クライネルト伯爵家の屋敷に戻ったわたしは、自室のベッドの上で、ふかふかのクッションに顔をうずめていた。
「……ぷはーっ」
あれから、本当に大変だった。
ゲオルグ大司教の死は、当然ながら大騒ぎになった。
バーデンの街は大混乱。
聖光教会は「神の代理人が殺された!」と激怒し、わたしのもとに事情聴取の使者が来た。
やばい、と思いつつ、わたしが殺したなんてバレるわけにいかないので、必死に泣きじゃくる六歳児を完璧に演じきることにした。
「ゲオルグ様が「魔王だ!」って叫んでいたら、あっという間に……!」
そう証言した。
もちろん、レオル先生もグオークさんもルスカーさんも、結界の外にいたから真相はわからない。
彼らも「結界が解けた瞬間、お嬢様が血の海に立ち尽くしていた」「大司教様はすでに息絶えていた」と証言するしかなかった。
教会側は、わたしの証言を最初は疑っていたようだ。
だけど、ここで最強のカードを切ったのが、仕事を放り投げて急いでやってきたわたしのお父様だった。お父様は偶然、近くの町で別件のお仕事をしていたらしい。
「娘の証言が信じられぬと申すか!」
お父様は、事情聴取に来た神官たちを、伯爵としての威厳全開で一喝してくれた。
「きっとゲオルグ大司教は、アリスが証言した通り、『魔王』の卑劣な奇襲に遭われたのだ! そして、我が娘を、クライネルト家の血筋を、その命を懸けて守り抜き、殉職なされた!」
さらに、お父様は「それを疑うとは何事だ! 教会は、英雄の死を冒涜するおつもりか!」とまで畳みかける。
そう。
常識的に考えて、六歳児にレベル53の大司教が殺せるわけがない。
さらには、結界に閉じ込める前のわたしの暴言を聞いていた神官が、「アリス様の口から、大司教猊下への許されざる侮辱の言葉が!」なんて抗議もしてきたけど、それにはお父様が、
「大司教猊下が魔王の奇襲により殉職なされたという、この一大事に! 恐怖に怯えた我が娘の、たかが六歳の幼子の失言を、今ここで問題にするおつもりか!」
と、逆に威厳全開でねじ伏せてくれた。
神官たちも、伯爵のその剣幕と、大司教の死というあまりに大きな問題の前では、それ以上何も言えなかったみたい。
うんうん、わたしの暴言は、この大混乱のおかげでうやむやになったみたい! ラッキー!
ともかく、犯人は「魔王」で、大司教様は「わたしを守って死んだ英雄」ってことにしちゃえば、丸く収まる。
まあ、計算したというよりかは、お父様は本気でそれを真実だと思ってそうだけど……。
いやー、お父様、ナイスアシストだね!
最終的に教会側も、お父様の主張に反論することもできず、結局、「ゲオルグ大司教は、魔王の卑劣な奇襲により、幼きアリス様をお守りし、殉職なされた」という、なんとも玉虫色の結論でお茶を濁すしかなかった。
わたしは、なんとか穏便に終わってこれからバーデンを離れるってとき、お父様のところに駆け寄った。
そして、そのゴツいズボンの裾を、両手でぎゅっ、と掴む。
「お父様……!」
わたしを見下ろすお父様の顔は、まだ硬い。
わたしは、この世のすべてを詰め込んだかのような、最大限の「うるうるした目」で彼を見上げた。
「お父様、お忙しいのに、迷惑をかけて……ごめんなさい! あと、助けてくれてありがとうございます!」
どうよ!
この完璧な「パパ大好き!」ムーブ!
