2026/2/20 誤字修正
「真人は行ってしまったか。まぁ彼ならなんとかするだろうけど」
人から見たその年齢は20代前後と言った所で30代に指がかかっているか否かと言った程に若さを感じる美肌、美形の顔と言える。実際、人よりはモテていただろうし、その自負を本人も持っているはずだ。
しかし、その若さに反して顔に浮かぶ笑みは薄暗く、人為的に作られた無機物のような冷徹さを多く含んでいる。まるで、見た目に引っ張られ、無理矢理に作った笑顔だ。
「他には感じられませんか?」
「俺の術式範囲内は少なくとも」
黒髪の少年、伏黒恵が東堂葵へと言葉を嘆く。不義遊戯の術式発動条件は呪力が込められているか、あるいは呪力があるか否か。その影響で擬似的に呪力を持った者をサーチする索敵能力を持っている。こと集団戦、渋谷事変のような多数との戦いにおいて強く生きる能力だ。
「猪野くんと真希さん、伏黒くんは背後や他呪霊の警戒を。それと人造人間などの処理は任せました」
「よう! 頑張るぜ1年ズ! いや、真希ちゃんはちげーか」
「了解す」
「了解です」
七海建人の言葉によって動かされる3人。袈裟男──羂索の前に立った呪術師は
「1級が3人も揃っておるのだ。童一人如き、易々と捻り潰せるであろう」
──禪院直毘人。御三家である禪院家の現当主であり、特別1級呪術師に認定されている呪術師側の戦力の一人。原作では陀艮戦においてしか活躍しておらず、戦い終えた後、漏瑚によって焼き払われたものの、今回はその強さを彩との邂逅によって強化している。たとえば、味方に襲いかかった火の粉を容易く払うほどに素早い動きを可能とするほどに。
「やれやれ、舐められたものだね。こう見えて私は特級呪術師だ。禪院のご老人とは面識があったはずだが⋯⋯覚えているのは一方的かな?」
「儂はいじけたヤツが嫌いでな。それも己の強さを自覚しとらん弱者は覚えぬようにしておるのだ。貴様のように
自分の顔を指指ししながら直毘人へと挑発をかける羂索。なにせ、実際に直毘人は夏油傑と面識があるのだ。それは遡ること数十年前になり、当時学生だった傑が親友の強さに置いてかれぬよう、彩のように禪院家に押し入った形での出会いだった。ともあれ、門前払いは彩と同様にされていたし、武術が趣味とはいえフィジカル型の直毘人に勝てるほど化け物であった事もない。話が逸れたものの、直毘人が羂索にそのような挑発を行うのは直毘人自身が羂索の、夏油傑の体の中にいる正体を知っているからだ。逆もまた然りで、羂索は正体をバレている事を知っている。否、今現在で知ったと言うべきだろう。だって、死んだと言われていた夏油傑が目の前にいるのに、少しでも関わりを持った彼が驚かない訳がない。
「君らに正体をさらけ出した訳でもないしね。恐らく参謀者は中性的なあの子だろう? どこで骨を休めているのか知らないが、嫌な思いがあるので言及もしないし、問い質したりもしないよ。ただ⋯⋯」
『正体』という直毘人や他限定的な人物にしか伝わらない、理解できない言葉を口の蓋を切る最初の言葉に使用し、七海建人や東堂葵にも分かるようにして『参謀者』を特定する。
それだけでは終わらず、言葉の終わりと共に人差し指を1本、蝋燭のように突き立てて、
「──ご老人なら知っているはずだろうけどね、何も私一人で戦う訳じゃぁないよ」
人差し指の先端が黒く変色し、それこそ火で炙られた蝋燭のように溶け出し、地面へポタポタと肉体の一部を滴り落とさせる。ここに彩がいればさぞ、後悔した事だろう。なにせ、抜け落ちていたのだ。原作にある事を阻止するべく、原作にない事への記憶力が欠如していた。その結果が──、
