幼女「もらえる経験値、人>魔物では?」   作:北川ニキタ

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13話 もはや大天才

 カレイドスコープの熱狂は、もはや社会現象と呼んで差し支えなかった。

 王都のサロンでは、貴婦人たちが競うようにして手に入れたそれを覗き込み、漏れるため息の数で己の優越を確かめ合っているらしい。

 

「――クライネルト家の謎多きご令嬢が、夢で女神様から授かった魔法の筒ですって!」

 

「――いいえ、古代文明の遺物を発見なさったのだとか?」

 

「――まあ! なんにせよ、あのお方はただ者ではないということですわね!」

 

 なんて尾ひれどころか翼まで生えた噂が、まことしやかに囁かれている。

 うんうん、いい感じに神秘性が高まってるじゃない。わたしはレオル先生から定期的に届けられる報告書を読みながら、一人悦に入っていた。ドヤァ!

 

 もちろん、わたしはそんな熱狂を冷めた目で見ている。

 この世界の職人たちが構造を解析し、模倣品が出回るまで、もって三ヶ月。ブームなんて、花火みたいなものだ。儚いからこそ、その一瞬の輝きで莫大な富を生む。

 だからこそ、短期決戦。最大の商機である、隣町バーデンで開かれる祝祭で、一気に売り抜ける。

 

「アリス様、新しい試作品が完成いたしました」

 

「見せて」

 

 秘密の工房では、職人たちが不眠不休でカレイドスコープの量産にあたっていた。

 祝祭で売る特別モデルは、外筒に螺鈿細工や宝石をちりばめた、原価を無視した超豪華仕様だ。狙うは超富裕層。彼らの見栄と財布を、根こそぎにしてやる。

 

「お嬢様……! このご恩は、なんとお礼を申し上げれば……!」

 

 工房からの帰り道、セーラは何度目になるかわからない感謝の言葉を口にした。その翠色の瞳は、わたしへの絶対的な信頼と尊敬で潤んでいる。

 

「いいのよ、セーラ。わたしがやりたいことなんだから」

 

 わたしは天使のような笑みで応えながら、内心ではまったく別のことを考えていた。

 ふふん、人のために頑張るって、なんて気分がいいのかしら! 感謝されて、尊敬されて、最高の気分! これこそ役得ってやつだよね!

 

 妹ちゃんの治療計画も、着実に進んでいた。

 わたしが描いた筋書き通り、お母様が動いてくれたのだ。

 

「アリス、先日、バーデンを治める教会の大司教様宛に、わたくしの名前で手紙を出しておきましたわ」

 

 ある日のティータイム、お母様は優雅にカップを傾けながら、こともなげに言った。

 

「祝祭の折、クライネルト家からささやかながら寄付をさせていただきたい、と。もちろん、あなたの考案した『カレイドスコープ』の収益の一部であることも伝えておきました。慈善活動に熱心な、心優しい娘だって」

 

「ありがとうございます、お母様!」

 

 完璧な根回しだ。

 貴族社会において、こういう事前の「お知らせ」は何よりも重要。いきなり大金を持って押しかけるなんて、品のない成金のやること。事前に相手の面子を立て、こちらの意図をそれとなく伝える。この世界の大人の、高度な交渉術だ。

 お母様もようやっとわたしが本気だってことが伝わったみたいで、こうして交渉をしてくれたのだ。

 

 そして、運命の祝祭の日がやってきた。

 

 バーデンの街は、一年で最も華やかな熱気に包まれていた。

 メインストリートには色とりどりの旗がはためき、吟遊詩人たちが陽気な音楽を奏でる。道の両脇には出店がずらりと並び、香ばしい肉の焼ける匂いや、甘い焼き菓子の香りが風に乗って運ばれてきた。

 空にはグリフォンに乗った騎士たちが祝賀飛行を行い、人々は空を見上げては歓声を上げる。

 建国を祝い、一年の豊穣に感謝するこの祝祭は、領民にとっては最大の娯楽であり、貴族にとっては最高の社交場なのだ。

 

 わたしはといえば、大通りに面した一等地に設けられたクライネルト家の貴賓席。そのさらに奥、レースのカーテンの陰から、こっそりと祭りの喧騒を眺めていた。

 

「アリス様、特製のフルーツタルトでございます」

 

「ん、ありがと、セーラ」

 

 もぐもぐ。うん、美味しい。

 令嬢らしく優雅に観覧、といきたいところだけど、わたしの視線は、人混みの一角に設けられた、ひときわ大きな販売ブースに釘付けになっていた。

 クライネルト家の紋章が掲げられたそこが、わたしたちの戦場だ。

 

「さあさあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 王都で話題沸騰! 夢の魔法筒『カレイドスコープ』、祝祭限定モデルの販売だよ!」

 

 売り子に扮した騎士のルスカーさんが、威勢のいい声を張り上げている。

 その隣では、執事のような完璧な身のこなしのレオル先生が、シルクの布が敷かれた台の上に、芸術品のごとくカレイドスコープを並べていた。

 作戦は、こうだ。

 まず、午前中は比較的安価な普及モデルを少数だけ売り出し、わざと長蛇の列を作る。人々の注目が最高潮に達した午後、満を持して超豪華な限定モデルを発表する。

 飢餓感を煽り、所有欲を刺激する。

 これぞ商売の基本よ!

 もちろん、全部わたしが考えて、レオル先生に指示した。ふふんっ、すごいでしょ。

 

 案の定、ブースの前には黒山とでもいうべき人だかりができていた。

 着飾った貴族や裕福な商人たちが、我先にと金貨を握りしめている。

 

 計画通り。あまりにも計画通りすぎて、笑いがこみ上げてくる。くっくっくっ。

 わたしはタルトの最後の一口を飲み込むと、カーテンの隙間から大通りを見下ろした。

 パレードの先頭が、こちらへ近づいてくるのが見える。

 金と白で彩られた豪奢な式典服をまとった聖職者の一団。その中心にいる、ひときわ大きな輿に乗っているのが、このバーデンを治める教会領のトップ、ゲオルグ大司教だ。

 

 ふふん。舞台は整った。最高の役者も、最高の観客も揃っている。

 

「セーラ、レオル先生に合図を」

 

 わたしの静かな声に、セーラは息を呑み、そして力強く頷いた。

 彼女が窓から小さく旗を振る。

 それが、最終作戦開始の合図だった。

 ブースに控えていたレオル先生が、大きく声を張り上げる。

 

「皆様! ただいまより、本日の売上の一部を、我らがゲオルグ大司教様へ寄付させていただきます! これもひとえに、このカレイドスコープを考案された、慈悲深きアリス・フォン・クライネルト様のご意志!」

 

 その声は、祭りの喧騒の中でも、不思議なほどよく通った。

 人々の視線が、一斉にこちら――クライネルト家の貴賓席へと注がれる。

 パレードの輿の上から、ゲオルグ大司教が、わずかに興味深そうな目をこちらへ向けたのが見えた。

 

 さあ、ショータイムの始まりだ。

 わたしはすっと立ち上がると、カーテンを開け、満場の観衆の前に、可憐な六歳の少女の姿を現した。

 そして、練習してきた中で最高の、天使のような微笑みを浮かべてみせる。

 あぁ……、アリスちゃんかわいすぎかな。

 そう、計算し尽くされた、完璧な笑顔なのだった。




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