幼女「もらえる経験値、人>魔物では?」   作:北川ニキタ

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1話 多分これはディストピアといっていいはず

 耳をつんざく轟音。

 それと同時に、わたしのアバターがポリゴンの粒子になってキラキラと消し飛んだ。

 網膜にデカデカと映し出される、吐き気のするようなシステムメッセージ。

『YOU LOSE』。

 その冷たい文字を前に、わたしは奥歯をギリリと噛みしめることしかできない。

 

 ほんの数秒前まで死闘を繰り広げていたはずの仮想フィールド。

 そこには勝利のファンファーレと、相手プレイヤーの感情が抜け落ちたアバターが突っ立っていた。

 その動きには、人間なら必ずあるはずの迷いやためらいが1ミリもない。コンマ1秒のズレもなく最適解を叩き込み続ける、ただの冷たい機械人形。

 また、これか。

 

「……くっ、そぉおおっ!!!」

 

 誰にも聞こえないわたしの叫び声が、ヘッドギアの中で響く。

 同時に、バンッ!とバーチャルの壁を拳で叩く。

 イラつく。腹が立つ。頭をかきむしりたい!

 システムウィンドウを開けば、ボロボロの戦績と急降下したランキングが「残念でした」とわたしを煽ってくる。

 かつて、その一番上で輝いていたはずのわたしのプレイヤーネーム、【ミライ】の文字。今じゃその他大勢の中に埋もれて、探すのも大変だ。

 

 昔は、勝てたのに。

 誰よりも、圧倒的に。

 純粋な人間しかいない世界では、わたしは間違いなく最強だった。

『アガスティア』という剣と魔法で戦うフルダイブ型VRMMORPG。世界一人気のゲームとしてギネスブックにものり、そのプレイヤー数はかつては一億を超えていた。

 そんなゲームの世界最大のeスポーツ大会『グランドサイバー』決勝戦。

 1対5の絶望的な状況から、たった一人で敵チームを壊滅させたわたしのプレイは神話になった。

 わたしの戦術は『ミライ・テンプレ』として研究され、誰もが真似をした。人類の反応速度を超えた『神眼』なんて呼ばれて、崇められていたあの頃。

 

 でも、今は違う。

 この世界は、人間が純粋に競い合う場所じゃなくなった。

 アシストAIが脳に直接「こう動け」って囁いて、手術のいらない外付け可能なサイバネティクス・インプラントが神経の信号を無理やり加速させる。そんな「強化人間」たちが当たり前にいる戦場で、わたしみたいな『素』の人間が勝てるわけがなかった。

 運営のアンチチートなんて、お飾りみたいなもの。

 人間の脳の動きと区別がつかないAIとか、合法インプラントをこっそり改造するグレーのやつらの前じゃ、あんなの全然意味がない。

 システムが「シロ」って言った機械たちに、生身の人間が負けるのなんて、当たり前のことだった。

 どうしようもない虚しさに包まれながら、わたしは現実世界にログアウトした。

 

 ふわっとした感覚の後、視界が面白みのない現実の色に戻る。

 ひんやりしたヘッドギアを外して、ベッドの横の充電ポートにくっつける。壁も天井も、ぜんぶスマート素材でできた、超ミニマルな部屋。

 AIが管理する完璧な環境。

 でも、その完璧さが、今は息の詰まる牢獄みたいで、大っ嫌いだ。

 AR空間を思考だけで操作して、グローバル・ミームストリームを開く。自分のプレイヤーネーム【ミライ】でエゴサする。

 案の定、そこにはわたしをバカにする書き込みがズラッと並んでいた。

 

「ミライ、まだやってたんだ」「昔は強かったのにな」「AIアシストを使わないプライドとかもう時代遅れでしょw」「とっくに終わった人」

 

 昔は「神プレイ!」「人類最強!」なんてコメントで溢れてたタイムラインだったけど、今ではただのゴミ捨て場だ。

 

「……飽きた」

 

