とても香ばしい、食欲を刺激する匂いに包まれた会場は、活気に満ち溢れていた。
まだお昼前にも関わらず、見渡す限りの人、人、人。リハーサルの合間にこステージの舞台袖、天幕の横からコソッと見渡したが、まさに海のようだった。
ポピパ史上、最多の観客がいるライブになることは間違いなかった。
「今回は、客層も全く違う筈だしね。あれだけ人がいても、どれくらいの人が聞いてくれるかはわからないよ」
このライブに向けて練習する最中、有咲はそんなことを言っていた。ステージに立って、楽器の準備をしながら、香澄はそんなことを思い出した。
ピックで弦を弾いて、調子を確かめる。1弦から6弦までを順番に弾いていく。一番最初に出た、低く唸る、響く音様な音を漏らしたランダムスターから、「早く弾いてくれ」と言われたような気がした。
──分かってるって。待たせてごめんね。
答えるように、そっとボディに触れる。ちょうど星が散りばめられた部分に触れると、とくん、とくんと鼓動が伝わってくる気がした。
思えば、このライブに関しては
だから、いつもよりも。指先から、掌に。掌から、身体中に。伝わってくるにつれて、奥底に燻っていた熱が、伝播してくる──。
ちょうど、会場へステージ開始のアナウンスが入った。大きく響く、スピーカーでの宣言だった……が。流石の人混みである、出店を行く人々には届ききれていない。
ステージ手前の方には、何度もライブに来てくれた同級生と、ライブハウスで贔屓にしてくれてるファンの数名しかいない。
ふとその人達と目が合った。笑顔を浮かべて、 手を振ってくれている数名に手を振り返した。きゃー! という黄色い嬉声が、赤いシュシュをつけた水色髪の子を中心に上がった。
ただ、ライブをするには、この人数はちょっと少ない。
───大丈夫、これから私達の音楽で振り向かせればいい。
合図をする様に、4人に目を配る。たえ、りみ、有咲、沙綾と香澄の皆の目が合い、頷き合う。
短いやり取り。だが、確かな意思がそこには含まれていた。
楽器に手をかけ、大きく息を吸う。私達の音楽が、今放たれる……!
──それは、世界一有名なバンドの最も激しい曲だった。
半音ずつ下がっていく特徴的な奏法が、たえの掻き鳴らすギターから広がってゆく。
そこに、香澄の叫んでいるような歌声が重なった。
いつも以上にエッジ効いた歌声は、常連客から歓喜の声を引き出すだけに留まらない。遠くに見える人々が、振り向くのが見える。
香澄は、気にせず自分の歌を続けていく。
まるで抑揚のない、退廃なイメージさえ抱かせるようなその歌声。ギターはあえて弾かず、両手でスタンドマイクを支え、歌う。
沙綾のドラムが少し遅れて合流する。叩きつけるような低音を放つりみが合流する。足りないものを埋めるように、有咲のコードも加わる。
5人の音が、会場に広がる。女子高生という華やかな見た目から放たれる
激しいロックンロールに、じわじわと観客が集まってくる。
音が、ひとつになっていくのを感じる。
5人の個性と物語が混ざり合うように感じる。それは、まるで、黄金色に輝いているようで……。
沙綾が、最後に「指に豆ができちゃった!」と可愛らしく叫んだ。麗しき女子高生による、若干の狂気も孕んだ、最も激しいハードロックはその言葉で終了を告げた。
なんだかおかしくなってしまった香澄達は、ひとしきり笑い合う。最高に楽しい、それもライブの一風景だった。
香澄がMCとなって、自己紹介を回す。それに応えるように、皆は楽器を奏でて答えていく。
───5人合わせて!
『Poppin'Partyです!』
5人がそれぞれポーズを決める。おかしくって、嬉しくって、楽しくって。あはははは、と5人は大爆笑した。
「次の曲!