『この術式は術師の才能を持つ野良から奪い取り、手に入れた代物でね。作り、準備するのには苦労したが徒労ではない事は確かなはずだよ』
──静寂だ。日本の首都ながら、それをイメージさせる賑やかさが今の渋谷駅には、否。東京にはそれがない。辺り一面、周囲には静けさだけが空間を支配している。それは敵と戦う呪術師の緊張感から発生した焦燥感によるものか、はたまた目に見えぬ力によって死に絶え、それを見て怯えた民間人の恐怖からくる物なのか。廃墟のように静かな駅の中で羂索の声だけが響き渡った。否、羂索
「なん、だこれ」
唇さえ動かなかった術師の中で一人、背後を警戒していた真希が振り返って声を上げる。何も考えはない。しかし、目の前で繰り広げられる光景を前にただ愕然と目を見開く。
「呪霊⋯⋯か?」
先輩風を吹かせながら、その風に正しく乗るべく人一倍に力んでいた猪野が真希の声に感化され、同様に振り返って声を上げる。一瞬、恐怖が体を支配したものの、考え、答えを導き出さなくてはならないという使命感に駆られ、頭を回す。
「⋯⋯アンタら! 今は前を見ろよ! 改造人間が来てる!」
背後を見ず、突如と迫る危機に対応しながら、敵へと隙を見せる二人に恵が声を荒らげる。
三者それぞれの反応を示している景色は誰であっても本来は驚愕するべき物だ。恵だけは唯一、危険を察知している事もあって振り返らず、冷静に対処しているものの、1級術師3人が声を上げていないのは冷静に対応できず、混乱が頭を支配しているが故の静寂だ。だって──、
『呪霊操術⋯⋯極ノ番・うずまき』
自分の肉体から発生した呪いを元に破壊を生み出そうとしている悪魔その物がいるのだから。
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
呪霊と言うのは人間が抱く負の感情から生まれる実体のある生物と言える。天与呪縛やある一定の例外な状況を除き、術師のような一定数の呪力を持った者以外には見れないという点を除けば悪事を働く外来種のような物に近しく、それを操作できる呪霊操術と言うのは忌み嫌われながらも強力かつ汎用性の高い便利な術式だった。
少なくとも善人が悪へと染まってしまう呪術師界隈で扱われるよりかは元から黒に染まっている呪詛師が扱う方が使い勝手がよく、大いに役に立つと私は思っている。
「やめ、やめて⋯⋯くだ、さい」
これは知的好奇心から観察を開始し、その
「ぎ、ぐ──ァァ! やめ、て、やめ、許して⋯⋯」
2つ目は純粋に自然が好きで、老後離婚しただとか、キャンプに憧れた若い人間が安く買える家を購入し、住んだ後にその不満を知ってもなお、買ってしまったが故に後に引けず、結局そのまま住むことになったというパターン。人間は夢見がちで、悪い部分よりもいい部分に目が行きがちだ。私的には山奥に住む人物のほとんどがこれに該当すると思っている。目の前の若く、優しそうな顔をした青年もその一人だろう。
「許し、てゆるし、ゆるゆる⋯⋯ごめ、ごめ、ごぉォ!」
山奥に位置するこの物件は街から遠く離れ、食べ物を買う事が出来る店まで車でも数時間かかる事からかなりの言い値で売りに出されていた良物件──とは言い難い。自給自足できる人間ならこうしてのんびり暮らせるだろうし、刺激を求めない人間ならこの生活で満足できるだろう。おっと、話が逸れてしまった。山奥に住む人間、その三つのパターンの話だったね。3つ目、それは犯罪を犯しながら、のうのうと暮らす為にわざと人から離れた罪人。
「──君はそうして許しを乞うた子供の体を、どれほど弄んだのだろうね」