 ぽつりと、そんな言葉がこぼれる。

 何かを極めるのは昔から好きだった。あらゆるゲームに手を出し、その世界の頂点を極めては、ライバルがいなくなった世界に飽きて次の戦場へと渡り歩いた。

 でも、チートだらけのこの環境では、もはや「ゲーム」にすらなっていない。

 今のゲームは人間のフリしたAI同士が最適解をぶつけ合ってるだけ。

 それのなにが楽しいってのよ。

 

 そんな、すべてがどうでもよくなった、その時だった。

 ふと、AR空間の隅っこで、光の粒が集まって一つのアイコンができた。

 普段なら絶対無視する広告通知。だけど、なぜかそのアイコンが妙に気になってしまい、わたしは無意識にそれを開いてた。

 それは、一つの新しいゲームのプロモーションだった。

 流れてきた映像と、そこに映し出されたキャッチコピーに、全身の血が逆流するみたいな衝撃を受けた。

 

 ――『このゲームは、あなたの記憶を一度リセットしてプレイします!』

 

 そのゲームの名前は――『Gnosis Online《グノーシス・オンライン》』。

 巨大AI企業が作った、国家規模のプロジェクト。目的をなくした人々に、新しい人生の「目的」をあげるための、壮大な実験――。

 紹介映像は、息を呑むほど美しい、けどどこか見覚えのある風景から始まった。

 中世の街並み、雄大な自然、そして剣と魔法が息づくファンタジー世界。でも、その映像美よりもわたしの心を掴んだのは、その革新的なコンセプトだった。

 昔流行った『マトリックス』っていう映画みたいに、プレイヤーが「ここが仮想世界だ」という記憶そのものをリセットした状態でプレイするゲーム。

 過去も出自も記憶もすべて消して、その世界にダイブする。

 自分のキャラクターが死亡――つまり、ログアウトして初めて、現実世界の記憶が戻り、さっきまでの世界が仮想現実だったと気がつく。

 つまり、AIアシストもサイバネも、全部意味ない。持ち込めるのは、ありのままの自分だけ。

 

「……おもしろいっ」

 

 思わず、笑ってた。

 これだ。わたしがずっと探してた、本当の意味で「実力」が試される場所。

 速攻で参加申請のコマンドを叩き込んだ。

 

 わたしが応募した後、世界は『Gnosis Online』の話題で持ちきりになった。

 ネットの海は賛否両論で荒れまくった。「人類の救済だ!」って叫ぶ人もいれば、「集団自殺だ」ってマジレスする人もいる。

「マトリックスではAIが反乱して人類が仮想世界に閉じ込められるのに、人類が自ら望んで仮想世界に閉じ込められるなんて哀れなことだ」と、インテリオタクかよみたいな意見もあった。

 

 でも、そんなのお構いなしに参加希望者は爆発的に増えていった。

 そりゃ、そうだよ。

 だって、この世界で頑張る意味なんて、もうどこにもないんだもん。

 どんなに勉強したって、どんなに練習したって、わたしたちの努力なんて全部AIの下位互換。

 AI様が作った完璧な未来予想図の、ほんのちっちゃな誤差にしかなれない。そんな世界で「夢を持て」なんて、詐欺だよね?

 だからみんな、心の底から「本気になれる何か」に飢えてたんだ。

 その熱狂は「楽観的大量自殺」なんて呼ばれて、あっという間に社会現象になった。

 人生っていうクソゲーをアンインストールして、新しい神ゲーをインストールする。そんなワガママを叶えてくれる、最高の逃げ道。

 

 わたしの順番が回ってくるまで、三ヶ月もかかった。

 そして今日、ついにその時が来たんだ。

 

 全自動運転ポッドで向かったダイブセンターは、もう「施設」って感じじゃなくて、巨大な「霊廟」みたいだった。なんだか、古い人類のお墓みたい。

 ゲートをくぐると、AIコンシェルジュの綺麗なホログラムがスーッと現れる。

 

「お待ちしておりました、ミライ様。本作は一度プレイを開始すると、ゲーム内で死亡するまで現実世界へのログアウトはできません。ご確認済ですね?」

 

「はい、問題ありません」

 

 なんてクールに答えたけど、心臓はすっごくドキドキしてる。

 だって、三ヶ月も、三ヶ月も待ったんだよ。やっと、この退屈な世界からおさらばできるんだ。

 

