幼女「もらえる経験値、人>魔物では?」   作:北川ニキタ

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10話 ゲームに不要な要素だと思うんですが

 翌朝。

 わたしとセーラの関係は、表向きは何も変わらなかった。

 わたしは無邪気で甘えん坊な主人を演じ、セーラは常に完璧な専属メイドであり続けた。

 だけど、二人きりになると、セーラは時折、不安そうな瞳でわたしを見つめる。その度に、わたしはにっこりと微笑んで、安心させるように彼女の手に自分の小さな手を重ねた。

 

「大丈夫だよ、セーラ。わたしがついてるから」

 

 その言葉だけで、彼女の表情がわずかに和らぐのがわかる。くっくっくっ、完全に、わたしに依存し始めている証拠だ。

 もちろん、あの革袋はわたしがしっかりと預かっている。彼女の命綱は、今やこのわたしの小さな手の中にあるのだから、裏切るなんて選択肢はないはずだ。

 ここまでの理想のムーブができるとか、わたし天才かなっ。

 さてさて、駒は手に入れた。次は、この駒をより強固なものにすべき。

 

 わたしは朝食の後、自室に戻ると、セーラに真正面から切り出した。

 

「ねえ、セーラ。あなたの妹さんに、会ってみたいな」

 

「……えっ?」

 

 セーラの翠色の瞳が、驚きに見開かれる。まあ、当然の反応よね。

 

「お、お嬢様が、そのような……わたくしどものような者が住む、みすぼらしい村へお越しになるなど、とんでもないことでございます!」

 

「どうして? わたし、セーラの家族に会ってみたいんだもん。病気で苦しんでるなら、なおさらだよ。わたしに、何かできることがあるかもしれないじゃない?」

 

 わたしは、心からの善意を装って、キラキラした瞳でセーラを見上げる。

 もちろん、本心は違う。

 彼女の弱みに付け込み、絶望から救い出すという最高のムーブで、セーラの忠誠心を絶対的なものにするための、重要なイベントだ。

 恋愛シミュレーションゲームなら、ここで好感度をMAXにして、エンディングへのフラグを立てるくらいの場面。見過ごす手はない。

 最終的にセーラがわたしのことを「アリス様っ!」って涙ながらに尊敬する眼差しで見てくれるのが、手に取るようにわかるね!

 

「しかし、奥様がお許しになるはずが……」

 

「それは、わたしがなんとかするよ」

 

 わたしは、にっと笑って見せた。

 策は、もう考えてある。

 わたしはセーラの手を引いて、お母様のいる応接室へと向かった。そして、練習してきた最高の「お願い」を披露する。

 

「お母様! わたし、刺繍のために、セーラの故郷でしか見られない、珍しいお花が見てみたいのです!」

 

 子供の無邪気なわがまま。だけど、ちゃんと計算したうえでの行動だ。

 お母様は、刺繍を嗜む。そして、お母様はわたしに立派な淑女として刺繍を身に着けてほしいと思っている。

 だったら、刺繍のためって言えば、多少は甘くなるはずだ。

 

「まあ、アリス。急にどうしたの?」

 

「レオル先生の授業で、昔の刺繍には、魔除けの意味が込められていたって習いました! 病気の妹さんがいるセーラのために、わたくしが、特別なお花の刺繍をプレゼントしてあげたいのです!」

 

 どや! 完璧な理屈でしょ!

 自分のためじゃない。病に苦しむ妹を持つ、大好きなメイドのため。この健気な申し出を、母親が断れるはずがない。

 案の定、お母様はうっとりとした表情でわたしを抱きしめた。よっし! お母様、チョロすぎ!

 

「まあ、なんて優しい子なのかしら、アリス! わかりました。セーラを連れて、一日だけ行ってくることを許します。でも、もちろん護衛の騎士を付けますからね」

 

「え……」

 

 しまった、そりゃそうか。伯爵令嬢がたった二人で出かけるなんて、セキュリティ的にありえない。

 でも、騎士なんて連れて行ったら、お忍びどころか大名行列みたいになっちゃうよね! できれば、あんまり目立ちたくないなー。

 

「お母様、お願いです! 大勢で行ったら、村の人たちがびっくりしてしまいますわ。そうしたら、きっとセーラにも迷惑がかかってしまいます!」

 

 わたしが必死に食い下がると、お母様は少し困った顔をして、「そうねえ……」と腕を組んだ。

 

「では、腕利きの騎士、二名だけをつけましょう。それなら、目立つこともないでしょ」

 

 お母様の方から、まさかの妥協案。

 しばらく考えた後、わたしは頷く。まあ、二名ぐらいなら問題はないでしょ。

 

「……わかりました」

 

「よろしい。あなたがあまりに優しい子だから、特別ですよ」

 

 やった! 交渉成立! なんだかんだわたしの交渉スキル、天才的じゃない?

