猿も木から落ちるレベル   作:緑ちょこ

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回想が長めですが悪しからず。来月からはクリスマスシーズン故、投稿が遅くなります。ご了承ください。

2025/11/30 誤字修正

2026/2/19 誤字修正


第7話「過去への供物」

少しばかり昔の話をしよう。いや、昔と言っても絵本のように数百年前といった壮大な物じゃない。いわゆる過去を振り返るような些細な話だ。

 

「して、御三家でもないオマエがなんの用だ? 当主様に合わせる事は愚か、敷地内に入る事すら許されんぞ」

 

呪具のみを保管する倉庫があり、当主が住まう館がある。それを囲うようにして張られた結界は低級呪霊を寄せつかせない効果を持ち、それでいて術師には作用されない便利な物だ。

 

「同じ1級呪術師として、先達者の意見が聞きたかっただけだよ。それに、五条家と加茂家は喜んで迎え入れてくれたぜ? 互いに呪術を高め会おうってな」

 

ちなみに皮肉たっぷりに言ってるが嘘はついていない。五条悟本人が迎えてくれた訳ではないが、電話越しに『彩ならいいよー、通しちゃって!』と許可を出してくれたし、加茂家に至っては『こちらこそ親睦を深めたい』と次期当主の加茂憲紀から手を握られたぐらいだ。

 

ともあれ、先生である五条悟が当主の五条家然り同級生が次期当主である加茂家然り、少なからず関係と繋がりを持っている。それ故に難なく迎えてもらい、嘘偽りなく術式について熱く語れたのだ。対して禪院家には一切の繋がりがない。

実力、術式至高主義である彼らは当家以外の呪術師と関わりを持つ事があまりない。

 

当主である禪院直毘人は高専に駆り出される事もあってか顔を出す事は多くないながらにも0ではない。しかし、禪院家に所属するその他の術師らは滅多に任務に着く事がないのだ。それこそ形だけ、名前だけの呪術師と言うように。

 

「あんな奴らと我々を一緒にするな。我々は常日頃、鍛え、刃を研ぎ澄ましている。比喩ではなく文字通りにな」

 

煽り返すようにして懐から刃をチラリと見せつける強面の男は筋骨隆々かつ呪力そこそこといった1級呪術師に匹敵する力を持った強者と言えるだろう。しかし、その実力を表すとしたらその程度だ。天井組には届かず、弱くないながらも猛威を振るえる程ではない。

 

「で、もう一度聞くがなんの用だ?」

 

強面の男は再度、こちらを睨むようにして言葉を放つ。

炳のような上層部らが彩のようなただの術師を相手にする訳もない。発せられる圧はお飾りのもので、下っ端と言う事から術式は持っていない躯倶留隊の一員である事が分かる。

となれば、禪院の思考に強く染まっただけの弱者だと見える。つまり、

 

「何度も何度も言わせんじゃねぇ。殺されたくねぇなら炳か当主連れてこい」

 

「──チッ。ここで待ってろ」

 

互いに荒い口調で返すも、彩の発した声はどこか冷たく、感情が込められていないように感じられる。だが、それ故に怖い。感情を言葉として出しながら、声にはは組めない所が男からすればあまりにも怖かった。だから舌打ちをしながらも、渋々に応じる他なかった。だって──、

 

「炳の頭で事足りるか⋯⋯?」

 

男の瞳に映った彩の顔は禪院家所属、炳の上層部である彼らと同じように見えたから。否、それよりも上。噂話程度で聞いた事のある故人──天与の暴君のような雰囲気を。

 

 

 

※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

応接間として禪院家に存在する一部屋は客人の対応を行う場所にも拘わらず、質素かつ大雑把な装飾が施された所だった。しかし、座る事ができない訳ではない。畳が敷かれ、扉のそれぞれは無論ながら襖。廊下側から見て真正面の所には障子で閉ざされた部屋があるものの、向こうからの光はこちらへと来ず、人の気配すらない為に物置か何かだと彩は推測する。

 

「こっちと悪いと思うてんねんで? せやけど、こっちにも面子っちゅーもんがある。こっちから出向くんは特級みたいな例外だけや。それこそ、悟くんみたいな強者だけ⋯⋯のはずなんやけど⋯⋯」

 

「随分と若いみたいやね。いや、年齢が強さに関係するいうわけやないねんけど、な」

 