羂索が今こうして畳張りの部屋で見知らぬ青年を呪霊の力によって押さえつけ、爪、皮膚、指、手首、腕、肩と焦らすように肉体を切り刻んでいるのには理由がある。大それた物ではないものの、それは人工的に意図した呪霊を作り出す、それこそ青年の事をとやかく言えない残忍な行為だった。
「だっでぇ⋯⋯だっでェ! あんなにもがわいがったから!!!」
瓦屋根は建物の古さを象徴し、何食わぬ顔で悪魔の巣の一部として存在を象徴している。そんな一軒家の2階には苦しみを叫んでいる子供の声が、純朴な呪いの言葉が充満している。しかし、青年自らの手で工夫し、構築された2階、屋根裏の防音部屋もとい拷問室の外にその苦鳴は届かない。
こうして青年の体が徐々に切り刻まれ、ミンチになっていく最中も子供の声が拷問室には木霊しているのだ。死してなお地縛霊となり、霊体になっても苦しみを味わっている子供たちと、高級品をチマチマと使用する貧乏人のように、指先を、手首を、手足を、生きたまま肉体を削られて血を流す子供の声が。
「──さて、呪霊と言うのはいわば怨霊でね。人間が抱く負の感情から生まれる事が確認されているんだ」
「は、へ?」
話が一周し、最初の内容に戻ってきた事を青年は知らない。羂索の胸の内で勝手に開かれ、聞かされていない自由研究のレポート、その内容なんて物は。ともあれ、何度も言うように呪霊は人の『負の感情』から生まれる物だ。それは怒り、憎しみ、妬み、悲しみ、嬉しみと言った様々な感情で、それでいて感情の種類は常に『誰か』へと向けられた過去の供物だ。
『大地』へ、『大海』へ、『火山』へ、『人間』へ、人間が抱いた感情が具現化したと言っても差し支えない存在、それが呪霊。
「呪術師ならともかく、目立って動けない呪詛師は大変だ。だから私も手札を増やす方法を考えてね」
『もっとも、これは手札を増やす手段の1つなのだが⋯⋯』と何本かの指で数を示しながら羂索は言葉を紡ぐ。
「──人工的に呪霊を作り、取り込めば彼らの目につく事は少ないからね」
「あ、あぁ⋯⋯アアアアアアアアアアアアアア!!!!」
青年の悲鳴は痛みから来る物じゃない。そして青年は決して超常現象を信じる訳ではないが、羂索の話す話の内容を聞き、点と点が繋がるようにして理解してしまったのだ。
これから自分がどうなってしまうかという結末を。
「呪霊は負の感情から生まれるから、できるだけ誰かに恨まれている人物が好ましい。逆に誰かを恨んでいる者でも構わないが⋯⋯その場合は恨みの度合いが強くなくては事足りないから量産には向いていないだろう」
四肢を削がれながら、なおも死なずに無事である青年の脳が回り、導き出した最悪の答えに行き着くかのように道が進む。四肢を襲っていた鋭い痛みが消え、テーブルの上に乗せられていた背が何かに持ち上げられ、別の部屋へと運ばれる。
「だの、む。それだけは、それだげば!!!」
「と、メモ用に記しておこうか。用意するのは恨まれ、負の感情を抱かれた人間。猟奇、快楽殺人のような物を行っている犯罪者が最適⋯⋯」
口の端から垂れる血は、発せられる声に歪みを感じるのは痛みによる物ではない。恐怖によって震え、力を制御できないままに噛み締められ、砕けた歯から溢れ出た物だ。
歯が砕けきってもなお、全身が震え、細く尖った奥歯に口内をズタズタにされながらも、震えは止まらない。
どこへ運ばれ、何をされ、どうなるのかが青年には分かっていた、分かってしまったのだ。
「そして負の感情──呪力が満ちた空間。音すら外に出ないような、静けさの中に一滴の歪みがある拷問室のような無慈悲な場所が好ましい」
