幼女「もらえる経験値、人>魔物では?」   作:北川ニキタ

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16話 グロ耐性とかないんですけど

 わたしの手ごたえは、あまりにも生々しかった。

 短剣が肉を裂き、眼球という柔らかいゼリー状の何かを貫通し、その奥の骨にまで達する、鈍い感触。

 そして、噴き出した生温かい液体。

 鉄臭い、血の匂い。

 

「ぶぎゃあああああああっっ!!!!」

 

 ゲオルグの絶叫が、結界に閉ざされた謁見の間に木霊する。

 わたしは即座に飛び退き、返り血で濡れた自分の小さな手を見下ろした。

 べっとりと付着した、鮮やかな赤。

 

 ……うわぁ。

 この手のフルダイブ型のVRMMOって、ほとんどがこういうグロテスクな表現には厳しい規制がかかっている。

 モンスターを斬れば、血の代わりにポリゴン状の粒子がキラキラと舞うとか、そもそも人体欠損がシステム的にできないとか……。

 でも、この『Gnosis Online』は違う。

 痛覚だって、さっき回避に失敗して床に打ち付けた肘がジンジン痛むくらい、本物とそう変わらなかった。

 この世界は、あまりにもリアルすぎる。

 確か、ダイブ前の説明に、精神的なショックが蓄積した場合、ログアウト時に専門のAIカウンセラーによるメンタル緩和ケアが実施される、とか書いてあったっけ。

 なるほどね。こんなものを見せられたら、確かにケアが必要だ。

 

「き、貴様ぁ……! わたくしの、目を……わたくしの、聖なる目をぉおおお!」

 

 ゲオルグが、血を流す右目元を押さえながら、怒り狂って叫んでいる。

 そして、彼は残った左目でわたしを睨みつけると、空いた方の手を血走った右目にかざした。

 

「『上級治癒(ハイ・ヒール)』!」

 

 神聖な光が、彼の傷口を包み込もうとする。

 ――させない!

 

「ふっ!」

 

 わたしは、治癒の詠唱が終わるよりも早く、床を蹴った。

 狙うは、がら空きの左目!

 

「なっ!?」

 

 ゲオルグは慌てて治癒を中断し、巨体を揺らして避けようとする。

 だけど、デブの動きなんて、スローモーションも同然!

 

「ぐべらっ!?」

 

 短剣の切っ先が、今度は寸分違わず、残された左目を抉り貫く。

 二度目の、生々しい感触。

 これで、両目は潰した。

 

「目がああああ! 光が、光が、消えたぁあああっ!!」

 

 完全に視界を失ったゲオルグが、赤子のように喚き散らしながら、やみくもに腕を振り回す。

 わたしは安全圏まで下がり、冷静に次の手を考える。

 急所はまだある。

 首、心臓、動脈。

 この肉のダルマを完全に沈黙させるまで、攻撃の手は緩めない。

 

「『上級治癒《ハイ・ヒール》』! 『上級治癒《ハイ・ヒール》』!」

 

 ゲオルグが、パニック状態で治癒の奇跡を連呼する。

 だけど、わたしはそれを許さない。

 光が集まりかけるたびに、わたしは彼の懐に飛び込み、短剣で腕を、首を、腹を、手当たり次第に切り刻んでいく。

 

 ザシュッ、ザシュッ、ザシュッ!

 

 治癒をさせない。

 回復する隙を、一瞬たりとも与えない。

 レベル53の英雄級? 関係ない。

 目が見えず、治癒も封じられたデブなんて、ただのサンドバッグだ。

 いつしか、攻防は一方的な蹂躙へと変わっていた。

 謁見の間は、おびただしい量の血で汚れ、ゲオルグの巨体は、思わず目を背けたくなるぐらい切り刻まれていた。

 

「ひっ……! ま、待て! 待ってくれ!」

 

 ついに、ゲオルグが膝から崩れ落ち、床に這いつくばった。

 その声は、さっきまでの尊大さが嘘のように、哀れな命乞いに変わっている。

 

「わ、わかった! 妹を治す! 必ず治すから! 金貨もいらん! だから、命だけは……!」

 

