レベル上げしなきゃ……!
じゃなくて、みんなを一刻も早く救うために、レベル上げをしなきゃ!
心の中でぶんぶんと首を振る。
もちろん、みんなを救いたい気持ちは本物だ。本物だけど、そのためには私が圧倒的に強くならないといけない。
そして、そのためには……そう、効率的なレベルアップが不可欠!
弱い魔物をチマチマ倒すより、強いのをドン!と一発……いや、さすがに数発かな?で仕留めて、経験値をガッポリ稼ぐのが一番の近道だ。
まさに気持ちは聖女。みんなを救わなきゃ。
聖女アリス、いっきまーす!
「あの、ルスカーさん! もっと……その、もっと強いモンスターが出る場所って、この森にあるんでしょうか? みんなを守る力を、一刻も早く手に入れたいんです!」
私は両手を胸の前でぎゅっと握りしめ、潤んだ瞳で彼に訴えかけた。
どうよ! この完璧な聖女ムーブ! こんな純粋な想い無視できないよね!
ルスカーさんは、私の真剣な迫力に少し驚いたように目を丸くしてから、ふむ、とどこか醒めた視線をしてから口を開いた。
「そうですね……アリス様の意気込みは分かりました。ですが、モンスターというのは、そう単純ではありません」
「と、いいますと?」
「まず、モンスターには種類ごとにおおよその強さ……レベルが決まっています。もちろん、個体差や稀に成長してレベルが上がることもありますが」
あ、それ知ってる!
レオル先生の授業でやったところだ!
私の知識が炸裂する。確か、魔物が一定レベルを超えると、より強力な上位種に「進化」するんだっけ。
「例えば、この森にもいるゴブリン。彼らはレベル5と決まっています」
ルスカーさんが、周囲に危険がないか観察しながら説明を続けてくれる。
私はここで、優秀な生徒のフリをしつつ、鋭い質問を差し込む。レベル上げの情報収集は徹底的に、だ。
「あのっ! それじゃあ、レベル6とか、7になったゴブリンはいないんですか?」
私の食い気味な質問に、ルスカーさんは一瞬、おや、と目を見開いた。
ふふん、聖女はただ守られるだけじゃないんです! こういう知的なところもアピールしないとね!
内心でドヤ顔をキメる私に、彼は納得したように頷いた。
「……良い着眼点です。レベル5が、ゴブリンという種族の一般的なレベルです。ですが、稀にその殻を破る個体が出現します。それが『進化』の兆候です」
「進化の、兆候……」
「ええ。レベル6、7と成長した個体は、いわば『進化待機状態』。そして、レベル15まで成長するとホブゴブリンへと進化します」
「なるほど……!」
「ですが、稀に長く生き延び、戦闘経験を積んだ個体は、ホブゴブリン……レベル15のそれ、ですね……を超える進化を遂げることもあります。例えば、強力な個体変異であるゴブリンロードや、魔力を高めてゴブリンシャーマンになる個体もいるとか」
ルスカーさんはそこで言葉を切り、やれやれと首を振った。
「まぁ、この森ではまず見ませんが。……つまり、強い魔物を探すというのは、高レベルの魔物が生息する区域を探す、というのと同義なんです」
なるほどなるほど。
私はこくこくと、物分かりの良い生徒のように頷いてみせる。
ふっふっふ……つまり、高レベルモンスターの狩場を聞き出せば、一気にレベルアップするチャンスってことね!
私の期待に満ちた視線を受けて、ルスカーさんは少し困ったように眉を下げた。
「それで、本題ですが……」
「はい!」
ゴクリ、と喉が鳴る。
「この『嘆きの森』に生息する魔物と、そのレベルは……大体このようになっています」
ルスカーさんは、近くの地面に小枝でスラスラとリストを書き出してくれた。
・ゴブリン(Lv5)
・グレートウルフ(Lv10)
・ホブゴブリン(Lv15)
・トレント(Lv18)
・オーク(Lv25)
ずらりと並んだ魔物の名前。
オークがレベル25……ふむふむ。今の私なら、ギリギリ倒せるか、ちょっと危ないか、くらい?
「……ご覧の通りです」
ルスカーさんが、肩をすくめてみせた。
「つまり、この森で最も強力な個体……オークの群れの長や、稀に見つかるホブゴブリンのリーダー格を含めても、レベル30を超えるような魔物は、ここには存在しない、というのが我々の結論です」
「…………え?」
私の口から、素っ頓狂な声が漏れた。
う、うそ……? レベル30はいない? それじゃあ……それじゃあ!
経験値、まっずぅぅぅぅううう!!
ルスカーさんの非情な宣告により、私の「高レベルモンスター狩りまくり☆ウハウハレベルアップ計画」は、開始5分で頓挫した。
……ひどい。こんなのひどすぎるよ。
こんな序盤の森という名のチュートリアルみたいな場所で、どうやってレベルを上げろっていうのよ!
「アリス様……? 大丈夫ですか? やはり、ご無理を……」
セーラが心配そうに私の顔を覗き込む。
その純粋な瞳に、私は思わず泣き出しそうになってしまう。
「だってぇ……どんなモンスターでも倒せば、がっぽがっぽ経験値が入って、超絶気持ちよくなれると思ったのに……こんな雑魚しかいない森につれてかれるなんてぇ……」
「え……? けいけんち……がっぽ、がっぽ……?」
セーラがついうっかりでたわたしの本音にぽかん、と困惑した表情を浮かべる。
あ。
しまったぁぁぁあああ!!
