レオル先生がわたしに協力すると誓ってくれた、その翌日から、世界は驚くべき速度で回転を始めた。
まず、先生が向かったのは意外にもお母様のところだった。
わたしも同席したその話し合いで、彼はただの家庭教師とは思えないほど、理路整然と、そして雄弁に語り始めた。
「奥様。アリス様は、類稀なる芸術的感性と、慈愛の心をお持ちです。あの方が考案された『カレイドスコープ』は、人々の心を癒やす魔法の筒。これを、病に苦しむ人々を救うための慈善事業として、世に広めるお許しをいただきたいのです」
すごい。
ただのおもちゃ販売が、一瞬で聞こえのいいチャリティー活動になった。
お母様は最初こそ「あの子が商売なんて」と眉をひそめていたけれど、レオル先生の巧みな話術と、わたしの「困っている人を助けたいんです!」という涙ながらの(演技の)訴えに、ついには陥落した。
「……わかりましたわ。この子がそれほどまでに言うのなら。レオル、あなたに全権を委ねます。ただし、アリスの勉学に支障が出ないように、そして何より、この子の安全を最優先に考えなさい」
「はっ! このレオル、命に代えましても」
完璧なムーブだった。
お母様から「アリスの社会勉強と慈善活動のため」という大義名分をゲットしたことで、わたしたちは屋敷のリソースを、ある程度自由に使えるようになったのだ。やっぱお母様はチョロい! ドヤァ!
次にレオル先生が動いたのは、騎士団への協力要請だった。
わたしのお目付け役であるグオークさんとルスカーさんを呼び出すと、先生は奥様から取り付けた許可証を見せ、こう命じた。
「クライネルト家の威信に関わる、極秘の慈善事業だ。腕の立つ職人と、安全な作業場を確保したい。もちろん、すべてはアリス様のご意向。金のことは心配するな」
騎士の人たちは最初こそ「お嬢様が事業……?」と困惑していたけれど、「奥様の許可」と「慈善事業」という二つのキーワードは絶大な効果を発揮した。
特に、実直な騎士隊長補佐のグオークさんは「なんと素晴らしいお志! お嬢様のため、粉骨砕身努力いたします!」と感激し、ルスカーさんも「へえ、面白そうじゃないすか。いっちょ噛ませてもらいますよ」とニヤリと笑った。
彼らの協力は、本当に心強かった。
騎士団のネットワークを通じて、口が堅く腕のいいガラス職人や木工職人がすぐに見つかり、領内の街にある使われていない倉庫が、秘密の工房として生まれ変わった。
わたしが提供した金貨五十枚は、あっという間に設備投資と人件費、材料費へと姿を変えていく。
工房の準備が整うと、わたしはレオル先生と一緒に、職人たちの前で万華鏡の構造を説明した。
最初は「お嬢様の道楽だろう」と高をくくっていた職人たちも、実際に完成した試作品を覗き込んだ瞬間、その顔から色を失った。
「な、なんだこりゃあ……!」
「おい、どうなってやがる……無限に模様が変わるぞ!」
あとはもう、早かった。
彼らはプロだ。一度構造を理解すれば、あとはその技術を最大限に発揮して、わたしの想像を遥かに超えるクオリティの試作品を次々と生み出していく。
外筒は、美しい木目の出た樫の木を削り出したもの。覗き穴には真鍮の金具がはめ込まれ、先端のガラス片が入る小箱は、光を効率よく取り込めるように角度まで計算されていた。
たった三日で、芸術品と呼ぶにふさわしい百本の『カレイドスコープ』が完成した。
原価は、材料費と人件費を合わせても、一本あたり銀貨二枚といったところ。安いね!
「アリス様。いよいよ、これを王都で売り出します」
レオル先生は、完成品を革張りのケースに収めながら、興奮を隠しきれない様子で言った。
ルスカーさん率いる少数の騎士に護衛され、レオル先生は完成した百本を積んだ馬車と共に、王都へと旅立っていく。わたしは屋敷で、吉報を待つことになった。
正直、もどかしいことこの上ない。
刺繍のレッスンも、ダンスの稽古も、まったく身に入らなかった。わたしの心はとっくに王都に飛んでいって、レオル先生の隣で販売状況をチェックしている。
そして二日後、最初の報告が騎士の伝令によってもたらされた。
レオル先生からの短い手紙には、興奮したような文字が並んでいた。
『作戦は成功です。初日分、完売いたしました。婦人方の反応は想像以上。明日からは価格を五倍に引き上げます』
「ふふん、計画通り」
わたしは手紙を握りしめ、誰にも聞こえない声で勝利を確信した。
そう、初日に金貨一枚で売った『カレイドスコープ』を明日からは金貨五枚で売る予定になっている。
もちろん、これを指示したのはわたしだ。
まあ、六歳児らしく、「最初は安くして、人気がでてから高くしたら、もっと儲けられそう!」と言ったわけだ。
原価は銀貨二枚。それを金貨一枚で売っても、初日で完売した。
この熱狂は本物。
そして、わたしが狙う貴族や富裕層にとって、モノの価値は値段で決まる。彼らにとってこれは、自身のセンスと富を示すためのステータスシンボルなのだ。模倣品が出回るまでの時間は限られているのだから、熱狂が最高潮の今、強気に値段を吊り上げて一気に利益を最大化する。
まさに完璧な計算。
アリスちゃん、大天才か。
そこからは、まさに破竹の勢いだった。
毎日届けられる報告は、日を追うごとに熱を帯びていく。「店の前に朝から行列ができた」「王宮の侍女が購入していった」「噂が噂を呼び、問い合わせが殺到している」――。
クライネルト家の幼き令嬢が考案した、不思議な芸術品は、瞬く間に王都中の話題を独占した。
工房は二十四時間体制で稼働し、騎士たちは輸送と警備に追われ、レオル先生からの手紙は日に日に短くなっていった。よほど忙しいのだろう。
そして一週間後。
レオル先生本人が、王都から屋敷へと帰還した。
わたしの部屋の机の上には、ずしりと重い革袋が、いくつも並べられていた。
「アリス様。これが、今週一週間の純利益です。……金貨、実に二千五百枚」
先生は少しやつれた顔で、しかし満足げに報告する。
金貨二千五百枚……!