 その言葉に、わたしは振り上げた短剣を、ぴたりと止めた。

 ……あ。

 そうだった。

 わたしの目的は、こいつを殺すことじゃなかった。

 妹ちゃんを治して、セーラの信頼を完全にゲットして、わたしのレベル上げ計画に協力してもらうこと。

 ここで殺しちゃったら、肝心の妹ちゃんが治らない。

 それは、ちょっと……いや、かなりマズイかも。

 わたしが手を止めたのを見て、ゲオルグは必死に言葉を続ける。

 

「そ、そうだ! わたくしを殺せば、もう誰もあの子を治せんぞ!? このわたくしほどの奇跡の使い手は、もうおらんのじゃぞ!」

 

 わたしの目的はあくまでもレベルをあげること。

 そのためには、妹を直してセーラを攻略して、そのうえで貴族がよくやるという『パワーレベリング』――モンスターを生け捕りにして、わたしがとどめを刺すという効率的なレベル上げに協力してもらう。

 だから、今は我慢――

 

 いや、待てよ。

 ふと、わたしの頭に、まったく別の、悪魔的な好奇心が湧き上がってきた。

 モンスターを倒せば、レベルが上がる。

 じゃあ。

 

「……ねえ」

 

 わたしは、血まみれの顔で、にっこりと微笑んでみせた。血の海に這いつくばる豚さんに、尋ねる。

 

「人を殺したときって、レベルって上がるんですか?」

 

「――ひっ!?」

 

 ゲオルグの巨体が、恐怖で跳ねた。

 その血走った両目があった場所が、わたしのほうに向けられる。

 

「な、なにを……! そ、そんなバカなことを考えるな! 人殺しによるレベル上げは、聖光教会の最大の禁忌じゃぞ!」

 

「ふーん」

 

「そ、そうだ! 神の教えに反する! ましてや、このわたくし、神の代理人たる大司教を殺めるなど……! そんなことをすれば、お前は神からも見捨てられ、未来永劫、救われることはないんじゃぞ! わ、わかったか!?」

 

 必死の説得。

 その声は、恐怖でみっともなく裏返り、わなわなと震えている。

 その震えようを見て、わたしは、確信した。

 

 上がるんだ。

 やっぱり。

 

 モンスターを倒せば、レベルが上がる。

 だったら、人でも同じようにレベルが上がっても不思議じゃない。うん、そういうVRMMORPGは他にもあるし。

 だったら、話は早い。

 妹ちゃんなんてどうでもいいや。

 それより、レベル53の英雄級。こんなボーナスキャラを、今ここで狩らない理由はないよね。

 

「……そっか」

 

 わたしは、もう一度、短剣を構え直した。

 もう何の迷いもなかった。ゲーマーとして、これほど興奮に滾る状況はない。

 

「な……ま、待て! やめろ! やめろぉおお!」

 

 ゲオルグの命乞いをBGMに、わたしは再び、その肉のダルマを切り刻み始めた。

 

 ザシュッ、ザシュッ、ザシュッ!

 わたしがもっと強ければ、一撃で楽に殺せたんだけどな。その点を考えると、申し訳ないような……。

 

「や、やめろぉおお! この化物めが! 子供のくせに、人を殺すことに何の躊躇もないとは! おかしいぞ、貴様は! まさか……貴様こそが、聖典に記されし魔王なのか!」

 

 ……魔王? その、聞き慣れない単語に、わたしは一瞬だけ動きを止めた。

 

「そ、そうだ! 知らないのか!」

 

 ゲオルグは狂ったように叫び続けた。

 

「終末の日に現れる最悪の存在よ! 世界を喰らい尽くす『7つの災厄』を統べ、神が創りたもうた秩序すべてを嘲笑い、破壊するためだけに存在する、純粋な悪意の化身! 貴様だ! 子供の皮を被り、平然と神の代理人を切り刻む貴様こそが、その『魔王』に違いない! この世で最も醜悪で、忌まわしく、救いようのない、汚物以下の存在よ!」

 

 ……なんで、わたしがこんなひどいことを言われなきゃいけないんだろう。

 そりゃあ、どんなゲームにもFから始まるような口汚い暴言を吐く人はいたけど、ここまで言われたことはない。

 ふと、冷静な疑問が頭をよぎる。

 

 ああ、そっか。

 忘れてた。

 

