「……普通なら」
ルスカーさんの、なんとも言えない、呆れと感心が入り混じった声がした。
「モンスターといえども、初めて生き物を殺すとなれば、多少は躊躇ったり、気分が悪くなったりするもんなんですがね」
やばっと、背中に冷や汗がツーッと流れてくる。
そ、そう言われれば、そうかも!
普通、六歳の女の子がモンスターとはいえ生き物を殺したら、泣いたり、吐き気をもよおしたり……するよね!?
わたし、レベルが上がらなかった不満しか感じてなかったけど、それって、もしかして、ものすごく異常!?
ま、まさかルスカーさん、わたしのこと「血も涙もないヤベー奴」とか思われていたら、嫌だなー。
わたしは必死の形相で内心の動揺を隠蔽し、即座に女優の仮面を被る。
大きな紫色の瞳を、わざと不安げに潤ませ、小さな手でドレスの裾をぎゅっと握りしめた。
「……う、うん」
わたしは、か細い声で答える。
「ほんとうは、すっごく怖かった……。手が、まだ震えてるの……。でも、わたし、強くならなきゃって……! 魔王がまた来たら、今度こそセーラやルスカーさんを守らなきゃって思ったら、必死で……!」
どうよ、この完璧な言い訳!
わたしが「怖かったけど、みんなのために頑張った、健気な六歳児」を完璧に演じきると、ルスカーさんは、じーっと、わたしの顔を疑わしそうに見つめてきた。
あれー? もしかして、疑われてるのかな!?
「……へー。そうだったんですね。いやあ、お嬢様は勇敢だ」
棒読み! 絶対、信じてない!
こいつ、わたしの最強スキル「アリスちゃんスマイル(Lv.MAX)」が効かないどころか、演技まで見破りかけてる! 厄介すぎる!
わたしのドヤ顔が引きつりかけた、その時。
「お嬢様……!」
背後で、セーラが感極まったような声を上げた。
振り返ると、彼女は翠色の瞳を尊敬と感動でうるませ、胸の前で手を組んでいる。
「なんと、お優しい……! ご自身が恐怖に震えていらっしゃるのに、わたくしたちを守るために……! このセーラ、感激で胸が張り裂けそうです!」
よし、こっちはチョロかった!
わたしの忠実なるメイドは、完璧に騙されてくれたようだ。
わたしは内心でドヤ顔を決め込みながらも、顔では「そんなことないよ」と謙虚に首を振ってみせる。
わたしの完璧な聖女ムーブを見て、ルスカーさんは、はぁー、と本日何度目かわからない深いため息をついた 。
その顔には、もう諦めの色が浮かんでいる。
「このあたりのモンスターは、今のあんたにかかれば赤子同然でしょう。……いいですよ、もう。自由にしてください。ただし、絶対に俺の側を離れないこと。これが条件です」
その言葉、待ってましたー! キターー!
わたしは顔をぱあっと輝かせ、その場でぴょん、と小さく跳ねた。
「やったー! ありがとう、ルスカーさん!」
ふふん、チョロい!
これで心置きなく、経験値稼ぎができるってものよ!