木造のテーブルを囲うようにして置かれた座布団⋯⋯その真正面に座る青年が狐のような笑みを浮かべながらこちらへと言葉の順番を譲る。さてはて、どのような会話の切り出し方をすべきか。どのような言葉が地雷へとなりうるか。まずは気に入られる所から始まらなくてはなるまい。

 

「アンタの見立ては間違っちゃいないよ。俺はそこそこ強いけど悟さん(・・)みたいな強者なわけじゃない。だからこそこうして禪院家──直哉さんの所を尋ねさせてもらった訳だ。青春を味わいたい気持ちもありながら、俺だって強くなりたい。だから術式の認識や技術などをご教授願いたいなと」

 

敬語は使わずにタメ口で、言葉の重みは中くらい。それこそ心の内をさらけ出しすぎないように相手へと懐を見せる。

直哉が27歳に対してこっちは18歳。歳が離れているにせよ、相手を認めすぎた発言は禁物だ。上下関係を作るのではなく平等な立ち位置。それこそがビジネスにおける格上との接し方。実際はもっとへりくだった方がいいんだけどな。禪院家みたいなタイプはそういう人間を好まない。意見を否定しないながらも自分の考えも言えるような術師をこいつらは好む。

 

「はー。で、炳の頭の僕が呼ばれたと⋯⋯ふぅん。で、彩くんは僕から何を教わりたいんかな? それ次第で君から差し出してもらうもんも変わるけど、まずはそれから聞こうやないの」

 

所々、言葉の節々から怒りを感じられる。恐らくは下っ端の躯倶留隊から呼び出された理由が気に食わないのだろう。悪巧みを常に計らってそうな狐の額には1粒の雫が滴っている。特訓、訓練中に下っ端から呼び出された。なるほど、怒る理由も分かる。しかしながら、直哉の立ち位置は常に『平等』だ。御三家ならともかく、一般の出である彩の弱みを握る意味はさほどない。故にギブアンドテイク⋯⋯取引の姿勢を直哉は見せる。

 

「俺が直哉さんに教えて欲しいのは投射呪法の感覚と⋯⋯良ければ手合わせ願いたい」

 

「へぇ。僕と⋯⋯いいよ。まずは感覚とかその辺語り合ってからサシでやろうやないの。でも、彩くんって術式持っとるん?」

 

「一応は持ってるけど、直哉さんみたいに強いもんじゃないよ。使い勝手も悪いし」

 

一瞬、直哉の声に冷徹さが宿った気がした。それは常日頃、自分の感情を隠す為に被らせた『無関心』の冷たさではなく、喉元に刃を突きつけられたかのような揺るぎない『殺意』だ。恐らくは手合わせという点に反応したのだろう。このような子供如きに自分を倒せるのか、と。

 

ともあれ、内容は端折るが、直哉が語った投射呪法の感覚はシンプルだった。

 

「目的のイメージ⋯⋯具現化って言うんかな。科学者やら職人やらが物作る時って先を見据えてるいうか、頭の中では既に完成品が見えとるいうか、ま、端的に言えば想像力やね。頭が固かったら使えへん、そんな感じやね」

 

直哉の言葉は実に正鵠を射たもので、言うなれば自分が作る物が武器であれ道具であれ、その品物の作成目的や使用用途を明確にハッキリさせるといった物だ。

 

「じゃ、やろか。庭は僕んとこの人達が使いよるから⋯⋯ここでええやろ」

 

右手の人差し指でコツコツとテーブルをつつきながら戦闘場所を示唆し、座った際に乱れた着物の皺などを正しながらゆっくりと立ち上がる。やれ、当初の目的は達成できた上、ボーナスステージのように次期当主と戦う事ができる。

渋谷事変前にこれができたのは幸いと言った所か。

 

「互いに死なん程に、外に出されたら、出たら負け。それじゃ──開始や」

 

「────」

 

呆気ない程に早かった。手を叩いた事も分からないままに乾いた音が鳴った瞬間、目の前には拳が放たれていた。

彩は未だ、座布団から立ち上がる動作の最中だ。故に迫る拳はテーブルの上を乗り越えるようにして降るっているのだろう。故に、

 

「──がぁ!?」

 

「足元が⋯⋯いや、この場合は顎がお留守と言うべきかな」

 

十種影法術の拡張術式は自分自身の影に物質を収納する事ができるという極めて汎用性の高い効果を持つ。小型傀儡を限りなく持ち運ぶとか、テーブルを影に沈ませ、転んだ相手の顎に拳を叩き込むとか。幸いだったのは直哉が自分を舐めていた事だ。投射呪法は途中で動きを変える事はできない。故に反撃される事を前提にカウンターの動きを組み込まなくてはならなく、読みが外れれば大きな隙を作る事になる。

 

(何したんかわからん。何か仕込んどったんか?)

