秋空の下、止まらない夢   作:冴月

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 ついに緊張の一瞬を迎えた。

 有咲の蔵にある、ちょっと古いタイプの体重計。中央の部分がちょっとだけ透明になっていて、半円形にメモリが付いている形の物。ダイエットを行った香澄が、その上に乗る時が来たのだ。

 

 今日蔵に来た時から……いや、今朝待ち合わせ場所出会った時から、真剣な眼差しを維持している香澄。ちょっと緊張しているような、張り詰めた表情をより一層強くしながら、今は有咲の蔵に上がっていた。

 

 蔵に居るのは、有咲よりも少し早めに来ていた沙綾と、蔵主の有咲、そして香澄。体重計をわざとらしく蔵のテーブルの上に置いて、静かにたえとりみを待つ時間だ。

 

 尚、たえは日直当番で。りみは白米販売が教師にバレた為に指導が入ってしまった為、蔵に来るのが現在進行形で遅れている。

 

「……ふぅ」

 

 体重計に乗るまでは、とても安心できない。香澄は、ペットボトルの水すら飲まないようにして、机の1点を見つめている。

 

「……かすみん、水くらい飲んでいいのよ。今から数十ml飲んだって、そんなに変わらないよ」

 

 それだけ言って、有咲は湯呑みに入ったお茶で口の中を潤す。緑茶の匂いが、湯気とともに天井へと上っていく。テーブルの反対側に座っていた沙綾も、ドラムスティックのグリップテープを剥がしながら頷く。

 言われるがままに、香澄はペットボトルの封を開けて水を1口煽った。

乾いていた喉が潤う。ちょっと冷たい水が、喉を抜けて落ちていくのを感じる。

 

 ふぅ、と一息つく。ちょっとだけだけど、リラックスできた。けど、流石に、このまま何もしないって言うのもちょっと続かない。

 香澄は、ギターケースからランダムスターを取りだした。蔵に常に置いてあるチューナーとシールドに繋いで、ピックでぴーん、ぴーんと1音ずつ弾いていく。

 

有咲もノートPC向かってなにか作業をしていて、沙綾はドラムスティックにグリップテープを巻き付けていた。

 チューニング後の音を確かめるように、軽くTwinkle Stardust(きらきら星)を弾く。奏でた音を確かめる為に、一音一音しっかりと……。

 

「みんな、お待たせっす!」

 

 有咲と沙綾がギターの音に耳を傾け。きらきら星も終盤に差し掛かった頃に、蔵の扉が開かれる。乾いた音と、元気いい声と共に現れたのは日直だったたえ。挨拶も手短に、蔵のいつものスペースへと収まっていく。

 

「りみセンパイはまだ来てないんすね」

 

「そうなのよ。あのドアホウの事だから、また言い訳でもしようとしたんじゃないかしら……あら?」

 

 ぴこん、とスマホの音が鳴る。それも、4人同時に。

 香澄はポケットから、赤色ノート型のスマート・フォンを取り出した。

暗証番号を入力して、通知が来たアプリをタップする。

 通知の正体は、ポピパの皆で作ってあった、よくあるSNSのグループトークの通知だった。

 

『もうすぐ着く』

 

 ピンクの手裏剣のアイコンから、そんなメッセージが飛んできていた。

 当然、4人同時に通知が来ているわけで。

 

 4人は同時にスマホから顔を上げ、目が合う。良くも悪くも、変わらないりみの様子に苦笑いを浮かべ合った。

 

 

「待たせたな!!」

 

「はやっ」

 

 勢いよく開けられた入口の音と、よく通るりみの声。まさかこんな早いとは思わなく、沙綾は反射的にそんな声を上げた。

 

「知る限りの裏道と、ちょっとだけ屋根伝えばすぐだったぞ」

 

「すぐ着くだろうっすけど、やろうとは思わないっすよね」

 

 ぽつりとたえがそんなことを言う。お茶請けに出されたポッキーをポリポリと齧りながら言う。

 