わたしは内心でドヤ顔を決め込み、意気揚々と森の奥へと一歩踏み出した。
「お嬢様、だから前に出るなと――!」
「はーい!」
ルスカーさんの焦った声をBGMに、わたしは森の奥へと進んでいく。
街道沿いとは違い、森の内部は昼間だというのに薄暗い。太い木々が空を覆い、湿った土の匂いと、時折響く獣の遠吠えが、冒険の雰囲気を盛り上げてくれた。
……それにしても。
わたしは、先ほどから何度も内心で「ステータスオープン」を繰り返していた。
ウィンドウに映し出される数値は、変わらず【レベル:33】のまま。
さっきのゴブリン四匹も倒したのに、1つもレベルが上がっていない。
うーん、おかしいな。
わたしは、先頭を行くルスカーさんの背中に、てくてくと歩み寄った。
そして、その服の裾を、くいっ、と子供らしく引っ張ってみせる。
「なんですか、お嬢様」
「ねえ、ルスカーさん。質問!」
わたしは、この世の真理を問うかのように、真剣な眼差しで彼を見上げた。
「さっき、ゴブリン倒したのに、レベルが上がらなかったの。どうして?」
「…………は?」
ルスカーさんが、本気で「こいつ、何言ってんだ?」という顔で固まった。
数秒の沈黙の後、彼は、まるで宇宙人にでも遭遇したかのような顔で、恐る恐る口を開く。
「……お、お嬢様。あのな。レベル33なんですよ? あんた」
「うん、そうだよ?」ドヤァ。
わたしのドヤ顔に、ルスカーさんは頭痛をこらえるようにこめかみを押さえた。
「レベル33にもなって、ゴブリン四匹倒したくらいでレベルが上がるわけないでしょうが! そんなの、常識中の常識ですよ!」
「ええーっ!?」
「ええーっ、じゃありませんよ! 大体ですね、レベルが30を超えたあたりから、そう簡単にはレベルが上がらなくなるんすよ。それこそ、一年間みっちり鍛錬と実戦を積んで、一つでもレベルが上がれば、それはもう『大成功』と言われる世界なんです!」
「…………はぁああああ!?」
今度こそ、わたしは素で絶叫した。
い、一年に、ひとつ!?
う、嘘でしょ!?
わたしの脳裏に、あのクソデブを倒した時の、あの脳髄がとろけるような快感がフラッシュバックする。
あの快感を……もう味わえないかもしれないってこと!?
そんな……! そんなのってないよ!
実質、拷問じゃないか!
霜降り和牛の味を知ってしまったのに、明日から白米と梅干しだけの生活に戻れって言うの!?
わたしの顔から、さーっと血の気が引いていく。
わたしのレベル上げライフ、いきなり詰んだ……?
わたしがこの世の終わりのような顔でショックを受けていると、ルスカーさんは、はぁ、とまたため息をついた。
「まあ、お嬢様の場合、いきなりレベル33になった以上、常識が通用しねえのは仕方がないのかもしれませんがね。一応補足しときますと」
彼は、呆れたように付け加えた。
「基本的に、自分より格下のモンスターをいくら狩っても、経験値なんて雀の涙ですよ。それこそ、ゴブリン一万匹狩って、レベルが一つ上がるかどうか」
「うぇ……」
「効率よくレベルを上げたいなら、やることは一つ。……自分より『強い』モンスターを倒すことです。格上であればあるほど、得られる経験値は跳ね上がりますがね」
――その、瞬間。
わたしの絶望は、一瞬で吹き飛んだ。
目の前が、ぱあっと光り輝く。
そうか! そうだよ! なんでそんな簡単なことに気づかなかったんだろ!
雑魚狩りじゃなくて、格上狩り!
あのクソデブ(レベル53)が、あんなに美味しかった(レベル32アップ)のも、それが理由!
――いける! まだわたしの快感ライフは終わってない!
わたしは、さっきまでの絶望が嘘のように、瞳を爛々と輝かせた。
そして、振り返ったルスカーさんに、天使のような、無邪気で、最高に愛らしい笑顔を向けてみせた。
「ねえ、ルスカーさん!」
「な、なんですか、お嬢様。急に機嫌直して……」
何かを察したのか、ルスカーさんの顔が、あからさまに引きつる。
わたしは、そんな彼に、満面の笑みで小首をこてんと傾げた。
「その『強いモンスター』って、どこに行けば会えるの?」
「だめだ、お嬢様! 絶対にダメです! 話聞いてました!? 格上ですよ!? 死にますよ、普通!!」
ルスカーさんの、心からの絶叫が、薄暗い森に虚しく響き渡るのであった。