「──はい、これがこの前の改良版。で、こっちは新作。さつまいもペーストを多くしたのと、こっちは栗のクリームとホイップ入りの新作!」
「ありがとう、沙綾ちゃん! どっちもいい香り……!」
15時。練習がない日。焼きたてパンの良い香りが充満するヤマブキパン店内をあがった、2階の部屋。山吹沙綾の自室で、戸山香澄との女子二人の密会が行われていた。
部屋の中央、テーブルに置かれたパンが3種類。おまけでつけてくれたいつものチョココロネが2個と、試作品2つ。計4個のパンがバスケットの中に仲良く並んでいた。
予め沙綾が入れてくれていたインスタント・コーヒーの香りが、部屋中に広がっている。ちょっと肌寒い日もある今日この頃、入れてくれたのは程よく暖かい、ホット・コーヒーだった。黄色と赤のコップにそれぞれ注がれておいて、立ち上る湯気がゆらゆらと空に登っていくかのよう。香澄は興味本位で、ブラックのまま啜ってみた。やっぱりまだ、早すぎたようだった。
「いやぁ、助かるよ。試作品、作るのはいいけど、どうしても食べ手が少なくてさー」
沙綾は、チョココロネを1口かじり、ブラック・コーヒーを啜った。チョコの甘いいけど、少しだけ感じるカカオの苦味とコーヒーの香りが生み出すハーモニーは、互いを一層引き立て合っている。
さっきも経験した事だが、香澄はブラックが飲めない。沙綾ちゃん、大人だなぁ。と、そんなことを考えつつ、用意してくれた角砂糖一個とミルクを入れて、ティースプーンでぐるぐる回してかき混ぜた。
「違う人の意見も、聞いてみたいなーっていうのと。あと、ちょっとだけ飽きちゃって……」
沙綾の弟達である陸、海、空。あとは沙綾のお父さんも。毎日、沙綾と自身の試作品祭りだという。人数で言えばそこそこだが、内3人はまだまだ子供。量が食べれなかったりする為、香澄のような沢山食べれる存在は貴重な存在なんだとか。
「任せてよ沙綾ちゃん! 沙綾ちゃんちのパンだったら、毎日3食全部でも食べれるもん!」
香澄はそう言いきると、大きな口を開けてかぶりついた。
昨日もコンビニで似たようなものを食べた気がするが、こっちの方が圧倒的に美味しいような気がした。沙綾の家の、焼きたてのヤマブキパンのさつまいもデニッシュが美味しいのが悪いと言わんばかりに、目を輝かせながら頬張る。
口の中に広がる、さつまいもの素朴な甘さ。自然な甘さ、と言うべきものがデニッシュのバターの香りと混ざり合う。山吹色のペーストがこれでもかと入ったそれは、香澄の食欲を尚刺激する。
「これ! これ、いっちばん美味しい!」
口の周りに、デニッシュの食べ残しをつけながら、身振り手振りで伝える。一口、また一口と、食べる手が止まらない! 夢の塊のようなそれを、香澄はあっという間に食べ終えてしまう。
甘いコーヒーで口の中をリセットし、香澄は次に、マロン・クリームパンを手に取る。なんでも、"マロン&マロン"という名前で売り出すらしい。
見た目はただのクリームパンのようだが、涙滴の形というか、栗の形を模している。栗の下の部分、硬いところである"座"の部分は、芥子の実がふりかけられていていかにも栗っぽい。
香澄は、座の部分から大きな口を開けてかぶりついた。
つぶつぶの芥子の実の食感のすぐ後に、パンの皮が弾ける。中から栗のクリームと同時にホイップ・クリームが広がる。
クリームと言っても、中には小さな栗がこれでもかと入っていた。つぶつぶとした食感も楽しいし、栗本来の風味と甘さが損なわれない程度の、ホイップも最高だった。
コンビニで買う菓子パンも美味しいが、ヤマブキパンのものとは比べ物にならないと、香澄は思う。余計なものが入ってないが故の美味しさというか、出来たてを味わえるからこその味というか。多分、そういうのだと思う。
食べる度に、笑顔が止まらない。思わず「ん~~~っ!」と声を漏らしてしまう香澄を見て、沙綾が微笑んでいる。
「ふふっ、ありがとう。……前から思ってたけど、香澄ちゃん本当に美味しそうに食べるよね」
──香澄ちゃんのそういう笑顔、やっぱり好きだな。
ちょっと恥ずかしくなるようなことを、沙綾は言った。
なんでもない言葉を紡ぐように、楽しくなって、歌を歌っちゃうように。普段からそういったことを言い慣れたように、沙綾は言った。
「だって本当に美味しいし……」
そんな事しか、返せない香澄。好き、というその言葉にちょっとドギマギしながら、恥ずかしさを誤魔化すようにチョココロネに齧り付いた。
勢いで齧り付いたチョココロネは、いつも以上に甘い気がした。