「承知いたしました。――つきましては、ミライ様にもう一点、ご確認がございます」

 

 AIコンシェルジュは、完璧な業務スマイルのまま続けた。

 

「本作では、一部のプレイヤー様をピックアップし、そのプレイの様子を外部のメタバースストリームにて24時間ライブ配信するという企画がございまして、プレイヤーの皆様にはあらかじめ許可を頂いているのですが、ミライ様もよろしいでしょうか?」

 

 ふーん、配信ね。

 その企画の存在自体は、ネットの海で話題になっていたから知っていた。確か、まだ正式には始まってなくて、参加者が増えてきたタイミングで順次開始されるとかだったかな。

 

「それって、どのくらいのプレイヤーが配信対象になるんですか?」

 

「はい。全プレイヤーの中から、おおよそ千人程度を予定しております」

 

 千人か。

 今の参加者総数を考えれば、とんでもなく確率が低そうだ。

 仮に選ばれて、わたしの神プレイが配信にのっちゃったりして、そうしたら人気ものになっちゃうなんてこともありそうだ。

 

「わかりました。配信についても大丈夫です」

 

 わたしが了承すると、AIコンシェルジュは完璧なお辞儀をした。

 

「ご快諾、感謝いたします。それでは、ミライ様は本日で7581万1192人目のプレイヤーとなります。どうぞ、最高の体験をお楽しみください」

 

 7千万……。

 わたしが待ってる間に、こんなにもたくさんの人が、同じように退屈から逃げだしたんだ。

 案内されたのは、星空みたいにカプセルが並ぶだだっ広いホール。一つ一つが、誰かの揺りかごで、誰かの墓標。

 指定されたカプセルに横になると、柔らかいナノマシンジェルがわたしの身体を包む。なんだか、お母さんのお腹の中に戻ったみたいな、不思議な安心感があった。

 

『プレイヤーの認証。バイタルチェック、オールグリーン。これより記憶処理シークエンスに移行します。カウントダウンを開始』

 

 無機質なアナウンスと一緒に、カプセルの天井がゆっくり黒く染まっていく。視界が閉ざされて、意識が遠くなっていくのがわかった。

 もう、あの負けた悔しさも、現実のつまらなさも、全部忘れられる。

 新しいわたしは、どんなわたしなのかな?

 じゃあね、わたしのいらない現実(リアル)

 最後にそう思ったのを境に、わたしの意識は、深い、深い闇の中へと沈んでいった。

 

 

 

――――――――――――――

 

 

 

1 名無しのダイバー

おい、マジかよ……。もう死んでログアウトしたやつ出たってマジ?

 

2 名無しのダイバー

はっやwww

 

3 名無しのダイバー

マジ

ソースみたけど、子供のプレイヤーが、突然、野良ゴブリンに襲われて死んでしまったらしい

まだそんなにいないけど、記憶戻った人はガチでパニックになってるらしい

そりゃそうか。昨日まで剣と魔法の世界でガチで生きてたんだもんな

 

4 名無しのダイバー

うわぁ……

「死んだら現実に戻る」って理屈じゃ分かってても、記憶リセットされてたら「死=終わり」だもんな

どんな気分なんだろうな

 

5 名無しのダイバー

「楽観的大量自殺」って言われてたけど、本当に死亡(ゲームオーバー)しちゃったのか

いや、ある意味「生還」か?

 

6 名無しのダイバー

そもそもあんなゲーム規制しなかったのが間違いだろ

人類の現実逃避を加速させてどうすんだよ

7000万人以上参加とか、もうこの現実世界終わりだよ

 

7 名無しのダイバー

↑うるせえよ、現実(こっち)がクソゲーだからみんな逃げんだろ

AI様の下位互換やらされる毎日に何の意味があんだよ

向こうで本気で生きられるなら、そっち選ぶわ

 

8 名無しのダイバー

俺も次のダイブ待ちだわ

すべてをAIが管理する世界は退屈すぎる

向こうの世界でワクワクする体験がしたい

 

9 名無しのダイバー

ところで、お前ら「公式チャンネル」見てる?