「ごめんなさい。もうしません、だから、だから、許して」
羂索の足が動き、何かに運ばれる青年の後を追う。建物の作りは基本、拷問室を除いて全てが木造だ。2階へと続く階段に伸し掛る力に木の凹ませ、音を鳴らすのもその材質が故である。そんなシンプルかつ当然な現象を前に青年は身の震えを加速させた。だって、聞こえている軋み音が2つなのだ。
羂索の足によって踏み締められて鳴る音と、もう一人の何者かが乱暴に踏んで、それこそ階段が壊れてしまうかもしれないような轟音。見えないながら、知覚できないながらも青年はその音の正体を知っている、否。無理矢理に知らされたのだ。自分はただ自然の中で天使の囀り声を楽しんでいただけなのに。
「後は瀕死の状態の対象を呪力が満ちた空間に放置し、死なないように反転術式を回し続けさせる事かな」
「────ぁ」
羂索の口が開かれ、言葉を発せられる度に"その時"が近づくのを青年は感じていた。2階の先に続く梯子は変わらず木製の質素な物であったものの、登った先に現れた扉は鉄製かつ中の様子を伺う事が可能な小窓といった物がない、頑丈な扉だ。鎖が垂れ下がり、簡単に開かれぬよう、何個もの鍵穴が厳重に扉を防衛している。まるで、外に逃げ出さないようにする為に、あるいは何者かが簡単に中へと入る事ができないように。もしかすると、それすら人間の善良が絡んだ
「反転術式は
「どう、じで」
青年にとっての唯一の希望はこの扉が打ち破られない事だ。鈍器を使っても破壊できず、それこそ専門の道具を使わなくては開けれないほどに固められた関門だ。しかし、その考えは羂索の軽い手振るいと共に、文字通りに鍵が破壊され、扉が押し開かれて砕け散る。元より謎の力によって浮かされ、その力の正体を知ってしまった青年に唯一の希望と言うのは仮初のそれだったのかもしれない。救いの道がないと、釈迦の糸すら垂れてこない絶望を前に正気を失わないよう、本能的に狂気から逃れようとした結果なのかもしれない。
「話は終わりだけど、付き合ってもらって感謝するよ。こうも長く生きると、話し相手に恋しくてね。それはそれ、これはこれだけど⋯⋯まぁ、またね」
「あぐっ⋯⋯う、うぅ」
四肢がない青年が乱暴に冷たい地面へと投げ捨てられ、扉から羂索が出ていくと同時に鍵がかけられる。鍵穴は壊されている故、既存の物ではない事は確かだ。恐らくは謎の力によって作られた決して開ける事のできない絶対的な鍵。
しかし、青年にとってそれはもう無視するべき些事だ。なにせ、青年がこの部屋を厳重に閉ざした理由と、羂索がそうした理由は別なのだ。羂索の場合は
「やっど、ぎだが」
「⋯⋯ううぅうう、うう、うふふふふふふふ」
残虐にも四肢を削がれた子供を前に、感情を抑制できないから。そして、頻繁にここへと訪れてしまっては楽しめる物も楽しめないからだろう。
『やっどぎだが』
「うん。やっどぎた」
『やっどぎた』
『やっどぎだ』
『やっどぎだ』
『やっどぎだ』
「ハハハハハハハハ!!!」
子供
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「極ノ番・うずまき」
自分の肉体から発生した呪いとは誰がいつ考えた表現だったか、ただただ絶句する禪院直毘人の頭に問いの答えは出てこない。事は羂索の人差し指、その先端が溶け始めた頃から語らなくては理解できないだろう。黒く、淀んだ液体へと溶け始めた指は手首だけに留まらず、その肉体全体を溶かしながら、地面を黒へと染めまくる。