「はぁ……その忍者みたいな真似止めなさいって言ってるじゃない」

 

「いやー、だって今日は師匠の結果発表だったし……」

 

 咎める有咲に、ささやかな反論を見せるりみ。けどりみりん、他人の家の屋根を勝手に走るのはよくないと思うな……。

 

「そんなことより師匠!  ついに乗る時が来たな!」

 

 ばんばんと、机の上に置かれていた体重計をりみが叩いた。

 そう、今日はついに体重計だった。これで目標体重に達していれば、普段通りの食事解放である。

 ……いや、本来の目的は、オータム・ライブ・フェスの為だ。決して、我慢してきたお菓子とか菓子パンとか、それ目当じゃあない。

 

 香澄は、体重計を机から下ろし、ちょっと広くなったスペースの中央に置く。香澄を正面に4人が向き合い、体重計と香澄とを注視する。

 口を結んだ真剣な表情で、じっ……と体重計を凝視する。

 皆が協力してくれて、皆が一緒に頑張ってくれたこのダイエット期間。無下にするとまでは言わないけど、ちょっと無駄になるような結果だけは見たくない。

 

 

 ……数秒か、数十秒か。意を決した表情をして、香澄は体重計に乗った。

 

 誰かが結果を言ってくれるだろう、きゅっと目を瞑ったまま体重計に重心を置く。

 

「……うん、目標達成ね。よく頑張ったわね、かすみん」

 

 言葉を聞くやいなや、パッと瞼を開きメモリを見る。

 体重計のメモリを示す針は、以前見た時より数kgは落ちた数値を示して、固定されていた。

 

 

 

「……ふぅ……、よ、良かった……」

 

 嬉しさと言うよりも、安堵感が勝ったようで。体重計を降りた香澄はその場にヘタリと座り込む。

 

「やったっすかすみんセンパイ! 毎朝のランニングの結果が出たっす!」

 

 飛び跳ねるように、一緒に喜んでくれるたえ。毎朝、毎朝一緒に走り込んでくれて、本当に助かった。……一人だったら、何回かサボってしまっていたかもしれない。

 

「獅子メタル殿との食事トレーニングも幸を奏したな」

 

 腕を組み、うむと頷くりみ。沙綾と一緒に、空腹時の対策とか我慢の仕方とか。飽きないメニューを考えてくれたりとか、本当に助かった。

 

 

「うん、これでオータム・フェスへの練習ももっと身が入るってものね」

 

「だねぇ。後、2週間しかないし、流石にセトリとか決めないとだよ」

 

 にしても、良かった、良かった。と、有咲、沙綾の2人も香澄の減量成功を喜んでくれていた。

 セトリ、特に深く考えてなかったな……。ダイエット中だったのと、食事制限と運動と、練習とでちょっと余裕も少なかったし……。

 

 五人は自然と、テーブルの周りに再び集まっていった。いつの間にか出されていたお茶請けのクッキーと煎餅を、各々つまみながらのセトリ会議が緩やかに始まる。

 尚、ダイエットから開放された香澄もお菓子解放である。ここまで我慢してきた罪悪感に勝らない程度に、ちょっと小さめのクッキーを小さく齧る。久しぶりのチョコチップ・クッキーは、しばらく口の中で転がしたい位に甘かった。

 

「セトリ、セトリかぁ……。まだ、ポピパって秋っぽい曲ないもんね」

 

「今から作るか?」

 

「りみセンパイ、もう町内祭りみたいなハードスケジュールは勘弁っす……」

 

「あはは……。だったら、カバーとかどうかな。いままで合わせたことあるやつとか、聴いてくれるみんなが知ってそうなやつとか」

 

 そう言って、沙綾は机の中央に自身のスマホを置く。画面には既に音楽アプリが起動されていて、何やら曲が始まるタイミングだった。

 

「あら、これは……」

 

「ふむ」

 

「Beatlesっす!」

 

