幼女「もらえる経験値、人>魔物では?」   作:北川ニキタ

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26話 かわいいは正義(のはず)

 あ。

 わたしの脳みそが、一瞬で凍りついた。

 さっきまで脳髄を駆け巡っていた、あの暴力的なまでの多幸感が、サーッと潮が引くように冷えていく。

 

 やばい。

 やばいやばいやばいやばい。

 見られた。

 一番、見られちゃいけない瞬間に、一番見られちゃいけない相手に、わたしの全部を。

 瀕死のルスカーさんに、何の躊躇もなくとどめを刺して。

 その亡骸の上で、血まみれのまま、よだれが出そうなほど恍惚(こうこつ)とした表情で、笑っていたところを。

 

 わたしの忠実なるメイド、セーラは木陰に隠れたまま、困惑した表情のまま動かない。

 自分が信じていた、あの天使のように優しかったアリスお嬢様が、今、目の前で起きている惨劇と、まったく結びつかない、という顔だ。

 

 どうしよう。

 どうしようどうしようどうしよう!

 わたしの脳みそが、この絶体絶命(ぜったいぜつめい)のピンチを脱するべく、猛烈な勢いで回転を始める。

 言い訳だ。何か、完璧な言い訳を……!

 

 選択肢その一!

 今から「ルスカーさんが死んじゃって悲しいよぉ」と泣き崩れる!

 さっきまであんなに気持ちよさそうに笑い転げてたのに、今さら悲しい演技したって無理があるって! サイコパスだと思われるのがオチだよ!

 却下!

 

 選択肢その二!

 何もなかったフリをする! 「あれー? ルスカーさん、どうしたのー?」みたいに。

 この血の海と、ルスカーさんの亡骸と、わたしの返り血! これで「何もなかった」は無理ゲーすぎるよ!

 却下!

 

 選択肢その三!

「実は魔王に乗っ取られてました!」って言う。

 余計、話がややこしくなるし、意味わかんないことになるでしょ! すでに、大司教ゲオルグが死んだ件で嘘ついて、面倒なことになってるんだから!

 却下!

 

 選択肢その四!

「じつはー、わたしに顔がそっくりな双子がいてー。そいつがやりました」っていう。

 いや、意味わかんないよ! 何いってんだわたし!?

 却下!

 

 選択肢その五!

 もうむしろ全部ぶっちゃける!?

 この世界はゲームで、わたしには救世主っていう特別な役割があるの。

 って、ゲームって単語、口にするとノイズがかかるよう細工されているんだった。悪いAIめ。許せねぇ!

 却下!

 

 だめだ! だめだ! 全部だめだ!

 どう考えても詰んでる!

 わたしの完璧な聖女プレイが、わたしの最強ゲーマーライフが、こんなところで終わっちゃうの!?

 

 いやだいやだいやだ!

 まだレベル上げ足りないのに!

 わたしが焦りでぐるぐると思考を巡らせ、涙目になりかけた、その時。

 ――ふと、わたしの頭に、天啓が閃いた。

 

 そうだ。

 ひとつだけ、あるじゃない。

 この世のあらゆる理不尽を、すべての矛盾を、問答無用でねじ伏せる、最強にして最後の切り札が。

 

 それは――「かわいさ」。

 

 そうだよ! なんでこんな簡単なことに気づかなかったんだろ!

 わたしは、血まみれだ。

 わたしは、仲間にとどめを刺したかもしれないし、その亡骸の上で笑っていたかもしれない。

 でも、そんなの、全部どうでもいいでしよ!

 

 だって、アリスちゃんは、最高にかわいいんだから!

 

 かわいいは正義! かわいいは無罪! かわいいは、なにをしても許される♪ ふふんっ。

 

 これよ! これしかない!

 わたしは内心で完璧な勝利のドヤ顔を決め込むと、震えるセーラに向かって、ゆっくりと立ち上がった。

 わたしは、血に濡れた短剣を、カラン、とわざとらしく手から落とす。

 そして、返り血で真っ赤に染まった顔のまま、セーラに向かって、わたしが今出せる、最大限の「かわいい」を、発動させた。

 

 小首を、こてんっ、と傾げる。

 大きな紫色の瞳を、不安げにうるうると潤ませる。

 そして、血まみれの小さな両手を、おずおずと胸の前で組みながら、上目遣いで、彼女に微笑みかけた。

 

「……えへへ」

 

 どうよ!

 この、絶望的な状況下で繰り出される、天使の微笑み!

 あまりの愛くるしさに、セーラもきっと「お嬢様がかわいいので、もうどうでもいいです!」ってなるに違いない!

 アリスちゃん、大天才すぎ! ドヤァ!