羂索の肉体の全てが液体になったというのなら、うずまきを唱える者は誰かという疑問が残るだろう。そして直毘人は自分が放った言葉を訂正し、渋谷事変の全容が記された書物を読んでいる人物たちに謝らなくてはならない。なぜなら、羂索の肉体は液体へと変わったものの、それは本人の首から上──生首となっても笑いながら極ノ番を放つ夏油傑の頭部に他ならない。
「うずまきは単発の光線の類と聞いていたが、まさか小出しできるとは思わなんだ!」
投射呪法を活用しながら、近くにいた七海建人を背に抱えて走る直毘人。大きな渦の真ん中から放たれる肉塊と言えるそれは着弾した傍からその身を周囲へ飛び散らせ、巻き込む全てに破壊の影響を与える壮絶な一撃だった。
して、羂索の体から生まれ落ちた黒い液体はというと、その闇の中から這い上がるようにして様々な人物をその場に出現させていた。もっとも、現れた直後、うずまきの渦に吸い込まれ、呪力へと還元されてしまっているのだが。
兎も角、直毘人は彩から聞かされていた内容を元に目の前の現象を理解しようと頭を働かせる。しかし、聞かされていたとはいっても夏油傑の肉体の内側にいる者、羂索の正体と渋谷事変についてぐらいのもの故、活用できる情報はないに等しい。が、
「何か策はありますか!?」
「ない!! が、恐らくあの黒い液体から生まれる人間⋯⋯その扱われ方から『弾薬』と呼ぶが、限度はあるだろう! その証拠に乱発していたものが狙いを定めながら、儂らとは別の者に放っている!」
七海に返す直毘人の言葉はいっそ清々しいまでの即答さだった。最速の術師と呼ばれる男は問いへの返しも最速だなんてくだらない事を東堂葵が考えているのはまた別の話であるが、実際、うずまきの球数には限度があるといっていいだろう。
狙いを定め始めたのもそう言える根拠と言えるし、なにより生み出された人物は顔から衣服の皺まで鮮明に作られている。それも何百、何千、何万にも及ぶ数のランダムな衣服。まるで、自分の記憶から抽質した
「ともあれ、五条悟奪還は東堂葵だけで事足りると聞いている! ならば儂らはあの攻撃の集中を受けるべきと言えるだろう!!!」
──縫い目がある。黒い液から生まれた人物はどれも、乱雑かつ衣服にも年代にも顔立ちにも共通性がない。しかし、その人物のどれもが額に縫い目があるのだ。羂索の額に縫われている物と同様、細い糸によって。故に直毘人は具現、召喚された人物たちは過去に羂索が体を奪った人物たちと推測する。して、鮮明な程にその姿が再現されているのには何かしらの理由があるはず。術式を通常は何個も使えないのが脳のキャパシティーが理由のように、人は必然的に必要のない記憶を頭から消していく。実際には脳のメモリには刻まれている為、結局は容量を消費しているのだが、その浪費を限りなく脳は消しているのだ。つまり、この膨大な数の人物たちは、
「あなたの事⋯⋯信じますからね!!!」
「信じてもらっても構わんよ。細かくば、儂の孫を」
「え!?」なんて驚きながら聞き返そうとする七海の言葉を直毘人の耳は受け付けない。それよりも重要なのは羂索が無理をしている事だ。この膨大な数の人物たちを事細かく記憶し、そのままに具現するのはあまりにも無理がすぎる。つまるところ、直毘人が読んだのは今まで乗り換えてきた人物たちが所持する記憶やその技法を忘れる事を縛りに、破壊の限りを尽くさんとする文字通りの秘技なのではないのかと。
数千年も生きていた羂索がこのような事をするのは追い詰められているが故だろうが、直毘人にとってその事はどうでもいい。他のまともな術師、七海などが考え、気にしてくれる要素だろう。それよりも考えるべきは、
「ぐ、ふ。儂のキャパの問題か」