 この世界が「ゲーム」だって知ってるのは、わたしだけなんだった。

 ゲオルグにとって、これは命がけの現実。

 でも、わたしにとっては? 死んでも、元の退屈な世界に戻るだけ。ログアウトだ。

 むしろ、全プレイヤーを人質にとってる「悪いAI」のことを考えれば、あなたを始末することは、むしろ感謝されてもいいくらいじゃないかな。

 

「こ、この殺人鬼が……」

 

 そう言って震える目の前の豚に、わたしは、この世界の真実を教えてあげようと、口を開いた。

 

「そんなひどいこと言わないでよ。だって、この世界って――」

 

 ――ジジジジッ!

 頭の中に、強烈なノイズが走る。

「ゲーム」という単語が、喉の奥でつっかえて、言葉にならない。

 

 ……あー。なるほどね。

 こういう対策は、しっかり組み込まれてるわけか。

 まあ、いいや。どっちみち、説明したところで理解してもらえる気がしないし。

 

「た、助けてくれ……!」

 

 ゲオルグが、最後の力を振り絞って、這いずろうとする。

 結界の崩壊を教えてくれる光が、ついに最後のまたたきを終えようとしていた。

 わたしは、もう一度、短剣を振り上げる。

 うーん、一応謝ってはおこうかな。

 

「ごめんね」

 

 わたしは、何の躊躇もなく、その心臓に、短剣を突き立てた。

 

「……が、……はっ……」

 

 ゲオルグの巨体が、びくん、と一度だけ大きく痙攣し、そして、動かなくなった。

 

 ――パリンッ!

 

 ゲオルグが息絶えた、まさにその瞬間。

 結界が、ガラスのように砕け散る音がした。

 そして、わたしの脳内に、無機質なシステムメッセージが響き渡る。

 

『レベルがアップしました』

『レベルがアップしました』

『レベルがアップしました』

『レベルがアップしました』

『レベルがアップしました』

『レベルがアップしました』

『レベルがアップしました』

『レベルがアップしました』

『レベルが――』

 

「アリス様!」

 

「お嬢様!」

 

 怒号と悲鳴が入り混じった声と共に、閉ざされていた結界が勢いよく開け放たれる。

 レオル先生、グオークさん、ルスカーさん、そしてセーラが、血の海と化した謁見の間に飛び込んできた。

 彼らが見たのは、無残な肉塊と化したゲオルグ大司教と、その亡骸の横で、返り血を浴びて呆然と立ち尽くす、小さなわたしの姿。

 全員が、目の前の光景を信じられず、凍り付いている。

 やばっ。

 わたしは、即座に思考を切り替えた。

 カラン、とわざとらしく血まみれの短剣を手から落とす。

 

「……こ、こわかったぁ……」

 

 わたしは、女優になる。

 これ以上ないくらい、か弱く、怯えた六歳児を演じるんだ。

 わたしは、その場にへたり込み、わっと泣き声を上げた。

 

「うわあああああんっ! こわかったよぉおおお!」

 

「アリス様! ご無事ですか!」

 

 真っ先に駆け寄ってきたレオル先生に、わたしはしがみつく。

 

「な、なにか……よくわかんない、なにかが、はいってきて……! ゲオルグ様が、「魔王だ!」って言いながら、急に苦しみだして……! わたし、怖くて、怖くて……!」

 

 そう。

 六歳の女の子が、レベル53の大司教を殺すなんて、普通は考えられない。

 だったら、すべてを「魔王」とやらのせいにしてしまえばいい。

 大丈夫。結界の中であったことは誰にも見られてはいない。

 

「いったい、何が……」

 

「大司教様が……殺された……?」

 

「騎士団を呼べ! 聖堂を封鎖しろ!」

 

 神官たちの怒号、レオル先生たちの困惑、セーラの安堵の涙。

 状況は、目まぐるしく混乱の渦に飲み込まれていく。

 わたしは、レオル先生の腕の中で震えながら、内心はまったく別のことを考えていた。

 

『レベルがアップしました』

『レベルがアップしました』

『レベルがアップしました』

『レベルがアップしました』

『レベルが――』

 

 さっきから、レベルアップの通知が、全然止まらないんだけど……!!

 一体いくつまでレベルが上がっちゃうんだ……!?

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