だめだめだめ! 今の私は可憐な聖女アリス! 経験値稼いで気持ちよくなりたいとか、そんなはしたない俗っぽいこと言うわけない!
「ううん……大丈夫です。ただ、わたしの力が足りないせいで、みんなを危険な目に遭わせ続けるのが……悔しくて……」
わたしはギュッとローブの裾を握りしめる。
どう? この健気な聖女ムーブ! 仲間を想うあまり、自分の非力さを嘆く姿! アリスちゃん優しすぎるよ。こんなのみんな、わたしの虜になるしかないじゃん。
あーあ……まじでどうしよう。オークでさえレベル25って。倒しても経験値なんて雀の涙じゃないか……。
ルスカーさんは、そんな私の葛藤を見て、少しだけ表情を和らげた。……相変わらず、どこか醒めた視線は変わらないけど。
「……お嬢様のお気持ちは分かります。ですが、焦りは禁物です。まずは、この森の現状を正確に把握しましょう。それが、全員を救う一番の近道です」
「……はい」
私はしょんぼりと頷き、ルスカーさんとセーラの後ろをトボトボとついて歩き始めた。
偵察の再開だ。
さっきまでのやる気はどこへやら。私のテンションは、森の奥の湿度くらいジメジメと低下していた。
「――グルルァ!」
「!」
茂みから、リストにあったグレートウルフが3匹、涎を垂らしながら飛び出してきた。
「アリス様、セーラさん、下がって!」
ルスカーさんが剣を抜くより早く、私はやけくそ気味に腰の短剣を抜き放っていた。
あーはいはい、ウルフウルフ。
どうせレベル10とかでしょ、はいはい。
ザシュッ!
一瞬。ただの一閃。
私が駆け抜けると同時、3匹の狼は正確に喉笛を切り裂かれ、声もなく崩れ落ちた。
その鮮やかな剣技に、セーラが「ひっ」と息を呑むのが聞こえた。
「……お見事です、アリス様。その剣技、お嬢様がまだ子供なのが信じられないですね」
ルスカーさんは感嘆の声を漏らす。
わたしは、ニコリと完璧な聖女スマイルを返した。もちろん、剣についた血を優雅に振り払いながら。
「みんなを守るためですから。剣くらい振るいます」
やっぱりレベル上がんないよー。グレートウルフしょっぱすぎ……。
その後も、わたしたちはゴブリン(Lv5)の群れや、トレント(Lv18)に遭遇したが、そのすべてをわたしは剣技で塵芥に変えていった。
テンポよく魔物を切り伏せていく私を見て、セーラは「お嬢様、流石です……!」と瞳を輝かせているけど、わたしの心は晴れない。
チリも積もればって言うけど、チリがチリすぎて山になる気がしないんですけど!
わたしが内心で毒づいていると、不意にルスカーさんが立ち止まり、険しい顔で周囲を見渡した。
「……おかしい」
「どうかしたの?」
「この森のモンスターは、本来もっとおとなしいはずでした。彼らがこれほど凶暴化し、積極的に人を襲うなんて、少し違和感がありますね……」
彼は地面に膝をつき、土を指でなぞった。
そこには、微かに紫色の瘴気のようなものが漂っている。
「もしかすると、この森の瘴気がいつもより濃いかもしれません。そのせいでモンスターが凶暴化し、生態系そのものが乱れ始めているのかもしれません」
「瘴気……?」
「ええ。この奥には行かないで、早めに撤退するほうが良さそうです」
ルスカーさんが指差す先は、森のさらに深部。
木々が鬱鷺と茂り、昼間だというのに薄暗く、不気味な空気が漂っている。
……ゴクリ。
なんだか、急に空気が重くなった気がする。
その時だった。
ズウゥゥン……!
地響きと共に、私たちの目の前の木々が、薙ぎ倒されるようにして吹き飛んだ。
「――グォォォオオオオ!!」
現れたのは、さっきまで私たちが「この森の最大戦力」と認識していた、オーク。
だが、その姿はルスカーさんのリストにあったものとは、明らかに異なっていた。
通常のオークの倍はあろうかという巨体。
その全身は、先ほどルスカーさんが語っていたのと同じ、不吉な紫色の瘴気に包まれていた。
目は赤黒く濁り、口からは絶えず毒々しい色の涎をまき散らしている。
「なっ……!?」
ルスカーさんが絶句した。
「オークの……上位変異種、
セーラが私を庇うように前に出る。
絶望的な緊張感が、場を支配した。
さっきまで「経験値がまずい」と、この世の終わりのようにしょげ返っていたわたし。
だが、そのわたしの耳には、ルスカーさんの叫びが、まるで天啓のように響いていた。
……レベル? レベル、39……?
ゴクリ、と喉が鳴る。
経験値、まっずぅぅぅ! って思っていたけど――
わたしは、さっきまでのしょんぼり顔をかなぐり捨てていた。
超うま展開キターーーーーッッ!!
そこにいたのは、想定外の
わたしは短剣を握りしめ、瘴気をまとう巨獣を睨み据えた。
アリスちゃん、実はめちゃくちゃラッキーガールなのかも! ドヤァ!