 どこか牧歌的な曲調だった。テレビCMとかでよく流れるそれは、Beatlesに疎い人でも知っているだろう。あの有名なフレーズが特徴的な、Life goes on(人生はまだまだ続く)という曲だ。

 

「こういう皆知ってそうな曲と、私達のオリジナル曲半々がいいんじゃないかな」

 

「なるほど。前半は知っている曲で皆を惹き付けて、後半の私達のオリジナルでかっ飛ばそうというワケだな」

 

 確かにそうかもしれない。香澄はりみと沙綾の意見に同意するように頷く。この曲なら程良くテンションを保たせつつ、次に繋げることができそうであった。

 こんかのオータム・グルメフェスはあくまで食べ物のお祭りごと。ライブに興味があって来ている人達ばかりではないのだ。

 

「あ、そういえば主催から会場案内来てたわよ。ほら」

 

 有咲が思い出したように言った。スマートフォンで皆に画像を送って、共有する。

 

「こ、これは……。なんというか……」

 

「すごい立地だねぇ」

 

 皆の驚愕は同じであった。

 フェスの出店は、広い広場を借りていて大きく横長に並んでいる。何店舗か横並びに並んだら、折り返して逆向きに並んで。またしばらく店舗が並んだらまた折り返して……と言うように。

 そしてそこから枝分かれするように、ヤマブキバンとかがある商店街へと繋がっていく。商店街にお店があるような所は、直接お店に来てもらった方がもちろん良い。商店街道中もしっかり飾り付けして、案内も大々的にしているようだった。

 

 そんな出店舗達から大きくせり出した中央、広く見ることができる位置にステージはあった。

 なんか、想像していた数倍は大きい。商店街のイベントだから……とか考えて即決で参加と答えたものの、ちゃんと詳細を見るべきだったか……。

 

「な、なんか思ったよりも大きいっすね。ジブン達、ここでライブするんすか?」

 

「そうよ。ざっと1000人くらいのキャパって、最初に言ったでしょ?」

 

 有咲は続けてなにか画像を送ってくる。タップして覗いてみると、それはタイムスケジュール表だった。誰が何時から何をすると言うのが、事細かに記載されている。

 

「な、なんか知ってるアイドルグループがいるっすね……。普通に、テレビとか出てるような……」

 

「関西で有名な芸人もいるな」

 

「私達、こんな中でライブするの……?」

 

 最近、事ライブに関しては自信が出てきた香澄だったが、ちょっと規模が違いすぎる。いちばん大きいキャパが学園差だと言えば、なんとなく想像着くと思う。

 普通にメディアに出演している中に、一般高校生が混じるのは、ちょっと場違い感がある。

 

「一応、私達は"地元の学生枠"見たいので出れるみたいよ」

 

 あれだ、ちょっと大きい大会とかお祭りとかで、地元協賛の吹奏楽部とか、ダンス部とかが出るやつだ。微笑ましくなって、応援したくなる終わり方をするやつと、予想以上にモノがよく盛り上がるパターンがあるやつ。

 

「……どうせやるなら、観客たちを唸らせたいよねぇ」

 

 沙綾が、スマート・フォンで流す曲をPoppin'Party(わたしたち)の曲にして、そんなことを言う。

 一応、結成してから、かなりのペースで実戦(ライブ)はしてきたつもりだ。同時期に結成した他のバンドよりも経験はあると思ってるし、技術もそこそこだと香澄は思っている。……まだまだ足りないことは多いが。

 

「兎に角、セトリ決めて練習に入りましょうか。今日から本番まで、特訓よ特訓!」

 

「特訓! ウチの新作シールドが火を吹く時が来たな!」

 

 りみがいの一番に反応した。気合いも充分、既にベースを持って待機している……どころか、ベンベンべべべんとリズムを刻み始めている。

 私も、ダイエット以上に頑張らないと……!

 

「よーし、みんな頑張ろう!」

 

『おー!!』

 

 香澄の号令で、ポピパは実戦に向けて熱を高めていった。

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