、完治には時間がかかるけど?」
「ああ、君には前に出てもらわず、アジトCに先に行っててくれ。私はここで彼らを殺す」
どこから情報を得たのか、と東堂が思考を巡らすと同時に、羂索の言葉へ「りょーかい」と軽く返し、羽を生やして飛行⋯⋯アジトCと称された場所へと飛躍し、姿を消す真人。
前に奇襲を押しかけた廃ビルのような場所を予備として幾つも用意しているのだろう。ともあれ、どんな理由があろうとも羂索を殺すのは渋谷事変以降だ。
それ以前に殺すのは目的に反する上、1級二人で殺せるような器だとは思わない。
しかしながら、走る背中を見過ごしてくれる甘い人間だとも思えない。故に、逃走をするのならば致命打を与えて狼狽えている間のみ、それを可能とする訳だ。
「君たちの目的は既に割れている。ならば、そう易々と達成させはしないさ」
声が発せられ、瞬きをした直後に巨大な呪霊が現れる。
羂索の体を遮りながら、守るようにして立つそれは3-4m程度の身長を持つ『鬼』だ。
黒い角を2本、額から生やしながら、皮膚は血のように赤く、手に握る獲物は怪力のままに振るわれる金棒。正に圧倒的暴力の化身。
恐らくは1級⋯⋯脅威レベルだけで判断すれば特級相当。
だが物語は未だ道半ば。足を止め、後ろを振り返るのは今じゃない。
「
「純粋に邪魔。下へと落とせ」
会話を交わした直後、半崩壊したダムの内壁の上を走り出す。仮称、赤鬼はその出口──山へと繋がる部分に門番として佇んでいる。羂索はその後ろに隠れ、なにやら整理と同時に放出を開始したらしい。
術式なしかつ低級の呪霊を5体こちらへと送り込み、自身の懐にある手札を吟味しているようだ。
伸ばし、走り、蹴り出して跳躍。こちらへと殴りかかってきた人型呪霊の一体を膝蹴り一発で祓い、同時に東堂がラリアットの形で1体、都合2体を祓う。怖気付いたか否か、残っている3体の呪霊は距離を空けてこちらへと近づいてこない。
「
「ああ」
乾いた音と共に3体の内、真ん中の呪霊へと入れ替わる。
東堂のいた場所に現れた蜘蛛型呪霊を一閃──手刀で斬り伏せ、同時に東堂が2体を両手で掴み、シンバルのように衝突させて祓う。どうやら手札の吟味は終えたらしい。手をこねくり回し、羂索が新たな呪霊を解き放つ。
しかし、それは攻めずに鬼の肩へと飛び乗った。恐らくは支援型の術式⋯⋯そうだとしたなら尚更も好都合。走っている両足に力をより一層入れ、先導する東堂を追い越して大きく跳躍。鬼の正面へと飛び浮き、拳を構える。
「術式は未だ続行中。──偽の鬼神、ここに参上ってな」
振りかぶり、直撃。しかし、鼻へと放たれた拳に手応えはない。否、攻撃を喰らった鬼が顔を歪めず、その巨体すらも傾けず、肩の後ろで金棒を構える。力を溜める動作は既に終えているようで、直後に暴風が発生し、彩の視界を黒が遮る。
恐らくは金棒の横振り。しかし、
「────」
入れ替わりは何も生物だけとは限らない。廃ビルにて彩を救出した後、廃品と入れ替わる事によって東堂自身もまた脱出したように無機物ともまた可能だ。正確には呪力が宿された、込められた物ならば可能。
金棒を振るう巨体はダムへと投じられた傀儡の頭部と入れ替わり、その大きな体をも包み込む完全な質量⋯⋯満たされた水によって沈められる。
肩に乗っていた支援型呪霊──着物を着た青白い女が自由落下を開始する。
彩も同様に落下しているが故、追撃はできない。もっとも、
「お前もしかして、まだ自分が死なないとでも思ってるんじゃないかね?」
某筋肉が行ったように弾かれた指から空気──否、エネルギーが飛ばされる。エネルギーと呼びながら、非術師は視認できず、回避不可能なそれは人の負の感情から発生した禍々しい力。人はそれを呪力と呼び、妖を討つ手段として扱った。
速度は緩やかで威力は不十分。放たれた呪力弾は女呪霊の首を狙う。が、
「フーゥ」
女呪霊が口をすぼませ、顔へと迫る弾へと息を吹きかける。吹雪と言うに相応しいそれが凍てつかせ、弾丸として扱うに足りた重量が増加⋯⋯地へと落下する。しかし、その動作故に受け身を取る事は叶うまい。
「ふゥン!!」
着地する寸前、振り上げられたハイキックが女呪霊──推定雪女の体に突き刺さる。それは鍛え抜かれた腹筋をこれ見よがしにさらけ出した東堂葵の一撃だ。
術式あるいは呪力特性特化であったであろう雪女は弾丸を防ぐのに成功するも、着地狩りの形でその命を終わらせる。
放った蹴りの後隙を消すように東堂は両手を合わせて──、
「──ぁふ」
落下してきた彩の踵落としに合わせるようにして羂索へと入れ替わり、最高の一撃が意識を刈り取り、闇へと誘った。
「ふぅ。まっじで疲れたよこれ」
「ふん! 特級とは思えぬほどに手応えのない相手だったな!」