7000万人以上もいるダイバーの中から、運営の超高性能AIが、独断と偏見でピックアップした1000人を、24時間リアルタイムでずーっとライブ配信してるやつ

 

10 名無しのダイバー

見てるに決まってるだろw

あれが今の俺の生き甲斐だわ

ガチで24時間、寝てるとこも飯食ってるとこも全部垂れ流しだから、有志が作る「切り抜き」動画を追うので毎日寝不足だぜ

 

11 名無しのダイバー

わかるwww

俺、昨日バズってた「パン屋、初めてオークと遭遇して腰抜かす」って切り抜きで腹筋ちぎれるかと思ったわ

パン焼く捏ね棒(めんぼう)で必死に抵抗しようとしてんのw

しかもちょっと腰引けててさw

 

12 名無しのダイバー

>>11

あれなw

いきなりオークと遭遇したら、俺でもそうなる自信ある

まあ、それでもおもろかったけどw

俺は「衛兵ダダム、貴族の馬車にビビりすぎて敬礼失敗する」ってやつが好き

あのガッチガチに緊張してる感じ、AIが管理する今では緊張なんてしようがないからな

 

13 名無しのダイバー

ガチでバズったのって、やっぱ「農家の娘、川で溺れた子犬を助ける」だろ

一生懸命、助けようとしていてマジで涙無しには見てられなかった

 

14 名無しのダイバー

>>13

あれは泣いた

AIが管理する今じゃ、ああいう事故すら起きようがないからこそ、見ていて新鮮だった

 

15 名無しのダイバー

やっぱ、こういう偶発的な事件が起きるから面白いよな、このゲーム

 

16 名無しのダイバー

で、お前ら結局どこのチャンネルに常駐してんの?

俺は「騎士団のキース」一択

ゴブリン相手に仲間庇ってるところがバズってからずっと配信追っている

 

17 名無しのダイバー

わかる

キースさんガチで推し

俺は地味だけど「双子の鍛冶師」をずっと見ている

試行錯誤していて、ようやっとちゃんとした鉄を作れるようになっていて和んだ

 

18 名無しのダイバー

「迷いの森の冒険者のガングラッド」もいいぞ

ソロでサバイバルしてるけど、徐々に他のプレイヤーと交流し始めてるところが、徐々にコミュ力あがってていい

 

19 名無しのダイバー

ちょっと質問いいか?

これって、ダイブしたあと、どうなるの?

記憶がいっさいない状態で森の中とかにいきなり放り出されるの?

 

20 名無しのダイバー

>>19

違う

それまでAIが動かしていたNPCにプレイヤーが憑依する感じ

そんでそれまでのNPCの知識や記憶を引き継げる

AIがはいっていた大勢のキャラクターに順次、プレイヤーが交代していく感じらしい。

現状、88%がプレイヤーに交代済み

まもなく100%がプレイヤーに交代する予定だとか

 

21 名無しのダイバー

そうそう

一応、本人のパーソナルに合わせて憑依先は運営が選定してるらしいから、元の人格とプレイヤーにそこまでデカいギャップはないんじゃないかっていわれる

 

22 名無しのダイバー

ふーん、じゃあ、街の衛兵とか店主とかも全部プレイヤーってこと?

 

23 名無しのダイバー

そういうこと

だからキースさんみたいな「騎士」に憑依した人は、マジで騎士として振る舞ってる(ロールプレイしてる)

店番に憑依した人は、マジで店番やってる

まあ、本人たちは元の世界の記憶がないから、ロールプレイしているなんて自覚はないだろうけど

 

24 名無しのダイバー

地獄かよwww

俺がもしパン屋のキャラに憑依したら、毎日パン焼かなきゃいけないのか?

 

25 名無しのダイバー

そうか?

俺なら喜んでパン屋を体験するけどな

だって、この世界はAIによってすべての職業が消えてしまったんだぜ

本気でパン屋になりたいなら、『Gnosis Online』にダイブするしかないんだから

 

26 名無しのダイバー

ワイも今週末、ようやっとダイブできそうだ!

お前ら、向こうで会おうな!

 

27 名無しのダイバー

>>26

おう! 向こうで会おうぜ!

 

まとめサイト【グノーシス速報】より引用

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