 

 出発の準備を整えていると、玄関ホールに二人の騎士が控えていた。

 一人は、いかにも実直そうな、がっしりとした体格の中年の騎士。もう一人は、まだ若さが残る、精悍な顔つきの青年騎士だ。

 

「クライネルト家騎士団、騎士隊長補佐のグオークと申します。アリス様の御身、この命に代えてもお守りいたします」

 

「同じく、騎士のルスカーです。よしなに、お嬢様」

 

 グオークと名乗った騎士が恭しくお辞儀をし、ルスカーという青年が少し砕けた様子で片膝をつく。二人とも、その立ち姿からして、ただ者ではない空気を漂わせていた。

 お母様の言う「腕利き」っていうのは、どうやら本当なのかも。

 

 こうして、わたしたちは二人の護衛付きで、屋敷を抜け出すことに成功した。

 もちろん、伯爵令嬢のドレスのままなんてありえない。二人して、目立たない格好に着替える。

 わたしは、メイド見習いの女の子が着るような、くたびれた麻のワンピースに、フード付きのクロークを羽織った。艶のある銀髪は、三つ編みにしてフードの中に隠す。

 セーラもいつものメイド服ではなく、質素な村娘の服装だ。それでも、彼女の気品は隠しきれていないのだけど。

 

「お嬢様、本当に……よろしいのですか?」

 

「いいから、行こ!」

 

 馬小屋からこっそり連れ出した馬に、セーラが軽々と跨る。

 そして、わたしをひょいと抱き上げて、彼女の前に乗せてくれた。騎士たちも、少し離れた場所から静かについてくる。

 

「それで、妹さんの病気って、どんな感じなの?」

 

 道中、わたしは本題を切り出した。

 セーラは、馬を操りながら、ぽつり、ぽつりと話してくれる。

 

「……村で一番腕の良いお医者様にも診ていただいたのですが、これは手の施しようがない、と。ただ、『呪いの類いだろう』とだけ……」

 

「呪い?」

 

「はい。お医者様の治療は、薬草を煎じて飲ませたり、体に貼り付けたりといった民間療法が主です。そのようなもので多少は改善はされど治る病気ではない、と」

 

 医者、ね。この世界にも、神官以外で病を治そうとする人たちがいるんだ。

 だけど、神官の奇跡に比べたら、その力は限定的なんだろうな。

 

「神官様にはお願いしなかったの?」

 

「もちろん、いたしました。ですが、村の教会にいらっしゃる神官様の癒やしの奇跡では、まったく効果がなくて……。もっと位の高い、司教様にお願いするには、わたくしたちには到底支払えないようなお布施が必要だと……」

 

 セーラの声が、悔しそうに震える。

 なるほどね。金さえあれば、解決できる問題ってわけか。教会といえどもお金がないと治療してくれないのか。やっぱ世の中、お金がすべてなんだね!

 わたしは馬のたてがみを撫でながら、冷静に思考を巡らせる。

 

 病気。なんだか妙にリアルな設定だなあ。

 だって、ここがゲームの世界だって知っているわたしからすれば、病気なんて面倒な設定最初からなくしてしまえばいいのに、なんて思っちゃう。

 まあ、この世界を現実だと勘違いしているセーラや、妹ちゃんにとっては、命に関わる大問題なんだろうけど。

 この認識のズレが、わたしと、この世界の住人たちを隔てる絶対的な壁だ。

 だからこそ、わたしは冷静でいられるんだけど。

 

 やがて、木々の切れ間から、小さな村が見えてきた。

 石造りの家々が立ち並び、畑では村人たちが忙しそうに働いている。クライネルト領の村の一つ。貴族の屋敷に比べれば随分と質素だけど、活気があって、平和そうな場所だ。

 

「セーラ、約束、覚えてるよね?」

 

「はい。お嬢様の正体が村の人たちに知られないよう、細心の注意を払います」

 

 領主の娘が、こんな村にお忍びでやってきたなんてバレたら、大騒ぎになるのは目に見えている。面倒ごとなんて、ごめんだ。

 村の入り口で、わたしは騎士たちに「護衛してるって村の人たちにバレないよう遠くから見ていてね」と念を押した。

 グオークは少し渋い顔をしたが、ルスカーが「お嬢様のご命令とあらば」と軽くいなしてくれた。

 わたしはフードを目深にかぶり直し、馬から降りる。

 