 

直哉目線、振るった拳が視界と共に下へと下がったように思えた。故に術式の正体を見破る事はできない。無論、彩もそう易々と手の内をさらけ出す訳がない。ともあれ、体勢を整えた直哉がウォーミングアップのような形で片足で飛び跳ねる。畳が故に音はさして鳴らないものの、その動作は投射呪法による加速法のそれだ。今すぐにでも目の前の狐は襲いかかってくるだろう。ならば、

 

「脱兎」

 

出すのは一匹だけだ。なにせ、錯乱目的で出した訳ではないから。しかし、精密な呪力操作と座標設定によって召喚された脱兎は小さい体で直哉の視界を覆い隠す。瞬間、直哉の動きがその場にて停止する。

 

「投射呪法はイメージした通りに動けなければ肉体が停止する。たとえ自分がイメージした物であっても、その間に障害物などに遮られてしまえば同じだ。だからこそ手数が多い、未知数の相手には弱い」

 

彩にとって投射呪法の真髄は強制停止その物だと思っている。1秒間動けなくなるという効果は絶大で、無防備な肉体に易々と渾身の一撃を受けるに等しい後隙を晒す。

拡張術式によって足を絡め取り、転んでいる間に──。

 

「──!」

 

拳が空振る。どうやら足元を呪力で強化し、踏みつけるようにして上へと飛び跳ねたようだ。が、空中では動きが限られる。それに、術式の種もバレてしまったようだから、もう見せても問題はないだろう。

 

「玉犬。それと脱兎」

 

「なんでオマエがそれをっ──!」

 

持っていると言いかけた。溢れんばかりの脱兎が部屋を満たし、すぐさま玉犬の姿を覆い隠した。無論、彩の姿さえ直哉の瞳には映らない。それは彩とて同じであるものの、自身が召喚した式神に生まれた異物を察知する事ぐらいは容易い。

埋もれ、身動きが取れず、流され、拘束される。今向けている足先に地があるのか、はたまた天井なのかさえ直哉には分からない。

持続的に空中にいるような状況で投射呪法を扱える訳もなく、混乱のままに質量で流される。

 

「互いに死なないように、加減するよ」

 

両の掌を叩くようにピッタリと合わせ、呪力を肩へ腕へ手首へ、掌の中へ。呪いというあやふやな存在が重さを持ち、確かに物量としてそこに出現した瞬間、掌の隙間から放出されるようにして解き放たれる。

 

「──うッ! ぐぁ!」

 

血液の代わりに呪力を用いて放たれた穿血に貫通力はない。彩が力を加減しているのを含め、殺傷能力はない。しかし、空気以上の重さを持ったそれは直哉の喉に直撃し、確かな痛みを与える。謎の攻撃に再度、困惑した直哉の頭を更なる困惑が埋め尽くす。

 

「──」

 

指が弾かれ、音が鳴り、脱兎が消える。天井の照明ほどの高さに持ち上げられていた直哉が瞬間、支える物が消えた事によって畳へと自由落下を開始する。そして、

 

「俺の勝ちでいいよね? 直哉(・・)

 

「⋯⋯ええよ、いうか完敗や」

 

落ちてくる直哉を玉犬2匹が背の上に乗せて支え、彩が勝利宣言を行う。力の抜けたような声が聞こえ、手合わせは幕を閉じた。

 

 

 

※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

「アハハハハハ⋯⋯そういう事だったのか」

 

「そんな笑わんといてや。僕かて結構傷ついてるねんで」

 

口軽に、されど、いつもとは声の調子を落としながら胡座をかくのは禪院直哉、次期禪院家当主と言う大物だ。

禪院家は術式至高主義でありながら、貴族らしく血筋を気にする家庭でもあった。たとえ相伝の術式をその子供が持っていたとしても。呪力のない猿から生まれた子供とあれば手の平を返すほどに血筋を気にしている。が、

 