 

 わたしの完璧な「かわいい」ムーブを真正面から受けたセーラは――。

 さっきよりも激しく、わなわなと肩を震わせている。

 そして、その真っ青な顔のまま、血まみれで「えへへ」と笑うわたしの姿を、より恐怖の対象と捉えたようで、小刻みだった震えがガクン!ガクン!とより大きな震えに変わっていった。

 

 あれれー?

 おかしいなー。

 ぜんぜん「かわいい!」ってなってくれないんだけど。

 わたしのスマイルが、じわじわと引きつっていく。

 わたしの、最強スキル「かわいいは正義(Lv.MAX)」が……。

 まったく、効いていない。

 

 シン、と静まり返った森。

 血の匂いと、ルスカーさんの亡骸と、ガクガク震えるセーラと、血ままみれで「えへへ」と引きつった笑いを浮かべるわたし。ここは地獄かな?

 

 ……もう、いいや。

 

 ここまで来たら、もう開き直るしかないか。

 わたしは、さっきまでの愛くるしいはずだった作り笑いをすっと消すと、真顔になって、セーラに一歩近づいた。

 

「……セーラ」

 

「ひっ……!」

 

 わたしの呼びかけに、セーラの肩がびくん!と大きく跳ねる。

 あ、そんなに怖がらなくてもいいじゃん。ちょっと傷つく。

 

「いつから見てたの?」

 

 わたしは、できるだけ優しく、事務的に尋ねた。

 セーラは真っ青な顔のまま、かろうじて、震える声で答える。

 

「……アリス様が、ルスカー様を、背負われて……立ち止まられた、ところから、です……」

 

 あー、じゃあ、全部見られてるわけね。

 わたしが「ルスカーさんを殺して経験値もらっちゃお☆」って決断して、天使の笑みで彼を地面に下ろして、何の躊躇もなく心臓をブスリとやって、その後の恍惚フィーバータイムまで、全部。

 

「そっか」

 

 わたしは、こくりと頷く。

 さて、どう説明しようかな。

 

「……わたしのこと怖い?」

 

「……」

 

 セーラは、何も答えない。

 ただ、その翠色の瞳が、恐怖と、困惑と、そして、ほんの少しの非難の色を浮かべて、わたしを映していた。

 まあ、そうだよね。

 わたしは、ふぅ、と小さく息を吐くと、血まみれの服のまま、その場にあぐらをかいて座り込んだ。

 

「あのね、セーラ。ルスカーさんは、もう助からなかった」

 

 これは、たぶん事実。

 

「あのまま屋敷に連れ帰っても、血が止まらなくて、苦しみながら死んでただけだと思う」

 

「……」

 

「だから、わたしが、苦しまないように、楽にしてあげたの」

 

「……」

 

 セーラの震えが、少しだけ収まった。

 ……気がする。

 よし、まだまだアリスちゃん聖女ムーブを諦めてなくも済みそうだ。

 

「それにね」

 

 わたしは、真剣な顔を作って、セーラを見上げる。

 

「わたしは、強くならなきゃいけないの。あの時、ゲオルグ様が言ってた『魔王』が、またいつ襲ってくるかわからない。わたしは、『神の加護』をもっと強く、レベルをもっとあげて、セーラや、お父様やお母様を、今度こそ守れるようにならなきゃいけない」

 

 わたしは、ルスカーさんの亡骸に、そっと視線を移す。

 

「ルスカーさんを……この手で送った時、わたしの『神の加護』が、また強くなったのを感じたの。……彼の命が、わたしに力をくれたんだと思う」

 

 レベルアップの快感を、それっぽく言い換えてみた。

 どうよ! 完璧な理屈じゃない!?  瀕死の仲間を、苦しみから解放し、その命を受け継いで、仲間を守るためにさらに強くなる!

 うわぁ……アリスちゃん、健気すぎ……! わたしがセーラだったら、今ごろ号泣して「アリス様こそ女神です!」って抱きついてるね!

 

 セーラは、わたしの完璧な聖女ムーブを聞いて、数秒間、何かを必死に考えているようだった。

 やがて、彼女は、まだ震える声で、絞り出すように言った。

 

「……アリス様が、わたくしたちを守るために、そのお力を必要とされていること……お覚悟は、理解いたしました」

 

 お、いい感じ?

 やっぱりわたしの聖女ムーブ、効いてる!

 わたしが内心で、よしっ!とガッツポーズを決めた、その時。セーラは、血まみれのわたしをまっすぐに見つめ返し、さらに声を震わせた。

 

「……ですが、アリス様」

 

 その翠色の瞳には、さっきまでの恐怖とは違う、もっと根源的な、何かを恐れる色が浮かんでいる。

 

「人の、命を……人の命を奪うことで、その……レベルを、上げること。それは……」

 

「?」

 

「それは、聖光教会の教えにおいて、わたくしたち人間が、決して行ってはならない……最大の『禁忌(きんき)』でございます」

 

「…………ん?」

 

 わたしのドヤ顔が、ぴしり、と音を立てて固まった。

 きんき?