今回はお父様にめちゃくちゃ助けられたからね。娘としてお礼ぐらい言ってあげないと。
わたしの渾身の演技を受けて、お父様の威厳あふれる硬い表情が、ふっと……わずかに、父親のそれに戻った。
「……アリス。お前が謝ることではない」
お父様は、ぶっきらぼうな口調とは裏腹に、ごつごつした大きな手で、わたしの頭を優しく撫でてくれた。
「領主として、父親として、家族を守るのは当然の務めだ。……それより、アリス。お前が無事で、本当によかった」
その声は、いつもの厳しい領主様じゃなくて、ただの、わたしのお父様の声だった。
「……怖かっただろう。今日はもう、ゆっくり休みなさい」
「はい……!」
わたしが天使のように頷くと、お父様は「よろしい」と短く言った。
「……では、わたしは放り投げてきた仕事に戻る。気をつけて帰るんたぞ」
わたしを安心させるようにそう付け加えると、お父様は待たせていた馬車へと戻っていくのだった。
◇◆◇
……と、まあ、こんな感じで。
屋敷に戻ったわたしはふかふかのクッションに顔をうずめていた。
いやー、チョロいもんよね!
わたしの計算にかかれば、こんなものよ。ふははっ、笑いが止まらん!
まあ、セーラの妹ちゃんが助からなかったのは、ちょっと残念だけど。
帰宅する途中、わたしがセーラに妹ちゃんについて謝ると、「お嬢様がご無事だっただけで、わたくしは……!」と泣き崩れていた。
うん、忠誠心はMAXになったみたいなので、結果オーライかな!
クッションから顔を上げ、にしし、と口元を緩ませる。
さて、事後処理の安堵なんかよりも、わたしの頭の中は、別のことでいっぱいだった。
「……ステータスオープン♪」
わたしは部屋で一人になるまでずっと我慢していたコマンドを唱える。
目の前に現れた半透明のウィンドウ。そこに映し出された文字列に、わたしの心臓は喜びのあまり、はちきれそうに高鳴った。
――――――――――――
アリス・フォン・クライネルト
レベル:33
筋力:28
敏捷:45
魔力:3
大罪:38
スキル:
【軽戦士の心得】
【罪人の烙印】
【大物喰い】
――――――――――――
「き、き、き……」
きたぁあああああああああああああああああああっっ!!!!
思わず、声にならない歓喜の叫びが漏れる。
レベル33! いきなり33って!
あのデブ、レベル53を倒した経験値、美味しすぎるでしょ!
しかも、ステータスの伸びも、いい感じだし。レベル1の時の絶望的なオール1が嘘みたい!
これなら、もうただの幼女と言わせない。
そこらの騎士よりもよっぽど強いんじゃないかな! がははっ。
って、「信仰」が「大罪」っていう、いかにもヤバそうなステータスに変化してるんだけどッッッ!?
あと、【罪人の烙印】とかいうのも明らかまずそうッッ!?
聖職者を殺したペナルティとかかな? このステータス、見られたら捕まるかも。
でも、見てよ!
どのスキルも強そうじゃん!
わたしは興奮に震える指で、スキルの文字にそっと触れてみる。ウィンドウに説明が浮かび上がった。
【軽戦士の心得】:敏捷ステータスの成長に補正がかかる。
【罪人の烙印】:『罪』と見なされる行為を犯した者の証。
【大物喰い】:自身よりレベルが30以上高い格上の敵と戦闘時、全ステータスが上昇する。
……やっば。なにこれ!
【軽戦士の心得】は、あのデブ相手に短剣で戦ったからかな? 敏捷が伸びやすくなるなんて、わたしの戦闘スタイルにぴったりかも!
【罪人の烙印】は……うん、見なかったことにしよう。
そして【大物喰い】! レベル1のわたしがレベル53に勝ったから、このスキルを手に入れたんだろうなあ。
「ふ、ふふ……ふふふふふふふふふふっ!!」
笑いが止まらない。
わたし、天才すぎやしないかな。
最強のゲーマー【ミライ】、この世界でもやっぱり最強だったわ!
アリスちゃん、最強すぎぃー! ドヤァ!