「直哉もそう落ち込むでない。そやつがオマエより上だっただけの事。それは決してオマエが弱い理由にはなり得ない。⋯⋯して、仮にも今回の邂逅は互いの術式の認識を改め、互いに高まることを目的とした物と聞いている。でまかせでもなんでも良い。貴様から見て直哉はどうだった?」

 

男の子であれば誰だって勝ちたいし負けたくない。負けた後の心を父親に踏みにじられるなんて持っての他だ。しかし、そのことを気にもしない顔で目の前の男は笑いながら自分へと聞いてくる。『どうだ? オマエに劣らぬ美形だろう』なんて親馬鹿な意味でどうだった(・・・・・)と聞いている訳ではないだろう。その問いの意味は手合わせして、勝った上でどのような戦い方に見えたか、改善点があるかと言った物。だが、

 

「どうも何も、投射呪法は素早く、それでいて汎用性が高い。俺の術式は本来、複雑な手段が必要な上に呪力効率が悪いので、羨ましい限りです」

 

質問の意図を理解していながら濁して返す彩。そんなありきたりな受け答えに「そうではなかろう。直哉"の"強さや戦い方はどうだったと聞いている」と過去の言葉を正すように、顔を顰めさせながらこちら強く睨む。

 

「⋯⋯俺の口からはなんとも。ただ率直な感想で言えば術式に頼りすぎていると言った所かな。良くも悪くも投射呪法は汎用性が高い。けど、術式の効果を直結させて死に繋げる事はできない。どうしても生身の肉体で相手を攻撃する必要がある。中途半端に自分の持ってる術式を『攻撃に特化した物』と認識してるから本来の強さを発揮できていない。それこそ直毘人さんが自覚してるでしょ」

 

「うむ、そうだな。これにて今回の話を終えるとする。──ここからは個人的な話だ」

 

会話を交える直毘人と彩の裏で気まずそうに顔を歪ませながら、「目の前で言うとか親父も彩くんも人が悪いわ」と戯言を吐く直哉。そんな手持ち無沙汰な息子を気にもせずに言葉を紡ぎ、

 

「儂から差し出せる物は2つ。老骨の知識とその老いぼれの戦力。問われれば答え、求めれば手を貸す。少ないながらも儂に──禪院家当主、禪院直毘人にできる事はそれだけだ。逆に求めるはオマエ⋯⋯彩の力だ。儂に何かあれば助け、直哉も何かあれば助けてやってほしい」

 

「ああ、問題ない⋯⋯です。個人的に、爺ちゃんの考え方は好きだから」

 

『爺ちゃん⋯⋯ガハハハ! 良い。無理に距離を離す堅苦しい口調もなしだ。今日から儂とオマエは爺と孫、差し当たって直哉は父親だ!』と酒瓶を傾け、直で豪快に飲み干す直毘人だった。しかし、何も全てが嘘じゃない。直哉の事は性格面を直せばキャラ的には好きだし、直毘人なんかはモロ癖に刺さるキャラクターだ。今後も互いに仲良く、それこそ肩を並べて歩いていこう。禪院家と俺、どちらも呪いに近い呪術師なのだから。

 

 

 

※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

昔話は終わり、数十本に渡る宿儺の指を飲み干した虎杖の肉体が奪われ、渋谷もとい東京が呪いの王の手にて蹂躙されている現在に戻る。漏瑚を祓っておきながら、なぜ宿儺が目を覚まして暴れているのか? 答えは単純だ。

 

「ナイスだ脹相。危ないからもう帰っていいぞ。俺は用が残ってる」

 

「⋯⋯了解」

 

直毘人にバレぬよう、漏瑚の残骸から指を探し出し、虎杖に食べさせたのは他でもない脹相だ。命令を下したのは彩であるし、彩の口から聞かされた血の繋がりのある弟にそのような事を行うのは思う所があったのだろう。やるだけやらされ、帰れと言われた脹相は承諾をしながらも不満気な顔だ。

しかし、何も考えなしに宿儺を起こした訳ではない。真人と羂索こそまだ渋谷のどこかにいるものの、真人は死に、宿儺に倒されるはずの漏瑚も易々と撃墜している。

 

して、ただ原作の流れをなぞるだけの為に起こしたのかと言われれば違うと否定せざるおえない。なにせ、原作と違うルートを辿ったとしても思い描いた結果が手に入れば彩にとっては過程など重要ではないからだ。が、

