幼女「もらえる経験値、人>魔物では?」   作:北川ニキタ

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22話 こんなのってないじゃんか……

「……普通なら」

 

 ルスカーさんの、なんとも言えない、呆れと感心が入り混じった声がした。

 

「モンスターといえども、初めて生き物を殺すとなれば、多少は躊躇ったり、気分が悪くなったりするもんなんですがね」

 

 やばっと、背中に冷や汗がツーッと流れてくる。

 そ、そう言われれば、そうかも!

 普通、六歳の女の子がモンスターとはいえ生き物を殺したら、泣いたり、吐き気をもよおしたり……するよね!?

 わたし、レベルが上がらなかった不満しか感じてなかったけど、それって、もしかして、ものすごく異常!?

 ま、まさかルスカーさん、わたしのこと「血も涙もないヤベー奴」とか思われていたら、嫌だなー。

 

 わたしは必死の形相で内心の動揺を隠蔽し、即座に女優の仮面を被る。

 大きな紫色の瞳を、わざと不安げに潤ませ、小さな手でドレスの裾をぎゅっと握りしめた。

 

「……う、うん」

 

 わたしは、か細い声で答える。

 

「ほんとうは、すっごく怖かった……。手が、まだ震えてるの……。でも、わたし、強くならなきゃって……! 魔王がまた来たら、今度こそセーラやルスカーさんを守らなきゃって思ったら、必死で……!」

 

 どうよ、この完璧な言い訳!

 わたしが「怖かったけど、みんなのために頑張った、健気な六歳児」を完璧に演じきると、ルスカーさんは、じーっと、わたしの顔を疑わしそうに見つめてきた。

 あれー? もしかして、疑われてるのかな!?

 

「……へー。そうだったんですね。いやあ、お嬢様は勇敢だ」

 

 棒読み! 絶対、信じてない!

 こいつ、わたしの最強スキル「アリスちゃんスマイル(Lv.MAX)」が効かないどころか、演技まで見破りかけてる! 厄介すぎる!

 

 わたしのドヤ顔が引きつりかけた、その時。

 

「お嬢様……!」

 

 背後で、セーラが感極まったような声を上げた。

 振り返ると、彼女は翠色の瞳を尊敬と感動でうるませ、胸の前で手を組んでいる。

 

「なんと、お優しい……! ご自身が恐怖に震えていらっしゃるのに、わたくしたちを守るために……! このセーラ、感激で胸が張り裂けそうです!」

 

 よし、こっちはチョロかった!

 わたしの忠実なるメイドは、完璧に騙されてくれたようだ。

 わたしは内心でドヤ顔を決め込みながらも、顔では「そんなことないよ」と謙虚に首を振ってみせる。

 

 わたしの完璧な聖女ムーブを見て、ルスカーさんは、はぁー、と本日何度目かわからない深いため息をついた 。

 その顔には、もう諦めの色が浮かんでいる。

 

「このあたりのモンスターは、今のあんたにかかれば赤子同然でしょう。……いいですよ、もう。自由にしてください。ただし、絶対に俺の側を離れないこと。これが条件です」

 

 その言葉、待ってましたー! キターー!

 わたしは顔をぱあっと輝かせ、その場でぴょん、と小さく跳ねた。

 

「やったー! ありがとう、ルスカーさん!」

 

 ふふん、チョロい!

 これで心置きなく、経験値稼ぎができるってものよ!

 わたしは内心でドヤ顔を決め込み、意気揚々と森の奥へと一歩踏み出した。

 

「お嬢様、だから前に出るなと――!」

 

「はーい!」

 

 ルスカーさんの焦った声をBGMに、わたしは森の奥へと進んでいく。

 街道沿いとは違い、森の内部は昼間だというのに薄暗い。太い木々が空を覆い、湿った土の匂いと、時折響く獣の遠吠えが、冒険の雰囲気を盛り上げてくれた。

 

 ……それにしても。

 

 わたしは、先ほどから何度も内心で「ステータスオープン」を繰り返していた。

 ウィンドウに映し出される数値は、変わらず【レベル:33】のまま。

 さっきのゴブリン四匹も倒したのに、1つもレベルが上がっていない。

 うーん、おかしいな。

 