わたしは、あの時の、脳が焼き切れるかと思ったほどの快感を思い出す。
ゲオルグの心臓を貫いた、あの瞬間。
『レベルがアップしました』
『レベルがアップしました』
『レベルがアップしました』
『レベルが――』
鳴り止まないシステムメッセージ。
レベルが1から30まで、一気に駆け上がっていく、あの数字の奔流。
あれは、麻薬だ。
わたしが今までプレイしてきたどんなゲームの、どんな達成感よりも、遥かに、遥かに強烈な快感だった。
「んふっ……あ、あはははっ!」
わたしはベッドの上にごろーんっと寝転がると、手足をバタバタさせた。
だめ、思い出しただけで、またあの時の高揚感が蘇ってくる。
き、気持ちよすぎる……ッッ♡♡!! ビクッ! ビクッ! ぐへへー。
こんなの、一度味わっちゃったら、もう元には戻れないよ……ッッ!!
わたしはシーツに顔をうずめて、誰にも見せられないような、だらしない顔で悶えていた。
もっと欲しい。もっと、あの快感が。
コンコン、と。
ふと、控えめなノックの音がして、わたしははっと我に返った。
「お嬢様、わたくしです。セーラでございます」
「あ、ど、どうぞ!」
慌ててベッドから飛び起き、髪を手ぐしで整える。危ない危ない、今の顔、絶対見られちゃダメなやつだった。
入室してきたセーラは、どこか吹っ切れたような、澄んだ顔をしていた。
彼女はわたしの前に進み出ると、深く、深く頭を下げる。
「アリス様。この度は……妹のこと、そして何より、わたくしのために、あのような危険な目に遭わせてしまい、誠に申し訳ございませんでした」
「う、うん。セーラが謝ることじゃ……」
「いいえ」
セーラは、顔を上げた。その翠色の瞳は、まっすぐにわたしを射抜いている。
「わたくしは、生涯をかけて、お嬢様にお仕えすると誓います。この命、お嬢様のためだけにあると、あのとき、心に決めました。……妹は、助かりませんでした。ですが、お嬢様がわたくしたちのために全てを懸けてくださったこと、家族一同、心より感謝しております」
その瞳には、もはや一欠片の迷いもなかった。
絶対的な、狂信にも似た忠誠心。
うんうん、完璧に「攻略」完了って感じかな。
わたしは満足感に浸りながら、天使の笑みで頷いた。
「ありがとう、セーラ。これからも、よろしくね。それに、妹さんのこと、まだわたしは諦めていないよ。絶対に治せるよう一緒にがんばろうね」
「はい! アリス様!」
嬉しそうに微笑むセーラ。
その、笑顔を。
――わたしは、どこか冷めた頭で見ていた。
セーラの言葉が、さっきまでのレベルアップの快感に比べたら、なんだか、色褪せて聞こえる。
あれ?
なんでだろ。
その笑顔を見た瞬間、わたしの頭の中に、恐ろしい考えが、雷のように閃いた。
――もし。
――今、ここで。
――この、わたしに絶対の忠誠を誓っているセーラを、殺したら。
どれくらいの経験値が、手に入るんだろう?
わたしの喉が、ごくりと鳴った。
目の前にいる、忠実で、可憐なメイドが。
まるで、最高級の霜降り肉みたいに、美味しそうに見えてくる。
「……お嬢様? どうかされましたか?」
不思議そうに首を傾げるセーラ。
「う、ううん! なんでもない!」
わたしは慌てて首をぶんぶんと横に振る。
まずいまずいまずい!
何考えてんだ、わたし!
セーラは、わたしのレベル上げ計画に必要不可欠な、大事な『駒』じゃない! ここで殺しちゃったら、本末転倒!
そうよ、理性ではわかってる。わかってるけど……!
――ゴクリ。
わたしの口から、生唾を飲み込む音が、やけに大きく響いた。
――――――――――――――
88 名無しのダイバー
うわあああ! アリス様、万華鏡の権利譲渡しちゃったよ……
あんなに頑張って稼いだ金なのに!
89 名無しのダイバー
妹ちゃんの人質がキツすぎる……
クソデブ、アリス様が子供だからって完全に足元見やがって!