 

「どけ。ただでさえ今は腹の虫の居所が悪いのだ。殺してしまうぞ」

 

「呪いの()の割には器が小さいんだな。それじゃまるで裸の王様(・・)じゃねぇか」

 

伏黒恵、七海建人、猪野琢真、東堂葵、禪院真希の5名が渋谷駅で封印されたとされる五条悟もとい獄門疆を探している最中だ。付け加えれば遅れて禪院直毘人もその捜索に向かっているので戦力的には十分に足りている。問題なのはこの先に行く事を許してしまえばこれにて呪術師側は全滅で、それこそこの世界はここで終わりを迎えてしまう。誰の手でもない、呪いの王の手で。

 

「二度は言わん。どけ」

 

「二度は言わない? 外した言い訳か?」

 

手の振りすら行わずに放たれた斬撃を咄嗟敵に屈む事によって回避する彩。放たれる直前にその斬撃を視なければ(・・・・・)首が飛ばされ、死んでいた事だろう。

今避けれたのは本当はたまたまで、宿儺の言う通りに次はないかもしれない。

 

しかし、何度も言うようにここを通してしまえば全てが終わってしまうのだ。幼い頃に耐え切った、否。耐えきれなかった苦痛の果てに犯した罪も、この身に刻んだ呪いでさえも、全てが無意味になってしまう。

 

それに希望がない訳じゃない。幸い、0.5秒程度先の未来ならば観る事ができるのだ。それも全てはこの──、

 

「チッ」

 

正式名称不明の未来予知。──シャルル・ベルナールのG戦杖だ。手さえ降らず、意思だけで斬撃を飛ばす宿儺が今度もまた、同様の方法で『解』を彩へと放つ。今度は避けられにくく、それでいて機動力を失わせる事が可能な下半身に向かって放たれたものの、その場にて行われた微かな跳躍によって回避し、それを見た宿儺が忌々しい物を見るような顔で舌打ちをする。

 

「1度目がわざとで2度目がまぐれ⋯⋯なら3度目は奇跡とでも呼ぶべきか?」

 

重ねるようにして口を開き、宿儺を言葉で煽る彩。奇しくもその挑発の回数は宿儺が外した斬撃と同じ3回。指を16本手に入れた宿儺がこうも攻撃を外しているのは油断かつ彩を舐めている他に理由はない。シャルル・ベルナールの持つ未来予知の術式はG戦杖と呼ばれる物を具現させ、対象の血液を元にインクを収集⋯⋯溜まった際にインクを消費して敵の胸部に1個のコマを刻ませる。天逆鉾や天使の術式のような例外を除き、それを消す事はできず、そのーコマには本来、血液の量に応じてその者の行う行為・攻撃や未来が映し出され、擬似的な未来予知を行う事ができる。しかし、

 

「──貴様の言う通りに3度目は奇跡。そして奇跡を前に調子に乗り、逃げなかった事を悔いるがいい。奇跡は二度起きず、まぐれもまた起きない。4度目はただの現実(・・)だ」

 

「ぐ、当てれなかったのがまぐれで当たったからってイキがんなよ!」

 

──彩の模倣術式はオリジナルの劣化版。故に脹相との戦いの後、気絶していた虎杖の体から血液を採取し放題であったとしても、ーコマから読み取れる未来の限界はどう足掻いたとしても0.5秒。手を広げ、大きく体を使って挑発していた彩の右手──その人差し指の先端が削り取られる。それは手を振るい、その動作の元に放たれた斬撃が原因で起こった外傷だ。当初の目的である呪いの王様を煽り、怒らせて本来の目的を忘れる事は成功したらしい。血が噴出する指を抑えながら、全くの別方向である通路へと逃げるように走り出す。

 

やれ、どうしたものか。未来予知は役に立たず、今の技量で同時模倣は3個が限度。シャルルのような物質や対象に刻むタイプの術式を模倣した際は呪力が途絶えるまで、あるいは模倣をキャンセルしてからストックが空くまで数分の猶予がある。実質使える手札は2個だけ。それも宿儺相手には虚仮威しにしかならないだろう。

 

「植物具現+赤血操術!!」

 

「ほう」

 

花御の植物具現術式によって道を塞ぎ、指先から溢れる血液を利用してそのまま捻り出すように地面に流れさせる。厳密には大量出血を可能としているのは浴のおかげであり、赤血操術はその血液の流れを補助する役割だ。

固まる血液が地面をコーティングし、槍のように真上へと尖り、歩行を妨げる。小手先の技にどこか感心したような声を上げる宿儺であるものの、指先に触れた途端に捌にて切断され、易々とこちらへ向かってくる。

 

(考えろ。今は食べすぎた指の呪力に負けてるだけ⋯⋯虎杖の意識が戻るタイムリミットはそこにある!)