タイトなメロディと、跳ねるようなベース・サウンド。とにかく陽気で、とにかく親しみやすい。
1曲前の
ステップを取りながら、香澄は歌い上げる。隣に居るりみとたえが、飛び跳ねてるのが見える。有咲のキーボードが跳ねるように奏でられ、沙綾のスティックが弾んでいるのが分かる。
そんなみんなに当てられて。いつもよりも、活力がありふれている香澄がいた。
足で細かなリズムを取りながら、歌い上げる。陽気な雰囲気をより一層際立たせる。軽すぎる程に軽快で、愉快過ぎる程に明るい香澄の声色は、より一層ファンを集めていく。
声がよく通る気がした。空気を沢山吸って、その全てを声として届けることができていた。この先どこまでも続く人生、その最後まで届けられたらなと、香澄はふと思った。
──|And if you want some fun, take obladiblada!《楽しく生きたいなら、オブラディ、オブラダ!》
次の曲と、最後の曲はポピパのオリジナル曲だった。
有名なカバー2曲で雰囲気を作って、最後に
この2曲、あと2曲で。私達を出し切る。そんな気概で、香澄は曲名を高らかに宣言する。
「私達の、オリジナルです! 聞いてください!」
──ティアドロップス!
ギターから広がる音圧が、会場を押し潰そうとした。
ギターソロから始まる女子高生達の革命は、会場の雰囲気をひっくり返さんとする。
もう何回弾いたか分からないほど、繰り返してきた曲だった。何回練習してきたか、分からないくらい奏でた歌だった。
指が、足が、身体が、心が勝手に動く。たえちゃんが、りみりんが、沙綾ちゃんが入れるアドリブも手に取るように馴染む。
香澄の歌声が、電気のように広がっていく。人と人の間を刹那の間に通り抜ける。稲妻のように通り抜ける声は、人々の心に確かに残滓を残していく。
「最後の曲……"Yes! BanG_Dream!"」
夢を撃ち抜くその序曲。Poppin'Partyの、始まりの歌、約束の歌、永遠の歌、大切な歌。
彼女達らしい、魅力的で素敵な曲だ。
───BanG_Dream! 夢を撃ち抜け!!
いつの間にか、香澄と同じ顔を皆していた。いつ見ても楽しそうなその表情、それが皆に伝播して、共有され、共鳴しているようだった。
Poppin'Partyのライブは、いつだってゴキゲンだ。時に優しく、時に激しく、時には志向の旋律を奏でるのが、彼女達だった。
曲の最後に合わせて、香澄達はジャンプした。それに応えるように、お客さん達が歓声を挙げる。
「ありがとう! みんな、ありがとう! 私達、普段"CiRCLE"とか、"GALAXY"とかでライブやってます! 良ければきてねー!」
ちゃっかり宣伝するのも忘れない。彼女達は、歓声に包まれながら、フェスのステージを後にする。
ライブが無事終わって、次の休みの日。ポピパの面々は、好きな食べ物とか、飲み物とかを持ち寄って、有紗の蔵に集まる事になっていた。
先日のライブの成功祝いと、ライブの反省とか、色々込みの打ち上げが、開催される予定だった。
何故か
──先週のライブは大成功だったな。ライブハウスでのライブでも、もっとカバー曲を入れてもいいかも。たえちゃんと背中合わせでギターとかも面白そう。りみりんと対面して弾き合うのも良いかも。沙綾ちゃん、スネアだけ持てば一緒に前で演奏できないかな……。有咲ちゃんも、持ち運べる形のキーボードだったら……。
しかし、思考は段々と明後日の方向へと伸びていってしまう。具体的には、留まることを知らない食べ物の方面だった。
──あと1、2ヶ月したらクリスマスもあるし、みんなでクリスマスライブとかいいかも。クリスマス、クリスマスかぁ……。みんなとパーティとか面白そうだな。ケーキとか、チキンとかみんなで買って……。最近寒くなってきたし、お鍋とか食べるのも楽しそう。鍋、お鍋……寄せ鍋とか良いな。けど、オーソドックスなのはちょっとつまらないし、ここはみんなで……。
ちょうど、ほかの皆が来たようだった。ガチャリ、と蔵の扉を開ける音がする。
一目見た瞬間に、香澄は反射的に口を開く。
「今度はすき焼きだよ!」
「……誕生日なの?」
そんなツッコミを入れたのは、誰だったのだろう。
香澄達の日常は、まだまだ続いていく。
足早感ありますが、これにて完結です。
ありがとうございました!