東堂へと狙いを定めては接近し、渦の真ん中へと蹴りを放ち、標的を自分へと変えさせる直毘人のおかげで被害者もとい獄門疆奪還の為に必要な東堂の体に傷は一つもない。
無論ながら投射呪法によって加速し続ける直毘人の体にも怪我は見当たらないし、背負っている七海だって痛みの声を上げていない。声を上げる前に即死しているのなら別だが、あまりの加速で巻き起こされた暴風に振り落とされぬよう、力強く掴まれ、軋ませる肩によってそれは杞憂だと分かる。
しかし、口に出したように加速し続け、何度も術式を連続使用している直毘人の肉体が底を尽きそうなのだ。鼻から血が垂れ流れ、腹の中にある呪力が、それを使用して行われる術式が、その燃費が酷く悪くなっているように感じられる。
「七海、1級術師殿。真希や、恵らは無事⋯⋯か?」
「⋯⋯無事です。東堂くんのおかげで何事もなく避難させられています」
戦闘においても救助においても
「恨むなら、こうするしか思い浮かばぬ儂の頭を恨んでくれ」
「──毘人さっ!」
投射呪法の加速は動きを再現できなかった際、あるいは物理的に再現不可能な軌道を作り描いた際、肉体の停止という形で術式が中断される。しかし、自分自身でそれを行えば肉体が動かせなくなるだけに留まるものの、他者へと使用した場合は違う。背中にしがみついてるのを無理矢理に剥がし、加速の結果、起こりうる事象に巻き込まれぬよう、投射呪法によって物理現象の流れから七海を外させる。
投射呪法によって無理矢理に停止させられた生命体はその最中にどれだけ加速している
「──さて、後は東堂葵を守りながら、孫の到着を持つだけ。ククク、簡単すぎて笑みが零れるわ」
外傷が理由ではない出血を放置しながら、老人はなおも加速を続ける。血の繋がりこそない関係だけの孫の為に、老いた身を酷使しながら、口の端を歪ませ、上っ面だけの、虚勢の笑みを張る。もはや駅には東堂葵と禪院直毘人⋯⋯そして羂索の3人のみが残っていた。それは奇しくも、術師6名が最初に役割分担を行った際の数『3人』と同じで、そんな事に頭を使いながら直毘人はまだ加速を続ける。
老いた肉で届かぬのなら朽ちかけた骨で喉元を貫いてやろう。そう思いながら早く、速く、加速し続ける。
「────ぬ゙ゔぁ゙、゙ら゙ァ゙ァ゙!!」
喉に絡まる血液を吐き出しながら声を出す。周囲が歪んで見えるほどの速度で加速し続ける直毘人がその右拳を渦の真ん中へと伸ばし、振るう。この速度ならば確実に粉砕すると思いながら、意識と視線は別方向に向けられていた。それは──、
「────っぁ」
直毘人の拳が
『がんばったで賞。しかし、入選にはならずってね』
「禪院のッ!!! ──がばっ!?」
極度に加速した状態では周囲の流れがゆっくりに見えてしまう。だから、歪な笑みのままに手を伸ばし、東堂の胸を貫く悪魔の姿が見えてしまう。裂き、ねじ込み、貫通する拳の隙間から溢れ出る血液も、空中に浮かぶ無のキャンパスに飛び散る清らかな朱も、絶望に満ちた顔でこちらを見る彩も、偽りの覚悟が砕け、声を上げる宿儺の器も、全部。
「か、ふ」
──直毘人の瞳には全てが映り、全てが見えていた。見ようとして見た訳でも、望んでいた訳でもないというのに。
分からない方がいるかもしれないので一応は記述しておきますが、話の途中で行われた羂索の回想に登場する『青年』は第3話にて登場していた人工呪霊だったりします。術式は持っていたのですが、その前に殺されたが故、力を発揮する前に死んでしまいました。所持していた術式は受けた痛みを呪力に変換するといった強力な物でした。それこそ呪術師が持っていたらさぞ強かったでしょうね。