 なにそれ、美味しいの?

 

「人を殺めて力を得る行為は、魔物や、かの『魔王』が行う所業……。神に与えられた命を糧とする、もっとも忌むべき行いだと……! たとえ、どのような理由があろうとも、人の手で人を殺め、その力――レベルを奪うことだけは……!」

 

 セーラの声が、悲鳴のように裏返る。

 うわぁ……。

 なんか、すごい剣幕なんですけど。

 ていうか、何その設定。初耳だよ! じゃあ、なに? わたしがさっきやったことって、この世界じゃ「魔王ムーブ」ってこと!?

 

 まずい。

 まずいまずいまずい。

 わたしの完璧な聖女プレイが、今、根底から覆されようとしていた。

 

 

――――――――――――――

 

【速報】アリス様、ガチ聖女だった【救世主】

 

901 名無しのダイバー

おい、お前ら、さっきの見たか!?

アリス様、ヤバすぎだろ……

 

902 名無しのダイバー

見てた……ルスカーさんにとどめ刺したような……

マジでなんで……?

 

903 名無しのダイバー

しかも、なんか笑ってなかったか……?

血まみれで……

こわ……

 

904 名無しのダイバー

セーラさんもドン引きじゃねえか……

どうすんだよこれ……

 

905 名無しのダイバー

(((((((えへへ)))))))

 

906 名無しのダイバー

!?

 

907 名無しのダイバー

!?

 

908 名無しのダイバー

か、かかか、かわいいいいいいいいいいいいい!!

 

909 名無しのダイバー

なんだ今の! 今の「えへへ」はなんだ!

血まみれなのに、天使がいたぞ!

 

910 名無しのダイバー

やばい、心臓撃ち抜かれた

俺も「えへへ」って言われたい

 

911 名無しのダイバー

>>910

わかる

あんな「えへへ」されたら、もう何でも許すわ

ルスカー殺した? どうでもいいわ! かわいいから!

 

912 名無しのダイバー

かわいいは正義

Q.E.D. 証明完了

 

913 名無しのダイバー

お、アリス様がセーラに説明し始めたぞ

 

914 名無しのダイバー

確かに、介錯したと考えれば、理解できなくもないような……?

 

915 名無しのダイバー

確かに……

合理性を考えるならば、放っておくより介錯してレベル上げしたほうがいいのもわかるな

 

916 名無しのダイバー

そうだよ!

アリス様は魔王に狙われているんだ!

どんな手段を使ってでも強くならなきゃ!

 

917 名無しのダイバー

待て、思い出した

「アリス様=救世主」説

 

918 名無しのダイバー

>>917

それだ!!!!

もしアリス様が救世主だとしたら!

 

919 名無しのダイバー

悪いAIが初めたデスゲームから解放するために、ルスカーやゲオルグを殺したとか?

 

920 名無しのダイバー

うおおおおお! そういうことか!

 

921 名無しのダイバー

アリス様……! なんてお方だ……!

みんなのために、自ら手を汚すなんて……!

 

922 名無しのダイバー

いや、デスゲームから解放するためってのは解る

解るけど、それでもルスカさんを殺したあと、あんな風に笑うのはおかしくね?

 

923 名無しのダイバー

>>922

は?

お前わかってねえな!

本当は悲しいのに、無理して笑って誤魔かしてるんだろうが!

 

924 名無しのダイバー

>>922

頭ではゲームだってわかってても、人を殺めてるんだぞ!

苦しいに決まってるだろ!

無理にでも笑わないと精神がおかしくなるんだよ!

 

925 名無しのダイバー

>>922

アリス様を疑うとか、なんてやつだ!

アリス様がどれだけ心を痛めてるか、わからないなんて!

 

926 名無しのダイバー

あの「えへへ」は、きっと「みんな、安心してね」っていう、メッセージだったんだよ……!

俺、泣きそう

 

927 名無しのダイバー

これはもう手のひらクルーするしかない!

アリス様はやっぱ大天使!

 

928 名無しのダイバー

>>927

これだからスレ民はwww

でも同意

 

929 名無しのダイバー

アリス! アリス! アリス! アリス様は大天使!

 

930 名無しのダイバー

あれ? セーラさん、なんか反論してね?

「禁忌」だの「魔王の所業」だの……

 

931 名無しのダイバー

そんな設定あるんだ……

 

932 名無しのダイバー

知らなかった…… これセーラ視点、アリス様は悪者確定じゃね?

 

まとめサイト【グノーシス速報】より引用

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