「さあ、案内してよ。あなたの妹さんのところにね」

 

 わたしの言葉に、セーラはこくりと頷き、静かに実家へと歩き出した。

 

 しばらく歩くと、セーラの実家が見えてきた。

 セーラの実家は、村の広場から少し外れた、小高い丘の中腹にひっそりと佇んでいた。

 石と木で組まれた、こぢんまりとした家。クライネルト伯爵家の壮麗な屋敷とは比べ物にならないほど質素だが、壁を伝う蔦や、窓辺に飾られた素朴な野の花が、住人の丁寧な暮らしぶりを物語っている。

 

「ただいま、母さん」

 

 セーラが少しだけ緊張した面持ちで扉を開けると、中から香ばしいパンの焼ける匂いと一緒に、初老の女性が顔を覗かせた。セーラによく似た、穏やかな翠色の瞳を持つ人だ。

 

「まあ、セーラ! おかえりなさい。急に帰ってくるなんて、何かあったのかい?」

 

 母親は娘の姿を認めるなり、ぱっと顔を輝かせた。だが、その視線がセーラの背後に立つわたし――フードを目深にかぶった見慣れぬ子供の姿を捉えた瞬間、その表情は安堵から戸惑いへと変わる。

 

「……その子は?」

 

 わたしはセーラに促されるまま家の中へと入り、扉の内側でそっとフードを外した。

 わたしの顔が露わになった瞬間、セーラの母親は息を呑み、その場に凍りつく。自分の娘が誰に仕えているかぐらいは知っている。だからこそ、目の前の幼い少女が誰なのか、理解できないはずがない。

 

「ま、まさか……アリス、お嬢様……!? な、なぜこのような場所に……!」

 

 今にも甲高い声を上げてひれ伏しそうな母親の腕を、セーラが慌てて掴んだ。

 

「母さん、お願いだから静かにして。お嬢様は、お忍びで来てくださったのよ」

 

「お、お忍び……」

 

 セーラの母親は、まだ信じられないといった様子でわたしのことを見つめていたが、やがて恐る恐る、深々と頭を下げる。

 

「これは、大変なご無礼を……。まさか、アリス様が自らこのような小さな家にお越しくださるとは……」

 

「お気になさらないで。わたしが、無理を言ったのですから」

 

 わたしがにっこりと微笑みかけると、母親はさらに恐縮したように身を縮こませた。そんな母親の様子を見て、セーラが本題を切り出す。

 

「お嬢様は、あの子の病のことをお聞きになって、何かできることはないかと、わざわざ足を運んでくださったの」

 

 その言葉に、母親はハッとしたように顔を上げた。その瞳に、諦めの中にしまい込んでいたはずの、わずかな希望の光が揺らめく。

 

「まずは、妹さんの様子を見せていただけますか?」

 

 わたしの言葉に、母親は一瞬だけ躊躇うように視線を彷徨わせた。

 

「あの子は……もうずっと、眠ったままなのです。話すことも、身じろぎ一つ……。それでも、よろしければ……」

 

 その声は、震えていた。

 案内されたのは、家の奥にある小さな寝室だった。窓から差し込む光が、空気中を舞う埃をキラキラと照らしている。

 ベッドの上には、一人の少女が横たわっていた。年の頃は、十歳くらいだろうか。セーラに面影の似た、整った顔立ちをしている。

 だが、その様子は異常だった。

 血の気の失せた白い肌には、まるで古文書に記されてそうな解読不能な文字のような、淡く青白い紋様が複雑に浮かび上がっている。それはまるで、呪いの言葉が直接、肌に刻まれているかのようだ。

 

「……これが」

 

 わたしは、ただの人形のように動かない少女に、一歩近づいた。

 

「お医者様は、魔女の呪いではないかと……」

 

 セーラが、絞り出すような声で呟いた。

 

「大昔、西にあったリューネという小国を、たった一夜にして消したという『無貌の魔女』が用いた呪い。その物語に出てくる症状と、あまりに似ていると……。もう、一年近くも、このままなんです」

 

「一年……」

 

「最初はただの熱病でした。でも、熱が下がった日から、妹は一度も目を覚まさないのです。日に日にこの青い紋様が増えていって……」

 

 セーラは妹の手を握りしめ、苦痛に顔を歪めた。その肩は、か細く震えている。

 わたしは、彼女たちの邪魔にならないよう、静かに部屋を後にした。そして、リビングに戻ると、振り返ってセーラに告げる。

 

「セーラ。久しぶりに家族と会えたのだから、しばらくここで、ゆっくりしてあげて」

 

「しかし、お嬢様を一人には……!」

 