 わたしは、先頭を行くルスカーさんの背中に、てくてくと歩み寄った。

 そして、その服の裾を、くいっ、と子供らしく引っ張ってみせる。

 

「なんですか、お嬢様」

 

「ねえ、ルスカーさん。質問!」

 

 わたしは、この世の真理を問うかのように、真剣な眼差しで彼を見上げた。

 

「さっき、ゴブリン倒したのに、レベルが上がらなかったの。どうして?」

 

「…………は?」

 

 ルスカーさんが、本気で「こいつ、何言ってんだ?」という顔で固まった。

 数秒の沈黙の後、彼は、まるで宇宙人にでも遭遇したかのような顔で、恐る恐る口を開く。

 

「……お、お嬢様。あのな。レベル33なんですよ? あんた」

 

「うん、そうだよ?」ドヤァ。

 

 わたしのドヤ顔に、ルスカーさんは頭痛をこらえるようにこめかみを押さえた。

 

「レベル33にもなって、ゴブリン四匹倒したくらいでレベルが上がるわけないでしょうが! そんなの、常識中の常識ですよ!」

 

「ええーっ!?」

 

「ええーっ、じゃありませんよ! 大体ですね、レベルが30を超えたあたりから、そう簡単にはレベルが上がらなくなるんすよ。それこそ、一年間みっちり鍛錬と実戦を積んで、一つでもレベルが上がれば、それはもう『大成功』と言われる世界なんです!」

 

「…………はぁああああ!?」

 

 今度こそ、わたしは素で絶叫した。

 い、一年に、ひとつ!?

 う、嘘でしょ!?

 わたしの脳裏に、あのクソデブを倒した時の、あの脳髄がとろけるような快感がフラッシュバックする。

 あの快感を……もう味わえないかもしれないってこと!?

 そんな……! そんなのってないよ!

 実質、拷問じゃないか!

 霜降り和牛の味を知ってしまったのに、明日から白米と梅干しだけの生活に戻れって言うの!?

 わたしの顔から、さーっと血の気が引いていく。

 わたしのレベル上げライフ、いきなり詰んだ……?

 

 わたしがこの世の終わりのような顔でショックを受けていると、ルスカーさんは、はぁ、とまたため息をついた。

 

「まあ、お嬢様の場合、いきなりレベル33になった以上、常識が通用しねえのは仕方がないのかもしれませんがね。一応補足しときますと」

 

 彼は、呆れたように付け加えた。

 

「基本的に、自分より格下のモンスターをいくら狩っても、経験値なんて雀の涙ですよ。それこそ、ゴブリン一万匹狩って、レベルが一つ上がるかどうか」

 

「うぇ……」

 

「効率よくレベルを上げたいなら、やることは一つ。……自分より『強い』モンスターを倒すことです。格上であればあるほど、得られる経験値は跳ね上がりますがね」

 

 ――その、瞬間。

 

 わたしの絶望は、一瞬で吹き飛んだ。

 目の前が、ぱあっと光り輝く。

 そうか! そうだよ! なんでそんな簡単なことに気づかなかったんだろ!

 雑魚狩りじゃなくて、格上狩り!

 あのクソデブ(レベル53)が、あんなに美味しかった(レベル32アップ)のも、それが理由!

 

 ――いける! まだわたしの快感ライフは終わってない!

 

 わたしは、さっきまでの絶望が嘘のように、瞳を爛々と輝かせた。

 そして、振り返ったルスカーさんに、天使のような、無邪気で、最高に愛らしい笑顔を向けてみせた。

 

「ねえ、ルスカーさん!」

 

「な、なんですか、お嬢様。急に機嫌直して……」

 

 何かを察したのか、ルスカーさんの顔が、あからさまに引きつる。

 わたしは、そんな彼に、満面の笑みで小首をこてんと傾げた。

 

「その『強いモンスター』って、どこに行けば会えるの?」

 

「だめだ、お嬢様! 絶対にダメです! 話聞いてました!? 格上ですよ!? 死にますよ、普通!!」

 

 ルスカーさんの、心からの絶叫が、薄暗い森に虚しく響き渡るのであった。

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