違える意見を彩はもはや指摘しない。そうしたとしても考えが変わる事はないだろうし、そうする事自体が苦行である事を彩は知っているからだ。
ともあれ、思いのほか容易く羂索を倒せてしまった事に彩の心は驚きを隠せず、未だその心臓はドラミングのように鼓動を何度も何度も重ねている。
こうも人と接し、あらゆる悪意を知った彩には脳内シュミレーションとも言えるシステムが搭載されていると言っても過言ではない。
それは様々な選択の終わりに訪れる未来を予測する占いなどに近しい物であり、数ある結末の中からもっとも最悪な結果を脳裏に描くAI生成とも言える。そして、
「む、溶けたぞ」
「やっぱな、早くここから離れるぞ。早くないにしろ、本物が来る前にな」
フライパンの上で崩れ落ちるバターのように液体へと溶ける羂索の体を見て最悪の想像はもはや想像の域を脱してしまった事を彩は知る。特級かつ用心深い羂索がなんの手段もなしに、それもフィジカル最強に近い夏油ボディを持った羂索がつまらない敗北を刻むなどありえない。
打ち倒した羂索の体が溶けて消えたようになんらかの術式⋯⋯呪霊を使用した偽物だ。にも拘わらず、それらしき戦闘を続けさせていたのは時間稼ぎが理由だろう。
こうもしている間に本物の羂索が迫り、奇襲してくるかもしれない。
走り、逃げ、作戦を立てよう。これからの魔境──渋谷事変を乗り越える為の秘策を。
だって、それだけが今の自分にできる最大限の抵抗⋯⋯希望だから。
たとえ、自分が死んだとしても。彼らだけは笑って過ごせるように。
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
2018年10月30日9:00、渋谷事変発生の1日前。
世界は白く輝き、慈愛のように全てを包み込んでいた。
「メカ丸⋯⋯本当に心配したんですよ! 動かないし返事もしないし⋯⋯裏切ったとか聞いて、本当⋯⋯本当に」
透き通るような青は純粋さを示しているかのように澄んでいて、長髪ながらも胸にまでは届かないその絶妙な長さが白く綺麗な彼女の肌を強調させていた。
「ああ、すまない。だけど、今はこうして外にも出れ、みんなにも会えれるようになった」
自分の声に震えがないか、微笑む表情筋に違和感はないか、あるいはイントネーションは間違っていないか。
機械のように精密で、一手でも間違えれば終わりが来ると怯えているかのように俺は恐る恐る言葉を返した。
「ま、いいんじゃない? あの傀儡よりかは分かりやすくて」
禪院真依。彼女が発する言葉は誰に対しても強く、それでいて不快感を持たせない高潔さを持っている。傀儡越しで聞いていたそれよりも耳障りがよく、いつもより表情が柔らかいように見えた。
「ああ、元気になって何よりだ。それより、これからはメカ丸と呼ぶより、幸吉と呼んだ方がいいのかな? それとも、君にとってはうざったらしく感じるかい?」
本当に前が見えているのかが怪しい程に細い目をしてこちらを睨み、いや、ただ見ているだけなのだろう。兎も角、誰よりも秩序を保ち、誰よりも志が高い優等生のような存在である加茂憲紀が馴れ馴れしく、ああ、馴れ馴れしく話しかけてくれる事は傀儡の状態ではなかった事だ。
「憲紀くんがそう呼ぶなら私もそう呼んじゃおうかなー。それとも、幸ちゃんとか? ふふっ!」
幼い顔をそれらしく、声と共に変える姿は幼女のそれだ。その小さな体に、小さな器に、どれほどの思いを抱かせているのだろうか。
西宮桃⋯⋯接する機会が少なかった為に彼女の事はあまり知らない。真依とよく行動している所を見かけ、常に顔に笑みを浮かばさせていた事だけは覚えている。しかし、
「いや、ウザくなんて全然ない。俺もこうして同じ息を吸える事を幸に思ってる。──みんな、明日も生きよう」
いつの日か月と共に現れ、世界を闇に包み込む夜が来る。そんな事に怯える暇があるなら今はただ、今という光を、俺の心を照らしてくれる太陽のような彼、彼女たちの姿を目に焼き付けよう。
仮に、明日で全てが終わったとしても。悪くなかったなんて笑えるように。
「鬼」
鬼へ対する人間の感情から生まれた仮想怨霊。3-4m程度の慎重に圧倒的な怪力、赤い肌に黒い角を2本とその姿は童話に登場する赤鬼のような外見。作中では不義遊戯によるチート妨害でダムに沈んでしまったが故、その強さが露わになる事はなかったものの、実際は怪力とは別の強力な性質を身に宿している。
「雪女(仮称)」
『雪女ってこんなんだよねー! こわ!』という人間の勝手なイメージで生まれた仮想怨霊。その曖昧さ故に個体ごとに力の上振れが激しく、支援型として扱われていた本話の雪女は弱い部類。
白い着物に白い肌、描写されていない要素では白髪かつ腰にかかるほどのロングヘアーといった女性らしい姿をしており、口から吐き出される吹雪は触れた物質を凍てつかせる効果を持つ。