「大丈夫だよ」

 

 わたしは、食い下がる彼女の言葉を、優しく、しかし有無を言わさぬ響きで遮った。

 

「わたしは、刺繍に使うお花を探してくるね。たしか、この村にしか咲かない、珍しい花があるんでしょ」

 

 わたしはそう言い残すと、再びフードをかぶり、一人で家を出た。

 セーラの故郷、ホムズズ村。

 石畳の道の両脇には、手入れの行き届いた花壇が続き、家々の窓からは楽しげな笑い声が聞こえてくる。村の広場にある井戸の周りでは、女性たちが洗濯物を叩きつけるリズミカルな音を響かせながら、噂話に花を咲かせていた。少し離れた鍛冶場からは規則正しい槌音が聞こえ、パン屋の煙突からは香ばしい匂いが漂ってくる。

 ――だというのに、あの家だけが、まるで呪われた物語の一場面のように、重い沈黙に支配されている。

 

 わたしは村の中をゆっくりと歩き回る。

 すると、道の脇で繕い物をしていた一人のおばあさんが、優しげな顔でわたしに話しかけてきた。

 

「おや、嬢ちゃん、見ない顔だねぇ。迷子かい?」

 

「ううん、違うの。お花を探してるの。月の光を浴びると、青白く光るっていう……」

 

 わたしがあらかじめ聞いていた花の特徴を話すと、おばあさんは少し考える素振りを見せた後、心配そうに眉を寄せた。

 

「そりゃまた、珍しい花を探してるんだねぇ。それなら、村の裏手に咲いてるよ。よかったら、案内してあげるよ」

 

 おばあさんはそう言うと、繕い物を籠にしまい、ゆっくりと立ち上がった。

 わたしがおばあさんの後をついて歩き出すと、彼女はふと、道の先にある一軒の家を指差した。それは、先ほどわたしが出てきた、セーラの実家だった。

 

「あの花の咲いてる畑は、ちょうどあそこの家の裏手でねぇ。……ああ、あそこはセーラの子の家さね。あそこの家も、妹さんのことで、みんな心を痛めてるんだよ……」

 

 おばあさんは、深いため息をついた。

 

「あれはただの病じゃない。『魔女の呪い』だよ。村の教会の神官様も匙を投げたそうだ。あの呪いにかかった者は、魂が身体から抜けちまって、二度と戻ってはこられないんだと……」

 

「その呪いは、解けないの?」

 

「解けるもんかねぇ。国さえ滅ぼす呪いだ。ただ……」

 

 おばあさんは、さらに声を潜めて続けた。

 

「よっぽど身分の高い、大司教様クラスのお方なら、あるいは、という話さ。なんでも来月、隣町のバーデンに、王都から大司教様がいらっしゃるらしい。あの方ほどの奇跡の使い手なら、魔女の呪いさえ祓えるかもしれんが……わしらみたいな平民が、お顔を拝むことさえできやしない。ましてや、奇跡をお願いするための莫大なお布施なんて、夢のまた夢さね」

 

 刺繍の題材にするお花の前で、わたしはおばあさんにお礼を言って別れた。

 

「ふーん、お金で解決できる問題なら、話は早いじゃない」

 

 わたしは、誰に聞かせるともなく、そう呟いた。

 

「だって、わたしはクライネルト伯爵家の令嬢なんだからね。ふははっ、ありったけの貴族の財産が火を噴くときがきたぜえ!」

 

 わたし、貴族の子供でよかったー!

 そう、お金ならいくらでもあるのだ。

 セーラ攻略イベント、これはもうクリアしたようなもんよ。わたしは上機嫌で、鼻歌交じりにセーラの家へと戻っていった。

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

55 名無しのダイバー

うわあああああ! アリス様、マジ天使!

メイドのために、わざわざあんな村まで……!

 

56 名無しのダイバー

泣いた

セーラさんの妹、思ったよりずっと重症じゃん……

あの青い紋様、ヤバすぎだろ

 

57 名無しのダイバー

>>56

それな

セーラさん、そりゃあんな顔にもなるわ……

見てるこっちが辛いわ

 

58 名無しのダイバー

でも、アリス様が「家族とゆっくりして」ってセーラさんを気遣うところ、マジで天使だった

自分は一人で花探しに行くとか、どんだけ良い子なんだよ……

 

59 名無しのダイバー

本当にセーラのために刺繍作ってあげる気なんだ……

どこまで優しいんだ、あのお嬢様は(涙)

 

60 名無しのダイバー

俺もあんな主人に仕えたい人生だった

アリス様は人類の宝

 

 

まとめサイト【グノーシス速報】より引用

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