 

唯一の希望。それは宿儺が本来よりも弱体化してること。恐らくは虎杖の意識によって呪力出力に制限がかけられている。それでも漏瑚相手に遊べるほどの余裕はあるが、時間さえ稼げれば逃亡勝利も夢じゃない。

走りながら後ろを確認する。そこにはケラケラと笑いながらこちらへと迫る呪いの王の姿があった。思うがままに力を振るう邪王に対抗出来る唯一の方法。

 

「──?」

 

宿儺目線では追っていた彩の姿が突如、消えたように見えただろう。その事から足元の違和感に気づかない。果てしない道が続いているかのように思える黒。暗闇を彷彿とさせる黒。終わりのない絶望をイメージさせる黒。呪術において負の感情を代表する色、黒。それは──、

 

「おいおい王様。影を踏むのは礼儀作法としてどうなんだ?」

 

──十種影法術の拡張術式。宿儺の足元に這い上がるようにして現れるそれは本来ならば届くはずのない距離までに伸びた彩の影。なぜなら不義遊戯によって宿儺と彩の位置を入れ替えたから、だからその距離は本来、影の届く範囲ではない。しかし、それは本物の影である事が前提だ。

 

不義遊戯+十種影法術+影真似呪法。タイミングよく効果が切れた未来予知のおかげでストックが空き、不満なく3つの術式を同時発動する。しかし、それだけでは宿儺を拘束し、虎杖の意識を叩き起こすには不十分だ。だから、

 

「ファイヤーァァ!!」

 

「これは呪霊の──っ!」

 

宿儺を沈めかけている影から圧倒的熱量の火が溢れんばかりに吹き出し、その体を燃やし尽くす。それは禪院直毘人が投射呪法によって彩を守ってくれた、その際の残り火。故に威力は低く、残り火でなくとも炎程度では宿儺を消耗させるのには至らない。しかし、その熱き炎に温度を持たない機械──傀儡が声を上げた。

 

『通達ダ。五条悟が⋯⋯いや、そういうのはやめよう。俺は与幸吉。こんばんは呪いの王。そしてさようなら──沈め』

 

量産化した小型傀儡とはまた別の、特別製のメカ丸だ。自動的に通達を行う機能は組み込まれていないけれど、代わりに爆薬の量は通常のそれより倍増している。そしてちょっとしたオマケ要素。熱を探知した際に与幸吉へとリアルタイムの電話を自動的にかけてくれる。もっとも、その電話は──、

 

「少しは認めてやろう。その回る頭だけはな」

 

──爆発を元に打ち切られる、過激的な電話だ。呪力を纏い、爆薬を増し、より一層に威力が高まった爆発が宿儺の体を包み込む。死には至らないものの、傷ついた体から意識を取り戻す事ぐらいは虎杖にだってできるだろう。

 

「ふぅ。後は虎杖が起きるのを待って⋯⋯七海たちの増援に行くかな」

 

呪力数4割を残した彩が地べたに尻をつけ、胡座をかいて体を休ませながら、呟くようにして声を出す。地面は冷たく、目の前の少年は衣服の所々が破けて痛々しい。そうした本人がそう思うのはお門違いと言えるのかもしれないが、したくてしたのではないから仕方あるまい。ともあれ、渋谷事変での大方の目的は既に終えた。問題は羂索と真人の同行だろう。何も問題がなければ良いが。

 

「脹相、任せたぜ」

 

この場にはいない誰かに向けて言葉をこぼし、倒れるように寝転がる彩だった。




「装甲傀儡メカ丸・モードボムスペシャリズム」
見た目は量産型の小型傀儡と同じであるものの、熱を探知した際に発せられる自動的通達システムがない上、爆薬の量が通常のそれよりも多く、破壊力が高い。ちなみに熱を感知した瞬間、与幸吉とのリアルタイム電話が爆発までの間だけ行える。
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