90 名無しのダイバー
あああああ!sクソデブ、セーラさん指さした!
「慰みもの」って言ったぞコイツ!
許さねえええええ!
91 名無しのダイバー
!?
92 名無しのダイバー
アリス様が…………キレたあああああああ!!!
93 名無しのダイバー
「ふっざけんなッッ!!!!」って
うおおおおお!アリス様、かっこいいいいい!
94 名無しのダイバー
ヤバイヤバイヤバイ!
大司教もブチ切れたぞ!
アリス様あああああ!
95 名無しのダイバー
!?結界!?
96 名無しのダイバー
うわああああああ!
セーラ様が弾き出された!
俺等はセーラ視点からしか見えないから、なにが起きているかわからない!
アリス様が、アリス様がデブと二人きりで密室にいいい!
97 名無しのダイバー
中どうなってんの!?
セーラさん、結界を叩きまくってる!
だめだ、音も聞こえない!
98 名無しのダイバー
頼む……アリス様、無事でいてくれ……!
98 名無しのダイバー
アリス様、まさか死んじゃうのか?
99 名無しのダイバー
!! 結界が割れた!
100 名無しのダイバー
開いた! セーラが入った!
101 名無しのダイバー
………………………………は?
101 名無しのダイバー
えっと、なにが起きた……?
102 名無しのダイバー
血の海だな
デブ、死んでる……?
103 名無しのダイバー
アリス様! アリス様だ!
血まみれだけど……立ってる! 生きてる!
104 名無しのダイバー
うわあああああん! アリス様、泣き崩れた!
「こわかった」って!
そりゃそうだろ! 目の前でデブが「魔王」に殺されたんだ!
よく頑張った……!
105 名無しのダイバー
アリス様、本当に無事でよかった……(号泣)
106 名無しのダイバー
アリスのお父様だ
107 名無しのダイバー
お父様、めっちゃっ怒っている!
108 名無しのダイバー
神官がアリス様が大司教を殺したとか、言ってる
そんなわけないだろ……アリス様は6歳児だぞ
109 名無しのダイバー
神官、みんなパニックじゃん
娘を疑うとか何事か!ってお父様かっこいい
110 名無しのダイバー
お、屋敷に戻ってきたか
セーラさん、アリス様に忠誠誓ってる
111 名無しのダイバー
>>110
当たり前だろ!
アリス様、セーラさんのために命張ったんだぞ!
あんなのもう心酔するしかないじゃん
「妹さんのこと諦めてない」とか、どこまで天使なんだ……
112 名無しのダイバー
……なあ
アリス様が天使なのはガチなんだが
この前の考察、覚えてるか?
113 名無しのダイバー
>>112
「アリス様=救世主」説か?
114 名無しのダイバー
ああ
もし、アリス様が本当に「救世主」だったとしたら
あの結界の中で、あのデブを殺した「魔王」って……
115 名無しのダイバー
>>114
まさか、アリス様がやったとでも言いたいのか?
116 名無しのダイバー
>>115
いや、あくまでも可能性があるってだけ
救世主って「記憶持ち」なんだろ?
中身がもし、とんでもないプレイヤーだったとしたら?
117 名無しのダイバー
>>116
無理無理無理!
相手はレベル53だぞ! アリス様は6歳児!
どんな廃プレイヤーだろうが、ステータス差が絶望的すぎるだろ
レベル50超えって英雄級だって言われている強さだぞ!
118 名無しのダイバー
>>117
だよな!
アリス様が「魔王が~」って泣いて証言してたのが全てだろ
あんな天使が演技とかするわけない
119 名無しのダイバー
でも、そんな都合よく魔王とやらが現れるかな?
120 名無しのダイバー
もし、アリス様がゲオルクを殺したなら、あの「こわかったぁ」っていう泣き顔
全部、「演技」ってことになるぞ
121 名無しのダイバー
>>120
おい、やめろ! そんなわけないだろ!
俺たちの天使を疑うな!
俺はアリス様を信じる!
まとめサイト【グノーシス速報】より引用