必要経費を差し引いても、目標の千枚を遥かに、遥かに超えている!
まさに、がっぽがっぽ!
ワハハッ、笑いが止まらん!
「ふふっ、ふふふ……! やった……! やったわ!」
わたしは革袋の一つを抱きしめ、金貨の重みと冷たさを堪能する。
これさえあれば……!
その夜、わたしはセーラを自室に呼び出した。
そして、机の上に積み上げた革袋の一つを、彼女の前に差し出す。
「セーラ、見て。これだけあれば、きっと妹さんは助かるわ」
袋の口から、まばゆい黄金色の輝きが溢れ出す。
セーラは、信じられないものを見るように、金貨の山とわたしの顔を交互に見つめ、やがて、その翠色の瞳から、大粒の涙をぽろぽろとこぼし始めた。
「お嬢様……っ! あ、ありがとうございます……! このご恩は、一生……っ!」
わっと泣き崩れ、わたしの足元にすがりついてくるセーラ。
わたしは、そんな彼女の頭を優しく撫でながら、最高のドヤ顔で言い放った。
「言ったでしょ? 妹さんのことは、わたしに任せてって」
これで、セーラの忠誠心は、完全にわたしのものになった。
わたしは涙に濡れる彼女を抱きしめながら、冷静に次の計画を練っていた。
来月、隣町のバーデンで、王都から大司教様が臨席する、大規模な祝祭が開かれる。
貴族や富裕層が、こぞって集まる絶好の機会。
「レオル先生、次の目標が決まりました。この祝祭で、カレイドスコープを可能な限り売りさばきます。そして、その売上の一部を、その場で大司教様に『寄付』するのです」
わたしの提案に、レオル先生は「なるほど!」と膝を打った。
「大司教様への直接の寄付……! 素晴らしい。これ以上ない宣伝効果と、クライネルト家の名声を高める一手ですね!」
ふふん。わたしの狙いは、それだけじゃない。
大勢の貴族の前で、多額の寄付を行う健気な少女。その姿を見れば、大司教様も、一介のメイドの妹のために「奇跡」を起こすことを、無下には断れないはず。
これは、ただの商売じゃない。
わたしの、わたしたちの生存戦略を懸けた、最高の舞台だ。
「さあ、これからはもっと忙しくなるよ!」
わたしの号令に、レオル先生と、そして涙を拭ったセーラが、力強く頷いた。
わたしの計画は、いよいよ佳境だ。
――――――――――――――
61 名無しのダイバー
アリス様、本気だ……!
本当にセーラさんの妹ちゃんを助けるために、商売始めちゃったよ!
62 名無しのダイバー
レオル先生だけじゃなくて、騎士の人たちまで巻き込んでるw
あんなに周りの大人を動かせるって、あのお嬢様の優しさが本物だからだよな
63 名無しのダイバー
泣ける……
自分のためじゃなくて、全部メイドのセーラさんのためなんだぜ
あんなの天使以外の何者でもないだろ……
64 名無しのダイバー
あの「カレイドスコープ」とかいうの、マジですごいな
大人のレオル先生があんなに驚く発明品とか……
アリス様、ガチの天才児だったのか
65 名無しのダイバー
なぁ、お前ら
ちょっとヤバいこと思いついたんだが
66 名無しのダイバー
>>65
なんだよ、急に
67 名無しのダイバー
あんな、この世界の誰も知らないような「発明」を、いきなり6歳児ができるか?
68 名無しのダイバー
>>67
言われてみれば、確かに……
69 名無しのダイバー
アリスお嬢様って……
「記憶持ち」で参加してるっていう「救世主」の一人なんじゃないか?
まとめサイト【グノーシス速報】より引用